第76話 圧倒的上位の存在
年齢は自分より少し上かとミルバーシュは思う。
長い黒髪に妖艶という表現の似合う顔立ち。テーブルの前にあるイスに座って長い脚を組んでいるその女は、真っ黒いドレスの前で大きな胸を持ち上げるように腕を組み、嘲るような笑顔でそこにいた。
「お前……どこから現れた?」
気配も無く、忽然と姿を現した。
腕の立つ猛者か? しかし戦士のようには見えない。
「それは重要じゃないね。重要なのはお前にとって私が敵かそうでないかということだ」
不意に女が指を鳴らす。と、周囲に転がっていた人のような生き物らの死体が燃え上がり、やがて完全に焼失して消えた。
「お前……魔法使いか?」
「魔法使い? ああ、魔物の血を飲んだ人間のことか。そんな下賤な者とは違うね。もっと優れた存在だ。くらべるのもおこがましいほどに、私は貴様らなどより上位の存在だよ」
クククと女は声を出して小さく笑う。
異様な雰囲気の女だ。
敵意は感じない。しかし危険ではあるような気がした。
「安心しなよ。私は敵じゃない。少なくとも今はね」
「……」
そう言われてあっさり信用するほど人は良くない。
「信用しろと?」
「騙る理由が無い。嘘とは弱者が強者から身を守るために吐くものだからね」
「あたしがお前より弱いと言うのか?」
「黙れ」
「……っ」
放たれた女の一言を聞いたミルバーシュの身体を寒気が包む。
これは……恐怖か? 言葉を聞いただけでまさか……。
だが身体のほうはその思いを証明するように震え、呼吸は乱れ、足は逃げろとでも訴えるように退いていた。
「下賤な者が、くだらない問いで私の時間を奪うな。答えが知りたければ背中にあるそれで斬りかかってくるといい。できるならね」
「う……」
「できないだろう? お前の本能が私を恐れているのさ。猛獣を前にした小動物のようにね。絶対に勝つことはできないと、無意識に理解しているんだよ」
「むぅ……」
認めたくはないがその通りだと思う。
猛獣に睨まれた小動物。本能に従えば、今すぐにでもここから逃げ出している。だが逃げられる気もしない。逃げることすら許されない。だからただおとなしく、ここで女の動きを待つしかなかった。
「しかし私のおもちゃを見事な芸で殺したのはおもしろかった。褒美に3つだけ問いを許す」
「み、3つ……」
多くは無い。しかし今の言葉でひとつだけわかったことがある。先ほどの化け物たちはこの女に使われていたということだ。
「……じゃあまずひとつ。あんたはさっき、敵じゃないと言った。しかしそのおもちゃであたしを殺そうとした。これはどういうわけだ?」
「それはお前の力を試してやっただけだよ」
「試した? なんのために……?」
「2つ目の問いはそれでいいのか? 私はお前の知りたいことのすべてを知っている。それを考慮して質問の優先順位を考えるのだな」
そう言う女の言葉にミルバーシュは眉をひそめる。
知りたいことのすべてを知っているだと? こいつの正体はなんだ? 何者なんだ?
わかっていることは、恐らくイルーラ姫と村人を殺した者ということ。これは間違いないと思う。
ならばそれについて問う必要は無い。聞くべきは……。
「なぜイルーラ姫と村人を殺した?」
「ふむ、殺したかどうかではなく、殺した理由を問うか。ふふ、なかなかかしこいじゃないか。下等生物にしてはたいしたものだ。ほめてやろう」
パチパチと乾いた音で女は手を叩く。
不愉快な女。
文句か嫌味で言ってやりたい心地だが、それを許さない圧倒的な雰囲気があった。
「答えは単純さ。村の連中に死んでもらったのはここに滞在するのに邪魔だったから。そこの女を殺したのは約束を果たすためだ」
「約束だと?」
「それが3つ目でいいのかい? 最後の質問だぞ」
「……」
約束……。誰かにイルーラ姫の殺害を依頼された?
まさかベルミゲイロが他の傭兵にも依頼を出していたか……。
「お前はそいつにそっくりの女を捜すんだろう?」
「……」」
「独り言を聞かれたと思ったか? まあ大きな呟きではあったけどね。お前、寂しがり屋だろう? 孤独に弱い人間はひとりでうるさいもんだ」
嘲り笑う目がミルバーシュに刺さる。
「姫はあんたがやったんだ。私にはもう関係ない」
「お前が殺したことにすればいい」
「いいのか? 姫殺しの依頼なら報酬はたんまりだろう?」
「それが最後の質問でいいのか?」
「……いや」
理由はわからない。
だが手柄を譲ると言われて断るほど傭兵業にプライドを持っているわけでもない。
「そいつに似ている女の居場所を教えてやろうか?」
「なに?」
「他に聞きたいことがあるなら、そっちを優先するがいい。私がお前に教えてやることはあとひとつだけだ。じっくりと考えろ」
「考えるまでもない」
この女が何者で、誰との約束でイルーラ姫を殺したのかは気になる。しかし今自分がやるべきはイルーラ姫の偽物を殺すことだ。
「イルーラ姫に似ている女の居場所を知っているなら教えてほしい」
「いいだろう。ふふ、お前のよく知っている場所さ」
「よく……知っている場所?」
女の口からその場所が語られる。
……そこはあまりに意外過ぎ、にわかには信じられなかったが、
「まさか……いや、そうか。あの女が……」
心当たりはあった。思い返してみれば、背丈も同じようだったか。
「話は終わった。さあもう行きな」
「待て。なぜあんたはそこがあたしのよく知っている場所だと……」
「許した問いは3つだ。お前はすでに3つの問いを私にしている。忘れたか?」
「いや……」
「ならば話すことはもう無いはずだ。行け」
「むう……」
剣を振り下ろしてイルーラ姫の首を落として拾い上げ、納得できない気持ちを抱えたままミルバーシュは家の出口へと歩く。
「……名も聞けないか?」
「くどい」
冷たく女は言い放つ。
「だがひとつだけ良いことを教えてやる」
「良いこと? なんだそれは?」
「お前の父親のことさ」
父さんの? 一体、この女が父さんのなにを知っているというのだ?
「お前の父親は、元盗賊だ。お前の母親を殺してお前を拾った」
「なにを馬鹿なことを。私の父は元傭兵だ。盗賊なんかじゃない。捨て子だった私を拾って育ててくれた立派な人だぞ」
どういう意図でこんな嘘を吐いたのか? それは疑問だったが、それよりも父を盗賊と愚弄されたことに腹が立った。
「なぜそんなことを私に言った?」
女は答えずに笑っている。
これ以上、ここにいたら殺されるかもしれない。
それを察したミルバーシュは、イルーラ姫の首を持って足早に家の中から立ち去った。
……
――去って行くミルバーシュの背を冷たい目が見張る。
やがてその背が見えなくなると、カルラカンラは小さく笑った。
「さて、はたしてあの下等生物がマオルドの能力を引き出すのに使えるかどうか」
そう声に出しつつ、カルラカンラは自分の手を見下ろす。
「私の能力をもっと強く使えればあの下等生物を使う必要も無いのだが、今はしかたないか」
難儀な能力だ。この力をもっと自由に使うことができれば兄弟姉妹の中で自分は最強であったとカルラカンラは思っていた。
「まあ今はそれよりも……」
弟ドラゴドーラがうわ言のように呟いていた言葉を思い出す。あれが怯えるように口にしていた言葉。それは……
ガーディアン
はたしてマオルドの持つ能力がそれなのか……。しかしガーディアンはキーラキルの持っていた能力のはず。いかに息子とて、同じ力を有するなどありえるのだろうか?
「もしもそうなら、あれを守るために発動させるはず。だいぶ仲良くなったようだからねぇ」
違えば別の新たな能力が見られるか……。しかしガーディアンであったならば、ドラゴドーラの力で勝てないのは道理だ。あれの力とは相性が悪い。
「ガーディアンならば父上は興味を示さないだろう。ならば私の力で片付けるまで。造作も無い。私の力はあの能力と相性が良い。一度、勝っているしね。くくくっ……」
不敵に笑うカルラカンラ。その声を聞く者は物言わぬ死体ばかりであった。
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