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第54話 ハシュバントの迷い

 注目がふたたびヘイカーに集まる。

 参加を呼び掛けたカナリアは驚いた表情でヘイカーを見ていた。


「ま、待てヘイカーっ!」


 ハシュバントの隣にいたライアスは駆け出し、ヘイカーの肩を叩く。


「お前、デーモンアイがなんだかわかってるのか? この国じゃ一番の盗賊団だ。討伐に向かった軍隊も殲滅したことがある連中なんだぞ。わかってるのか?」

「そうなのか?」


 表情から察するに、どうやら知らないようである。


「でも悪い奴らなんだろ。だったら倒さなきゃ」

「いや倒さなきゃって……。そう簡単じゃないだろ」

「簡単じゃないのはわかってるよ。けど、そいつらが悪事を働くせいで困っている人たちが大勢いる。みんな真面目に一生懸命に生きているんだ。悪くずるく生きている奴らが得をして、そういう真面目で良い人たちが辛い思いをしちゃいけない」

「またお前は……」


 やれやれといった様子でライアスは肩を落とす。


「しかたない。俺も行くよ。お前の無茶を止めなきゃいけないからな」

「悪いな」

「いつものことさ。気にするな」


 どうやらヘイカーのこういう行動は毎度のことらしい。


「デーモンアイ討伐に参加していただける方は2人ですか。他にいませんか?」


 カナリアの呼び掛けに場は一旦、静まる。


「行ってやろう」


 その静寂を凛とした声が破る。

 声の主はキーラキルであった。


「キ、キキちゃん……」


 なんとも言えないヘイカーの顔がキーラキルを見ていた。


「俺のことが心配で……」

「そんなわけないだろ」


 ヘイカーの言葉に対し、冷たい声でそう言い放つ。


「金がほしいだけだ。お前は勝手に死ね」

「死ぬときは君を守って死ぬさ」

「好きにしろ」


 これでデーモンアイ討伐参加者は3人。

 他はなかなか手が上がらない。


「あ、じゃあ俺も……」


 ハシュバンドはゆっくりと手を挙げる。


 デーモンアイは怖いが、報酬5万ゴルは魅力的だ。なにも自分ひとりで討伐に行くわけでもない。大規模傭兵団も一緒だし、ヘイカーもいる。平気だろう。


「馬鹿、やめとけハッシュ」


 いつの間にか戻って来たライアスが今度はハシュバントに止めの言葉をかける。


「けど……」

「お前にはその子がいるだろう。なにかあったらどうする?」

「うーん……」


 とはいえミルバーシュを食わすにも金はいる。いつまでもヘイカーに頼ってはいられないという思いがあった。


 ハシュバントが参加に名乗りを上げて以降、少しだがデーモンアイ討伐に手を上げるものが現れ、その数は30人ほどになる。この場にいたほとんどの傭兵は報酬1万ゴルをもらえるデーモンアイ以外の盗賊退治を受けた。


 ……


 出発は明後日。

 今日のところは宿へ戻ったヘイカーとハシュバントは、夜に酒場へ出掛けてライアスと落ち合った。


「今日は赤ちゃん……ミルバーシュだったか。連れて来てないのか?」


 テーブルについてから聞いたライアスの第一声はそれだった。


「宿のおかみさんがちょっと預かってくれるって」

「そっか。じゃあ今日は飲めるな。おーい、こっちに酒を2つくれ」」


 太い声に呼ばれて、店員が酒の入った木杯を2つ持ってきてテーブルに置く。

 だがヘイカーの前に置かれた木杯には水が入っていた。


「飲めないのか?」


 ハシュバントが聞くと、ヘイカーは気まずそうに笑う。


「飲めないこともないけど……俺、酒飲むと記憶を失うんだよね」

「そうなのか。けど飲みすぎなければ大丈夫じゃないか?」

「いや、ちょっと飲んだだけでもダメなんだ」


 そう言ってヘイカーは木杯を手に持って水をすする。


「でも別に酔って暴れるとかじゃないんだろ?」

「まあ……暴れたりはしないな」


 答えたのはライアスだ。


「普通にしてるんだけど、酒が抜けるとなにも覚えてないんだよ。こいつ。酒を口に入れてから抜けるまでのことなんにもな」

「それは酒に弱いのかな……。よくわからないけど」

「とにかくなんにも覚えてないってのが嫌なんだよ。酒を口に含んで、気が付いたら家のベッドで寝てるんだから」

「そりゃあ怖いなぁ」


 しかし少しおもしろそうだとも思うハシュバンドであった。


「それよりもハッシュよ、お前、本当にデーモンアイ討伐に行く気か?」


 ライアスの言葉に、ハシュバンドは酒を飲む手を止めて口ごもる。


 参加に手を上げたものの、正直怖くはあった。


「デーモンアイは怖い連中だぞ。賊のくせに統率の取れた手強い集団ってのもあるが、とにかく残虐で非道な連中だ。捕まったらひどい目に遭うぞ」

「うん……」

「捕まったらどうなるんだ?」


 つまみに出されたトマトをかじってヘイカーは問う。


「聞いた話じゃ、美女は壊れて死ぬまで犯し尽くされて、男や醜い女は苦しめて殺したのちに死体を磔にして晒すらしい。子供は犬の餌にするとも聞いたな……」

「ひどいな……。けどなんで磔にして晒すなんてことをするんだろう?」

「自分たちの恐ろしさを世間に知らしめるため、じゃないか。たぶん」


 恐らくそうであろう。

 盗賊とはひどく身勝手で、自分らさえ良ければ他人の命などそうして平気で利用したりするのだ。

 かつて盗賊であり、そういう連中の身近にいたハシュバンドにはデーモンアイの非道な目論見がわかった。


 もはや連中は人でない。

 人の形をした魔物と言われている最低最悪の賊なのだ。


 死ぬよりも、そんな連中に捕まったときのことを考えると怖かった。


「ハッシュ、今ならまだ間に合うぞ。行くのはやめろ。確かに報酬はいいけど、死んじまったらそんなのは関係ないんだしさ」


 真剣な表情でそう言ってくれるライアスの気持ちは嬉しい。そしてその通り、死んでしまえば高い報酬などなんの意味も無くなる。それはわかっていた。


「ヘイカーも止めてやれよ。友達だろ」


 ハシュバンドはヘイカーのほうをチラと見る。


「……まあ俺も、やめておいたほうがいいとは思うよ」

「やっぱりそうか」

「けど、結局はハッシュが決めることだからな。強引に止めたりはしないよ。女子供じゃないんだ。ひとりの立派な男なんだし、命の使い方は自分で決めればいい」

「で、でもよヘイカー……」

「それに、親父や母さんに逆らって傭兵やってる俺らが止めても説得力が無いだろ」

「まあ……」


 それを言われてはなにも言えないのか、ライアスは黙って酒を飲む。


 ヘイカーの言葉は冷たいようだが、ハシュバントは嬉しかった。

 自分を弱い子供では無く、ひとりの男として認めてくれている。彼に認めてもらえるのは無性に気分が良かった。


「けどハッシュの命はともかくさ。ミルバーシュはどうするんだよ? ハッシュが死んじまったら身寄りを失う。俺らだって生きて戻れるかわからないしさ」


 それは本当にそうだ。ハシュバンドもそれが心配だった。

 自分がもしも死んだら、あの子はどうなってしまうのか。宿のおかみさんは良い人だが、あの子が大人になるまで面倒を見てくれるかはわからないことだ。


「うん……そうだな」


 ヘイカーの表情が真面目に締まる。


「万が一のことを考えて、誰か信頼できる人にミルバーシュを頼んでおくか」


 妥当な考えである。

 しかしその信頼できる人間というのが難しい。


「まあハッシュが討伐に行くならの話だ。けど出発は明後日だからな。考える時間はそんなにないぞ」

「うん……」


 しかしハシュバンドの腹はすでに決まっていた。

 ミルバーシュのためにも、やはり金は必要なのだ。

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