第66話 仕事を終えて
店に戻るとカウンターの奥にちょこんと座って待つナナちゃんの姿が見えた。
「終わったかの?」
「うん。ルナリオ様のおかげでね」
「そうかの」
イスから立ち上がり、カウンターから出てきたナナちゃんが俺を見上げる。
「怪我は平気かの?」
「ああうん。あれくらいたいしたことないよ」
「ふむ。それはよかった。しかしなにか嬉しそうじゃの」
「えっ? そ、そんなことないよ」
表情が緩んでいたのか。
俺は顔を逸らす。
「……ふん。まあとりあえずはよい。仕事が終わったのならば奥にいる店主に報告せねばな」
「う、うん」
言われた通り、俺は店の奥へ行って店主に仕事の完了を報告する。経緯についても詳細に話したが、もちろんルナリオ様のことはふせた。
それから店を出た俺たちはルナリオ様と合流をする。
「向かいの店の店主に厳しく注意をしてきました。今後このようなことはしないと。もしもまた同じことをすれば店を畳むそうです」
「そうですか」
畳むのか畳ませるのか、まあそれはどっちでもいいか。
「たったひとりですが、今日も人を救うことができました。素晴らしいことです」
「ルナリオ様は人助けが本当にお好きなんですね」
「ええ。皆の幸せが私の幸せですから」
一点の曇りも無い笑顔がそこにあった。
力とやさしき心を持った善人。
彼こそがまさしく正義というものだと思った。
「では私はこれで。マオルドさん、ナナさん、シャオナさん、またお会いしましょう」
「はい。またいずれ」
「またの」
鉄兜を深く被り直したルナリオは笑顔を残して去って行く。
俺たちも今日のところはハシュバントさんの家へ帰ることにした。
……
――太陽の位置から察するに、今の時間は昼過ぎと夕方のあいだくらいか。なにか始めるには遅く、1日を終わらせるにはまだ早い微妙な頃合いである。
「お腹減ったのじゃ」
とナナちゃんが言うので、俺は台所を借りて昼食を作ることにした。ハシュバントさんが作ってくれると言ったが、まだ店が営業中なのでそういうわけにはいかない。
茹でたトウモロコシ、それとニンジンのスープを作りテーブルへ持っていく。
「すいません。私も手伝いたかったのですけど、料理下手で……」
「気にしなくていいよ。俺、料理好きだし、それにその格好じゃ料理するの大変だろうしね」
シャオナにそう言って皿をテーブルへ置く。
「いただくのじゃ」
トウモロコシを手に取ったナナちゃんはそれを2つに折ろうとする。しかし力が足りないのかなかなか折ることができない。
「貸してごらん」
受け取ったトウモロコシを2つに折って返す。
「ありがとうなのじゃ。片方はにーにが食べるとよい」
「あ、うん」
折った片割れから粒をひとつもいで口へ運ぶ。
良いトウモロコシだ。味の深いところに甘みを感じる。
「ナナちゃんおいしい?」
「うむ」
同じようにナナちゃんは粒をひとつひとつもいで口へ運んでいた。
「ナナちゃんは嫌いな食べ物ある?」
「無いのじゃ」
「好きな食べ物は?」
「無いのじゃ」
「あ、そう。無いんだ」
子供ならなにかしら食べ物の好き嫌いはありそうだけど、やっぱりナナちゃんは普通の子供とはちょっと違うな。
「腹を満たすのに味はどうでもよい。食べられるものならなんでも食べる。美味を求めるなどそれは単なる娯楽で空腹を満たす行為とは別じゃ。ナナは美食に興味など無い」
「なるほど。まあ言われてみればそうかも」
食べ物をいただくことと、美味しいものを食べたいというのは別。今までそんな風に考えたことはなかったが、言われてみれば真理なような気もする。
「ふむ。しかし味が良いに越したことはないがの」
「はは、そりゃそうだ」
トウモロコシの粒を噛みながら俺は笑った。
「私はトウモロコシ好きですよー。ニンジンも好きです。ジャガイモも好きですし、玉ねぎとかお肉とかお魚も好きですー」
「お前は食べ物ならなんでも好きなんじゃろ」
「えーそんなこと……あ、そうかもーえへへー」
武骨な鎧の奥から無邪気な言葉をシャオナは綴る。
なんというか、ナナちゃんとシャオナは中身が逆に思う。ナナちゃんは性格が大人びていて、シャオナはどこか幼い雰囲気だ。
「今更だけど鎧、暑くない?」
本当に今更なのだが、シャオナはかなりの重武装なのでこの時期はたぶんかなり暑いと思う。
「暑い? うーん……平気ですよ」
「そうなの? まあそれならいいけど、人のいないところなら仮面以外は脱いでもいいと思うよ」
「そうですね。ちょっと涼しくなろうと思いますっ」
イスから立ち上がったシャオナが鎧をはずしていく。
下は汗だくかと思いきや、そんなこともなかった。
「あーなんか久しぶりに身体が軽い感じがしますー」
「重武装だったからね」
涼しげなシャオナの姿に自分もなんだか清涼感を感じた。
「あ、服屋さんに行ったんだし、ナナちゃんに夏用の薄着を買ってあげればよかったね」
「別に暑くはないからいらんのじゃ」
「そ、そう」
ナナちゃんの着ているドレスは黒くてだいぶ生地が厚いので、夏場に着るには辛いと思っていたのだが……。
「ふむ」
「?」
食事の手を止めたナナちゃんはシャオナに視線を向けている。
その目はわずかに細まり、冷たく据わったような気がした。
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