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第35話 黒い餓狼

 馬に乗り、ナナちゃんとシャオナを荷台へ乗せて王都へ向かう。


 魔物はたぶん平原に現れない。

 盗賊が現れたら……荷物は捨ててナナちゃんとシャオナを馬に乗せて全力で逃げるしかないだろう。情けないが、やはり俺ではどうにもならない。


「それで、話ってなんなんですか?」


 俺は背後の荷台に向かって声をかける。


 シャオナはなにか俺たちに話があるらしい。

 まあ聞かせてどうする気かは知らないが。


「あ、はい。あのですね、実は今、私……大変なことになってまして」

「大変なこと?」

「はい。いえでも、大変なのは私というか、私の本物のほうなんですけど」

「私の本物?」


 なんだそれ? どういうことだろう?


「はい。私ですね、姫様の偽物なんですよー」

「へー」

「嘘じゃないですよ。本当なんですから」


 そう言われても王女の顔は知らないので、真実を確かめようもない。

 まあ嘘だとしても、そんな嘘で俺たちを騙す意味など無いと思うけど。


「偽物って言ってもですね、姫様公認なんですよ。影って言うんですかね。姫様が命を狙われているときがあれば、私が代わりになるんです」

「それはまあ……大変な仕事ですね」


 そういう者がいるとは聞いたことがある。

 王族とはときに命を狙われることもあるので、そっくりな偽物を用意して自分の命を守るそうだ。


「好きでやってるわけじゃないですよぉ! 似てるって理由で無理やり偽物をやらされたんです! 姫様と服を交換させられて、何人かの兵隊さんと一緒に馬で王都に向かってたら黒い鎧の女に襲われて死ぬところだったんですから!」

「そうなんですか」


 なるほど。だから自分を王女だと言ったのか。


 謎の言動にようやく納得できた。


「けどそれを俺たちに話してどうするんですか? まさかその黒い鎧の女を探して倒してほしいとか言うわけじゃないでしょう?」

「はい。あれはたぶん黒い餓狼と呼ばれている凄腕の傭兵です。あなたたちでは絶対に勝てません。あ、ちなみに私は結構、剣は強いんですよ。でっかい魔物だって倒したことがあるんですからね。えっへん」

「そうですか」


 後半は自慢かな。


「マオルドさんたちにこの話をしたのはですね、私と一緒にいるとその黒い餓狼に襲われるかもしれないので気を付けてくださいって、それを言いたかったのです」

「わかりました。降りてください」

「ちょ、ちょっと待ってください! せめて王都までは連れて行ってくださいよー。盗賊とか出たら私が戦いますからー」

「……しかたないですね」


 命を狙われていると聞いてこんなところへ置いて行くのも無慈悲か。それに剣の腕が立つならば王都までの旅は安心できる。その黒い餓狼に出くわさなければだが。


 出くわせば側にいる俺たちも目撃者として殺されるだろう。

 まったく厄介なことに巻き込まれたものだ。


「その本物の王女様ってのは今どこにいるんですか?」

「えーと……さあ、衣服を交換したあと私はすぐに村を出たので、姫様がその後どうしたのかはわかりません。私の振りをしてまだ村にいるのかも」

「暗殺者の相手をそっくりさんのあなたに任せて自分は村でのんびりですか」


 ひどい人だ。

 まあ王族からすれば庶民の命など、たいした価値もないのだろう。自分のために死ねて光栄に思えぐらいに考えているかもしれない。


「たぶんそうでしょうね。うう……なんで私がこんな目にぃ……」

「けど、なんで王女様は命を狙われてるんでしょう? 心当たりとかありますか?」

「知りませんよそんなのぉ。私は無理やり偽物に仕立て上げられただけなんですからぁ……」

「そうですか」


 多少、気にはなるが、知ったところでどうなるものでもない。

 どうでもいいと言ってしまえば、その通りである。


「のうのう」


 前を見据える俺の耳にナナちゃんの声が聞こえる。


「黒い鎧の女じゃったか。なぜそいつは黒い餓狼と呼ばれておるのじゃ? 単に鎧が黒いからというわけではないんじゃろ?」


 質問はシャオナに向けたものだろう。


「興味があるんですか?」

「うむ」


 聡くてもやはり子供だ。

 無邪気な好奇心が、黒い餓狼というあだ名に興味を持たせたようだ。


「黒いというのは鎧もありますけど、本人の肌が黒いからというのもあるらしいです。餓狼の部分はまさに飢えた狼。理由は戦う相手に飢えているからと聞きました」

「戦う相手に飢えている……?」

「強過ぎてまともに戦える相手がいないそうです。誰とも組まず、強い相手と戦えそうな仕事ばかり受けるので、戦う相手に飢えた狼。餓狼と呼ばれるようになったとかなんとか」


 戦う相手に飢えた1匹狼の餓狼か。俺の村では聞いたことがないな。

 ティアとどっちが強いだろう? ……いや、考えるまでも無い。わかりきったことだ。


「まあ辺境の村に伝わった噂ですし、真偽は定かじゃないですけどね」

「でも戦ったんじゃろ? そういう雰囲気はあったんじゃないかの」」

「あったかな? もう必死でわかんなかったですよ」

「ふーん」


 聞きたいことはもう無いのか、ナナちゃんの質問は止まる。


「王都まであとどのくらいかかりそうですか?」

「さあ、遅くても夕方までには着くと思いますけど」

「じゃあ私はお昼寝してますね」

「どうぞ」


 しばらくしてイビキが聞こえてくる。


「ぐがー」

「うるさいのじゃ」

「まあいろいろあって疲れてるんだよ。我慢してあげて」


 しかしこの人、本当に魔物を倒せるほど強いのだろうか?

 少なくともそういう雰囲気は無い。


「ふぁ……俺も眠い」


 そういえばティアはどうしてるかな?

 あいつは足も早いから、今ごろ家で寝てるかも。帰ったら謝らないとな。俺ばかりが悪いわけではないと思うけど、あれでも女の子で妹みたいなもんだし、年上で男の俺が折れなきゃダメだよな。やっぱり。


 そんなことを考えつつ、俺は馬に揺られて街道を進んだ。

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