第60話 白馬に乗った男の名は?
叫びの聞こえた方角に目を向けると人だかりが見えた。
「なんじゃ? 人でも殺されたのかの?」
「さ、さあ。てか予想が物騒だよナナちゃん」
「行ってみましょうか」
「いや、でもシャオナさん、あなたは安全な立場じゃないんですから……」
「気になるんですー」
「あっ」
ガシャガシャ鎧を鳴らして、シャオナは人だかりに向かって小走りに駆けて行ってしまう。
「しょうがないなぁ」
「すっかり安心しきっておるな」
「うん」
「まあ、あの仮面が外れなければ大丈夫じゃろうけど」
「そうだね。あっ!?」
躓いて転びそうになったシャオナを、俺は慌てて駆け寄って抱き止める。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。あ、あの……」
「えっ? あ、ああっ! ご、ごめんなさいっ!」
慌てたせいか、抱き止める手がシャオナの胸を思いっきり掴んでいた。
俺は急いで胸から手を離す。が、その手をシャオナは掴む。
「男の人って、おっぱい好きですよね?」
「な、えっ?」
引かれた手が柔らかいそこへと戻される。
「ちょっ! ちょっとシャオナさんっ! な、なにを……っ」
「いろいろしてもらってますし……ちょっとしたお礼です。私こんなことしかできなくて。よかったらいっぱい触ってください。マオルドさんが喜んでくれるなら私、嬉しいですから」
「ダ、ダメですよシャオナさんっ。女の人がこんな簡単に身体を触らせちゃっ。もっと自分を大切にしてくださいっ!」
「大切にしてますよ。誰にだって触らせるわけじゃないんですからね」
「シャオナさん……」
「さんはいらないです。シャオナって呼び捨ててください」
「シャ、シャオナ……いてっ」
額になにかが当たった。小石だ。
「ナナちゃん?」
「ナナはこっちじゃ」
振り返るとそこには無表情のナナちゃんが立っていた。
「あれ? 石は前から飛んできたし、じゃあ誰が投げたんだろう?」
誰かのいたずらかな? まあいいか。
「にーに。ちょっとしゃがむのじゃ」」
「えっ? なに? あいたぁっ!」
屈むと同時にナナちゃんの拳が俺の額を打つ。
「顔がだらしないから気合を入れてやるのじゃ」
「き、気合? だからってなにもグーで殴らなくても……」
「耐えよ。殴ったナナも痛いのじゃ」
「殴られた俺はもっと痛いよ……」
額を摩りながら立ち上がる。
「そういえば人だかりは……」
「女の人がいっぱいですねー」
シャオナの言う通り、人だかりのほとんどは女性だ。それも身分の高そうな煌びやかな服装の人ばかりであった。
「なんだろう?」
「見えないのじゃー」
「人がいっぱいで前が見えないね」
見えるのは女性らの背中だけだ。
「肩車してあげるよ」
「それじゃにーには見ることができないのじゃ」
「俺はいいよ。そんなに興味ないし」
「ナナもそんなに興味ないのう」
「あ、じゃあ私が見まーす! 私を肩車してくださーい!」
ウキウキした様子で頼んでくるシャオナだが、いくらなんでも鎧で全身を固めた女を担ぐのは無理である。
「シャオナさんを担ぐなんて無理ですよ。重いですし……」
「ひどーい! 重くないですよー! あと、さんはいらないでーす!」
「あ、はい。えっと……シャオナ。その、重いのは鎧……だよ」
さんを付けず、敬語もやめて普通に話してみる。
と、仮面から覗くシャオナの口元が嬉しそうに笑った。
「んふふー。鎧? あ、そっかー。じゃあ脱ぎますね」
そう言ってシャオナは鎧を脱ごうとする。
「ダ、ダメだよっ! そんなことしたら目立つからっ!」
「だって見たいんですもーん!」
「まいったなぁ……」
このままだと勢い余って仮面まで外してしまうか、ひとりで人だかりに入って行って迷子になりかねない。
「じゃあ3人でちょっと無理に入ってみようか」
「それがいいですっ」
そうと決まったら俺はナナちゃんを抱き上げ、首の後ろへと肩車で乗せる。
「じゃあシャオナ、離れないでね」
「はい! あ、じゃあこうしたほうがいいですね」
「えっ?」
シャオナが俺の身体にガシッと抱きつく。
確かにこれなら離れないが……。
「ちょ、ちょっとシャオナっ。む、胸が思いっきり当たってるからっ」
「お気になさらずー」
「いやそう言われても……」
ふわふわと柔らかい塊が俺の身体に当たって潰れている。こんなに心地良い感触がこの世にあるのかという喜びに自然と力が抜けて……。
「いたいいたいいたいっ!」
不意に襲った頭部を引かれる痛みに、心地良さは消え失せる。
「痛いからっ! 抜けちゃうから! ナナちゃんっ! 髪の毛引っ張らないで!」
「気合を入れてやるのじゃ」
「気合よりも髪の毛のほうが大切だから! 抜けたら大変! いや抜けても生えてくるけどね! 万が一ってこともあるから髪の毛は引っ張らないでーっ!」
「耐えよ。引っ張るナナも痛いのじゃ」
「いやナナちゃんは痛くないでしょ! 痛いの俺だけだから!」
「ん? おーそれもそうじゃ」
ナナちゃんの手が髪の毛を離れて俺はホッと一息つく。
「まあよい。こういう事情もあるからの。今回は許すのじゃ」
「そ、そう」
なんかわからんが俺はナナちゃんに叱られていたようである。
「じゃあ行きましょー」
シャオナに促されて人だかりへと突き進む。
女性たちの圧力がすごい。気を抜けばすぐにこの群れから弾き出されてしまいそうなほどだった。
「うう……苦しい。シャオナ大丈夫?」
「平気ですー」
そう言いつつますます強く抱きついてくるシャオナ。人の群れに圧されて苦しい一方、増していく胸の感触に顔が熱くなっていた。
「シャ、シャオナも俺のこと呼び捨てでいいよ。敬語もいらないし」
「私は誰にでもこういうしゃべりかたなのでお気になさらずー」
「そ、そう」
まあそれならそれでいいか。
「ナ、ナナちゃんなんか見える?」
「うむ。白い馬に乗った男が見えるの」
「白い馬に乗った男?」
なんだろう? それだけ聞いてもさっぱりわからない。
「きゃーっ! ルナリオ様ーっ!」
「ルナリオ?」
何人かの女性が名を叫ぶ。
誰だろう?
様をつけて呼ばれているので、たぶん偉い人なのだろうとは思った。
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