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第77話 愛とは

 ……ん? もう朝かな?


 眠りから覚めた俺だが、まだ起きたくなくて目を閉じたままウトウトする。身体に抱きついているナナちゃんの軽い重みを感じ、手の平はなにか柔らかいものを掴んで……。


 っと……。


 またナナちゃんのおしりを掴んでいたようだ。


 しかし柔らかい。いや、離さないと。


「ナナちゃんは……まだ寝てるか」

「すー……ふー」


 小さな寝息が俺の頬にかかる。


「俺ももう少し寝て……うん? なんか胸のあたりにむにゅってした感覚が……」


 瞼を開くと、見えたのはナナちゃんの寝顔だ。唇と唇が触れそうなほど顔は近い。


「ん? 服が……あれ?」


 自分が上着を着ていないことに気付く。


 暑くて脱いじゃったのかな? いやそれよりもこの胸板に感じるむにゅってした柔らかい感覚はもしかして……。


「んん……ふう……」


 ナナちゃんがもぞりと動く。

 と、柔らかく感じる場所も少し移動した。


「裸のナナちゃんが上半身素肌の俺に抱きついてるってことはやっぱり……ナ、ナナちゃんっ」


 背中を撫でて呼び掛ける。


「……んーむにゃ」

「ちょ、ちょっと起きてナナちゃんっ」

「……うーん……なんじゃあ? まだ眠いのじゃ。ふぅ……なんか気持ち良いのう」


 そう眠そうな声で言って、ますます身体を密着させてくる。


「ナナちゃんっ、俺、上に服着てなくて……肌に直接、胸が当たっててね……」

「ん? おーほんとじゃ。肌と肌を触れ合わせると、こんなに良い気持ちなんじゃな」

「いや、確かに気持ち良いんだけど……」


 かなりエッチだ。これはちょっと……いけない。


「んー良いのう。んふぅ……こうして上下に動くと……先っぽが擦れて気持ち良いのじゃ。はむ」」

「あう……」


 不意にナナちゃんが俺の首に唇を寄せ、そのままチュウと吸った。


「おおお……って、なにこれナナちゃんっ」


 妙な感覚である。


「んは……知らん。こうしたくなったのじゃ」

「そ、そう。と言うか、なんで俺、上着を着てないの?」

「それも知らん。ナナが寝惚けて剥いだのかもしれんの」

「まあなんでもいいけど……。えっと、上着を着るからちょっと離れてくれる?」

「いやじゃ」


 と、ナナちゃんは身体を擦りつけて離れようとしない。


「んふぅ……これ気持ち良いのじゃ」

「いやでも、ね」

「胸に毛が生えとるのう。男らしくて格好良いのじゃ」

「えっ? そう? い、いやそうじゃなくて」


 胸毛を褒められたのは初めてだったから少し嬉しくなってしまった。


「これかなりエッチなことだから……」

「むう、またか」


 眉根を寄せてナナちゃんは頬を膨らます。


「気持ち良いことをにーにはいつもエッチなことだからと嫌がるんじゃ」

「そりゃまあね……」

「なぜじゃ?」

「えっ?」

「なぜエッチなことをしてはいかんのじゃ?」

「そ、それは……」


 ……なぜかな?


 なんとなくいけないことと理解している。しかし聞かれると答えに困った。


「えっと……それはその、あの、人に身体を触られるとか嫌だとかあるし……」

「ナナはにーにに触ってもらうのは嫌ではないのじゃ。むしろ嬉しいのじゃ」

「あ……そう」

「にーにはナナに触れられて嫌なのかの?」

「えっ? いや、そんなことないよ。というか、普通は女の子が男に触られるのを嫌がるもんなんだけどね」

「ナナとて他の男とこうして肌を触れ合わせるなど嫌じゃ。大好きなにーにじゃから、触れて触れられて嬉しく思えるのじゃ」

「うん。大好き、か……」


 と、俺はナナちゃんの頭をポンと撫でる。


「ナナちゃんは前に、愛はわからないって言ってたよね?」

「うむ。だが少しずつ理解できておるような気がするのじゃ」

「どれくらい理解できた?」

「そうじゃの……。愛とは好意の上位に位置するものではないかと考えておるのじゃが……」

「うん。そうかもしれない。けどね、愛ってのは好きって気持ちだけじゃないんだ。もっといろんな感情が込められているものなんだよ」

「いろんな感情とはなんじゃ?」

「それは……言葉で伝えるのは難しいかな。と言うか、俺もよくわかってないんだ」

「そうなのかの?」

「うん。親父が言うには、言葉じゃなくて心で理解するものらしいけどね。お互いの愛を理解しあった男女が結婚をして子供をもうけるんだって」

「ふむ……」


 俺の言葉を聞いてなにを思ったのか、ナナちゃんはきょとんとしていた。


「エッチなこともお互いの愛を理解しあった男女がすることなんだ。俺もナナちゃんもまだ愛を理解できていない。だからエッチなことはしちゃダメなんだよ」


 ナナちゃんの目をまっすぐに見つめながら真剣な声音で言葉を紡ぐ。


 珍しくまともなことを言えた気がする。しかし、かしこいこの子のことだ。なにかしらの理屈で言い返されるような気もしたが……。


「むう……むう……むううう」


 なんかむうむう言い出す。

 眉を曲げて、なにか考えている様子だった。


「……わかったのじゃ」

「えっ?」


 俺から離れたナナちゃんは首を巡らし、なにかを掴むとそれをこちらに渡した。


「あ、俺の上着」

「着るのじゃ」

「うん」


 受け取った上着に袖を通して身に着ける。


「……のう、にーに」

「えっ? なに?」


 ベッドに腰掛けたナナちゃんの目が俺をじっと見つめてくる。


「ヘイカーパパと母上はお互いの愛を理解し合ったから、あんなに仲が良いのかの?」

「まあ、そうだろうね」

「父上と母上は仲が良いという関係ではなかった」

「……」

「にーにとナナも、お互いの愛を理解し合わなければ、父上と母上のような冷たい関係になってしまうかもしれない。それは嫌じゃ」

「ナナちゃん……」

「愛とはなんじゃろうな? ナナに理解できるものなんじゃろうか?」

「できるよ」


 俺はナナちゃんの頭をポンと撫でる。


「いつかきっと、ね」

「……嫌じゃ」

「えっ?」

「ナナはすぐに愛を理解して、にーにと理解し合いたいのじゃ」

「そ、そっか。まあ、ナナちゃんならできるかもね」

「うむ。そしたらいっぱいエッチなことをするのじゃ」

「ははは……」


 瞳に確かな意志を覗かせてそんなことを言うナナちゃんを前に、俺はただ苦く笑った。

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