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第47話 女にだらしない男ヘイカー

「まあ一杯やってくれ。俺の奢りだ」


 やがて運ばれてきた酒を目の前に置かれるが、ハシュバントはそれに手をつけない。

 ただ俯いて黙っていた。


「ん? 酒は嫌いか?」

「いや……その」

「赤ちゃんを連れてるんだぞ。酔わせるなよ」


 隣に座っているヘイカーがくだけた調子の声で言う。


「それもそうか。がははっ。すまんすまん」


 豪快に笑ったライアスはハシュバンドの前にある酒を手に取って一気に飲み干す。


 酒好きとは聞いていたが、相当なようだ。


「しかしヘイカー、ずいぶんと来るのが遅かったじゃないか」

「親父と母さんの説得に時間がかかってね」

「だから俺みたいに飛び出して来いって言ったろ。親なんて無視してさ」

「そういうわけにもいかない。傭兵をやるんだ。もしかしたら今生の別れになるかもしれないのに、親との仲がまずいんじゃ後悔が残る」

「まあ……そうかもしれないけどよ」


 そんな話を横でされ、ハシュバントは故郷の両親を思い出す。


 今生の別れになるなど、家を飛び出したときは考えもしなかった。やさしいと言えるほどの親では無いが、もう会えないと考えると寂しく感じるものがある。


 しかし赤子の親を殺した自分がそれを考えるのは、とても身勝手だ。この子はもう親に会えないのだからと、ハシュバンドの気持ちは己への卑下で満たされた。


「おじさんとおばさんにお前のことをくれぐれもよろしくって頼まれたよ」

「そうか……」


 俯くライアスの表情に、わずかだが少年らしさが見えたような気がした。


「ササラちゃんにもお前のことをよろしくって頼まれたぞ」

「サ、ササラにもって……」


 意地悪そうな笑顔で言うヘイカーに、ライアスは困ったような表情を見せた。


「ササラって?」

「ライアスの婚約者だよ」

「じょ、冗談はやめろっ。あんなガキっ」

「ガキなのか?」

「10歳だ」


 そりゃガキだ。


「同年代の男の子に人気があるかわいい子なんだけど、その子はどういうわけかこのむさい男を好いていてね。こいつが村を出る前はずーっと付きまとっていたんだよ」

「まったく迷惑だったぜ。村の女の子が近付いて来るとあいつが追い払うもんだから、彼女ができなかったしよー。付いて来るなって言えば、泣きながらナイフを振り回して死ぬとか言い出すし」


 ずいぶん過激な子である。


「いずれにしろササラちゃん以外にはモテなかったろ。それにあの子とは仲良かったじゃないか。いつも遊んでやってたし」

「年下とあそんでやるのは年長者の義務みたいなもんだろ」

「まあそれもそうか」


 そう言ってヘイカーは微笑んだ。


「俺のことよりお前はどうなんだ? セルッカちゃんとさ」

「セルッカちゃんがどうかしたか?」

「いや、お前、あの子に結婚を申し込んだんだろ。運命の相手だとか言ってさ」

「そうだっけ?」

「はあ……またかよ」


 ライアスはため息を吐き、呆れ顔をする。


「またって?」

「こいつは好きな女ができると前に好きだった女を好きだったことを忘れるんだよ」

「ええ……」

「そんで悪いことにこいつは惚れっぽいんだ。女をとっかえひっかえして付き合うもんだから、村じゃ女たらしって有名だったぜ」

「へー」


 ならあのキーラキルに惚れたのも珍しいことではなかったのか。

 しかしこの男が女たらしとは意外だ。そういう風には見えなかった。


「忘れてないさ。ただ本当は好きじゃなかったことに気付くだけだよ。別の女の子に出会ってね」

「いつか女に殺されるぞお前」

「なんで?」


 首を傾げるヘイカーを前に、ライアスはふたたび大きなため息を吐いた。


「あ、俺さ、今度こそは本当に愛する女の子に出会ったんだけど」

「へーそりゃまたどこの気の毒な女だ?」

「同じ宿に泊まってるキーラキルって子でさ……」

「キ、キーラキルっ!?」


 酒の入った杯を手から滑り落としてライアスは叫ぶ。

 賑わっていた店内がなぜか一転して静かになり、周囲の人間たちが皆、こちらへ視線を向けていた。なにか怖い者でも見るような視線を……。


「なにしてんだよ。零したぞ」

「そんなことはどうでもいいっ! お前、その女がどういう女か知ってるのかっ!」

「金髪で額が広くて、背は低いほうだったな。でもおっぱいは大きい子だったよ」

「いや、外見じゃなくて中身のことだよっ」


 中身と聞いてハシュバンドは思い出す。


 冷たい目をした女。

 あれは普通の人生を送ってきた者の目じゃない。善人か悪人かはともかくとして、常人では無い気はした。


「やさしい人だったよな。赤ちゃんの母乳くれる人を紹介してくれたし」

「ああ、まあ……」


 それもそうなのだが。


「そうなのか? じゃあその女は別人なのかもしれんな」

「お前の知ってるキーラキルはどういう女なんだ?」

「どんなって……まあ一言で言えばヤバい女だな」


 怖い話でも語るような声音でライアスは言う。


「あれは俺と同じ傭兵で、腕は良いがひどく冷たいというか、はっきり言えば残忍な女だ。金さえ渡せば子供でも平気で殺すし、殺す相手が行方をくらませば、そいつの親類縁者を拷問して居場所を聞き出すとかするらしいぞ」

「へえ」


 あんまり興味無さそうな声でヘイカーは呟く。


「まあお前の会った女は別人だと思うが、傭兵キーラキルには関わるな。あれは人の命なんてなんとも思っちゃいない魔物のような女……」


 と、そこまで言ってライアスは黙り、一点を見つめて静止する。

 見ているのは、酒場の出入り口付近であった。


「ん? なに……?」


 ハシュバントもそちらを向く。

 瞬間、ライアスが黙った理由に合点がいった。見覚えのある女がそこにいたのだ。


「あれは……」


 キーラキル。

 あれは間違いなく、昼間に会った女であった。


 酒場中の人間は皆、キーラキルから視線を逸らす。

 ライアスも俯き、ハシュバントは瞳を泳がせる。……しかしただひとりだけ、皆とはまったく違う反応をする者がいた。


「キキっ!」


 喜色満面の笑顔で声を上げたヘイカーが、イスから立ち上がってキーラキルのもとへと走る。ほぼ同時にライアスが小声で「馬鹿っ」と言ったのが聞こえた。


「ん? あんたは……」

「俺を探しに来たのか?」

「そんなわけないだろ。酒を飲みに来ただけだ」

「なら運命だな! 結婚しよう!」

「死ね」

「死なない! 君と結婚して子供ができて孫の葬式に出るまでは!」

「孫より長生きする気かよ」

「君となら永遠を生きてもいい」

「言ってろ軟派野郎」


 冷たい声であしらって、キーラキルはカウンターの席につく。

 その隣にヘイカーは座る。


「なあ俺と一緒に飲もう。奢るからさ」

「あんたに奢られる理由なんかないよ」

「君は美しい。これだけで奢る理由には十分さ」


 すらすらとよくもくさい言葉が出てくるものだ。

 女たらしとは聞いたが、なるほど。納得である。


「あんた、あたしがどういう女かわかっていて口説いているのか?」

「これからじっくりと話して、教えてもらいたいね」

「あのでかい男に聞いたろ」


 どうやらさっきの話は聞かれていたようである。


「ああ、聞いたよ」

「なら……」

「結婚しよう」

「は?」


 なんでそうなる。


 つい口から出そうになった言葉をハシュバンドは飲み込む。


「女はちょっと残酷なほうがかわいいんだぜ」

「……変な奴」


 呆れ声がキーラキルの口から零れた。


「残酷なほうがかわいいってなんだよ。ヘイカーってそんなこと言う奴か?」

「あいつは惚れた女を全肯定するんだよなぁ」


 だからと言って残酷がかわいいは無いだろう。


「まあ口だけなんだけどな。それでフラれたりするんだよ、あいつ」

「そ、そうなんだ」


 ヘイカーは強い男だが、女に関してはまったくのダメ男なようだ。

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