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第58話 魔物の匂い

 ……それからしばらくしてシーツに潜ったナナちゃんは、おとなしく俺の上半身にしがみついていた。


「もうさっきみたいなことしちゃダメだよ」

「なんでじゃ? 汚いから嫌なのかの?」

「いや、そうじゃなくてね。俺は良いんだけど、ナナちゃんがいずれ大人になったときに後悔するんじゃないかと思うし……」

「ふむ……」


 後悔などしないと、すぐに否定をするんじゃないかと思いきや、ナナちゃんは難しい顔をして俯く。


 俺の言うことを少しでもわかってくれたのだろうか。


「確かに、若気の至りという言葉もあるからの。いつかは子供時代の軽率な行動を悔やむこともあるかもしれぬ」

「そうでしょう」


 やっぱり頭の良い子だ。考える力が普通の子供とは全然違う。


「だからさっきみたいなことはしないほうが……」

「いや、ならば後悔をさせなければよいのじゃ」

「えっ? って、どういうこと?」

「ナナはにーにのことが大好きじゃから、さっきのようなことをさせても嫌では無いのじゃ。わかるかの?」

「うん……」

「ならばにーにがずっとナナに好かれていれば良いのじゃ。ナナがにーにのことをずっと好きならば、のちに悔やむことも無いじゃろう」

「なるほど。あ、いや、そうじゃなくて……」

「ふぁー……ナナは眠いのじゃ。もう寝る」


 俺の胸に頬をつけ、ナナちゃんは目を閉じる。


「あ、ううん」


 頭の良いナナちゃんとこのまま話し合っても、たぶん言い負かされてしまうか。

 しかし毎日がこれじゃあ困ったものだな。なんとかうまいことを言って、やめさせなければならないんだけど。


 そのうまいことが思いつかない。

 仮に思いついたとして、結局は言い返されてしまうような気もした。


 俺も寝るか。


 テーブルに置いてあるロウソクの火を消そうとしたとき、ふとあることを思い出す。


「そういえば」

「なんじゃー?」


 眠そうな顔がこちらを向く。


「あ、いや、ちょっと昼間のことを思い出してね。ナナちゃんに聞きたいことがあるんだけど、眠いなら明日でもいいよ」

「平気じゃ。ナナも大事なことを忘れとった」

「大事なことって?」

「あとでよい。にーにはなにを思い出したのじゃ」

「あ、えっとね……」


 昼間に遭遇した魔物がなぜか襲い掛かってこず、去って行ったときのことを話す。


「あのときナナちゃん、『まだ残っていた』って言ってたよね。それがどういう意味なのか気になって」

「おお、そうじゃった。それを話しておらんかったな」


 ナナちゃんは俺の胸に両手をついて身体を起こす。


「ナ、ナナちゃん起き上がらないで。胸が見えちゃうから」


 やんわり膨らんだ胸が垣間見えて目を瞑る。


「魔物同士が争わんのは知っておるか?」

「うん。それは知ってるけど」

「その理由が匂いなんじゃ」

「匂い?」

「うむ。魔物は魔物同士で争わぬため、匂いで仲間を認識させておる。人間の母上にそんな匂いはもちろん無いし、半魔人のナナはその匂いが弱い。じゃから魔界にいるときは魔物除けに匂い袋を所持しておったのじゃ」

「匂い袋? 今もそれ持ってるの?」

「うむ」


 枕元に畳んであるドレスを手に取ったナナちゃんは、スカート部分の裏地に縫い付けてある白い袋を見せてくれる。


「それが匂い袋? それのおかげで魔物は襲ってこなかったってこと?」

「そうじゃ」


 しかし匂いは感じない。まったくの無臭だ。


「でも匂いはしないよ?」

「うむ。魔物以外は感じにくい匂いじゃからの」

「あ、そうなんだ。じゃあ匂いがしなくても変じゃないか」

「いや、変じゃな」


 ナナちゃんは匂い袋に鼻を近付け、フンフンと鼻を鳴らす。


「匂いは感じないんじゃないの?」

「感じにくいだけじゃ。少しは感じる……けど、これは無臭じゃな。やはり効果は完全に失われているようじゃ」

「そういうもんなの?」

「うむ。効果は長くても2年くらいじゃな。これは魔界を出るときに新しくしたものじゃからとっくに効果は切れておるはずなのじゃが……やっぱり切れておった」

「じゃあなんで魔物は襲い掛かってこなかったんだろう?」

「さあの。気が乗らなかったのかもしれん」

「そんなことあるのかなぁ?」

「魔物にも性格はあるからの。無いとも言えん」


 結局、あのとき魔物が去った理由はわからないということか。

 まあなんにせよ、襲い掛かって来なかったのはよかったことだ。


「ナナちゃんとファニーさんが魔界を出てから無事に旅をできたのはその匂い袋のおかげだったんだね」

「そうじゃな。これのおかげで魔物には襲われんかった」

「でも盗賊とか獣とかは平気だったの?」

「何度か襲われたのう」

「そのときはどうしたの?」

「母上の魔法で葬っただけじゃ」

「ま、魔法っ?」


 魔法を使える人間は多くない。その理由としては、魔法使いの故郷と呼ばれていた北の大国ナレドが魔王軍によって滅ぼされたからだ。ナレドの魔法使いや長年、研究されていた魔法の使用方法などの資料はほとんどが失われ、現在では魔法を使える者は少ない。

 魔王討伐パーティにいたレイアスは祖父がナレド出身の魔法使いだったらしく、魔法の使用方法を伝えられたと聞いた。


「ファニーさんはナレド王国の血筋なのかな?」

「知らん。聞いたことない」

「そっか」

「しかし戦力は魔人に劣るとは言え、母上が使う魔法の威力はかなりのものじゃ。魔法使いの中では1番じゃろうな」

「そんなにすごいんだ」


 レイアスの魔法も優れたものだとは思っていたが、あれ以上なのだろうか。

 しかしあんなにおとなしい人が、大威力の魔法を使うなんて想像がつかない。


「そういえばファニーさん平気かな」

「なにがじゃ?」

「いや、ファニーさんも魔人に狙われてるのに、置いてきちゃってさ」


 ナナちゃんの安全ばかりを気にしていたが、ファニーさんも狙われているのだ。俺の力で守れる保証も無いのだけど、俺が離れるのはまずかったかも。王都まで来てしまった今更になって気付いても遅いのだが。


「まあ平気じゃろ」

「そ、そうかな」

「うむ。本当に狙われているのはナナじゃからな。母上はついでじゃ。むしろナナが一緒にいないほうが安全かもしれぬ」

「そう。なら……平気かな」


 だがやはり心配だ。

 帰ったら2人とも殺されていたなんて……そんなことは考えるだけで怖い。


「やることやったら早く帰らないとね」


 ポンポンとナナちゃんの頭を撫でる。


「にーには心配性じゃな。ナナが平気と言ったら平気なんじゃ」

「ナナちゃんはもうちょっとお母さんを心配したほうがいいんじゃないかなぁ」

「心配してどうなるもんでもないじゃろう」


 まあそうか。


 しかしナナちゃんは冷たいというか、やはり冷静だ。こういう冷たく落ち着いて頭を働かせる強さは父である魔王から受け継いだのか。それとも育ってきた環境がこの子から焦るという感情を奪ったのか。


「あ、ナナちゃんの大事なことってなに?」

「これじゃ」

「え……んっ」


 顔を近付けてきたナナちゃんの唇が俺の唇に触れる。


「ん……んんっ」


 長い。


 ナナちゃんは俺の唇から離れようとせず、そのままの状態を続けた。


「……はふ」


 ようやく口を離す。

 目の前にあったのは、俺を見下ろす蕩けるような表情であった。


「ナ、ナナちゃん……こういうのはダメだって」

「いいのじゃ」


 ナナちゃんの小さな手が俺の頬を撫でる。


「ナナが嫌いかの?」

「そんなわけないよ。好きだけど……」

「ならば良いではないか。ナナはこれをにーにとするのが好きなんじゃ。この……胸のあたりが暖かくなっての。寝る前にすると眠っているあいだもにーにと夢の中で共に過ごせるような気がするのじゃ」

「ナナちゃん……」

「にーにも、大好きなナナと夢の中でも一緒にいたいじゃろ?」

「ま、まあうん」

「ならばもっとナナの口を吸うのじゃ。ナナへの想いを込めての」

「ナナちゃんへの想いって……ん」


 ふたたび唇で口を塞がれる。


 小さな女の子だ。抵抗してやめさせることは簡単にできるだろう。そうしないのはナナちゃんを悲しませないため……いや、俺がこの行為を望んでいるのか。

 そんなわけはない。ナナちゃんは義理でも妹だ。それにまだ8つの子供じゃないか。


「ん……んっ」


 こんな行為は望んでいない。

 ……いないはずなのに、俺はいつもされるがままであった。

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