第85話 ナナちゃんとお風呂
湯殿へ足を踏み入れた俺は、そのまま湯の中に入ろうとするが、
「このまま入ったらお湯が汚れちゃうな」
普段は顔くらいしか洗っていないこの身体はお世辞にも綺麗とは言い難い。
丸い大きな湯だまりの端に木の器を見つけた俺は、それで湯をすくって裸体にかける。
暖かい液体が身体を潤す感覚は心地良く、喉の奥から「ふはあぁ」とそんな息が漏れた。
「身体を洗うって言ったら水が普通だったからなぁ」
庶民の俺がお湯をいただけるなんてありがたいことだ。
十分なお湯を身体にかけ終え、いよいよ湯だまりへと入って行く。
足先から全身に伝わっていく温い感覚に快感を覚えながら俺は腰を下ろして肩まで湯に浸かる。
「こ、これが風呂かぁ。ふぃー……」
気持ちいいなぁ。
初めて入ったけど、これはすごく良い。身体の芯から温まって心穏やかな気分になる。
「エミーリア様とルナリオ様は好きなときに入れるんだよなぁ」
自分が湯に浸かれるのは人生でこれが最後かも。
そう考えると今この時がすごく貴重に思えた。
「ん?」
不意に脱衣場の扉が開く。
と、衣服を着たままの小柄な誰かが湯殿へ入ってきた。
「ナナちゃん?」
「うむ」
湯気でよく見えない。なにをしてるんだろう?
脱衣場の扉が閉まる。
ナナちゃんはドレスを脱いでいるようで、脱いだそれを湯殿の端へ置いた。
どうして脱衣場で脱いで来なかったんだろう?
ナナちゃんの不可思議な行動に俺は首を傾げた。
「ちゃんと身体にお湯をかけてから入るんだよ」
「わかっておる」
その言葉と共にかけ湯する音が聞こえてくる。
やがてその音はやみ、湯に入ってくる小さな姿が湯気の奥に見えた。
「にーに」
「こっちだよ。あ、っと……」
俺は目を瞑る。
ナナちゃんは気にしないだろうけど、やっぱり女の子だし。
「湯気でよく見えんのう。おお、にーにがおった」
湯の揺れと声でナナちゃんが側に来たことがわかる。
「あ、ナナちゃん」
「うむ。うん? なんで目を閉じておるのじゃ?」
「いや、だってナナちゃんは女の子だし」
「裸は見れないと?」
「うん」
じゃばじゃばと水音を立ててナナちゃんは俺に近付く。
「寝るときにいつも見てるじゃろ」
「み、見てないよ。ちょっとしか……」
「そうか」
声が目下から聞こえることから、寸前の距離でナナちゃんが座ったのだとわかる。
「ほう、にーにはこういう身体をしておるんじゃな」
「えっ? あ、ちょ、ちょっとナナちゃんっ」
俺は慌てて両手で股間を隠す。
「なぜ隠す?」
「だって大事なところ見られるって恥ずかしいし……」
「恥ずかしい? むーっ! そんなのダメじゃっ!」
「えっ? ダ、ダメって? わっ!? ナ、ナナちゃんっちょっとっ」
両腕を掴まれて持ち上げられそうになる。
「ナナに恥ずかしいことなどあってはダメじゃっ! 見せるのじゃっ! 見せなさいっ!」
「ダ、ダメだよナナちゃんっ! 許してーっ!」
抵抗するも、ナナちゃんはしつこく俺の腕を引く。
「ナナはにーに見られて恥ずかしいことなどなにも無いのじゃ。にーにもナナに見られて恥ずかしいことがあってはならん」
「ちょっとは恥じらってよ……」
「大好きなにーにに対して恥じらいなど必要無いのじゃ」
そう言ってもらえるのは嬉しいような、ちょっと困ってしまうような……。
「……むう、まったく強情じゃ」
腕を引かれる力が弱まる。
ようやく諦めてくれたかと俺は腕から力を抜く。と、
「ほれ」
「あ、おわっ!?」
脱力してホッと息をついていた隙をつかれて腕を引き上げられる。
その一瞬のあいだにナナちゃんは俺に密着してがっしりと抱きついてきた。
「くぁ……」
胸の少し下あたりに柔らかいものが押しつけられ、思わず声が漏れる。
この柔らかさって……やっぱり。
「これでもう隠せんじゃろ」
「か、隠せないけど、これじゃ見えないでしょ」
「ちょっとだけ見えたのじゃ」
見えてしまったのか。ちょっとした罪悪感。
「初めて見たが、男のはああなっておるんじゃな。なんかでかいのが生えとった」
「そんな報告はしなくていいから……」
「しかしなんで男はあんなのが生えとるんじゃ?」
「そりゃ排泄のためだけど……」
「ナナはあんなのなくても出せるぞ。それにあの下にぶら下がっている袋みたいのはなんじゃ? あれにはどういう役割があって、あそこについておるんじゃ?」
「いやあのその……」
「うん?」
目を開くと、きょとんとこちらを見上げるナナちゃんの顔が目前に見えた。
「……お、大人になったらわかるよ」
「ふむ。にーにがそう言うということは、きっとエッチなことなんじゃな」
「あのいやその……こうして抱きつくのもエッチだから、ね。愛がわからないとうんたらかんたら……」
昨夜はこう言えば離れてくれたし、今度も……。
「愛か。なんかもう面倒くさいから考えるのやめたのじゃ」
「えええっ」
「ナナはにーにが大好きじゃ。にーにもナナが大好きじゃ。お互いに好き合っているのじゃから、愛がなんであれもはやどうでもいいことじゃろう」
「そ、そういうことじゃ……うう」
いかん。ちょっと……下半身のあれが硬く……。
いくら裸の女の子に抱きつかれているからって、ナナちゃんはまだ子供じゃないか。こんないやらしい気持ちなんて持っちゃダメなのに……。
「うん? なんかお股に硬いものがあたっとるのう。なんじゃこれ?」
「ナ、ナナちゃんっ! やっぱり離れて……っ」
「嫌じゃっ!」
叫んだナナちゃんは両脚でもがっしり俺の腰回りを掴んで抱きついてくる。
「にーにはなんでナナを嫌がるのじゃ? ナナは悲しいのじゃ」
「そんな……嫌なんてことないよ。俺はナナちゃんが大好きだから、自分をもっと大切にしてほしいと思って……」
――そのとき、脱衣場の扉がまた開いて誰かが出てくる。
あれは……シャオナ?
湯気の奥に見えた女性らしい肉体の影に、そうであることを確信する。
彼女は女性らしい部分が特に大きいので……。
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