第52話 傭兵団ジャスティス
――依頼を終えたハシュバントはヘイカーと共にワークスへ赴き、湖で発見した指輪を届けて報酬を受け取る。それから宿へ戻って昼食をとった。
「名前をつけたのか?」
「うん」
母乳を与えるため宿のおかみさんに預けていた赤子を受け取ってきたハシュバントは、食堂のイスに座っているヘイカーに話す。赤子に名をつけたことを。
「あったほうがいいと思って」
きっと名前はあったのだろう。
しかしそれを知る術は無い。
「じゃあ育てることにしたのか?」
「いや、それはまだわからないけど……」
ただ名前はあったほうがいいと思った。この子は人間なのだから、名前が無くてはかわいそうだ。
「名前をつけると情が強くなって別れが辛くなるぞ」
「そうかもな」
「なんてつけたんだ?」
「ミルバーシュ」
「ミルバーシュ?」
ヘイカーは首を傾げる。
「女の子だろう? もっとかわいい名前にしたらいいのに」
「まあ……。けど、この子には強く育ってほしいから」
どこかのお嬢さんならかわいい名前でよかったろう。いや、事実どこかのお嬢さんで、かわいい名前があったのかもしれない。その名を奪ったと言ってもいい自分がこの子の将来を案じて名をつけるなどおこがましいにもほどがあると自覚しつつも、強く育ってほしいという思いを込めて名をつけた。
「なるほど。強く、か」
ヘイカーは呟きつつ頷く。
「強くて悪いことはないからな。まあ強さが過ぎて嫁の貰い手がなくなっちゃあちょっとかわいそうだけどね」
「そんな先のこと……」
「冗談だよ」
そう言ってヘイカーは笑った。
……
翌日となり、ヘイカーとハシュバントは前日と同じくワークスへと傭兵の仕事をもらいに向かう。
「今日はどんな仕事を紹介してもらえるかな」
「さあ。あんたは盗賊退治とかしたいのか?」
「できればね。まあ誰かを助けたり守って喜んでもらえる仕事なら、なんだっていいよ」
隣を歩くヘイカーの答えを耳にしつつ、ハシュバントは腕に抱いている赤子の腹を指で撫でてあやしていた。
しかしヘイカーとはやはり変わった男だ。
傭兵になりたがる奴なんて戦いが好きで、武力で成り上がりを目指す輩ばかりだろうに、この男はそういう荒いところが無く、子供の使いみたいな仕事でも喜んでやる。
そういうヘイカーを慕っているハシュバンドだが、あんなに強いのにそれを生かせない仕事を受けるのはもったいないなと思っていた。
やがてワークスへと着き、中へと入る。
「あ、キキちゃんっ!」
仕事を受けるカウンターにキーラキルの姿を見つけたヘイカーが、一目散にそこへ向かって駆け出す。
キーラキルの迷惑そうな顔がこちらを振り返った。
「朝に君の部屋へ行ったんだよ。いないと思ったら、先へ来て俺を待っていてくれたんだね」
「そんなわけないだろ。私をちゃん付けで呼ぶな。お前のことは嫌いと言った」
言いたいことだけを無駄なく口にしたキーラキルは、冷めた表情をヘイカーからプイと背ける。
「キキちゃんは恥ずかしがり屋だね。そういうところもかわいいよ」
「私をかわいいと言うなとも言ったはずだが」
「だってむっちゃかわいいんだもん」
「死ね」
「君のその大きな胸に俺の頭を抱いてくれたら死んでもいい。いや、むしろ圧殺されたい」
まさか格好良いことでも言ったつもりなのか。ヘイカーの顔は締まり切っていた。
当然だがこんなことを言われて喜ぶ女がいるはずはなく、ヘイカーに向けられるキーラキルの視線は凍えるように冷たい。
ヘイカーは良い奴だ。
しかし女に関しては本当にまったくどうしようもない男である。
「あいつまだあの女にちょっかい出してるのか」
「えっ?」
隣にのそっと大きな身体が現れる。
見上げると、そこにいたのはヘイカーの親友ライアスであった。
「あ、ライアス……」
「よう。赤ちゃんは元気か?」
「う、うん……」
笑顔でミルバーシュを覗き込むライアスに、ハシュバントは小さな声で答える。
この子の親を誰が殺したかライアスは知らない。真実を知らず、自分に好意的な態度を向けてくるライアスにどんな顔で接すればいいかわからず、ハシュバントはミルバーシュをあやす振りをして俯いていた。
「あの女はあぶないから近付くなって言ってんのに……そのうち殺されるぞ」
「そうかな」
けどヘイカーだって相当な剣の使い手だ。いくらキーラキルが強いと言っても、女に容易く殺されたりはしないだろう。
一方的に話しかけるヘイカーとそれを無視するキーラキルを遠くから眺めるハシュバンドとライアス。周囲が騒めいたのは、それからすぐのことだった。
「うん? なんだ?」
入口のほうへ注目が集まっている。
ハシュバンドもそちらに目をやると、なにかの集団が見えた。
少女を先頭にして歩く武装した集団だ。
先頭を堂々とした仕草で歩く背の低い少女はまだ子供と言ってもいい年齢だろうか。たぶん10代前半くらいで自分よりも若いとハシュバントは思う。
「綺麗な子だな」
ぼそりとハシュバントは呟く。
肩ほどまである金髪をなびかせ、自信に満ち溢れた表情で歩くその少女はとても美しく、どこか気品のような高貴な雰囲気も感じた。
「ほお、ジャスティスの団長がお仲間を引き連れてご登場か」
「ジャスティス?」
「傭兵団だよ」
そうライアスは教えてくれる。
傭兵団。
その名の通り、傭兵の集まりだ。
「先頭を歩いているあの偉そうな女が団長のカナリアだ」
「あの子が団長? まだ子供じゃないか」
うしろを歩いているのは誰もが歴戦の猛者といった屈強そうな男女だ。それを率いる団長があんな小柄な少女とは信じられなかった。
「もしかしてああ見えてものすごく強いのか、な……」
「いや、腕はそうでもないらしい。金払いがいいそうだ」
「あ、そ」
それを聞いて納得し、なんだか少し安心をした。
「しかしあれだけの連中を雇う金をどこから用意してくるのやら。噂じゃ大商人か位の高い貴族が出資してると聞いたけど、真実はわからんな」
「へー」
ともかくなんか大物の傭兵みたいだ。
「ねぇキキちゃん、受ける依頼は決めた? だったら手伝うよ」
「失せろ」
皆がその傭兵団に注目する中、ただひとりヘイカーだけはしつこくキーラキルに言い寄っていた。
やがて傭兵団の団長カナリアがワークスの中心で足を止める。
「皆、聞きなさい」
団員らを周囲に置き、カナリアが声を上げた。
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