第65話 強くやさしい正義の味方
その背中は間違い無くルナリオ様だ。彼は臆することなく、大男に立ち向かっていた。
「なんだぁ? てめえもぶん殴られてぇか?」
「いえ。私はただ友人を守るだけです」
凛とした声でルナリオ様は言う。
恐れる様子も引く様子もまるでない。
その言葉通り、俺たちを守るようにルナリオ様はそこに立っていた。
「ル、ルナ……ダメです。逃げてください」
「その必要はありませんよ」
こちらを振り返った彼の表情は申し訳なさそうであった。
「私の判断が遅れたせいであなたに怪我をさせてしまった。本当に申し訳ありません」
「いえ、そんな……」
「ちっ、おしゃべりしてるなんて余裕じゃねーかよ!」
こちらを振り返っているルナリオ様に向かって大男が拳を放つ。
「ル、ルナっ……えっ?」
しかしその拳はルナリオ様の片手で受け止められる。
彼はこちらに申し訳なさそうな表情を向けた状態のまま、背後から襲い来る拳を受け止めたのだ。
「な、なにぃっ!?」
「ここでは迷惑です。まずは外へ出ていただきましょう」
「で、出てなんかいかねーぞ! ここを荒すのが俺たちの役目なんだからなぁ! っ、て、手を放しやがれ! クソっ! なんて力だこのっ……」
「あなたの承諾なんて必要ありませんよ。出ていただきます」
「あ? って――おごぉ!?」
瞬間、ルナリオ様の掌底が大男の鳩尾に沈み込む。押し飛ばされた巨体は店の扉を破って外へと消えて行った。
「あ、兄貴っ!」
「君らも出なさい。それとも手伝ってあげましょうか?」
「ひ、ひえ……っ」
仲間の男たちと女が真っ青な顔色で外へ逃げ出て行く。
それを追うようにルナリオ様も外へ出た。
「お、俺たちも行かないと」
「は、はいっ」
シャオナと共に俺も外へと駆け出る。
店の外に見えた光景は、通りの中心で仰向けに倒れる大男とそれを見下ろすルナリオ様の姿であった。
「立てますか? 立てないのでしたら仲間に運んでもらってここから去りなさい。あなたたちを雇ったお店にはのちほど、厳しい罰を与えてやりますから」
「う……くっ」
大男が震えながらゆっくりと立ち上がる。
「て、てめえ……っ!」
そして腰の剣に手をかけた。
「やめておきなさい。そんなものを抜けば喧嘩じゃ済みませんよ」
「うるせえ! ぶっ殺してやる!」
男が剣を抜いてルナリオ様に襲い掛かる。が、
「やれやれ」
「なっ!?」
紙一重でルナリオ様は刃を避けた。
「遅いですよ。無駄な動きが多過ぎるんです、よ」
「うあっ!?」
足を払われて男はふたたび地に倒れる。
強い。あの大男がまるで子供扱いだ。
「うう……」
「まだ続けますか?」
「あ、当たり前だ……。くそがっ!」
起き上がって片足立ちになる大男に向かい、ルナリオ様はため息を吐く。
「これ以上、あなたを痛めつけるのは私の心が痛みますね。しかたありません」
「あ……」
深く被った鉄兜をルナリオは脱ぐ。
素顔を晒した彼を前に、チンピラたちは目を見開く。
「お、お前……いえ、あなたは……」
「ルナリオです。私の正体を知ってもまだ続けますか?」
「は、いえ、ま、まさかそんな……」
「あなたたちを雇って嫌がらせをさせたのは向かいにあるそちらの店の店主ですね?」
「は、はい。その通りでございます……」
「わかりました。ではあなたたちにもう用はありません。ここから立ち去りなさい。今後また同じことや悪さをすればここには住めなくなりますので、それをよく覚えておくように」
「は、はいぃーっ! すいませんでしたーっ!」
男は子分たちを連れて駆け去って行く。
「……はあ、こうして身分で民を威圧するなど不本意なのですが」
「ルナリオ様……」
俺が声をかけると、ルナリオ様は振り返って微笑む。
「けど、正義を為すことは私の信念よりも大切なことですからね。しかたありません」
良い人だ。そして強い。こういう強くてやさしい人を、皆は正義の味方と呼ぶのかもしれない。
それにくらべて俺はどうだ? チンピラのボスにすら勝てない。戦いだけならルナリオ様に勝っていると考えていたが、それは大きな間違いだった。
「殴られた傷は大丈夫ですか?」
「あ、はい。平気です」
「よかった。しかし女性を守るために咄嗟に前へ出て盾となるなんて、あなたは立派ですよ。マオルドさん」
「いや、そんなこと……。俺はただ殴られただけですよ。あんな大男をあっさり倒して俺たちと店を守ったあなたのほうがずっと立派です」
「謙遜する必要はありませんよ。誰かを守るために自らが傷つくことを躊躇わない。難しいことです。私はあなたを尊敬しますよ。マオルドさん」
「褒め過ぎですよ……。俺は……」
「立派です。誇ってください」
「……」
綺麗な笑顔で言われて俺は黙ってしまう。
この人はたぶん、心の底から俺を褒めてくれている。己を情けないと思うも、褒めてくれるやさしい気持ちを無下にするのは失礼と思い俺はなにも言えなくなった。
「私は向かいの店に言って今後このようなことはしないように注意してきます。マオルドさんとシャオナさんは店に戻って仕事が完了したことを伝えていただけますか?」
「あ、はい」
「ではお願いしますね」
ルナリオが向かいの店へ向かって歩いて行く。
店に戻ろうと踵を返すと、そこには俺を見つめるシャオナがいた。
格好悪いとこ見せちゃったな。
女の子の前で喧嘩に負けるのはやっぱり恥ずかしい。
幻滅されたかもと少し気まずかった。
「はは……ごめん。格好つけて先陣きったのにあんなザマで……」
「っ……マオルドさん!」
「えっ? おぷっ!?」
不意に走り寄って来たシャオナが俺の頭を胸に抱く。
柔らかい感触に包まれた心地良さにすべてを預けたい気持ちになる。
「なにも謝ることなんてありませんよっ。マオルドさんは私を守ってくれたんですからっ。格好良いですっ。けど……けど、心配なんですっ」
「し……心配……?」
「さっき私を守ってくれたみたいに、いつか誰かを守ってマオルドさんが大怪我するかもしれません。それが私は心配なんですっ」
シャオナはこれでもかというほど俺の頭を強く抱く。
苦しいような気持ち良いような不思議な感覚であった。
「心配ですっ。心配だからマオルドさんはずっと私の側にいてくださいっ。私もっと強くなりますからっ。マオルドさんを2度とあぶない目に遭わせたりなんかしませんからっ」
「シャ、シャオナ……」
そんな人生もいいかも。
この豊かな胸に包まれているといろんなことがどうでもよくなってくる。
おっぱいは偉大だ。落ち込んでいた気持ちがもうどこかへ消え去った。
このままがいい。ずっとこのままがいい。すべてを忘れてシャオナに身を委ねたい……が、
「マオルドさん……」
「あ……と、とにかくまずは仕事を終わらせよう」
ぎりぎりで理性を取り戻した俺は、すべきことを思い出して声を絞り出す。
「あ、はい。そうですね。じゃあ続きはまたあとですっ」
「つ、続きっ? うん……」
続きってなにをするんだろう?
蕩けかかった頭でぼんやりと考えた。
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