第74話 ナナちゃんの好意
「ナナは血縁者以外の男をあんまり知らん。まだ若いからの」
「まあそうだね」
若いどころか幼いのだが、少なくとも年齢的には。
「にーにのことを好きなのも、他の男を知らないゆえの間違いかもしれぬ。他の男を知れば、にーにから感じた魅力が失せるのではとナナは考えて不安に思ったのじゃ」
「そ、そっか」
この子は本当に大人な考えを持っているな。普通の8歳児ならば考えもしないようなことだ。
「だからあの良い男を知ることでにーにへの好意が失せるかを試したのじゃ」
「大胆なことするね……」
貴族の偉い人で試すなんて……。まあ魔界で生きてきたナナちゃんには貴族も庶民も関係ないのだろうけど。
「うむ。あれは良い男じゃ。にーによりも男として格上じゃろうな」
「まあうん。そうね……」
欠片も否定できない。事実なので。
「けど不思議じゃな」
「えっ?」
「それがわかっていても、ナナはにーにのほうが魅力的に思う」
胸から頭を離したナナちゃんは、じっと俺の目を見つめてくる。
「なぜかわかるかの?」
「な、なんでだろ?」
「ドド兄様から守ってくれたから……」
「あ、うん。そうかもね」
「いや違うのう。違う気がする」
表情の無いナナちゃんの顔が横へと傾げた。
「命を救ってもらったことは感謝しておる。ナナにやさしいところも好きじゃ。けどそれだけでは足りぬ。にーにの顔を見ているだけで魅了されてしまう理由には足りぬのじゃ」
「ナ、ナナちゃん……ん」
近付いてきたナナちゃんの唇が俺の唇に触れる。
「ん……ふう……。にーにはナナのものじゃ。誰にも渡さん」
「そ、そんな大袈裟な……」
「ナナはずっとにーにの側におる。誰のものにもならんから安心するのじゃ」
「う、うん……」
って、納得していいのかな? よくわからない。
「しかしにーには不安じゃ。他の女に魅了されやすいからの」
「そ、そうかな?」
「うむ。子供のナナではまだにーにを魅了しきれぬ。背も胸も足りん」
ナナちゃんは自分の胸に両手を置いて「ふぅ」と息を吐く。
「まあよい」
「うん? まあよいって……なにが?」
「ナナが成長するまでのことじゃ。ナナが成長するまで、にーにが何人の女に魅了されようと、結果は同じ事じゃからな」
「結果って……」
「何人の女に魅了され、何人の女を魅了しようとも、にーにはいずれナナだけのものになる。そういうことじゃ」
「ナ、ナナちゃん……」
小さな女の子の言葉とは思えない。大人よりも大人のような言葉だ。
「なんじゃ?」
「いや、ナナちゃんって本当に8歳なの?」
「8年前は赤子じゃったからそうなんじゃろ」
「赤ちゃんのときのこと覚えてるの?」
「うん? うむ。そういえば普通は覚えておらんそうじゃな」
「まあうん……」
この子は覚えているんだ。すごいな。今さらだけどこの子は頭の出来が普通とは違って優れている。けど、頭が良いことと大人っぽいことって関係あるのかな?
「ふぁ……。眠いのう。もう寝るのじゃ」
「あ、そうだね」
寝る準備と、ナナちゃんはスルスルとドレスを脱いでいく。
「やっぱり裸になるんだね……」
「服を着ていると良く眠れんのじゃ。何度も言ったじゃろう」
そうだけどやっぱり慣れない。
「ほれ、横になるのじゃにーに」
「あ、うん」
俺がベッドへ仰向けになると、その上にナナちゃんが覆い被さってくる。
「本当はお股のムズムズをしてほしいのじゃが、今日はもう眠いからのう」
「そ、そうだね。うん。寝たほうがいいよ」
「でもにーにはナナのお股をムズムズしたいじゃろうな」
「そ、そんなことないよ」
なぜ俺がしたいなんて話になるのか? 嫌……でもないけど。
「しかたないのう。ナナは寝るから好きにするとよい」
「好きにしろって……」
「寝ているナナのお股をムズムズしてもよいということじゃ」
「い、いやしないよっ」
「遠慮しなくともよい。にーにがしたいのはわかるのじゃ」
「えっ? いや、その……」
「まあよい。ナナはどちらでも」
ナナちゃんの瞼がスッと閉じる。
眠ってくれたかな?
「……なんか変じゃな?」
しかしすぐに目を開いてこちらを見上げる。
「なにが? あ、やっぱり服は着たほうがいいって思ったとか?」
「逆じゃ。ナナが裸でにーにが服を着てるのは違和感がある。脱ぐのじゃ」
「えっ!? い、いやそれはダメだよっ! 絶対にダメっ!」
「なんでじゃ? 寒い時期でも無いじゃろう?」
「いやそういう問題じゃなくて……」
「ならばどういう問題じゃ?」
答えを求めるナナちゃんの目がじっと俺の瞳を凝視する。
大問題だ。なにが大問題かを言う必要も無い大問題である。しかしナナちゃんは答えを聞かなければ納得しないだろう。どうしたらいいか……。
「答えるのじゃにーに」
「あ、の……その、俺は服を着たほうがよく眠れるから……はは」
「嘘をつくでない」
嘘はすぐにばれた。
「ナナににーにの嘘は通じん。そもそもにーにには人を騙す才能が無いのじゃ。下手なものを使えば痛い目に遭う。今後、嘘はつかんほうがよい」
「う、うん……」
説教までされてしまう。
確かに嘘をついて良い目にあったことなんてないし、まったくその通りだ。
「まあにーにがナナに嘘をつくということは、よほど言いたくないことなのじゃろう。たぶんエッチなこと、というものかの」
「う……」
「それほど言いたくないのならばしつこく聞いたりはせん。眠いしの」
「うん」
ホッとする。回答が先送りになっただけな気もする気けど……。
抱きついてくるナナちゃんの頭をそっと撫でる。
「あ、ごめん」
「なんじゃ?」
「頭を撫でたりするのは子供扱いで嫌がるかなって」
「うん? いや、ナナはにーにに頭を撫でてもらうの好きじゃ。だから頭はどんどん撫でるとよい」
「あ、そう。じゃあ……」
ポンと頭を撫でてあげると、ナナちゃんは気持ち良さそうに目を閉じた。
ナナちゃんの大人っぽく聡明なところはすごく頼もしい。しかし時折見せるこういう子供っぽいところはとてもかわいらしく、やっぱりまだ幼いんだなと安心できた。
「にーに……」
「おやすみ、ナナちゃん」
「うむ……。にーに、シャオナには気を付けるんじゃぞ……」
「シャオナに? って……」
「すー……」
「……寝ちゃったか」
眠ってしまったナナちゃんの背を撫でる。
「シャオナに気をつけろってのは、魅了されちゃダメってことかな」
魅了なんてされたつもりはなかったけど、言われてみれば胸に抱かれてデレっとはしてたかも。けど男ならしかたないだろう。シャオナは美人だし胸も大きいし……。
「って、外見ばかりだな」
見た目だけで相手に好意を持つってあんまりよくないよな。まあシャオナは悪い子じゃないけど。
「良い子かな?」
どちらかと言えば良い子だと思う。
ナナちゃんは……。
「良い子……かなぁ?」
まあ少なくとも悪い子ではない。でもやはり魔王の娘だからだろうか。どことなく冷たさを感じることはあるかも。
「すー」
「寝ている顔は無邪気そのものなんだけど」
背中を撫でると、ナナちゃんはくすぐったそうにもぞもぞ動く。
「かわいいな」
しかし乱暴なところもある。
「暖かい……」
ナナちゃんの身体から伝わる心地良い温もりに眠気を誘われる。
「柔らかくて……良い匂い……」
ゆっくりとした寝息を聞きながら、俺も眠りについていった。
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