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第82話 カナリアを救出へ向かう者たち

 ――姫様っ!


 傭兵団ジャスティス副団長のセルバートは数十の仲間を引き連れて盗賊を追う。

 他の傭兵はついて来ない。当然か。寄せ集めでしかないあの連中が、瞬時の判断で姫様の救出に動くわけはない。


「くっ……なんて速さだっ」


 逃げ足の速い盗賊の姿も、それを追った女傭兵の姿もすでに見えない。恐らく伏兵だったろう盗賊の死体を目印になんとか追っている状態だった。


 そろそろ森を抜けるころか。

 だがやがて目印にしていた盗賊の死体も無くなり、向かう方角を見失う。


「ど、どっちへ行ったんだ?」


 走る足を森の中に止めたセルバートたちは周囲を探る。

 しかしわからない。焦りが全員の顔に浮かぶ。そのとき、


「こっちだっ! 早くっ!」


 右手の方角から男の声がした。

 そちらに視線を向けると、背を向けて駆け去って行くうしろ姿が見えた。


「誰だ? デーモンアイの盗賊……いや、今はとにかく追うか」


 敵か味方かは知れないが、ここで立ち尽くしていても埒が明かない。


 やや不安は持ちつつも、セルバートは他の皆を率いて男のあとを追う。

 ……木のあいだを抜けて走り、やがて森を抜ける。と、


「ここは……」


 森へ入るときに通った場所だ。

 自分たちの乗っていた馬がおり、そのうちの一頭の馬上に先ほどの男が跨っていた。


「お、おいその馬は……」

「急げっ!」


 こちらの話も聞かずに男は馬を走らせ駆け去って行く。


「カナリア様の馬だぞ……」


 呟くようにセルバートの声が吐き出されたころ、すでに男は遠く離れていた。


「あの男は傭兵か」


 見たような顔だった。

 しかしベテランではない。まだ若い少年の傭兵だ。


「あんな少年が俺たちより早く盗賊を追ったのか」


 デーモンアイの盗賊を圧倒していたのは少女だった。

 一体、何者なんだ? あの少年少女は……?


「セ、セルバートさんっ! 早く追わないとっ!」

「あ、ああ」


 しかし少年の乗って行った馬もだが、我々の馬は盗賊に奪われたらしく、ほとんど残っていない。恐らくあの少女も一頭、乗って行ったに違いないだろう。


「残りは4頭か……。しかたない。俺とガルシェ、あとはノイリスがついて来い。バルド、お前は馬で急ぎ王都へ戻り、起こった事態を国王様に報告するのだ。他の者は森の傭兵たちを連れて王都へ帰還しろ。よいな」

「はっ」


 馬術の得意な男ガルシェ、弓の得意な女ノイリスを連れてセルバートは馬に跨る。

 幸いにも自分の馬が残っていた。この馬はジャスティスでもっとも速い。次いで速く一番タフなのがエミーリア様の乗る馬であったが、それはたった今、少年が乗って行ってしまった。


「あの馬がエミーリア様以外を乗せるとは……いや、それはいい。行くぞっ!」

「はいっ!」


 2人を伴ったセルバートは、少年の乗る馬が駆け去った方角へ馬を走らせる。


 追いつけるか。いや、追いつけなければっ!


 エミーリア様を救い出せずには帰れない。もしも、万が一にもあの方になにかあったならば、守ることのできなかった罪を自分の命で償うつもりだ。


 馬を全力で走らせ、やがて少年の馬らしきうしろ姿が見えてくる。


「セ、セルバートさんっ。すみませんっ。馬が遅れてしまいますっ」

「わ、私のも……」


 振り返ると、ガルシェとノイリスの乗った馬が少しずつ遅れていくのが見えた。


 わかっていたことだが、2人の馬ではセルバートの馬には追いつけない。これはどうしようもないことだ。


「俺は先に行く。遅れてもいいからついて来い」

「は、はいっ」


 セルバートは2人を置いて少年を追う。

 5馬身ほどか。少年の背がはっきりと目視できるほどまで追いつく。さらに先を見据えると、駆け去って行くなにかを小さくだが目で捉えることができた。


「あれか」


 ややあって、セルバートの馬は少年の乗る馬の隣へと並んだ。


「速い馬だな。まさか追いついてくるとは思わなかったよ」


 前を向いたままは少年はそう言う。


「俺はジャスティスの副団長セルバートだ。少年、お前は?」

「俺はヘイカー。っと、年上には敬語を使ったほうがいいかな? セルバートさん?」

「構わん」


 やはり若い。顔つきにはまだ幼さが見え、子供と言ってもいいくらいの少年だ。


「しかし若いな。10代か?」

「18だ。そんなことより……」


 ヘイカーは前方を指差す。


「敵は10だ。そのうちの1人がカナリアを抱えている」


 言われて前方へ目を凝らす。


 まだはっきりとはしないが、走る馬とそれに跨るデーモンアイの盗賊らが見える。わずかに遅れてそれを追う騎馬は恐らく例の少女だろう。


「幸いなことに俺とあんたの馬は速い。このまま走ればたぶんいずれ追いつく」


 それはわかる。

 少しずつだが、セルバートとヘイカーの馬は前方の集団に寄っていた。


「しかし俺たちが追いつく前にあの少女が全員を片付けてしまうのではないか?」

「俺も最初はそう思った。けれど不幸なことに、キーラキルの乗った馬はそれほど速くない。あのまま走ってもたぶん追いつけないだろう」

「むう……そうか」

「このまま進めばアーサルト王国の国境に入る。あのピックラックとかいう女の言っていたことが本当なら、国境にはアーサルト王国の軍隊が待ち構えているかもしれない」

「そ、それはまずいっ」


 そうなればエミーリア姫の救出は不可能だ。


「国境へ入る前に助け出さねば……しかしっ」


 追いついたところで相手は10人だ。あのキーラキルという少女の馬では連中に追いつけないだろうし、うしろの2人も期待は薄い。だが、


「俺たち2人で連中の足を止めれば……」

「ああ。国境へ入る前に足さえ止めればなんとかなる」


 そう言いながらヘイカーは背中に手をやり、弓を左手に携えた。


「それは……カナリア様の弓か?」


 あの場所にエミーリア様が置いた弓と矢。それをなぜヘイカーが……?


「役に立つと思って拾ってきた」

「馬鹿なっ!? この状況で矢を放つ気かっ?」


 走る馬に乗りながら弓を撃ち、矢を当てるのは難しい。的が止まっていても当てるのに相当な技量が必要だというのに、揺れ動く馬上から、動いている対象を射貫くなど神業の域である。


「俺とセルバートさんが追いついたところで相手は手練れの盗賊が10人だ。勝てるかわからないし、それに救出となれば戦いづらい。弓でなんとか半分くらいに減らしてみる」

「減らしてみるってお前……」


 話しているあいだに集団が目前へと迫ってくる。

 距離は10馬身ほどか。


「お、おいっ!?」


 隣に視線を向けると、なんとヘイカーは走る馬の背に立とうとしていた。


「なにをしてるんだっ!?」

「立ったほうが狙いやすい」

「馬鹿なっ! 落ちるぞっ!」

「落ちてたまるか」


 そしてヘイカーは走る馬の馬上に立つ。


「な、なんて奴だ」


 全力で走る馬の背にしっかりと立っている。

 重心を揺れに合わせてわずかに移動させつつ、絶妙なバランスでそこに起立していた。


 それから背の矢筒から矢を一本、取り出し、左手に持った弓につがえる。


 無理だ。当たるわけはない。


 この少年が並みの傭兵でないことはわかるが、馬で逃げ去る敵を揺れる馬上から射貫くなどできるとは思えない。思えないが……。


 まるで水平の大地に根を下ろしたが如く馬上に立つヘイカーが先の集団を弓で狙う。その表情は至って冷静であり、恐れや焦りなど微塵も感じられなかった。


「まさか……」


 矢がいっぱいに引き絞られる。

 そして――放たれた。

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