第49話 話の途中で
――ぐー、という音が聞こえ、隣を見下ろすと、イスに座っているナナちゃんが自分の腹を撫でていた。
「おっと、話が長くなってしまったっすね。食事の用意をしますよ。続きは食べながら話しましょう」
「あ、すいません。ありがとうございます」
泊めてもらう上に、食事までごちそうしてもらうとは申し訳ない。とはいえ外はもう夜だ。今から食事できるところを探すのは難しいし、好意に甘えることにしよう。
「すぐ用意できるっすから、ちょっと待っててください」
「俺もお手伝いしますよ」
「いいえ、マオルドさんたちはお客さんなんで、ゆっくりくつろいでいてくださいっす。団長が来たときもそうしてもらってるっすから」
「あ、そうですか。じゃあお言葉に甘えて……」
「はい。すぐ用意しますからね」
と言って、ハシュバントさんは奥へと消える。
顔は厳ついけど、物腰が柔らかくて良い人だな。ハシュバントさんは。
親父の知り合いなだけはある。
しかしあんな良い人でも盗賊をやって、殺人を犯していた過去があるとは……。
元々、悪い人ではなかったのだろう。貧しさや若さゆえの愚かさというものが、若き日のハシュバントさんを歪めたのだと俺は思った。
話を聞く限り、ハシュバントさんはかつて親父に命を救われたようだ。だがこれまでの話だと2人は友達のような関係で、上下関係はまだ無い。一体、なにがあって親父は団長と呼ばれるようになったのか? これからその理由が語られることだろう。
……それにしても親父が女たらしだなんて言われていたとは。
女っ気など微塵も無かった親父なので少し驚いた。
「のうのうにーに。女たらしとはなんじゃ?」
「それは……えっと、ナナちゃんはまだ知らなくていいことだから」
「むう……にーにはナナに教えてくれないことばっかりじゃ」
と言ってナナちゃんは頬を膨らます。
「そんなことは無いと思うけど、子供が知るには早いこともあるからね」
プクーと膨らんだ両頬を撫でてあげると、ナナちゃんはフーと息を吐き出す。
「ナナはその辺の大人より、よっぽど大人じゃ」
「まあそれはわかるんだけど」
確かにナナちゃんは、8歳とは思えないくらいに中身は大人で頭も良い。けどやっぱり幼いところもあって、まだまだ子供だ。教えられないこともある。
「はは、ナナちゃんのほっぺた柔らかいねー」
「むー」
プニプニと撫でまわす。
ナナちゃんは顎を撫でられる猫のような表情で、おとなしく頬を撫でさせてくれていた。
「ぐがー」
テーブルに突っ伏しているシャオナは今だイビキをかいて眠っている。食事なら起こしてやらなければいけないだろう。
「シャオナさん、起きてください」
「ぐがー」
声をかけても起きない。
「シャオナさんっ」
「ぐがー」
揺すっても起きない。
完全に寝入ってしまっているようだ。
「昼間も寝ていたのに本当によく眠る人だなぁ」
しかもこんな体勢でよく熟睡できるものである。
「どうかしたっすか?」
エプロン姿のハシュバントさんが心配そうな表情で戻ってくる。
「あの、友達が起きなくて……」
「あーだいぶ疲れているんすね。起きるまで奥のベッドで休んでもらいましょう」
「すいません……。お世話かけます」
寝ているシャオナをイスから持ち上げる。
……当たり前だが、全身に鉄の鎧を纏っているのでむちゃくちゃ重い。それでもなんとか地面へと身体を下ろし、両脇に両腕を差し込んで引っ張る。
「うう……重い」
「俺も手伝うっすよ」
ハシュバントさんがシャオナの両足を持ち上げる。
そのまま奥の部屋へと連れて行き、ベッドへと乗せた。
「はあ……疲れた。ありがとうございます、ハシュバントさん」
「いいえいいえ」
厳つい顔になかなか立派な体躯をしているだけあって、ハシュバントさんはあまり疲れていない様子だ。
「あ、仮面を被ったままじゃ眠りづらいっすよね」
と、ハシュバンドさんがシャオナの仮面に手をかける。
「あ、ちょ……」
「えっ?」
しかし止めようとした声は間に合わず、仮面は外されてしまう。
「あ……」
仮面を持ったまま、ハシュバントさんは沈黙する。
この人は王都に住んでいる人だ。王女様の顔は知っていてもおかしくない。もしもシャオナを王女様と勘違いをされたら、説明が面倒だが……。
「あの、これは……」
「いえ、なにも言わなくていいっす」
「えっ? で、でも……」
意外な一言を聞き、疑問を持つ。
「なにか事情があるのでしょう。安心してくださいっす。好奇心が旺盛なほど、俺は若くないっすから。なにも聞かないっす」
「ハシュバントさん……すいません。ありがとうございます」
話せばこの人を厄介ごとに巻き込んでしまうかもしれない。
だからこう言ってもらえたのは嬉しかった。
「いえ、けれど……」
ハシュバントさんは鉄仮面をシャオナの顔に元通り被せる。
「うちにはまだ好奇心が旺盛な若いのがいましてね。顔は隠しておいたほうがいい」
「それってもしかして……」
そのとき、部屋の外を誰かが歩く音が聞こえた。
「お父さん?」
そう言葉をかけて部屋へ入ってきたのは、黒い鎧を纏った肌の黒い女性であった。
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