第51話 変えられぬ思い
「どうして……?」
わかるような気がする。
返ってくる答えをなんとなく察しつつ、俺は聞いた。
「俺には罪があるからっす。それは決して許されない消すことのできない大きな罪っす。あの子がその罪に罰を与えるというならば、俺がそれを逃れる理由はないっす」
「で、でもそんなの悲しいですよっ。ミルバーシュさんはハシュバントさんを実の親以上に慕っているのに、そんな……殺すとか殺されるだなんて……」
きっとこの人の考えを変えることはできない。それでも俺は自分の思いを訴えた。
ミルバーシュさんがハシュバントさんを殺す未来なんてあまりにも悲しいから……。
「あなたはミルバーシュさんを育て上げた。だから……許されてもいいじゃないですか。あなたが真実を語らなければあなたもミルバーシュさんもずっと仲の良い親子でいられる。それでいいじゃないですか」
俺の訴えにハシュバントさんは苦いような感じで笑う。
「……やっぱり親子っすね」
「えっ?」
「団長にも同じようなことを言われたっす」
「親父も……」
確かに親父なら言いそうな気もする。
「でもダメなんす。俺の罪は許されていいものじゃない」
「そんな……」
「人のものを盗んでも誠心誠意の気持ちを込めて謝れば許されるでしょう。人のものを壊しても弁償をすれば許されるでしょう。誰かに怪我をさせても治れば許してもらえるかもしれません。けど、命を奪った罪だけは取り返しがつかないんです。こればかりは命を払っても償うことはできないんですよ」
「……」
俺はなにも言えなかった。
若輩の……いや、無関係の俺では立ち入ることのできない強い思いを言葉の中に感じたからだ。
「はっはっは、なんか雰囲気が暗くなってしまったっすね。すぐに食事の用意をしますんで、食べて気持ちを切り替えましょう」
笑顔を見せてハシュバンドさんは部屋を出て行く。
なんだかもやもやした気分になった俺はなんとなくナナちゃんを見下ろした。
「なんじゃ?」
「あーいや……うん。なんでもないよ」
「なんでもないことはないじゃろ。顔に出ておる」
「そ、そうかな」
「にーにはわかりやすいの」
こちらへ向かって両手を高く伸ばしてきたナナちゃんを抱き上げる。
「どうにかしてハシュバンドおじさんの考えを変えられないかの知恵がほしいのじゃろう?」
「まあ……うん」
かしこいナナちゃんならばなにか考えを発想してくれるのではないかと、ふと思ったのは事実だ。
しかしいくら賢くとも子供に聞くことでは無い。思いは霧散させたのだが、あっさりと悟られてしまったようだ。
「だが無理じゃな」
「あ、うん……そっか。そうだよね」
いくらなんでも無理か。
「うむ。単に難しいだけのことならば、賢者の知恵でどうにかできるかもしれん。しかしこれは違う。他人の関わることのできないデリケートな問題じゃ。ナナの小賢しい知恵などではどうにもできんよ」
「うん……」
俺は良い考えさえあればハシュバントさんの気持ちを変えられるのではと思っていた。だがこれはナナちゃんの言う通り、デリケートな問題だ。他人の知恵ではどうにもできないというのが真実であろう。
「ナナちゃんはすごいな」
俺では到底、至ることのできない考えを発想してくれる。こんなにも幼いというのに、ティアとは違う別の頼もしさがあった。
「すごくはないのじゃ。生まれつき小賢しいだけじゃよ」
「そんなことないよ。ナナちゃんは俺なんかよりずっと大人な考えを持っててすごいと思う」
「ふむ……そう思うかの」
ナナちゃんの手が俺の頬に触れる。
「ならばナナを大人の女として扱うのじゃ」
「大人の女として? ……って?」
問いには答えず、ナナちゃんはただ黙って俺を見つめていた。
「……わからんかの?」
「う、うん」
「本当かの?」
「うん」
「ふむ……」
どうしたんだろう?
なにかを考えるようにナナちゃんは俯く。
「なるほど」
「?」
「ナナは大人じゃが、にーには子供なんじゃ」
「えっ?」
思ってもいないことを言われ、俺はなんと言葉を返していいか戸惑う。
「ナナは幼いがその辺の大人よりよっぽど大人じゃ。にーにの言った大人の愛というのも、なんとなくじゃが理解してきた」
「そ、そうなの」
「うむ。なのに、にーにはほとんど理解しておらん。ナナは悲しいのじゃ」
「なんかごめん……」
よくわからないが俺はナナちゃんを悲しませてしまったようだ。
「なんかなどと、よくわからずに謝らなくてもよい。そんな謝罪は無意味じゃ」
「う、うん。……ごめん」
「もういいのじゃ」
地面へ下ろしてあげると、ナナちゃんは背を向けて部屋を出て行く。
テーブルのある部屋に戻ったのだろう。
「俺も行くか」
眠っているシャオナの側にいてもしょうがない。
ナナちゃんを追って俺も部屋を出ようと思ったとき、ふと気付く。
「そういえば……」
シャオナを斬った傭兵は確か黒い鎧に黒い肌の女だったか。
黒い餓狼と呼ばれるその女の外見的特徴はミルバーシュさんと一致していた。
「いや、まさかな」
あんなやさしそうな人が王女様を殺す依頼なんて受けるわけが無い。
俺はかぶりを振って、ナナちゃんのあとを追った。
……
テーブルに戻ってしばらく経つと、料理を手に持ったハシュバントさんが現れる。次々とおいしそうな料理が目の前に並べられ、俺は生唾を飲み込んだ。
お腹が空いていたはずのナナちゃんは料理を見ても顔色ひとつ変えず、平静な様子でおとなしく座っている。本当に行儀の良い子だと思う。
「さあ食べましょうか」
ハシュバントさんが席につき、食事が始まる。
まずはパンを手に取り、それをちぎってスープにつけて口へ運ぶ。
うまい。トマトのスープだ。
横を見るとナナちゃんはふかしたジャガイモをかじっていた。
「さてそれじゃあ、昔話の続きをしましょうか」
「あ、そうでしたね」
短い間にいろいろあって忘れていたが、親父の過去を知る話はまだ途中だったのだ。
「どこまで話をしたっすかね? えーっと……」
「湖で指輪を拾う仕事を終えたところじゃ」
「あ、そうだったっすね。じゃあそのあとの話っす」
そう言ってハシュバントさんはふたたび過去を語り始めるのだった。
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