第46話 ヘイカーの幼馴染を捜す
キーラキルに冷笑されてなにを思ったのか、ヘイカーはただニコニコと笑っていた。
「男のくせにだらしなくヘラヘラ笑うな。みっともない」
「笑っていて悪いことなんかないさ」
「ふん」
朗らかに笑うヘイカーと、冷たい表情のキーラキル。
2人は対極の存在に見えた。
「気に入らないね。男はもっと締まりのある顔をしているもんだ」
「俺の親父みたいなこと言うね。君」
「誰だって思うさ。あんたの顔はだらしないってね」
「君はもっと笑ったほうがいい。せっかくの美人が台無しだよ」
「余計なお世話だ」
ふんと鼻を鳴らして、キーラキルはテーブルを離れて行ってしまう。
その背が見えなくなるまで、ヘイカーはずっと見ていた。
「惚れた」
「えっ?」
「キーラキル。俺は彼女と結婚したい」
「いや、さっき会ったばかりの女だぞ。結婚とか、考えが前のめり過ぎだろ」
だがわからなくもない。
キーラキルは見た目だけなら文句のつけようが無いほどの美人だ。どんな男でもあの外見には惚れるだろう。しかし、
「まあ、美人だとは思うけどさ。あの目を見たろ。俺はあんな怖い目を見たのは初めてだよ。あんな目で睨まれたら惚れた気持ちなんて消え去るね」
「そうかな? 綺麗な目をしてると思ったけど」
「どういう感覚してんだよ。あんた」
誰が見たってあの女の目は怖いと思うに違いない。
どういう人生を歩んで来たらあんな目ができるのか、想像もできなかった。
「よーし、今すぐ結婚を申し込んで来よう」
ヘイカーはイスから立ち上がってキーラキルを追う。
「キキ、俺と結婚してくれっ! あ、痛い……」
どうやら殴られたようである。
積極的というか、なんとも決断と行動の早い男だ。
いや、単にアホなだけかもしれない。
「参った参った。彼女はだいぶ恥ずかしがり屋なようだ」
赤く腫らした頬を撫でながらヘイカーが戻ってくる。
「でもあれは俺に気があるね。平手打ちに愛を感じた」
「そんなわけないだろ。むしろ嫌われてるよ。あんた」
「女心がわかってないなハッシュ」
わかってないのはあんただよ。
と、ハシュバントは口に出さず、心の中だけで思う。
側で2人の会話を聞いていて、彼女がヘイカーに好意を抱いていると思えるような雰囲気は一切なかった。少なくとも好かれてはいないだろう。
「あれは照れているんだ。目を見ればわかる」
「終始、めちゃくちゃ冷たかったけど」
「俺の熱すぎる想いに涼しさを与えてくれようとしたのさ」
「どういう解釈だよ」
ハシュバントは呆れつつ、赤子の腹を指で撫でてやる。
すると赤子はくすぐったそうに笑った。
「……」
くすぐるこの手が、自分の親を殺した。
赤子はそんなことも知らず、楽しそうに笑っていた。
「あ、どこに住んでるか聞いてないやっ! 聞いて来ないとっ!」
ヘイカーが食堂から走って出て行く。
……やがて反対側の頬も腫らして戻って来た。
……
しばらくしてヘイカーとハシュバントは宿の外へと出掛ける。
どうやらヘイカーには行くところがあるようだ。
「キキはあの宿に長期滞在してるみたいなんだ」
「本人に教えてもらったのか?」
「おかみさんに教えてもらった」
そうだろうな。あの様子じゃ教えるわけもない。
「それよりこれからどこへ行くんだ?」
腕に抱いている赤子の様子を気にしつつ、ハシュバントは隣を歩いているヘイカーに聞いた。
「ああ、故郷の幼馴染が先にここへ来ててね。会いに行くんだよ」
「へえ。男か?」
「うん。俺と同い年のね」
なら自分ともそんなに変わらないかと、ハシュバンドはなんとなく思う。
「君はこれからどうする?」
「えっ?」
「赤ちゃんを育てるにしろ、ひとりで生きていくにしろ、生業がなきゃ困るだろ」
「……うん」
その通り。生きていくには仕事が必要だ。
赤子をどうするかはともかく、ハシュバントには金を稼ぐ手段が必要だった。
「盗賊に戻るか?」
「いや、それはないよ。あんたに殺されたくないからね」
「はははっ、それもそうだ」
快活に笑うヘイカーにつられて、ハシュバンドも笑う。
そんな2人を赤子はキョトンと見つめていた。
「じゃあ俺と一緒に傭兵をやるかい?」
「俺はあんたほど強くない。自信が無いな」
とはいえ、ヘイカーと一緒にやれば楽して金を稼げるかも。と、少し姑息なことも考える。
「そうだな。まあ危険な仕事だし、薦めはしないよ。じっくり考えるといい」
「うん」
そのうち目的地らしい場所へ着く。
酒場だ。そろそろ夕方なので、賑わいを見せ始めていた。
「ここは酒場かな?」
「そうだろ。ここにあんたの幼馴染がいるのか?」
「さあ? どうだろ」
「どうだろって……」
「酒が好きな奴だからね。酒場に行けばいると思うよ」
「ここは花の王都だぞ。酒場なんていくつもあるだろ。それを全部探し回る気か?」
「どこをねぐらにしてるか知らないからね。そうするしかない」
「あ、そ」
一晩中、いや、下手をすれば数日は探し回ることになるかも。
付き合う必要もないのだが、ハシュバントには仕事も金も無ければ、王都に頼れる者もいない。赤子のこともあるしで、とりあえずはヘイカーと共に行動するしかなかった。
……
……次で16軒目か。
辺りはすっかり暗くなり、月明りが町を照らしていた。
「次の酒場にはいる気がする」
「それさっきも聞いた」
途中で赤子のおしめを代えたり、母乳をもらいに宿へ戻ったりしながら探し続けて、もうクタクタだ。しかし酒場と言えど、夜中ずっと開けているわけではない。さすがにあと2軒か3軒も回れば今日のところは諦めるだろう。赤子をベッドで寝かせてやらなければいけないし……。
妙なことだ。
日が昇っている頃に、ハシュバンドは赤子の親を殺した。
そして日が落ちた今頃には、赤子の面倒を見ている。
笑っている赤子を目にすると、罪悪感が胸を刺す。この子に情が移るほど、自分のしでかしたことを悔いて苦しかった。
「どうしたハッシュ? なんか辛そうな顔して」
「あ、いや……別に」
「そっか。お、ここはずいぶんと賑わってるなぁ」
16軒目の酒場へと入って行くヘイカーに、ハシュバントはついて行った。
「さてここにいるかな……」
ヘイカーはきょろきょろと周囲の人間を見回す。
この人数だ。いたとしてそう簡単には見つかりそうもないが……。
「ヘイカーっ!」
首を巡らして目的の人物を探すヘイカーの名を誰かが呼ぶ。
野太い声だ。
やがて目の前に出てきたのは、クマのように大柄な男だった。
「ライアスっ!」
声に答えたヘイカーが、頭上に差し出された大男の手を叩く。
「ひさしぶりだな。お前が村を出てからだから、1年ぶりくらいか。相変わらずでかいな。いや、前よりもっとでかくなったんじゃないか?」
「がははっ! 戦争で傭兵業が儲かるからな! 儲けた金でたくさん食って、戦争で戦って動けば身体もでかくなるってもんだぜ」
食って鍛えてでかくなったというレベルではない。
ライアスという男は明らかにハシュバントの2倍かそれ以上は大きかった。
「しかしお前……いや、まあ座れよヘイカー」
促されてヘイカーとハシュバントは側のテーブルにつく。
「うん? そっちの奴はなんだ?」
「ああ、こっちへ来る途中で会ったんだ。名前はハシュバンド。友達だよ」
「ふーん」
ライアスの目がハシュバントの抱いている赤子を見下ろす。
この男、体躯に似合わず妙に可愛らしい目をしていた。
「それはお前の子か?」
「あ、いや……」
「戦災孤児だよ。たぶんね。彼が拾ったんだ」
「戦災孤児? そうか……」
厳ついライアスの顔がしょんぼりと落ち込む。
「傭兵は儲けてるけど、やっぱ戦争って良くないよなぁ。こういう親を亡くしてしまう子とかかわいそうだしさ」
「……」
「ハシュバントだったか。お前、偉いな。ちょっと尊敬するぜ」
「そ、そんな……俺は」
偉いなどとんでもない。
事実と異なる自分への認識にハシュバントの胸は痛み、居心地の悪さを感じた。
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