第37話 王都へ到着
魔物が去った街道を進む。
さっきまで頭を抱えて蹲っていたシャオナは、怖いものがいなくなって落ち着いたらしく、朗らかな様子でしゃべっていた。
「いやー魔物がいなくなってよかったですー。運が良いですね」
「そうじゃの」
ナナちゃんはその理由を知っているらしい。
それはたぶんあとで教えてくれるだろう。
……
……昼は過ぎ、日が沈み始めたころ、ようやくと目的の場所が見えてくる。
サタマイア王国王都サルマ。
その門を視界に捉えたとき、俺の口からため息が漏れる。
無事にここまで来ることができた。
ティアがいなくなったときはどうなることかと思ったが、なんとか王都へ着くことができて本当に良かったと思う。
荷台を引く馬を門の中へと進ませる。
それから俺は手綱を引き、馬の足を止めた。
「さ、王都に着きましたよシャオナさん」
振り返ると、麻袋を頭に被ったシャオナの姿が目に入った。
「な、なにしてるんですか?」
「王女様に間違えられるかもしれないので」
まあそうか。
間違えられたら騒ぎになるだろうし、顔を隠すのは妥当な判断だ。中に入っていたジャガイモを荷車の上にぶちまけたのはまあしかたないだろう。
「て言うかそれじゃ前が見えないでしょ」
「見えないですー」
こっからどうする気だこの人……。
「あの、俺たちはもう行くんで降りてもらえますか?」
「ええっ! 置いてかれたら困りますーっ。私、王都には来たことないですし、ひとりじゃなんにもできないですよーっ」
「そんなこと言われましても……」
確かにこんな麻袋被った女の人を残して行くのは心苦しい。不幸な目に遭った気の毒な人だし、できる限りは助けてあげたいとは思う。しかし……。
「小さい子が一緒なんです。あなたと行動を共にしてはこの子を危険な目に遭わせてしまうかもしれない」
すでに俺のせいで危険な旅をさせてしまった。これ以上、ナナちゃんを危ない目に遭わせることはできない。
「あ……そうですよ、ね……」
力無い言葉を聞いて耳が痛む。
だがこれでいい。ナナちゃんの安全がなによりも大切なのだから。
「じゃあその……私はこれで……」
シャオナは背中を丸めてトボトボと歩いて行く。
「これからどうするんですか?」
「あ、えっと……そうですね。どうしましょう。王女様には自分と代わって城へ行くよう言われたんですけど……そんなことする勇気は無いです。顔が似てるってだけで、王女様に成り代われるわけないですし……」
それはそうだ。
顔が似ているというだけで同一人物だと見なすほど、人間は単純じゃない。
偽物と知られれば重い罪をきせられるだろう。死罪になるかもしれない。そんな可能性を覚悟して、偽物を演じるなどこの人には無理だと思う。
「とりあえずどこかに身を隠して、時間が解決してくれるのを待ちます。けど、住むとことか食べ物はどうしよう……。ああ……」
ふらふらと、シャオナは揺れるように歩く。
「あいたっ」
「あ、壁にぶつかった」
麻袋を被っていて前が見えないのだから当然か。
「あんなんで平気かの?」
「さあ……」
命を狙われている。正確には王女様の命が狙われているのだが、暗殺者に見つかればあの人も殺されるだろう。似ているというだけでそんな目に遭うなどかわいそうだ……。
「にーにはシャオナを助けてやりたいのではないか?」
「いや、まあ……できればね。けど」
俺はナナちゃんを荷台から抱き上げる。
「ナナちゃんの安全が最優先だよ。君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「にーに……」
これでいい。
気持ちは晴れないが、これでいい……はずなんだ。
「助けてやればよい」
「えっ?」
思いがけない一言を聞き、俺はナナちゃんを見下ろす。
「そうしたいのじゃろ。ならばそうするとよい」
「いや、でもねナナちゃん……」
「なにもすべて解決してやれとは言っておらん。せめて住処と食い扶持くらいは探してやるといい。そうすればにーにも少しは安心できるじゃろ」
確かに全部を助けてやれなくても、少しくらいなんとかしてあげてもいいかも。しかしそれでも危険は伴う。
「あの女がどこぞで野垂れ死んでは夢見が悪いじゃろう。一生の後悔になるやもしれん。そんなのは嫌じゃろ?」
「ま、まあ……」
「ならば助けてやるとよい。わしのことは心配せんでいい。にーにが死ななければ『ガーディアン』の力で守られる。たぶんの」
最後に不安な言葉を付け足されたが、俺さえ死ななければナナちゃんを守ることはできる……はず。いやできる。それに住処と食い扶持を探してやるだけだ。手早く済ませれば危険も少ない。
「ここは人が多い。早く決断して追わんと、シャオナを見失ってしまうぞ」
「あ、う、うん。よし決めた。追おう」
馬の背にナナちゃんを跨らせ、そのうしろに乗って俺は手綱を引く。それから馬をゆっくりと歩かせてシャオナを追った。
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