第69話 迫るデーモンアイのアジト
――早朝、王都最強傭兵団ジャスティス率いる傭兵たちがデーモンアイのアジトへ向かう。
カナリアたちジャスティスの主要メンバーは馬に乗っていたが、ほとんどは歩きで、もちろんヘイカーやハシュバントらも歩きであった。
王都を出て平野、荒野とを歩き、やがて森へと入る。
デーモンアイのアジトはこの森の深いところにあるとのことだ。
森を進むのに馬では不都合と考えたのか、ジャスティスの主要メンバーは馬から降り、ここからは全員が徒歩となった。
「このあいだ魔王の軍に滅ぼされたっていうナレド王国ってさー、魔法使いの国だったんだよな。ハッシュ知ってたか?」
「ああ、なんか聞いたことある」
隣を歩くライアスに声をかけられたハシュバントが答える。
「そこのお姫様がさ、7つか8つくらいらしいんだけど魔法を使う天才なんだってさ。なんでもナレドの王城に攻め込んできた魔物たちをたったひとりで数千も殺したそうだぜ」
「そりゃたいしたもんだ。この討伐にも参加してもらいたかったな」
まあそんなのがいたら自分らは必要ないだろうなと思う。
「てか魔法ってどうやって使えるようになるんだ? ナレドの人らだって俺たちと同じ人間だと思うけど、なんか身体の構造とか違うのかな?」
「あー聞いた話によると魔物の血を飲むらしいぞ」
「えー……」
「火を吹く魔物の血を飲むと火の魔法が使えるとか。けど才能が無いと使えないらしくてな。他国の人間が同じことをしても魔法が使えるようにはならないらしいし、ナレドの人間は他となにか違うのかもな」
「ふーん」
……などと雑談をしていると多少はこの先のことを忘れて落ち着くが、話が終わると自分の今置かれている状況を思い出して身が震える。
今夜の月はもう見れないかもしれない。つまり夜を迎える前に死ぬってことだ。
殺されて当然のことをやってきた。だから自分が死ぬのはいい。だけどやはり、ミルバーシュの今後だけは心配だった。
「あれ? そういえばヘイカーはどこいったんだろう?
出発をしたときは側を歩いていたのに今は姿が見えない。
「あいつならあそこだ」
「えっ?」
ライアスの指差す先。そこに見えたのはキーラキルの横で楽しそうに歩いているヘイカーの姿だった。
「ねーねーキキちゃんって肉と魚どっちが好き?」
「……」
「俺は肉も魚も好きだけど、キキちゃんのことはもっと好きだよ。君のためなら肉と魚を一生食べなくてもいいくらいにね」
「……」
くだらないことを話し掛けているが、キーラキルは完全に無視である。嫌そうな顔すらしておらず、もはやヘイカーなど存在していないかの如くだ。
「俺の実家は農家でねぇ。子供のころから野菜ばっかり食べさせられたよ。だから肉や魚には憧れがあって、大人になったらたらふく食べてやろうと思ったけど、君のためなら肉や魚を断つことができるね。絶対に。なんたって君を愛しているからさ」
しかしそれでもヘイカーは話をやめない。落ち込む様子も無く、ひとり楽しくしゃべり続けていた。
「あそこまで嫌われてると……なんかもう気の毒だな」
会うたびにしつこく言い寄られているキーラキルを少し気の毒に思ったりもしたが、好きな女にあそこまで嫌われているヘイカーもかわいそうに思う。
「もう諦めればいいのに」
「他に好きな女でもできない限り無理だろうな。だけどあれほど言い寄るのは珍しい。よっぽどあの女のことが気に入ったんだろうな」
まあ確かに見た目だけなら文句のつけようもない。
性格も他のみんなが恐れるほど悪いような気はしないが、やはりあの冷たい目がハシュバントは怖くてたまらなかった。
「ヘイカー……そのうちキーラキルに殺されたりしないかな?」
「さあな。あの女の考えなんてわからんし」
遠目から眺める限り、キーラキルの表情に怒りは見えない。しかし彼女ならば無表情から腰の剣を抜いてそのままヘイカーの首を落としてしまうのでは? そんな怖い雰囲気があった。
「でもたぶんヘイカーのほうが強いだろうし、大丈夫だよな?」
いくらキーラキルが強いと噂でも、やはり男と女だ。女にしては強いというだけで、腕の良い男の傭兵とくらべたらそうでもないのだと思う。
「うん、まあ……男と女だからな。普通に考えればヘイカーのほうが強いかもしれんが、あの女も伊達に傭兵連中から恐れられているわけじゃない。油断をすればやられかねないな」
「そ、そうかな……」
「ああ。というかヘイカーは女と戦わん。惚れた女を殺すくらいなら、潔く殺されるだろう」
ライアスの言葉を聞いてハシュバントは黙って俯く。
きっとそうだろう。ヘイカーはそういう奴だと、付き合いが短いハシュバントにもわかった。
「まあ、今は自分の身を案じろハッシュ。余計なことを考えてる余裕は無いだろう?」
「そ、そうだな」
まったくその通りだ。
ハシュバントにはヘイカーを心配してやれるような強さは無い。これから始まるだろう戦いに意識を集中する。今するべきはそれだけでなくてはならない。
「もうそろそろ連中のアジトかな」
「ジャスティスが掴んだ情報が確かならな」
「違う可能性もあるのか?」
「連中は賊だ。ねぐらなんて気分でころころ変えてもおかしかない」
「そうだな」
盗賊だったハシュバントにはよくわかることだった。
だがデーモンアイは大所帯の盗賊団だ。ハシュバントのいた少数の盗賊団ほど移動が容易ではないと思う。
それからしばらく歩いたころ、先頭を行くジャスティスの一団が止まり、団長のカナリアがこちらを向く。
「もうすぐデーモンアイのアジトにつきます。作戦は事前に話した通りです」
「作戦……」
出発前に聞いたものだ。
まずジャスティスのみでアジトへ近付く。アジトへの接近に気付いたデーモンアイが迎撃に出て来る。ジャスティスは後退し、他の傭兵らが隠れている場所まで連中を引きつける。追ってきた奴らを全員で総攻撃して叩く。これが事前に聞いた作戦の内容だが……。
「なんか簡単に終わりそうだなー」
「ああ。思ったより楽に金が手に入りそうだぜ」
他の傭兵たちは楽観的な様子だ。しかしハシュバントは不安だった。
作戦が簡単すぎる。ただの盗賊集団ならばこれであっさり一網打尽だろうが、相手は軍隊すら手を焼く大盗賊団だ。こんな簡単な作戦で討伐できるとは思えない。
「なんか嫌な予感がする。もっと念入りに作戦を考えたほうがいいんじゃないかな」
「けど全体のほとんどは雇われの傭兵だぜ。難しい作戦を考えてもその通りに動いてくれるかはわからんし、簡単なほうがいいんじゃないか?」
「まあ……そうかもしれないけど」
なんにせよハシュバントが不安に思ったところで作戦の変更は無いだろう。言われた通りに動くしかない。
ハシュバントらはその場に残り、各々、森のどこかに身を隠す。
先へと進んだジャスティスの一団を見送りつつ、ハシュバントは腰の剣をグッと握る。
死ぬかもしれない。
その一言が今までよりも鮮明に頭へ浮かぶ。
身体が震え、全身は嫌な汗に塗れた。
今まで少なくない人数の人間を盗賊として殺してきた。だから殺されるのはしかたないとは考えていても、死への恐怖が無いわけではない。
もっと生きたいとか、生きて美味いものを食べたいとかやりたいことあるわけでもない。ただなによりもミルバーシュのことが心配だった。
「平気か?」
「あ……」
ライアスに肩を叩かれてハッと顔を上げる。
「恐れるなと言っても難しいだろうが、もう少し肩の力を抜け。いざってときに動きが鈍るぞ」
「う、うん。そうだな。うん」
言われて深呼吸をするハシュバント。少し気持ちが落ち着いたような気がした。
ジャスティスの一団が見えなくなってからどれほど経っただろうか? たぶんそれほどの時間は経っていない。しかしハシュバントには恐ろしく長く感じた。
まだか? もうすぐか?
逃げ出しそうな足を必死に地面へ固定しながら、ハシュバントは待った。
……やがて遠くから大勢の足音が聞こえてくる。
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