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第44話 ヘイカーという男

「はっ、なんだてめえ。よく見たらそいつとたいして変わらねぇガキじゃねぇか」


 せせら笑いながらカシラは剣を引く。


 突如としてこの場に現れた男はまだ少年と言ってもいいほどに年若い。

 傭兵と聞いて少し身を固くした盗賊たちだが、そこにいたのが単なるガキと知って落ち着きを取り戻していた。


「わざわざ殺されに出てきたのか? 変なガキだ」

「殺されに?」


 少年は口角を上げて笑う。


「違うね。生かしに来たのさ」

「生かしに……だと? なに言ってやがるてめえ?」


 疑問には答えず、少年は背後を振り返る。


「その赤ちゃんを大事に抱えてなよ。すぐに済む」

「す、済むって……」


 戦う気か? しかし盗賊の数は十数人だ。ひとりでどうにかなる人数じゃない。


「正義漢ぶって他人のために命を張るか。まったくガキだな」

「罪も無い人たちを殺すのが大人か? そうじゃない。守るのが大人だ。お前たちのような下衆から力の無い人を守るのが大人なんだよ」

「そういう甘ったるい考えがガキだってんだよ!」


 乱暴な動作でカシラは剣を振り下ろす。

 その剣を自らの持つ剣で弾き上げた少年は踏み込み、


「ぎゃああっ!」


 カシラの目に指を突き刺す。

 それから身体を捻って横へ回転した少年は、その勢いのまま剣を横なぎに振り抜いてカシラの首を斬り落とした。


「カ、カシラっ!? てめえっ!」


 頭目を殺された盗賊たちが一斉に少年へ襲い掛かる。

 しかし少年は臆すること無く、それに立ち向かった。


 ……


 ……しばらくして、争いの喧騒は止んで静かになる。

 襲い掛かってきた盗賊のすべてを葬った少年は、血に濡れた剣を布で拭ってから腰の鞘へと収めた。


「あ、ああ……」


 赤子を抱いて立ち尽くすハシュバントには目の前の光景が信じられない。

 倒された盗賊たちは、曲がりなりにも荒事の場数を踏んでいる者たちだ。それがあっさりと倒された。たったひとりの少年に傷ひとつ負わせることもできずに。


 こんな強い人がこの世に存在するのか。


 歳は自分とそう変わらないだろうその少年に対して、ハシュバントは恐怖を抱きつつも、どこか尊敬のようなものも心に感じていた。


「さて……」


 少年の目がハシュバントへ向く。


 次は自分か。


 そう思って身体を震わす。

 しかし意外にも、少年はただニッコリと笑う。


「よく泣く元気な子だ。女の子かな」

「えっ……あ」


 少年は泣き喚く赤子に顔を寄せる。


「べろべろばー」


 そして少年は表情を崩して変な顔をした。

 泣く声を止めた赤子はキョトンとし、それからケラケラと笑い出す。


「お、笑ったぞ。はははっ。かわいいな」


 盗賊の死体が周囲に転がるこの場にはそぐわない、赤子の朗らかな笑い声。楽しそうな少年の笑顔。それらを前にしたハシュバントは不思議な思いで立ち尽くしていた。


「俺はヘイカーだ。君の名前は?」

「えっ? えっと……ハシュバント」


 不意に名を聞かれ、ハシュバントは驚きつつ答える。


「ハシュバントか。ならハッシュだな。よろしくハッシュ」

「う、うん……」


 まるで友達にでもあいさつされているようだが、冷静になって考えてみれば自分は盗賊だ。彼が殺した連中と同じなのである。

 こんな風にあいさつを交わせる間柄では無い。それを改めて理解したハシュバントは、ヘイカーと名乗った少年の態度が奇妙でしかたなかった。


「……お、俺を殺さないのか?」

「君を?」

「ああ。もしかしてこの赤ん坊の兄貴かなんかと思ったかもしれないけど、俺は……そこに転がってる連中と同じ盗賊だ。この赤ん坊の親を殺した」

「……」


 黙っていれば、盗賊に襲われた兄妹として見逃してもらえたかもしれない。

 けどそれができなかった。なぜだかわからないが、このヘイカーという少年に嘘を吐くのは死ぬより嫌で、みっともないことだと思ったのだ。


「早く殺せよ。覚悟はできてる」


 カシラに殺されるのは怖かった。

 しかしヘイカーになら殺されてもいい。不思議とそう思えた。


「殺したりしないさ」


 ヘイカーは笑顔でそう言う。


「どうして? 俺はそいつらと同じ盗賊だぞ」

「けど君にはまだ良心が残っている」

「良心……?」

「良心の無い者なら、そんな風にやさしく赤ちゃんを抱いたりできないよ」

「やさしく? ……あ」


 まるで宝物でも抱えるように、自分が赤子を抱いていることに気付く。


「これは……その」

「君にはまだやさしさがある。他の盗賊とは違うよ」

「けどっ、俺はこの赤ん坊の親を殺したんだぞっ!」


 迷いが無かったと言えば嘘になる。

 しかしこの手で殺したのは事実だ。そこに間違いは無い。


「そうだね」


 ハシュバンドの犯した罪を擁護などせず、ヘイカーはただ肯定をした。


「それを死んで償うって言うのかい?」

「えっ? いや……」


 そこまで大層な覚悟は持っていない。

 けどそれもいいと思う。ただ死ぬよりはずっといい。


「もし償う気があるなら、君は死んじゃいけない」

「ど、どうして?」

「君が死んでどうなる? その子の親が生き返るわけでもないだろう」

「それはそうだけど……」

「償いたいなら君がその子を育てるといい。君が殺した親に代わってね」

「俺が……この赤ん坊を?」


 ケラケラと笑っている赤子を見下ろす。


「その子が立派な大人になるまで育ててやるんだ。それが償いになる」

「そんなこと……」

「俺は君に強制する立場じゃない。どうするかは君が決めればいいさ」


 ハシュバントは黙り込む。


 自分は償いたいのか? そんなこともわからないのに、この赤子を育てるかどうかの決断などできるわけはない。厳しい時代だ。赤子を育てる余裕など無い。


「まあ、その気が無いならその子はとりあえず俺が預かるよ」

「あ……」


 そうしたほうがいいだろう。きっと……。


「急いで決めることも無い。少しやることがあるからここで待っていてくれ」

「やることって?」

「すぐに済むよ」


 ヘイカーはそう言って笑った。


 ……


 ハシュバンドが赤子を抱いて待っているあいだ、ヘイカーは盗賊に殺された人々を埋葬して回っていた。それだけではなく、盗賊の亡骸も埋葬する。


 やがて戻って来たヘイカーは、悲しい表情をしていた。


「力を持たない人たちが無残に殺される。嫌な時代だ」

「……なんで、盗賊まで?」


 ハシュバントにはとにかくそれが疑問でしかたなかった。


「やつらも生まれたときから悪党ってわけじゃないだろう。食べるのに困ってやむなく盗賊に身を堕として、そのうちに良心を失った。だとすれば彼らもまた被害者だって、俺はそう思うから」


 悲しい表情を崩さぬまま、ヘイカーはそう言う。


 妙なことを考える男だ。


 しかしハシュバントの心は不思議とこの男に惹かれた。


「それで、その子をどうするかは決めたかな?」

「あ、えっと……」


 見下ろした腕の中で、赤子はいつの間にか寝息を立てて眠っていた。


 どうするかは決めたはず。

 自分に育てることなどできるはずがない。しかしそれを声にすることはできなかった。


「……もう少し考えたい」

「そうか。じゃあ俺はこれから王都に行くけど、一緒に来るかい?」

「うん」


 そもそも行く当てなど無い。ヘイカーについて行くことを迷う理由はなかった。

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