第79話 やって来たのは大豪邸
……そしてやって来たのは大きな大きな、大きながあと3つは付きそうなくらいの巨大な豪邸の前であった。
大商人が住んでいるとかそんな程度の豪邸ではない。恐ろしく高い身分の者が住んでいるだろうことが明白なほど、煌びやかで広大な豪邸である。
「ハ、ハシュバントさん、その人ってここに住んでる人なんですか?」
「そうっす」
あっさりとした様子でハシュバントさんは答える。
中へ入るどころか、平民がこんなところをうろついているだけ捕まってしまうのではないか?
「こんな格好で入って大丈夫なところなんですか?」
ナナちゃんの格好は貴族のお嬢さんに見えなくも無いけど、俺とハシュバントさんは至って普通だし、ひとりは鉄仮面の鎧姿だし……。
「平気っすよ」
平気かな? 本当に平気かな?
ハシュバントさんを疑うわけではないが、こういう場所に慣れていないのでやはり不安だった。
「ううう……」
「シャオナ?」
小さな唸り声を聞いて振り返ると、俺のうしろをシャオナが縮こまってついて来ていた。
「私、田舎育ちなんでこういうとこ苦手ですーっ><。お屋敷から偉い人が出てきて、こらーって怒られちゃいますーっ><」
「だ、大丈夫だと思うよ」
こんなでかい屋敷からわざわざ偉い人が出てきて怒ったりしないだろう。出てくるとしたら衛兵……いや、そうならないことを願おう。
「ナナちゃんは緊張しない?」
手を繋いでいるナナちゃんに問うが。
「……」
「ナナちゃん?」
「……うん? なにか言ったかの?」
「あ、うん」
考え事をしてたのかな?
集中している様子だったので、声をかけないほうがよかったかなと少し申し訳ない気持ちになる。
「なにか考え事してた?」
「うむ。愛ついてずっと考えておった」
「そっか」
今日はずっとそのことを考えているみたいだ。
「しかし考えるにしても、ナナは愛に関する知識をほぼ持っていないに等しい。もっと多くの者から愛について聞かねばならぬな」
「うん。そうだね」
「それで、にーにはさっきなんと言ったのじゃ? 聞き逃してしまった」
「あ、えっと、こういう大きな家に入るのって緊張しないかなって」
「うん? ふむ、別にせん。生まれたときに住んでいた家はもっとでかかったしの」
「あ、そっか」
ナナちゃんは魔王の娘で、お姫様のような存在だったのだ。広大な土地に建つ大きな屋敷くらいで驚いたり緊張したりするはずもない。
やがて屋敷の敷地内へ繋がる門の前までやってくる。
左右の門柱の前には、鎧を来た門番が2人立っていた。
「こんにちは」
と、ハシュバントさんは軽い調子で門番に声をかける。
大丈夫かな?
ここまで来ても俺はまだ不安だった。
「ん? あ、これはハシュバントさん。どうも」
しかし門番は俺の不安を打ち消すかのように、にこやかな笑顔であいさつを返す。
「ちょっと用があってね。入れてくれるかな?」
「もちろん」
2人の門番によって門が開かれる。
俺たちは先頭を歩くハシュバントさんについて屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。
「わわわっ、本当に入れましたーっ」
俺も驚いたが、一番驚いているのはシャオナのようだ。ナナちゃんは相変わらず考え事をしているようで、門を通るあいだもずっと俯いて難しい顔をしていた。
「今さらですけど、ここってどなた様の屋敷なんですか?」
まあ名を尋ねてもたぶん俺はわからないが、爵位とか聞けばなんとなく偉さはわかるかも。
「故デルマット大公様のご夫人のお屋敷っすよ」
「はあ、大公夫人様のお屋敷ですか」
大公って王様の親戚だったかな。その夫人の屋敷ならば立派なはずだ。
「デ、デルマット大公夫人のお屋敷ですかーっ!」
うしろでシャオナが叫ぶ。
「そうみたい」
「そ、そうみたいって、忘れたんですかマオルドさんっ! 亡くなられたデルマット大公と言えば、ルナリオ様のお父上ですよっ! その夫人ということは……」
「あ……」
そういえば昨日、ルナリオ様を馬上に見かけたときにそんな話を聞いたような……。
「夫人って……国王様の妹君……って、ハシュバントさんの知り合いってもしかして……」
「はい。国王様の妹君であらせられるエミーリア様っすよ」
「ええーっ!?」
俺とシャオナが驚きの声を同時に上げる。
失礼だが、ハシュバントさんのような平民がなぜ国王様の妹君と知り合いなのかわからない。一体、どういう経緯で知り合ったのか……。
「ふむ。やはりのう」
「や、やはりって、ナナちゃんわかってたの?」
「むしろなぜにーには気付かん? 昨夜の話をちゃんと聞いとらんかったのか?」
「昨夜の話って……えっと」
「まあすぐにわかることじゃ」
話をしているうち、いつの間にか屋敷の扉前へと着いてその扉をハシュバントさんが叩く。
「わーすごくおっきな扉ですねー」
「お前の乳のほうがでかいのじゃ」
「こんなにおっきくないですよーっ。あ、扉が開きますよ」
扉が開き、中から召使いらしい女性が現れる。
こちらを見た女性が深く礼をしたので、俺もつられて頭を下げた。
「これはハシュバント様、いらっしゃいませ」
「こんにちは。エミーリア様はいらっしゃいますか?」
「はい。ご案内いたしますのでどうぞ」
女性に連れられ、俺たちは屋敷の奥へと進む。
階段を上り、やがて着いたのは中庭が見渡せる広いテラスであった。
「奥様、ハシュバント様がいらっしゃいました」
白いイスに座る長い金髪の女性に召使いの女性が声をかける。
その女性は白いカップを白い丸テーブルの上に置いてこちらを向く。
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