第61話 イケメン王族ルナリオ様
「ルナリオルナリオ……なんか聞いたことあるような気がしますねー」
「知り合い?」
「いえ、たぶん有名人だった気がします」
位の高い貴族かな。
恐らくそうだろうと思った。
「もうちょっとで前へ出られそうじゃぞ」
「う、うん。もうちょっとみたいだからシャオナもがんばって」
「はいー。押し潰されそうですけどがんばりますー」
人を掻き分け、進んで進んで……ようやく前へと出る。
「あ……」
そして見えたのは、兵士の一団だ。
彼らに護られるようにして、白い馬に乗った男がいた。
「あの人がルナリオ……様かな?」
思った通り、あれは位の高い貴族だ。
白く綺麗で立派な服を着ているし、顔立ちは恐ろしく整っている。黒く長い髪は美しく、まるで女性のようであった。
王都の散歩でもしているのだろうか。彼を中心にした一団はゆっくりと進み、急いでいる様子ではなかった。
「あれを見て女どもは騒いでいるのかの?」
「そうみたい」
黄色い声というやつだ。
女性たちはルナリオ様に向けて嬉しそうな声を上げ、彼は手を振り笑顔でそれに答えていた。
「あ、思い出しました。ルナリオ様。国王様の妹のエミーリア様のご子息です。父君は3年ほど前に亡くなられたデルマット大公様だったと思います」
「へーそれじゃあ、あの人は国王様の甥っ子なんだ」
「そうですね。偉い人です」
普通の貴族よりもだいぶ偉い。それに加えてあの優れた容姿だ。女性たちが彼に惹かれるのも当然と頷ける。
「きゃーっ! ルナリオ様がこっちを向いてくださったわーっ! わたくしを見て微笑まれましたわーっ!」
「あら? あの笑顔はわたくしにくださったものよ。勘違いなさらないでくださるかしら」
「ふふふ、かわいそうに。あなたがたのお屋敷には姿見が無いのでしょうね。己の醜い姿を知っていれば、ルナリオ様の笑顔をいただけるなんて考えませんもの」
「ご自分が美しいと思っているのかしら? あなたの目は腐っているのではありませんこと?」
「美を理解できないなんて、本当におかわいそうな方」
周囲から感じる高貴な女性たちの静かな闘争の熱に圧され、どことなく居心地の悪さを感じる。
しかし女性らを争わせてしまうとは、良い男も罪なものだ。
「綺麗な顔をした男じゃな」
「そうだね」
「髪も長くてフサフサで女のようじゃ」
「うん。けど男なのに長髪なんて変だよね。いや、僻んでるわけじゃないよ。俺だって伸ばそうと思えばあれくらいには伸びるんだからね」
「聞いてないのじゃ」
「あ……うん。うん」
「けどナナも髪の長い男は好かんの。男はにーにのように短いほうが良い。あのように前髪を長く垂らすよりも、にーにみたいにスカスカのほうが格好良いぞ」
「ス、スカスカっ?」
きっと褒めてくれているのだろう。しかしナナちゃんの無垢でまっすぐな一言は俺の胸に痛く効いた。
「スカスカじゃないよ。ほら、前髪ちゃんとあるし」
「スカスカじゃ。額がキラキラ光っとるしの。綺麗じゃ」
「あうう……」
傷口をグリリと抉られたような心地である。
やはり自分はハゲているのか? いやハゲてない。ハゲてなどいるものか。ただちょっと薄いだけだど、心の中で自分に言い聞かせる俺だった。
「あれが所謂イケメンってやつですねー。私、初めて見ましたー」
「そう」
別に自分がイケメンなどとは思っていないが、遠回しに貶されているようでちょっと不愉快である。
「シャオナもやっぱりああいう男の人が好きなの?」
「そうですねー。私に限らず、女性ならみんなああいう高貴で裕福なイケメン男性と愛し合えたらなーなんて考えたりするものですよ」
「ふーん、まあそうだよね」
「はい。でも、結婚とかになると違うんですよねー」
「そうなの? なんで?」
顔良し、裕福、高貴。
そんな男と愛し合いたいなら、もちろん結婚までしたいのではないか。男なら胸の大きな美女と結婚までしたい……と思う。少なくとも俺は。
「なんでって聞かれるとなんとも答えが難しいんですけど……」
口篭ってシャオナは俯く。
「うーん……例えばですよ。無理して買った高級で素敵なドレスよりも、普段着ている素朴な服のほうが落ち着くみたいな……そんな感じです」
「わからなくもないような……」
確かに俺も、どっかの知らない美人で巨乳のお姫様より、身近な女の子と過ごすほうが落ち着くし、結婚をするならその子を選ぶ。シャオナが言いたいのはたぶんこういうことだと思う。
「つまりシャオナはルナリオ様とは結婚したくないってこと?」
「そうですね。結婚をするなら私は……」
シャオナの手が俺の手を握る。
「えっ? あ、あの……シャオナ?」
「私……マオルドさんのこと……」
「えーっと……っと、く、くるじい……」
不意に首が絞めつけられ、呼吸が苦しくなる。
「ナ、ナナちゃん……脚……脚が首を絞めてるからぁ……」
「ティアの言っていたことは本当じゃな。でかい胸の女は男を誘惑するのじゃ」
「ナナちゃぁん……苦しい」
首を解放されて楽になった俺は、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
「大丈夫ですか?」
「はあ……ふう……あ、うん」
「話してるにうちに行ってしまったの」
「えっ? あ……」
気付けばルナリオの一団は去っており、女性たちもそれについて行き周囲からいなくなっていた。
「あんまり楽しいものでもなかったですね」
「うん。行こうか」
ちょっと寄り道をしてしまった。まあそれほど急いでいるわけでもないので少しくらいなら構わないが。
「あのルナリオという男……」
「ん? どうしたのナナちゃん?」
なにか気になることでもあったのだろうか?」
「にーにに似ておるような気がするのう」
「いや……ははは、似てないでしょ」
悔しいがあれほど顔が整っている男と自分ではくらべるまでもなく完敗だ。まああの長い髪だけなら俺も伸ばせないこともない。
「いや、似ておる」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「ナナは世辞など言わん」
「う、うん。でも、似てないよ。俺はあんな風に女の子にモテないし」
「そんなことはない。あのようなつまらぬ多数の女どもではなく、にーには少数の良い女からだけ好意を向けられるのじゃ」
「そうかな?」
「そうですよー」
と答えたのはシャオナである。
「マオルドさんは素敵な女性からだけ好かれるんです。あ、あの、私もマオルドさんのことはちょっと良いなと思ってたりしてその……」
「えっ? そ、そうなの? それは嬉し……」
「にーにっ!」
「は、はいっ!」
「時間は有限じゃ。無駄にはせず、早々に用を済ませるのじゃ」
「あ、うん。そうだね。あれ? どこへ行くんだったっけ?」
「ワークスじゃ」
「そうだったそうだった。じゃあ行こうか」
「うむ」
「はいっ」
本来の目的を思い出した俺は、2人と共にワークスへ赴くのだった。
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