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第36話 魔物が現れる

 ……太陽が真上へと昇る。


 昼か。

 夕方ごろまでには王都へ着けるだろうか。


「うん?」


 前方になにか見える。

 岩や木ではない。あれは……。


「魔物、か」


 目玉がひとつの猪だ。

 それがこちらへ向かって歩いて来ていた。


 魔物は人間を見つけると必ず襲い掛かって来る。しかし動物は襲わない。というより、まったくの無関心なように見える。

 魔物は人類を滅ぼすためだけに作られた存在、ということなのだと思う。


「シャオナさん?」

「ぐがー」


 まだ寝てるのか。


「起きるのじゃ起きるのじゃ」


 ナナちゃんがシャオナのでかい乳をぺちぺちと叩く。


 別に乳を叩いて起こさなくてもいいと思うけど。


「……んあ? な、なんですか? お昼ごはん?」


 目覚めて起き上がったシャオナは、口の端から涎をたらしながらそんなことを言う。


「違いますよ。魔物が出たんです」

「ま、魔物……?」


 半分だけ開いているシャオナの目が魔物へと向く。


「ぎゃーっ! 魔物! でかい!」


 立ち上がったシャオナは不安定な荷台の上でふらりと足をもつれさせ、前へ転倒する。しかし胸が大きいおかげで、前へ倒れたシャオナは接着面より少し浮いた状態でうつ伏せになっていた。


「いたーい」

「おお、胸のでかい女がうつ伏せになるとこうなるのか。勉強になるのう」


 ナナちゃんは興味深そうに頷き、それから転倒の衝撃で潰れた胸をつつく。


「あの、あれ倒せますか?」


 ゆっくりと歩いてこちらに向かってくる魔物を指差す。


「む、無理です! あんなでかいの!」

「でかいのはお前の乳じゃ」


 しつこくツンツンと胸をつつくナナちゃんは意に介さず、シャオナはただただ恐怖に顔をひきつらせていた。


「なにを食べたらこんなにでかくなるんじゃ?」

「え? あーっと……それはですねぇ、お肉をいっぱい食べてたくさんお昼寝をして……って、それどころじゃないですよ! ぎゃー! 食べられちゃうーっ!」


 魔物の出現よりも大きな乳に興味津々のナナちゃんに対し、シャオナのほうは大慌て騒いでいる。


 まあ魔界に住んでいたナナちゃんからすれば、魔物など恐怖の対象ではないのだろう。魔界にはもっと凶暴な魔物がいたんだろうし……。


 俺はそこでひとつ疑問を感じる。


 魔界でナナちゃんやファニーさんは魔物に襲われたりしなかったのだろうか?

 純粋な魔人ならともかく、2人は半魔人と人間だ。半魔人の俺が魔物に襲われることがあるならば、2人もそうなのでは?

 魔界に住んでいた頃は魔物のいる場所へ出歩かなかったのか。その辺は聞いたことがないので考えても想像にしかならないが。


「そっかー。肉を食べてよく昼寝をするんじゃな。昼寝はたくさんしてるから大丈夫じゃ。肉はあんまり食べんかのう」


 しかしこの子はものに動じることがない。慣れがあるとはいえ、あんな大きな魔物を目の前にしてこの様子だ。肝が据わっているというのか、怖いものなどなにもないかのようだ。


 まあそれはともかく……。


「大きい魔物を倒したことがあるんじゃないんですか?」


 と、荷台で頭を抱えて蹲るシャオナに問う。


「え? あ、はい。これくらいの……」


 シャオナが手を広げて表した大きさは猫くらいのサイズだった。


「それは……大きくないですね」

「お前の乳のほうがでかいのじゃ」

「そ、そんなことないですよー。私のおっぱいはこんなに大きくは……そ、そんなことより魔物ですよーっ! こっちに近づいて来てるーっ!」


 ひとつ目玉のでかいイノシシがノシノシとこちらへ向かって歩いてくる。


 シャオナにはもう期待できない。

 荷物を捨てて、3人で馬に乗って逃げよう。それしかない。


「ナナちゃんおいで! シャオナさんも!」


 荷台を降りてこっちへ来るよう2人を呼ぶ。

 しかしナナちゃんは動かず、じっと先を見つめていた。


「魔物が向こうへ行ってしまうのじゃ?」

「え?」


 言われて俺は前方へ向き直る。


 イノシシみたいな魔物は踵を返し、街道をはずれて遠くの森へと走って行ってしまう。


 ……あの魔物は明らかにこちらの存在を確認していたはず。

 それなのになぜ襲い掛かってこなかったのか? 助かりはしたが、疑問が残った。


「ふむ……なるほど。まだ残っていたようじゃな」


 ナナちゃんが静かにそう呟く。


「残ってたって……なんのこと?」

「……まあその話はあとでいいじゃろ」


 今だ蹲っているシャオナに目を落としつつ、ナナちゃんは言った。

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