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第78話 愛について考えるナナちゃん

 ……起きてから朝食を終えるまで、ナナちゃんはずっと無言だった。いつも通り表情は無く、なにかを考えている様子であるが……。


「リンゴを切ってきましたよ。いかがっすか?」


 ハシュバントさんがデザートにと、切ったリンゴを持ってきてくれる。シャオナは嬉しそうに食べていたが、ナナちゃんは手を出さずにうんうん唸っていた。


「ナナちゃんリンゴいただいたら?」

「うん? いや、朝食を十分に食べたからの。もういらん」

「そう?」


 そんなに多くは食べてなかったと思うけど。


「十分以上に食べるのは暴食じゃ。暴食は醜い」

「なるほど」


 相変わらずしっかりした子だな。


「でもこのリンゴおいしいですよー。食べないのはもったいないですよー」

「お前は食べて寝てばかりじゃな。怠惰と暴食は醜いぞ」

「怠惰じゃないですもん。運動してますよ。だから太ってないんですよ」


 胸を張ってシャオナは言う。


 わずかにボインと揺れるものから目を逸らしつつ、まあ太ってはいないけど脂肪は一部にものすごく溜まってるなと俺は思った。


「むう……ナナももう少し食べて運動をしたほうがいいのかのう」


 自分の胸を両手で掴むナナちゃん。

 年齢にしては大きいほうだろう。


「まあ、よく食べてよく運動するのはいいことだよ。特に子供のうちはね」

「それもそうじゃな」


 と、ナナちゃんはリンゴを手に取ってかじった。


「朝からずっと黙ってたけど、なにか考え事?」

「うん? うん。まあの。愛について考えておった」

「ああ」


 そうじゃないかとは思っていた。


「しかし答えはでんのう。答えを出すには愛に関する知識が足りんようじゃ」

「知識か……。じゃあ本を読んでみるとか?」

「本? ふむ……しかしナナは字が読めんからのう」

「えっ?」


 思わぬ一言に俺は驚きの声を上げる。


「ナナちゃん、字読めないの?」

「うむ。読めん」

「そ、そうなんだ」


 字を読めないということはそれほど珍しいことではない。俺やティアは子供のころに教会の神父さんから習ったので字を読むことはできるが、子供はもちろん大人でも読めない人はいる。しかしナナちゃんのようにかしこい子が字を読めないというのは意外だった。

 しかし確かに、王女という言葉を知らなかったり、かしこいわりに知識が変に乏しいところはあったので、不思議には思っていた。


「習ったことないの?」

「無いのう。母上は字を読めるが、別に必要無いから習っとらん」

「そ、そう。不便じゃない?」

「うむ。不便を感じたことは無いぞ」

「でも覚えておいたほうが便利でしょ?」

「必要無いことはせん。必要になったら覚えればよいじゃろう」


 なんとも豪胆な考え方である。ナナちゃんらしいと言えばらしいけど。


「私は字を読めますよっ」


 そうシャオナは誇らしげに言う。


「それはたいしたもんじゃ」

「えっへん」


 と、大きな胸を張るシャオナ。


「それでそれがなにかの役に立ったかの?」

「えっ? えっと……その、本が読めましたっ」

「ふむ。ナナは本に興味など無いから、やはり必要無いの」

「でも本が読めればたくさん知識を得られるよ」

「見聞きや経験に勝る学びなど無い。知識が必要ならば見るか聞くか経験をすればよいじゃろう」

「まあそうだけど、本ならもっと簡単にたくさんのことが知れるよ」

「会ったことも無い知らん者の書いた知識などナナは信じぬ」


 きっぱりとナナちゃんは言い放つ。


 自分の考えをしっかりと持っている。本当にこの子はたいした子だ。


「だからナナは愛を知る人間から話を聞いてみたいのじゃ。ハシュバントおじさんは愛がなにかを知っているかの?」

「えっ?」


 リンゴを口に運ぼうとしていたハシュバントさんの手が止まる。それからリンゴを口に含んで、咀嚼しつつ腕を組んだ。


「愛……っすか? えっと……そうっすねぇ。恥ずかしながらこの歳まで恋人とかいたこと無いっすから、そういう愛はちょっとわからないっすけど、子を想う親の愛ってのは少しわかるっすよ」

「それはどういうものじゃ?」

「そうっすねぇ……子を想う親の愛、とは……子が間違えたときに叱ってやることっすかねぇ」

「なんじゃそれ?」


 ナナちゃんは首を傾げる。


「なんで子を怒ることが愛なんじゃ?」

「怒るじゃなくて叱るっすよ。ただ感情的に怒るんじゃなく、愛情を持って叱ってやるんす。親子のあいだに信頼という愛があれば、子は親の叱責を受け入れてくれるっすからね」

「なんかよくわからんのう。けどナナもにーにを叱ってやれるのじゃ」

「えっ? 俺が叱られるほうなの?」

「当然じゃ。にーにはだらしないところがあるからのう。ナナが叱ってやらねばならぬ」

「あ……ううん」


 だらしないと言われて黙るしかないのが情けないところである。


「お互いの信頼があれば叱責も愛と受け止められるか。なるほどのう。参考になったのじゃ」

「それはよかったっす」


 ハシュバントさんは満足にそうに頷いた。


「シャオナはどうじゃ?」

「ふぇっ? わ、わたふぃでふか?」


 リンゴを3切れも口に含んでいるシャオナがナナちゃんのほうを向く。


「落ち着いて食べなよ」

「むぐむぐ……うん。すいませんリンゴ好きなのでー。で、なんでしたっけ?」

「お前は愛がなんだか知っているかの?」

「あ、愛っ! 愛ですかっ? あ、愛……」


 シャオナの視線がこちらをチラと覗いてくる。


「知っているというか……知りたいというか……」

「なんじゃ知らんのか?」

「い、いえその……私のはなんとなくわかるんですけど、相手のはわからないって言うか……」

「よくわからんが、ならばシャオナのを教えればよい。愛とはなんじゃ?」

「え、えっと……それはその……なんていうか……胸がドキドキするような……」

「胸がドキドキ? 鼓動のことかの?」

「は、はい。愛する人の側にいるだけで胸がドキドキするんです。今も……」

「今も?」


 こっちを向いているシャオナと目が合う。

 仮面を被っているからどんな目をしているかわからないけど、なんだかもじもじしている様子だった。


「愛する者の側……胸の鼓動……」


 イスから降りたナナちゃんが俺の側へと来る。


「……鼓動は無いのじゃ」

「えっ? あ……そっか」


 しょんぼりとうな垂れるナナちゃんになんと声を掛けたらいいか……。


「ま、まあ俺とナナちゃんはいつも一緒にいるからね。側にいることに慣れちゃったってのもあるんだと思うよ」

「そうかのう……」

「そうだよ。ナナちゃん」


 抱き上げて膝の上に乗せる。


「あんまり気にしないで。ね」

「うむ……」


 そう返事はするも、ナナちゃんの気落ちした様子は変わらない。普段からはつらつとした子でもないけど、こうも明らかにしょんぼりするのは珍しかった。


「それじゃあそろそろルナリオ様のところへ行くっすか」

「あ、はい。お願いします」

「ルナリオ様? どこへ会いに行くんですかー?」

「っと、そういえばシャオナは寝てたんだったね」


 昨夜に聞いたハシュバントさんの話をシャオナに聞かせる。


「そうなんですかっ! それはすごいですっ! ハシュバントさんはすごいですっ!」

「ははは、まあ俺が知り合いなのはルナリオ様じゃなくて、ルナリオ様と親しい人なんすけどね」

「それでもすごいですよっ。あんな偉い人の知り合いと知り合いなんてっ」


 シャオナは大興奮だ。


 まあルナリオ様と会えるおかげで状況が好転しそうなので当然だろう。


「それじゃあそろそろ行くっすかね。その知り合いのところへ」

「あ、はい」


 ハシュバントさんの言葉と共に立ち上がった俺たちは。ルナリオ様と親しいその人のもとへと出掛けた。

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