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第55話 ジャスティスの拠点へ

 翌日になって、デーモンアイ討伐出発を明日に控えたハシュバントはもしものときのためにミルバーシュを託せる人を部屋に篭って考えていた。


 まず最初に浮かんだのが自分の両親だ。

 しかしその考えはすぐに霧散する。両親は悪人ではないが、他人の子を面倒見るほどお人好しではない。実の子であるハシュバンドすら碌に食べれていなかったというに、他人の子を食べさせてなどくれないだろう。そもそも家がある村へ帰っていたら、明日の出発には間に合わない。


「参ったな……」


 腕の中できょとんをこちらを見上げるミルバーシュを目に、ハシュバントはため息をついた。

 ……と、そこへ部屋の扉を開いてヘイカーが戻ってくる。


「ミルバーシュを頼める誰かは思いついたか?」

「いや……難しいね」

「まあそうだろうな。こっちに知り合いはいないのか?」

「いたらダメもとでも頼みに行ってるさ」


 やはりデーモンアイ討伐は諦めて、湖で指輪を探したみたいな報酬の安い安全な仕事をするか。しかしそういう仕事も無限にあるわけではない。まったく無い時期もあるだろう。あるか無いかわからない不安定な仕事の収入にすがって生きるのは不安だ。


 大きな貯えを作って安心を得たいとハシュバントは考えていた。その貯えを作るのに、今回のデーモンアイ討伐はおあつらえ向きだった。


「やっぱり討伐の仕事を受ける気は変わらないのか?」

「ああ。いつまでもあんたの世話にはなっていられないからな」

「そうか? 俺は気にしないぞ」

「あんたは良くても、俺にも男のプライドってのがあるんだ」

「なるほどな」


 頷いたヘイカーがハシュバントの肩を叩く。


「まあ、あぶなくなったら俺が命に代えてもお前を守ってやるよ。安心しろ」

「いや……守ってもらえるのは嬉しいけど、あんたの命を懸けてまですることじゃない。あんたはあんたの命を一番に考えろ」

「俺のことは気にするな。誰かを守るために命を使えるなら素晴らしいことだ」

「馬鹿なこと言うなよ」


 そう言ってやると、ヘイカーは首を傾げた。


「馬鹿なこと? なぜだ? 自分の命が助かったら嬉しいだろう」

「そりゃ嬉しいさ」

「だったら……」

「けど、俺が助かる代わりにあんたが死ぬのは違う。あんたが自分の命をどう使おうが勝手だけど、一言だけ言わせてもらうよ。普通の人間は他人のために自分の命を使ったりしない。いや、使うにしても、もっと大切な人間に対してだけだ。ちょっと前に会ったたいして知りもしない男を守って死ぬなんてありえない」


 そう。ありえないのだ。

 善い奴だが、ヘイカーは変わっている。先ほどの発言を聞いてその思いが強くなったハシュバントは、彼への心配もあって思いを言葉にした。


「うーん……そうなのかな?」


 ……しかしあまり理解はしてもらえなかったのか、ハシュバントの言葉を耳したヘイカーはきょとんとしていた。


「そうだよ。当たり前だろ」

「そうかなぁ?」

「そうだって。だいたい、なんでそんなに赤の他人を大切に思えるんだよあんた?」

「それはだってさ、真面目に生きてる良い人が不幸な目に遭うって、間違ってるだろ。そういう間違いを許せないんだよ。俺は」

「……」


 ヘイカーはやはりどこか変だ。ただの善人では無いのかもしれない。なんというか、単純に他人を助けたいとか守りたいのとは違うような気がした。


「悪い奴を滅して、良い人を助ければ世の中は正しくなる。今の世の中はまだ正しくない。だから俺が間違いを正すんだ」

「良いと思う。けど、そんな大層な目的があるなら、俺みたいな悪人崩れを助けて死んじゃダメだよ。無駄死にだ」

「そんなことはない。ハッシュは良い奴だよ」

「……良い奴なもんかよ」


 ぼそりと小声で呟きつつ、ハシュバンドはミルバーシュの腹を指で撫でた。


「そうだ。もしものときにその子を面倒見てくれそうな人に心当たりがあるぞ」

「えっ? ほんとに?」

「ああ。今から頼みに行こう」

「う、うん」


 面倒を見てくれそうな人は誰だろう?

 見当もつかなかった。


 ……


 ――やがてやって来たのは大きくて立派な建物の前だ。

 貴族の屋敷みたいなこの場所に、田舎者であるヘイカーの知り合いがいるとはとても思えないのだが……。


 腕の中で指をくわえて屋敷を見上げるミルバーシュを抱え直したハシュバンドは、横に立つヘイカーに目をやる。


「本当にここなの?」

「たぶん」

「たぶんって……」

「ライアスに聞いて来たから大丈夫だろ」


 ライアスの知り合いか。

 彼は1年も前から王都に住んでいるらしいので、ある程度、王都で顔が広くても不思議ではない。それでもこんな豪邸に住んでいるような人間と親交があるなど、少し違和感はあった。


「いや、でも……こんなところに住んでる貴族様が他人の赤ん坊の面倒なんて見てくれるとは思えないけど……」

「貴族の屋敷じゃないよ。傭兵団の拠点」

「傭兵団の拠点?」


 ますますわからない。

 なんで赤子のことを頼みに傭兵団の拠点に来るのか……?


「まさかここって……」


 門柱に掲げられている金属の板に目を向ける。

 そこには『ジャスティス』と書かれていた。


「ヘ、ヘイカー、ここって……」

「ああ、ここはジャスティスの拠点だよ」

「なんでそんなところに……」「


 ヘイカーの意図がわからない。一体、どういう算段があって国内最高傭兵団のジャスティスが赤子の面倒を見てくれると思ったのか……。


「おいヘイカー……」

「あ、ちょっとそこの人」


 ハシュバントが疑問を投げかける間も無く、ヘイカーは閉じた門の内側に立っている門番らしき男に声をかけた。

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