第42話 親父を団長と呼ぶ理由
「それじゃあ部屋に案内するっす」
「あ、ちょっと待ってください」
俺はハシュバンドさんに聞きたいことがあった。
「ハシュバンドさんはなぜ親父を団長と呼ぶのですか?」
「あれ? 団長に聞いたことないすか?」
意外そうな顔をされ、俺は困って頭を掻く。
親父が話していないということは、やはり傭兵時代に関係することか。
聞いていないとはっきり言えば、ハシュバンドさんはなにかを察して口を閉ざしてしまうかもしれない。
なんと言ったらいいものか。俺は迷った。
「ヘイカーパパは傭兵をやっていたときのことを話してくれんのじゃ。きっと恥ずかしいんじゃろうな。ヘイカーパパは戦いが苦手そうじゃし」
「そんなことないっすよっ」
ナナちゃんの言ったことをハシュバンドさんは即座に否定する。
「戦いが苦手なんてとんでもないっ。団長はむっちゃ強かったんすからっ」
「はあ、喧嘩とかですか?」
親父も人間だ。血気盛んな若いころならば多少の喧嘩くらいはしただろう。それでもあの温厚な親父が強かったなどとは信じられないが。
「喧嘩じゃ無いっすよっ。戦争っすっ。団長は傭兵団を率いて戦ってたんすっ」
「よ、傭兵団の団長? 親父が……ですか?」
「そうっす。マオルドさんも知ってるでしょう」
「……」
知らない。知ってるはずがない。親父は傭兵時代のことなんかなにひとつ、俺に語ってくれたことはないのだから。
「戦争って……魔王の軍と、ですか?」
「いえ、隣国のアーサルト王国とっすよ。当時、魔王の軍がおとなしかったんす。北の大国ナレドを滅ぼしてだいぶ疲弊したとかで」
「はあ」
そういえば俺が生まれる前の何年かは魔王軍がおとなしかったと聞いたことがある。
「前の王様はいずれ来るだろう魔王軍に備えて、国を大きくしようと考えたんす」
「それで隣国を滅ぼして領土を拡大しようと?」
「そうっす」
国同士で協力して魔王軍に備えるとは考えなかったのか。
王様の考えることは庶民の俺には理解できない。
「国境付近にある金鉱山を巡って、たびたび小競り合いをしてたっすからね。元々、この国とアーサルト王国は仲が悪かったんす。アーサルトの国王も同じことを考えていたみたいで、戦争はすぐに始まったんす」
「その戦争に親父が?」
「はい。俺たちが所属した傭兵団『ガーディアン』を率いて戦ったんす」
「ガーディアン……」
その名は偶然か?
いや、今はそれよりも、親父が人間同士の戦争に行ったことが信じられなかった。
相手が人間の戦争ならば、人を殺したこともあるはず。あの親父が人を殺したことがあるなど……とても考えられない。
「……冗談ではないんですよね?」
「当然っす。……あ、あれ? もしかして団長はマオルドさんにこの話をしたことがないんすか?」
「……」
「あ、あれー……」
ハシュバントさんは気まずそうに目を逸らす。
「もしかしてしゃべっちゃまずかったっすかね……?」
「いや、俺に聞かれましても……」
親父がなぜ傭兵時代のことを俺に語らないのか、それは不明だ。ただ語らないわけではない。なにか事情があるのだろう。
ならば聞くべきではないのかもしれない。しかしここまで聞いてしまうと、すべてを知りたくもなってしまう。
「あー……こりゃ団長に叱られるな」
「ハシュバントさんに口止めをしておかない親父が悪いんですよ」
「ははっ、確かに。その通りっす」
強面を崩してハシュバンドさんは笑う。
「親父が傭兵だったころのこと、聞かせてもらえませんか?」
「いや、けど……それは団長から直接、聞いたほうがいいと思うっすよ」
「今までずっと語らなかったんです。聞いても話してくれないかもしれません」
「まあ……そうっすね」
イスに座ったハシュバントさんは考え込むように難しい顔をする。
「団長がなぜマオルドさんに傭兵時代のことを話さないか。少し考えてみて、なんとなく察しはついたっす」
「それって……」
「けど、それは俺の口から言うことじゃないっす。団長の口から聞いたほうがいい」
「そう……ですか」
俺にはまったくわからない。
傭兵時代の親父を知っているハシュバントさんだから、なんとなくでも察することができたのだろうか。
「息子のマオルドさんから見て、団長はどんな人だと思うっすか?」
「えっ? あーっと……そうですね。困っている人を助けずにはいられない性格で、喧嘩や戦いなどとは無縁のやさしくておとなしい親父ですかね」
魔物が村へ入ってきても、子供だった俺を抱えて自警団を呼びに行くだけで自分が戦うことはなかった。そんな親父が傭兵団を率いて隣国と戦争をしていたなんて、やはり信じることは難しい。
「はい。俺から見ても団長はそういう人っす。今も昔も、やさしくておとなしい本当に良い人っす。ただ、戦いには厳しかった」
思い出すようにハシュバンドさんは虚空を見つめる。
「マオルドさん。あなたはもう大人だ。これから俺が話すことを聞いても、きっと団長が懸念するようなことにはならないと思うっす」
「は、はい……」
その懸念がわからない。わからないが、親父を困らせたり悲しませるようなことはしないだろうと思う。
「では、そうっすね……どのくらい前から話しましょうか。おれが団長に会った日のことからがいいっすかね」
「それは何年くらい前ですか?」
「団長がマオルドさんくらいのころでしたから、丁度、20年前っすね。俺も若かった。血気に盛んで、怖いものなんてなにもなかった。いや。知らなかったんすね。ただの馬鹿な悪ガキだったっすよ。団長に会ったのはそのころっす」
どこか嬉しそうな声音で、ハシュバンドさんは過去を語り始めた。
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