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第63話 嫉妬かもしれない

 なんでここに?


 大勢の護衛やら女性たちに囲まれながら去って行ったはずのに……というのもあるが、もっともな疑問は彼のような位の高い貴族がこの場にいることである。


「あれー? あなたはルナリ……」

「シャオナっ!」


 俺は慌ててシャオナの口を塞ぐ。


 こんなところにルナリオ様がいるなんてことが周囲に知れたら騒ぎになるかもしれない。知られないように努めなければ。


「なにやら事情があるようじゃな」

「事情ってなんですかー?」


 シャオナが軽い口調で問う。


「もちろん、困っている人々を助けたいからですよ」


 ルナリオは爽やかな笑顔でそう言った。


「困っている人々を助けるために傭兵を……ですか?」

「はい。国は国民全員を助け守るべきですが、なかなか小さなことまでは手が回りません。傭兵ならひとりひとりの小さな困難なども解決することができるでしょう」

「ま、まあそうですけど……。けどなぜあなたがここに? 先ほどお見かけしたときは馬車に乗られてどこかへ向かうところのようでしたが?」

「ああ、見られていたのですね」


 ルナリオは微笑む。


「あれは国王様から城へ来るよう呼ばれましてね」

「えっ? それじゃあこんなところにいる場合では……」

「いえ、国王様との話を終えて帰るところだったのです。なるべく人の少ない道を選んで帰路についていたつもりだったのですが、途中で彼女たちに見つかってしまいましてね。ごらんになった通りというわけです」

「そうだったんですね」


 まあこんな目立つ容姿の人じゃ、簡単に見つかるのも当然だろう。


「あれからすぐに家へ帰って、今度は見つからないようにこの格好でこっちへ来ましてね。今に至るというわけです。あ、そうだ。その依頼、僕にも手伝わせていただけませんか?」

「えっ? でもこれ服屋の店番ですよ?」

「お店の番も立派な人助けです。もちろん僕の報酬はいりませんから」

「え、えっと……」


 なんかすごく良い人だ。貴族というともっと傲慢で庶民を見下している印象だったが、少なくともこの人は逆のようである。


 しかしそれはそれとして、この人に仕事を手伝ってもらって平気だろうか? こんな偉い人と行動を共にするのは緊張するし、失礼でもあったらと思うと不安だ。


「良いのではないか」

「ナナちゃん?」

「魔物退治をするわけでない。たかが店番じゃ。手伝いたいのなら好きにさせたらよいのじゃ」

「まあナナちゃんがそう言うなら……」


 ルナリオ様は良い人そうだし、多少の失礼があっても怒ったりはしないだろう。


「ありがとう。えっと……」

「マオルドです。こっちの鎧の人がシャオナで……」

「ナナはナウルナーラじゃ。皆はナナと呼ぶ。よろしくの」


 首の上でナナちゃんはドレスを摘まんであいさつをする。


「よろしく。僕の名前は……あ、もう知ってますよね?」

「ルナリオじゃろ」

「はい。僕も君のことをナナさんと呼んでもいいですか? レディ」

「れでー?れでーとはなんじゃ?」

「淑女のことだよ」

「おー」


 俺が教えてあげると、ナナちゃんは嬉しそうな声を上げる。


「しくじょは知ってるのじゃ。上品な大人の女という意味じゃな」

「まあ……そうかな」


 大人という意味まで含まれているかは知らないが。


「うむ。ナナと呼んでもよいぞ。皆、そう呼んでおるからの」

「ではナナさん。よろしく」

「よろしくなのじゃ」


 差し出されたルナリオの手をナナちゃんが掴む。と、ルナリオはその手の甲へ口づけをした。


「あ……」


 貴族の男が女性にするあいさつか。けどナナちゃんは嫌がるかも。


 なぜか俺はそう思ったが……


「ふむ」


 しかしナナちゃんは特に文句を言うことも無く、離された手を引っ込めた。


「そちらの方は……」

「シャオナです。よろしくお願いします」

「よろしく」


 シャオナの手にも同様の口づけをする。

 とは言っても、彼女の手は手甲に覆われているので冷たい感触であろうが。


「では行きましょうか。おっと、私は顔を隠さなければなりませんね」


 ルナリオ様は鉄兜を深く被り直して容姿を隠す。


 4人のうち、2人も顔を隠していて変に思われたりしないだろうか?


 俺はそんな心配をしていた。


 ……


 依頼を出した服屋に着き、店主に話して店番を始める。

 特に店の留守番というわけでもない。店主は店にいるし、やることは子供でもできそうな簡単なことだ。しかし傭兵に依頼をしたには理由はあったようだ。


「向かいにあるライバル店の服屋が嫌がらせで店を荒らすだなんて、ひどいですよねー」

「うん。ほんとにね」


 店内にあるカウンターの内側で、俺はシャオナと並んで座っている。胸以外の全身が鉄に覆われた彼女の姿は異様だが、今は客がいないので注目はもちろん無い。


「嫌がらせってどんなことしてくるんでしょー?」

「店を荒したりとか、お客さんに因縁をつけたりとかかなぁ?」

「そういうことをしてる人を追い出せばいいんですね」

「まあそうだね」


 どうせ町にたむろしてるチンピラかなにかに小銭を払ってやらせているんだろう。そんな程度の輩なら追い返すのは難しくない。問題はルナリオ様が怪我をしたりしないかだ。万が一にも彼が殴られて顔に傷でも負ったら大事である。


「あれー? そういえばルナリオ様は?」

「向かいの店から誰か来たりしないか見て来るって出て行ったけど」

「ナナちゃんは?」

「一緒に行くってついて行ったよ」

「そうなんですか。珍しいですね」

「えっ? 珍しいって?」

「だってナナちゃんっていつもマオルドさんと一緒にいたから。他の人と2人で行動するの珍しいなって」

「言われてみれば……」


 なんだかんだでナナちゃんも顔が良い男のほうが好きなのかな。まあ普通の女の子ならそれが当然だと思うけど。


 なんとなく胸のあたりに不快感を感じる。

 これは……なんだろう? まさか嫉妬しているのだろうか? そういう感情を持ったことが無いのでわからない。


「ナナちゃんはルナリオ様が好きなんでしょうかねぇ?」

「まあ……幼くても女の子だから。顔の良い男の人には興味を引かれるんじゃないかな。それにルナリオ様は良い人だし」

「まあ良い人ですねー。貴族の人って偉そうに庶民を見下してる人がほとんどでしょうに、あの人は私たちにも丁寧に接してくれますもんねー」

「うん。貴族にもああいう素敵な人がいるんだね」


 きっと素晴らしくできた親に育てられたのだろう。でなければどんなに生まれが良くてもあんなに立派な人間はできない。

 生まれは良い。性格も顔も良い。背だって俺より高い。もしも俺が彼に勝てるとしたら、剣術とか喧嘩とかだろうか。


「にーに」

「あ、ナナちゃん」


 ルナリオ様がナナちゃんを連れて戻ってくる。


「向かいの店の様子はどうでしたか?」

「若い男女の集団が店の前で何事か話しているのが見えたくらいで、他は特になにもありませんでしたね」

「そうですか」


 嫌がらせはそいつらか? まだわからない。


「嫌がらせはその集団でしょうか?」

「さあ、それはなんとも。まあ今日来るとも限りませんし、ともかく待つしかないですね」

「嫌がらせをしてきたらどうするんじゃ?」

「とりあえず話をしてみるかな。いきなり殴り合ったりは乱暴だしね」

「ふーん」


 ナナちゃんは俺と話した後、ルナリオ様を見上げていた。それに気付いた彼が微笑みを返す。


「ナナさんはどうするのがいいと思いますか?」

「にーにと同じじゃ。話が通じなければ実力で排除すればよい。ルナリオはどうすべきと思うのじゃ?」

「私もお2人の考えと同じです。まずは話し合いが無難ですしね」

「うむ」


 うんと頷くナナちゃんを見下ろすルナリオ様の表情は真剣だ。彼はナナちゃんを子供扱いせず、ひとりの女性として考え接しているように見える。

貴族の男子とはこういうものなのだろう。年齢によって女性の扱いは変えず、子供でも大人でも立派な淑女として扱うその姿勢はまさに紳士であった。


 年齢は同じくらいだろうが、俺とは男の質が違う。頭を撫でたり抱き上げたり、ナナちゃんを子供扱いばかりしている俺より、ずっと女性を理解している。彼が女性にモテるのは外見や家柄ばかりでは無い。それを理解したとき、俺は男としてひどく劣等感を感じた。


「にーにどうしたのじゃ?」

「えっ?」


 いつの間にかナナちゃんが俺の前に立って見上げていた。


「あ、いや……なんでもないよ」


 と、俺はほとんど無意識にナナちゃんの頭を撫でる。


「あ、ごめん」

「なにがじゃ?」


 きょとんと首を傾げるナナちゃんの頭から手を離す。

 ――それとほぼ同時だろうか。店の入口からガラの悪そうな男女が入ってきたのは。

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