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第80話 エミーリア様と会う

 品のある女性だな。


 こちらに目を向けて微笑むその女性に対して、俺はごく当たり前の感想を持った。


「……あっ」

「えっ?」


 女性は俺を見て驚いたような表情をする。


 なんだろう? 俺の顔になにかついていたかな?


「おひさしぶりです。エミーリア様。突然の訪問をしてしまい申し訳ありません」


 ハシュバントさんがそうあいさつをすると、


「あ……いえ、おひさしぶりですねハシュバントさん。よいのですよ。あなたと私の仲ですから」


 その女性、エミーリア様は表情を穏やかにして答えた。


 しかしハシュバントさんとエミーリア様。一体どんな仲なのだろう?


 うしろで聞いていて気になった。


「そちらの方々は……いえ、まずは座っていただきましょうか。セルバート」

「はい奥様」


 エミーリア様の傍らに立っていたタキシード姿の老紳士、セルバートさんが部屋の中にあるソファーまで俺たちを案内し、そこへ座るよう促す。


「このソファーすごいふわふわです! ふわふわですよっ!」


 真っ先に座ったシャオナが興奮気味に言う。


「う、うん。そう、なんだ」


 こんな綺麗で高級そうなソファーに俺みたいな身分の低い人間が座ってもいいのかな?


 しかしここへ座るよう促されて立っているわけにもいかない。


「じゃあ、失礼します……」


 すでに対面のソファーに笑顔で座っているエミーリア様に会釈しつつ、俺はふわふわらしいそこへ腰掛けようとする。


「なにをもたもたしておる。早く座ればよいじゃろう」


 と、ナナちゃんは俺を掴んで座らせ、自分は俺の膝のあいだへ腰掛けた。


「ナ、ナナちゃん……」


 ナナちゃんもシャオナも偉い人を前に緊張感が無い。シャオナはちょっと抜けてる子だからってのがあるんだろうけど、ナナちゃんの場合は幼さゆえの怖いもの知らず……というより、この子の場合は単純に身分とか気にしない豪放な性格なんだと思う。


「偉い人の前なんだから、失礼の無いようにね」

「どう偉いんじゃ?」

「えっ?」

「偉いというからには皆から尊敬されるような偉業を成し遂げたんじゃろ? このおばさんはなにをしたんじゃ?」

「お、おばっ!? って、ナナちゃんっ!」

「なんじゃ?」


 不遜な無表情がこちらを見上げる。


「なにって、そのね……」

「ふふふっ」

「えっ? あ……」


 対面でエミーリア様が淑やかに笑っていた。


「す、すいません。いえ、申し訳ありません……」

「いえ、いいんですよ。その子の言う通り、私はおばさんですし、偉くもないですから」

「そんなことは……」

「ほれ、自分でこう言っておる。ナナが正しいのじゃ」

「ナナちゃんっ!」


 まったくこの子は……。

 しかしエミーリア様が怒ってはいないようで、とりあえずはホッとする。


「えっと、それであなたは……」

「あ、す、すいませんっ。申し遅れました。俺はその……あの」


 緊張して言葉に詰まってしまう。と、


「彼はヘイカー団長の息子のマオルドさんですよ」


 察してくれたのか、ソファーに腰掛けたハシュバントさんが落ち着いた声音で俺を紹介してくれた。


「マオルド……まあ、やっぱりっ」

「えっ? やっぱりって……」


 名を聞いたエミーリア様の意外な反応に俺は戸惑う。


「最初に見たときからそうではないかと思っていました。ヘイカー様によく似ていて……」

「お、親父を知って……いえ、父をご存じなのですか?」

「ええ。マオルドさんとも会ったことがあるんですよ」

「えっ? 俺、じゃなくて、私ともですか?」

「はい。ふふ、でも覚えていないでしょうね。あなたはまだ生まれたばかりの赤子でしたから」


 当然だがまったく覚えていない。

 しかし親父とエミーリア様が知り合いだなんて、一体どういうことだろう?


「じゃ、じゃあ母のことも……」

「ええ」

「?」


 先ほどまで朗らかな様子だったエミーリア様の表情が、一瞬だけ強張ったような気がした。


「にーに」

「あ、うん。ごめんね」


 俺はナナちゃんの頭をポンと撫でる。


「その子は……?」


 と、エミーリア様の声に応じてナナちゃんは立ち上がってドレスのスカートを摘まみ、


「ナウルナーラじゃ。皆はナナ呼ぶ。よろしくの」


 それだけ言ってふたたび元の場所へ座る。


「ナウルナーラ……ナナ」


 なにかを思い出そうとするような、そんな表情をエミーリア様は見せた。


「あ、し、失礼しました。この子は私の妹で……」

「妹……?」

「はい。父のヘイカーが結婚をしまして、相手の女性の子がこの子で……」

「ヘイカー様が……結婚?」

「あ、はい。はは、いい歳して結婚だなんて……えっ?」


 エミーリア様の目じりに涙が浮かぶ。


「ど、どうされたのですか?」

「あ……いえ、なんでもありませんよ。少し目に……砂かなにかが入ったみたいですね」


 セルバートさんからハンカチを受け取ったエミーリア様は、その涙をスッと拭う。


「あの方が選んだ女性ならば、きっと素敵な人なのでしょうね」

「ええまあ……」


 涙の理由は本当に砂かなにかが入ったせいなのか?

 どことなく悲しそうなエミーリア様の顔を見ていると、流した涙には別の理由があるのではないかと考えてしまう。


「えと……エミーリア様は父とどのような間柄だったのでしょうか?」

「友人ですよ。まあ……半分はエミーリアとしてではありませんが」

「えっ? って……どういうことですか?」

「はい。かつて……私はカナリアという名で傭兵団を率いていたんです。ヘイカー様とお会いして、友人となったのはその頃でしたね。ハシュバントさんとも」

「カナリア……あ」


 隣を向くと、ハシュバントさんの笑顔が見えた。


「昨夜に聞いた話で……あ、カナリアさんはやっぱり王女様で……」

「そういうことっす」


 それを聞き、先ほどナナちゃんが言っていた昨夜の話をちゃんと聞いていなかったのかという言葉に納得する。


「昨夜に20年前のあの……デーモンアイとのことをマオルドさんたちに話したんです」

「まあ……ヘイカー様からはお聞きになりませんでしたの?」

「ええまあ、父は傭兵時代のことをなにも話してはくれなかったので」

「そうですか。……そうですね。なぜヘイカー様がマオルドさんに傭兵時代のことをお話にならないのか、わかるような気がします」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。カナリアだった頃の私にはわからなかったでしょうけど、エミーリアとして母親になった今なら、ヘイカー様のお気持ちを察することができます」


 そう言ってエミーリア様は俺に微笑みかける。


 母親になった今ならって、どういうことだろう?

 よくわからなかった。


「ではヘイカー様が傭兵時代のお話はすべてハシュバントさんが?」

「あ、いえまだ途中で。その……エミーリア様が森でデーモンアイに浚われてしまわれたところまで話をしたのですが、私はそこで団長と離れてしまったので……」

「なるほど。その続きを聞きにいらしたということですね」

「あ、いえ、それもあるのですが、理由はもうひとつありまして……」


 と、ハシュバントさんの視線が俺に言葉を促す。


「は、はい。実はルナリオ様にお会いしたく、本日は伺いました」

「ルナリオに?」

「はい。難しい問題に悩まされておりまして、その解決にルナリオ様のお力をお貸しいただきたいのです」

「まあ、そうですか……」


 やや力無い言葉と共に、エミーリア様はため息を吐く。


「それで、その難しい問題とはどのようなことなのでしょうか?」

「その……あ」


 俺はここで思う。

 ルナリオ様に頼らなくても、例の件をエミーリア様に相談しても解決してもらえるのではないかと。

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