第43話 親父の過去
――疲れ切った様子の人々が荒野を歩いている。
戦火に見舞われ住居を追われた近隣の村人たちだ。彼らは行く当てもなく、ただ助けを求めるように荒野を彷徨っていた。
「ひゃっはーっ!」
「えっ?」
そこへ武装した集団が現れる。兵隊ではない。奇抜な格好に荒々しい様子は、誰が見てもわかる通りの盗賊であった。
「と、盗賊だーっ! に、逃げ……ぐあっ!」
投げつけられた斧が叫んだ男の背に刺さる。
「きゃーっ!」
「う、うあーっ!」
散り散りになって逃げる人々を盗賊らが追う。
「ひあっはっはーっ! 殺せ殺せっ! 殺して身ぐるみ奪い取れぇ!」
身体の大きい髭面の男の声が轟き、盗賊たちが人々に襲い掛かる。
女子供老人など関係無い。むしろ弱い者から追い詰めて殺す。彼らの行動に迷いは無く、手慣れた様子であった。
……
襲撃を終えた盗賊の仲間たちが続々と戻ってくる。
「カシラ、片付きましたぜ」
「おう」
仲間から報告を受け、身体の大きい髭面の男はニヤリと笑う。
「へっへっへ、こいつら金も食料も結構、持ってましたぜ」
食料の入った袋を奪った者もいれば、金や金目のものを奪った者もいる。彼らは盗賊団のボスである身体の大きな男に、意気揚々と強奪したものを報告していた。
「けど若い女がいないのは残念だったぜ」
「そうか。しかし良い世の中になったなぁ。兵隊連中は戦争にかかりっきりで、俺たちはやりたい放題だ。楽しくってしかたねぇ。ひゃっはっはっ!」
「まったくだぜカシラ」
盗賊たちは楽しそうに笑い合う。そこへ……。
「カシラ」
「うん?」
遅れて戻って来たハシュバントを鋭い目が睨む。
「遅ぇぞハシュバント!」
「す、すいません」
ハシュバントは頭を下げて謝る。
腕に赤子を抱きながら……。
「ちっ、まあいい。それで、てめえなんだその抱えてんのは?」
縮こまるハシュバントの腕には泣き喚く赤子がいた。
「赤ん坊です。殺した女が抱いてたんで……」
「まさかそれがてめえの戦利品だなんて言うんじゃねぇよなぁ?」
「あ、いや……金と食べ物も持ってました」
「ならそれはいらねぇだろ。なんで持ってきた?」
「あの、その……赤ん坊だし……」
殺せない。しかし放って置くこともできなかった。
非道な盗賊に身を堕としたつもりだ。
しかし子供を殺すことなどできるはずもない。
「カシラ、これ……どうしたらいいですか?」
「あん? そんなもんその辺に捨てて……」
そう言いかけて、カシラはニヤリと笑う。
「いや、殺しちまえ」
「えっ?」
カシラの言葉にハシュバントは息を呑む。
「で、でも……」
「でもじゃねぇ。てめえは甘いんだよ。ガキくらい平気で殺せ」
「う、うう……」
泣き喚く赤子を見下ろし、ハシュバントは身体を硬くする。
難しいことは要求されていない。この手で、赤子の鼻と口を塞げばあっという間だ。しかしそれはできないでいた。
「おい、そこの岩に叩きつけろよ。そしたらすぐだぜ」
仲間のひとりがニヤニヤと笑いながら言う。
「そ、そんなこと……」
「できねぇのか? だったらてめえは足手まといだ。ここでそのガキと一緒に殺す」
血に濡れたカシラの剣がハシュバントの眼前に突き付けられる。
「そこの岩にガキを叩きつけて殺せ。できなきゃてめえもガキと一緒に死ぬだけだ」
「あ、う……」
選択肢は2つ。
赤子を殺すか、自分と赤子が殺されるかだ。
自分が殺さなくても赤子は死ぬ。
どちらにしろ赤子が死ぬのなら、自分の命が助かるほうを選ぶのがいいに決まっている。迷うような選択ではない。
「どうしたハシュバント? できねぇのか?」
「い、いや……うう……その」
けどできなかった。赤子を殺すという選択がどうしてもできなかった。
「……できねぇんだな?」
「う、うう……カシラ。ゆ、許してください」
「馬鹿な奴だ。どこの誰とも知れねぇガキのために死ぬなんてよぉ!」
カシラの剣が高々と振り上がる。
これから殺されるという恐怖にハシュバントはギュッと目を閉じた。
……だがしばらくしてもそのときはこない。
どうしたのか?
恐る恐る、薄っすらと目を開く。
見えたのは、誰かの背中であった。
「な、なんだてめえはっ!?」
カシラが叫ぶ。
目の前の男はカシラの剣を自らの持つ剣で受け止めていた。
「傭兵」
「傭兵だと?」
「……になる予定の男だ」
歳は自分と同じくらいだろうか。
はつらつとした若い声音がハシュバントの耳に響いていた。
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