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第56話 ヘイカーという正義

 声に気付いた門番の若い男がこちらに目をやる。


「なにか用か?」

「ああ。ちょっと団長さんと話がしたいんだけど」

「約束はあるのか?」

「無い。だけど明日のデーモンアイ討伐に関して重要なことなんだ。取り次いでくれないか?」

「重要なこと? なんだ?」

「それは会ってから話す」


 門番の男は考えるような表情で俯き、やがて顔を上げた。


「……わかった。会えるかはわからないが、確認はしてみよう」

「ありがとう」


 背を向けて屋敷へ歩いて行く門番を目にしながら、ハシュバンドは気まずい思いをしていた。


「重要なことって……」

「人命に関することだ。重要だろ」

「まあ……」


 怒られて明日の仕事に悪い影響が出たりしないだろうか。

 頼んだ結果よりも、今はそれが心配なハシュバンドであった。


 ……しばらくして門番が戻って来る。


「お会いするそうだ。門を開くから少し待て」


 門が開いて2人は中へ入って行く。


「このまま進んで屋敷の前で待て。団長の部屋へは執事が案内する」

「わかった。ありがとう」


 門番に礼を行ってヘイカーは進み、そのうしろをハシュバンドはついて行った。


「執事までいるなんてたいしたもんだなぁ、ハッシュ」

「国内最大の傭兵団だからな」


 まあそれでも傭兵団に執事とは妙な気もするが。


 屋敷の前へ着いた2人は言われた通りそこで待つ。

 ややあって、屋敷の扉が開いた。


「お待たせ致しました。ご案内いたします」


 恭しく頭を下げた執事に案内され、2人は歩く。


 当たり前だが内装も豪華だ。傭兵団の拠点なんて汗臭くて汚いと思っていたハシュバンドの想像を、この場所は大いに裏切っていた。


 いくら巨大な傭兵団だからと言って、こんな拠点を構えられるほどの稼ぎがあるものだろうか? 素朴な疑問であった。


 階段を上って2階へ行き、奥に見えた部屋の前で執事は歩みを止めて扉を叩く。


「カナリア様、お客様をお連れ致しました」

「どうぞ。入ってもらいなさい」」


 昨日に聞いた少女の声が扉の奥から聞こえた。


「はい」


 執事によって扉が開かれ、2人は中へ入る。

 目に映ったのは豪華な内装の部屋と、この場の美しさを圧倒する美貌を持った見目麗しい少女の姿であった。

 この光景はまるで文句のつけようのない名画のようだ。ただひとつだけおかしな点を指摘するならば、少女が無骨な鎧姿なことだろうか。


 イスに座って本を読んでいた様子の少女は立ち上がり、こちらへ向かって丁寧な仕草で礼をする。


「ようこそ。傭兵団ジャスティスの団長、カナリアです」

「あ、どうも、ヘイカーです」

「ハ、ハシュバンドっす。こんにちは」


 突然の来客だというのに、カナリアは嫌な顔など一切せずに微笑みを浮かべて鷹揚に迎えてくれた。


「あら、あなたは昨日、ワークスでキーラキルと話をされていた方ですね」

「はい。キキをご存じなのですか?」

「あの人は有名ですから。悪名がですが。あなたはあの方のお友達ですか?」

「まあほぼ恋人ですかね」

「嘘つけ。恋人どころか、嫌われてるだろ」

「恥ずかしがってるだけだって」


 ふははとヘイカーは朗らかに笑う。


「あれは絶対、俺に惚れてるね」

「そうかい」


 なんとなくキーラキルを気の毒に思うハシュバンドだった。


「なにか複雑な関係のようですね。それはともかく、まあお座りになってください」


 促された2人はソファーに座り、対面のソファーにはカナリアが座った。


「なにやら明日のことで重要な話があるとのことですが」

「うん。この赤ちゃんのことでね」

「赤ちゃん?」


 カナリアの目がハシュバントの胸もとに注目する。


「あら、かわいらしい赤ちゃんですね。あなたのお子さんですか?」

「あ、いえ……その」

「けれど、その子と明日の討伐にどのような関係があるのでしょうか?」


 当然の疑問を耳にしつつ、ハシュバントは緊張をする。

 答えれば絶対に怒られると思った。


「明日のデーモンアイ討伐は大仕事です。どんなにこちらが優勢でも味方に死人は出てしまうでしょう。俺やハッシュも明日までの命かもしれません」

「はい。悲しいことですが、大義を成すためには少なからず犠牲が必要なのはしかたのないことだと理解しています。明日のデーモンアイ討伐で亡くなられた傭兵の方々のことは誠心誠意、ご家族と共に我々ジャスティスも弔わせていただきます」


 そう、真剣な面持ちでカナリアは言う。

 そんな彼女の表情から、強い正義の心を感じた。


「うん。弔ってくれるのもいいけど、もしも俺たちが死んだときは別にしてほしいことがあるんですよ。今日はそれを頼みに来ました」

「してほしいこと?」

「この子の面倒を見てほしいんです」


 ニコニコ笑うヘイカーの顔が、腕の中でおとなしくしているミルバーシュを見た。


「その子の面倒を? 我々ジャスティスが?」

「はい」

「重要とはそのことですか?」

「俺たちが死んだらこの子は身寄りを失うのです。人命に関わることですよ。これ以上に重要なことはないでしょう」


 ヘイカーは堂々とそう言い放つ。


「もちろん。わかりました。万が一にもあなた方が亡くなられた場合は、我々が責任を持ってその子が大人になるまで面倒を見させていただきましょう」


 意外にもカナリアはすんなりと要望を受け入れてくれた。考える間も無くあっさりと承諾してくれたので、まさか冗談なのではと疑ってしまうほどである。


「しかし……」


 ポツリと言ってカナリアは俯く。


 なにか条件でも提示されるのかとハシュバントは息を呑んだ。


「明日の討伐には私も向かいます。私も命を落とす可能性はありますよ」

「それはそうでしょう。けどあなたは大将だ。生き残る可能性は他よりずっと高い」

「そうかもしれません。けれど、明日の討伐に関しては私も生き残れるどうか……」

「デーモンアイとはそんなに手強いのですか?」

「国の軍隊が手を焼くほどですからね。最近はその軍隊が隣国との戦争にかかりきりで盗賊対策が満足にできないようで……。加えて魔物の活動も近ごろはおとなしいので彼らに敵対する存在が少なくなって、数も勢いも増しているそうです」


 それを聞いてハシュバントはゾッとする。

 覚悟はしていたつもりだが、改めてデーモンアイの恐ろしさを伝えられて自分の受けた仕事がどれほど大変なものかを実感できた。


「彼らの勢いが増すほど、被害も増えていきます。一刻も早く討伐しなければ大勢の罪の無い人々が苦しめらてしまうことでしょう」

「……」


 横目に映るヘイカーの姿に恐怖の色は見えない。

 ただ静かな怒りのような雰囲気をその表情から感じた。


「明日は私も死力を尽くして戦います。ですから、その子の面倒を見るというお約束はできますが、守れるかどうかの保証はできません。私が死ねばジャスティスの今後はわかりませんから……」


 その通り。ヘイカーとハシュバントが死んで、ジャスティスの団長であるカナリアも死ねばミルバーシュの今後は保証されない。


 暗い顔のカナリアを前に、ハシュバントの気持ちは落ち込んだ。


「大丈夫」


 そんな暗い雰囲気を、ヘイカーの一言が破る。


「あなたのことは俺が守りますよ」

「えっ?」

「女の子を守るのは男の義務ですから」

「まあ。それは嬉しいですね」


 カナリアはおっとりと微笑む。


「けれど私も腕にはそこそこの自信があります。自分の身は自分で守りますし、周囲には傭兵団の精鋭もいますので大丈夫ですよ。あなたはご自身と、大切な方をお守りください」


 話はそこで終わり2人は席を立つ。

 別れのあいさつをしたのちカナリアに見送られ、執事に門まで付き添われて外へと出た。


「まあなんとかなりそうだな」

「そうか?」


 ハシュバントはカナリアの話を聞いてむしろ不安になっていた。


 自分は明日、死ぬかもしれない。そんなのは覚悟の上で討伐に加わる決断をしたんだし、死ぬ可能性があるからここへ来た。だが傭兵団の団長であるカナリアすら明日は生き残れるかはわからない。それを聞いたハシュバンドはすくみ上がった。

 死の覚悟はしていたつもりだ。しかし安心もしていた。最強の傭兵団が一緒なのだから平気だろうと。その安心がカナリアの話でだいぶ崩れてしまった。


 死の恐怖を間近に感じたハシュバンドはげんなりとうな垂れる。


「腹減ったし、どっかでなんか食ってこう」

「あんな話を聞いたあとじゃ、食欲出ないよ」

「あんな話って?」

「デーモンアイだよ。どんどん勢いを増してるって」

「みたいだな」


 あっけらかんとヘイカーは平気な様子でそう言う。


「なんだ怖いのか?」

「怖いよ。けど5万ゴルはほしいし……」

「なら俺の報酬を全部やるよ。ハッシュは行かなくてもいい」

「えっ? い、いやそういうわけにはいかないっ」


 思いもよらぬ大胆な提案を聞いて一瞬、放心したハシュバンドだったが、我に返って慌てて断りの言葉を吐く。


「どうして? 金が必要なんだろ? ミルバーシュのためにも」

「そうだけど……あんたには世話をかけっぱなしだ。いつまでもそういうわけにもいかない。自分で金を稼ぎたいんだ」

「そっか」

「というか、あんた金いらないのかよ?」

「俺は悪人を殺せればそれでいいさ」

「……」


 どうしてヘイカーはこうも正義の塊みたいな男なのだろう? いや、正義というより、悪人を嫌っているようだが。


「あの子、あんたに少し似てたな」

「あの子って?」

「カナリアだよ」

「俺はあんなにかわいい顔はしちゃいないよ」

「そうじゃなくて、正義漢なところがさ」

「……」


 ヘイカーは黙る。

 横から覗くと、なんだか複雑な表情をしていた。


「どうした?」

「……いや、俺はたぶんちょっと違うと思って」

「うん? うん。あんたはちょっと過剰な気がする」


 病的と言っていいほどに。


 それからしばらく歩いて、飲食店の多い通りにやってくる。


「お、あそこで食ってくか」

「並んでるぞ」


 そろそろ昼飯どきだからか、ヘイカーの言う飲食店には短い行列ができていた。


「まあちょっとくらい並んでもいいだろう」

「そうだな」


 と、ハシュバントたちが列の最後尾に並ぼうとしたとき、


「あ」


 身体の大きい強面の男が列の先頭に割り込んだ。


「あーん? なんか文句あるのか?」


 男は列のうしろに並ぶ人たちを睨んで凄む。

 しかし誰もが顔を逸らして黙り、男の割り込みを注意しようとはしない。それもそうだろう。男は背が高く筋骨隆々で、おまけに顔が怖い。ここにいる人間でこれに文句を言えるのは、ハシュバントの隣にいる男だけだろう。


「もしもし」

「あん?」


 さっそく列の先頭へ向かったヘイカーが男の背を叩く。

 男の身長はヘイカーの頭ひとつぶんくらい大きく、体躯はひとまわりほどでかい。誰が見ても、男のほうが強そうに見えたことだろう。


「割り込んじゃダメだよ。みんな並んでるんだから」

「うるせえ! 殺されてぇか!」

「うしろに並ぶんだ」

「うるせぇってんだよ!」


 固まった男の拳がヘイカー目掛けて飛んでくる。

 ヘイカーがその拳を軽く避けると、男は殴りつけた勢いのまま列から出てきた。


「君が並ぶのはこっちだよ」

「えっ? あっ?」


 右手で男の腕を掴んだヘイカーはそのまま最後尾へと引き摺って来る。抵抗する男だが、まったく止まることはできない。


「ぐおおお……っ! な、なな……っ」


 顔を真っ赤に腰を落として止まろうとする男に対し、ヘイカーは涼しい表情で男の腕を引く。

 やがて最後尾へ来たころ、男はすでに脱力し、その場に両手をついて荒い呼吸を繰り返していた。


「ほら、俺たちの前を譲ってやるからここへ並ぶんだ」

「ぜえ……はあ……えっと……その」

「なにか言いたいことあるか?」

「な……なにもないです……」


 ヘイカーの笑顔を見上げて男は顔を青くし、よろよろと立ち上がってハシュバントの前に並んだ。


「殴り合いでもするかと思ったけど」

「はははっ、そんなことしないさ」


 と、ヘイカーは朗らかに笑って言う。


「俺が戦うのは相手を殺すときだけさ。それ以外じゃ戦わない」

「そうなのか?」

「うん。本当に悪い奴は殺さないといけないからね」

「本当に悪い奴……」


 それは列に割り込みするようなチンピラではなく、盗賊のような人の命を奪うような輩のことだろう。


「俺みたいなか?」


 腕の中で眠るミルバーシュを見下ろしつつ、ハシュバントは暗い声で呟く。


「あのままならそうなってたかもな」

「罪なら十分に重ねたさ」

「そう自分を卑下するな。ハッシュはまだ悪に染まり切っちゃいなかった。これからいくらでも償えばいいさ」

「償うには重すぎるんだよ。俺の罪は」


 人を殺した。多くの人を傷つけた。

 誰かを不幸にした罪は、きっと償えないとハシュバントは思っていた。


「俺だってたくさん殺したよ。それの全部が正しかったかどうかわからない。もしかしたらなにかの間違いで良い人を殺したこともあるかもしれないしな」

「そんなこと……」

「無いとも言えない。止む終えない事情で悪事に手を染める人間もいる」

「それでもあんたは善人さ」

「いや、善人なんかじゃないよ。俺は」


 否定の言葉を吐きつつ、ヘイカーは俯く。


「不正が許せないだけなんだ。真面目な人が辛い目にあって、不真面目な悪人が良い目を見るなんて、そういうのが納得できないからさ」

「うん……」


 自分を善人でないと言うヘイカーの言葉を、ハシュバントは静かに肯定する。

 確かにヘイカーはただ善人というわけではないように思う。だが少なくとも、ハシュバントにとっては善人だ。彼がいなければ今の自分が存在していない。たぶんきっと死んでいただろう。

 ヘイカーが己をどう思うおうと、ハシュバントは強い正義を持った善人である彼に大きな恩を感じていた。

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