第41話 親父の過去を知る男
商店街へやってくる。
そろそろ暗くなる時刻だと言うのに、まだ人通りは多く盛況な様子だ。
「こっちのほうだって聞いたけど……」
商店の場所と店主の名前は親父に聞いてある。
記憶に違いが無ければ道は正しいはずだ。
「どこかな?」
「あの店じゃないかの」
ナナちゃんの指差す方向に目を向ける。
と、野菜を店頭に並べる店がそこに見えた。
「あ、うん。あの店みたいだね」
ポンポンとナナちゃんの頭を撫で回す。
それから手綱を引くと、馬はその店に向かって進んだ。
「うん?」
近づくのに気付いたようで、店先に立っている店主がこちらを向く。
店の端に馬を止め、ナナちゃんを残して地面に降り立つ。
「ナナも行くのじゃ」
「うん。じゃあ一緒に行こうか」
ナナちゃんを馬上から抱き上げて降ろし、手を繋ぐ。
「えっと……ハシュバンドさんですか?」
親父に聞いた店主の名はハシュバンド。30歳半ばくらいで、親父より少し年下の男性と聞いている。親父が王都で傭兵をやっていたころからの馴染みらしいが。
「ああ、俺の名前はハシュバンドだけど、あんた見ない顔だな。客と違うのか?」
いかつい顔の人だ。
目つきは鋭く頭髪は無く、左の頬には大きな切り傷の跡があった。
まあ魔物を相手に旅してきた俺が、今さら強面にビビったりするわけもない。しかし普通の人ならばたぶん怖がるだろうと思う顔立ちだ。
「ヘイカーの息子でマオルドって言います。父に代わってジャガイモの納品に……」
「団長の息子さんっ!?」
「えっ? 団長?」
誰かと勘違いしているのだろうか?
少なくとも俺の親父は団長と呼ばれる立場の人間ではない。
「ケアルト村のヘイカーですよ。どなたかと勘違いしていませんか?」
「いや、間違い無いっすよ。マオルドさんでしょう。いや、団長の面影がありますよ。よく似ている」
「は、はあ……」
どうやら間違いは無いようだが……。
「まだ生まれたばかりだったあなたにあったことがあるんすよ。覚えて……るわけないっすよね。はははっ。あ、ジャガイモの納品でしたね」
「あ、はい。傷物もあるんでちょっと見てもらえますか?」
「いいっすいいっす。団長の作った野菜なら腐ってても普通に買い取るっすから」
「そ、そうですか。それはありがたいですけど……」
親父とどういう関係なんだろう?
ただの取り引き相手とは思えない。
団長、という呼称に答えがあると思った。
「長旅で疲れたでしょう。中で休んで行きませんっすか?」
「あ、はい。そうさせていただけると助かります」
いろいろとあって正直もうクタクタだ。
昨夜は寝ていないしで、休めるものならどこでもいいから休みたかった。
「じゃあ奥で休んでてくださいっす。俺も店閉めたら行くっすから」
「はい。シャオナさん、こちらで少し休ませてもらいましょう」
「あ、はーい」
荷台から降りたシャオナがガシャガシャと甲冑を鳴らし、フルフルと胸を揺らしながらこちらへと歩いてくる。
3人で商店の奥へと入り、居住の場所であろう広間で休ませてもらう。
「俺は少し眠ります。なにかあったら起こしてください」
「はい。すいません、私のせいで昨夜は眠れなかったんですよね」
「いいんですよ。気にしないでください」
俺は地面へ横になる。
「ベッドを貸してもらえるよう頼んで来ますよ」
「いえもう横になれればどこでも眠れるんで平気です」
そして俺は目を瞑る。
意識はほぼ一瞬で闇へ落ちた。
……
「――マオルドさん」
「……ん?」
名を呼ばれて目を覚ます。
見えたのはハシュバンドさんの厳つい顔だった。
「あ、ハシュバンドさん……」
「こんなところでは休まらないでしょう。ベッドを用意するっすよ」
「すいません。お世話かけます。うん?」
なにやら身体が暖かいと思ったら、ナナちゃんが俺に抱きついて眠っていた。
「おっと。またか」
ナナちゃんのおしりに触れている手を離す。
一緒に寝ると寝惚けてついこうなってしまう。
俺が身体を起こすと、同時にナナちゃんの目が薄っすらと開く。
「ん……にーに。起きたのかの?」
「うん。ナナちゃんはまだ眠い? 眠いならベッド貸してもらうけど」
「起きるのじゃ」
んしょとナナちゃんは俺から離れて立ち上がる。
俺も立って身体を伸ばす。
「こっちのお嬢さんは……」
「あ、えっと……」
「ナウルナーラじゃ。皆はナナと呼ぶ、よろしくの」
例によってナナちゃんはドレスを摘まんであいさつをする。
「あ、はい。よろしく……」
「俺の妹ですよ」
「ああこの子がっ」
ハシュバントさんは納得したような声を上げる。
「前に団長がここへ来たときに話は聞いたっすよ。結婚相手の連れ子さんでしょう。すごいかわいい女の子だって聞いてたっすけど、ほんとっすね」
「かわいくないのじゃ」
やはりかわいいと言われるのは嫌なようで、ナナちゃんは頬を膨らしていた。
まあ実際かわいいのだから、本人が嫌でも言われるのはしかたないと思う。
「あ、そういえばシャオナは……」
「あの鉄仮面のお嬢さんならそこにいるっすよ」
ハシュバントさんに向くほうへ目を向けると、机に突っ伏して眠るシャオナの姿が見えた。
「あっちのお嬢さんはマオルドさんの恋人っすか?」
「いや、そうじゃないです。えっと……友達ですよ」
俺はシャオナのもとへ行って肩を叩く。
「シャオナさん。起きてください。そろそろ出発して宿を探しますよ」
「うーん……もう食べられないですぅ」
「なに言ってるんですか。起きてくださいって」
揺すっても起きない。座った状態なのにかなり深く眠っているみたいだ。
てかこの人、昼間も寝てたし寝てばっかりだな。
昼寝をたくさんすると胸がでかくなるというのは、本当かもしれない。
「あ、宿が決まっていないんでしたら、うちへ泊まってくださいっす」
「いやでも、それはご迷惑では」
「ぜんぜんそんなことないっすよ。団長とライアスさんが来たときも泊まってもらってるっすからね。どうぞ遠慮なく泊まってくださいっす」
「あ、そう……ですか。それじゃあ……」
断る理由は無い。
ハシュバントさんの厚意に甘えさせてもらうことにした。
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