第48話 仕事を探しにワークスへ
……翌日、ハシュバンドは宿のベッドで目を覚ます。
隣では赤子がスースーとよく眠っていた。
「夜泣きもしないで良い子だな」
家の弟や妹が赤子の頃はずいぶんと夜泣きをしていた。
それにくらべてこの子はおとなしい。親ではない人物に面倒を見られているというのに、それを嫌がる様子も無く懐いてくれている。
まだ生まれて間もないだろうから、誰が親かを認識できないのか。それとも肝が据わった強い子なのか。ハシュバントには判断がつかなかった。
「あれ? ヘイカーがいないな」
隣のベッドで寝ていたヘイカーの姿が無い。
どこへ行ったのだろう? キーラキルの部屋か。
昨日の様子だとその可能性が高いような気がした。
昨夜はヘイカーばかりが話していて、キーラキルは途中から言葉を返さなくなり無言だった。
完全に無視をされていたのだが、それでも諦めず話しかけ続けていた彼はすごいというか、立派というか、とにかくたいしたものだと思う。
普通の女ならともかく、あの場にいた誰もが近付くことはおろか、見ることすら避けていた女だ。その女をああもしつこく口説けるなんて、さすがは女たらしのダメ男と言ったところだろうか。
「しつこく言い寄って殺されなきゃいいんだけど」
キーラキルの部屋へ様子を見に行ったほうがいいか迷っていると、
「お、ハッシュ。起きたか」
「ヘイカー」
部屋の扉を開いて、汗だくのヘイカーが現れる。
「どこへ行ってたんだ?」
「朝の鍛錬だよ。王都を1周走って、それから剣を振ってきた」
「王都を1周って……」
王都がどれほど広大かは住んだことの無いハシュバントでもわかる。少なくとも早起きしてぐるっと回って来れるなんて広さでは無い。
「村にいたころは近所の山を2つか3つ登って駆け回ってたけど、この辺は平地だから無理だなー。代わりに建物に登ったりしちゃったよ」
「へ、へえ……」
冗談では無いだろう。
十数人の盗賊をあっという間に殺し尽くしたこの男ならば、それくらいのことはできても不思議は無いと思った。
「ふー暑い暑い」
ヘイカーが上着を脱ぐ。
その下から現れたのは、見事に作り上げられた筋肉の塊であった。
すごい身体だな。
ところどころには傷があり、まさに戦う男の肉体と言った具合だ。
「どうだ? ハッシュも明日から一緒に鍛えないか?」
「考えておくよ」
苦笑いしながらハシュバントは答えた。
……
朝食を食べたあと、ハシュバントは赤子を連れてヘイカーと共に出掛ける。
「今日はどこへ行くんだ?」
「傭兵に仕事をくれるところ……えっと、なんて言ったかな?」
「ワークスだ」
「えっ?」
女の声が聞こえて振り返ると、そこにはキーラキルの姿があった。
相変わらずの冷たい目に、ハシュバントは少し怯む。
「キキちゃんっ!」
嬉しそうな声を上げたヘイカーが、さっそくキーラキルの隣に並ぶ。
「ちゃん付けで呼ぶな。気持ち悪い」
「でも、ちゃんを付けたほうがかわいいよ」
「かわいくない。私をかわいいと言うな」
「えーっ、かーわーいーいーのーにーいでででっ」
ヘイカーは頬をつねくられる。
「それ以上、言ったらこの口を引き裂くぞ」
「こへんなはい……」
謝りながらも、ヘイカーの顔はだらしなくニヤけていた。
しかしキーラキルの前ではまったくのダメ男だ。
あんなすごい、男らしい肉体の持ち主とは思えない。
ヘイカーの頬から手を離したキーラキルはフンと鼻を鳴らして先を歩く。
「あ、キキちゃんどこ行くの? もしかして俺について来たとか?」
「違う。まあ、残念ながら目的地は同じみたいだけどね」
「ワークス! そっか、キキちゃんも傭兵だもんね。えへへ、一緒に仕事ができたらいいなぁ。君のことは俺が守るぜ、なんて」
「守る?」
進む足を止め、キーラキルはこちらを振り向く。
そして恐ろしく冷たい笑顔を見せた。
「あたしを守るか。ふ、ふ……おもしろいことを言う」
「そうかな? 女の子を守るのは男の義務だぜ」
立てた親指を自分に向けてヘイカーは決め顔をする。
こんなのを格好良い素敵と思う女がいたら、その女はきっとすごく頭が悪いだろうなぁ、と考えながら、ハシュバントは赤子をあやしていた。
「ふっ、だがあたしはお前よりも強いぞ」
「そうなの?」
「試してみるか?」
キーラキルの右手人差し指が、腰に差している剣の柄頭に触れた。
「こんな場所じゃ周りに迷惑だし、それに俺は女の子とは戦わないよ」
「ふん。そう言って逃げるか。口先だけの腰抜けめ」
そう吐き捨てて、キーラキルは剣から指を離す。
「あたしを守ると、キザなことを言った男はお前以外にもいた。けど戦いになれば結局はあたしの背中で震える奴ばかりだ。お前も同じことになるよ」
「俺は男だ。女の子を盾にして震えるような真似はしない。いやできないね」
「男だ女だ……くだらない。弱い男ほど、自分が男であることを強調したがるんだよ。あたしはお前みたいな男は嫌いだ。もう話しかけるな」
一層に冷たい視線でヘイカーを睨みつけ、キーラキルは足早に歩いて行ってしまう。
「嫌われたなヘイカー」
はっきり嫌いと言った。
これはもう諦めただろう。
そう思ったが、
「ならあとは好かれるだけだ。もう嫌われることはないからね」
「……たいした男だよ、あんたは」
肩をすくめたハシュバントは、フラれて気落ちする様子などまったく無いヘイカーと共にキーラキルのあとを追った。
……
だいぶ先を歩くキーラキルが建物へと入って行く。
3階建ての頑丈そうな建物だ。
開かれた大きな扉からは、武装した男女らが多く出入りしていた。
「ここがワークスか。なんか楽しそうなところだな」
「楽しいってことはないと思うけど」
ただの傭兵専用職業斡旋所だろうし。
「きゃっきゃっ」
「うん? なんだお前は楽しいのか?」
人の多い場所が好きなのか、赤子はご機嫌である。
「さーて初仕事だ。たくさん人を守って助けるぞーっ」
はりきった様子でヘイカーは建物の中へと入って行く。
そのうしろをハシュバントはついて行った。
……
「――あっ……あれじゃないかヘイカー」
ここは王都から出てすぐのところにある小さな湖だ。
畔に立ったハシュバントは光るものを目にしてそれを指差す。
「見つけたか?」
膝まで濡らして湖を歩くヘイカーがこちらへ来て、湖の浅い部分に沈んでいる光るものを拾い上げた。
指輪だ。
宝石が埋め込まれていて、高価なものに見えた。
「うん。たぶんこれだ。これを持って帰れば報酬がもらえるな」
ヘイカーがワークスで受けた仕事は湖で落とした指輪を探す仕事だ。依頼主は貴族らしく、簡単な仕事のわりに報酬は高かったらしい。
「すぐ見つかってよかったよ。そろそろ赤ちゃんがお腹すかせるだろうしね」
もう昼だ。
赤子もだろうが、ハシュバントの腹も空腹を訴えていた。
「けどこれって傭兵の仕事か?」
素朴な疑問である。
「新参者だからね。報酬の良い難しい仕事とか危険な仕事はもらえないみたい。だけどライアスの紹介ってことで、割の良い仕事をもらえたからよかったよ」
「うん。けど悪いな。俺、あんまり役に立てなくて」
赤子を腕に抱いているので、湖に入るのはちょっと無理だ。
「なに言ってんだ。指輪を見つけたのはハッシュだろ。一番の功労者じゃないか」
「いや、そんなこと……ないさ」
畔に立っていて、たまたま見つけられただけである。
足を濡らして湖を歩き、そろそろ潜って深いところまで探しに行こうとしていたヘイカーこそが一番の功労者だろう。
「さ、報酬をもらったら宿へ戻って昼飯を食べよう」
「うん」
ヘイカーは良い奴だ。女に関してはだらしないが、人間は本当に良い。
しかし良い奴だから、いつまでも彼に甘えてしまいそうで怖かった。
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