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第34話 王女ベルミゲイロ

 ――サタマイア王国王都サルマ。

 その中心にそびえる王城の回廊を、巨大な剣を担ぐ黒い鎧の女が歩いていた。


 輝くような短い金髪に黒い肌。歳はまだ若く20歳ほど。背は高い。

 目は細く、笑っているようにも見える。しかし雰囲気は暗く、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


 やがて女は城の一室へと入る。


 豪奢な部屋だ。

 煌びやかな装飾が施された大きなベッド。宝石の埋め込まれた輝かしいテーブル。どこを見ても高価で美しい物しか置いていない。ただ一点を除いて……。


 ベッドには人が寝ている。

 ベッドも大きいが、寝ている人間もでかい。より正確に表現すれば太っている。豚のように太った女が、いびきをかいてそこに寝ていた。


「醜い」


 鎧の女は呟く。


 意識して言ったわけではない。

 あまりの醜さを目の当たりにして、つい言葉が漏れてしまったのだ。


「ふん……姫様」


 そう呼び掛けるが、女は反応しない。

 大きないびきをかいて眠り続けている。


「ベルミゲイロ様!」

「んあ……?」


 部屋に響く大声を耳にし、女は目を開く。


 名はベルミゲイロ。豚のように太っている醜い女だが、この国の王女である。歳は20代半ばだが、肌が汚く太り過ぎているせいかもっと老けて見えていた。


「ミルバーシュか」

「戻りました」


 ベルミゲイロは寝た状態のまま瞳だけ動かし、黒鎧の女ミルバーシュを視界に置く。


「戻って来たということは、始末したんでしょうね?」

「恐らくは」

「恐らく?」


 それを聞いたベルミゲイロの目が見開く。


「どういうことかしら? まさかしくじったと?」

「いえ、イルーラ様はこの手で殺しました」

「やったか!」


 歓喜の声をあげつつ、ベルミゲイロは重い体を起こす。


「くくく……イルーラ。馬鹿な私の妹。父上に気に入られて女王になろうとしなければ死ぬことなどなかったのに。本当に馬鹿な子」


 妹王女は国王に気に入られていた。というよりは、醜い姉王女のベルミゲイロが国王にひどく嫌われているのだ。

 本来ならば姉のベルミゲイロが王となるはずが、醜いという理由で王位の継承を剥奪されていた。しかし外見だけならばそうはならなかっただろう。

 この姉王女、外見だけでなく性格のほうも醜く、慕うものは誰もいない。王族だというのに立ち振舞いには品が無く、食べ物を口に入れればクチャクチャと音をたてて咀嚼をし、歩けばドスドスと激しい音を鳴らし、一歩一歩が城中に響き渡る。

 気に入らなければすぐに暴力を振るい、気に入った男がいれば獲物を見つけた獣のようにしつこくつきまとう。


 対して、妹王女のイルーラは美しい。少なくとも外見はベルミゲイロなどとはくらべものにならないほどに美しく、王女としての品もある上、剣技にも優れた勇ましい姫なので国王には好かれていた。


 イルーラは勇ましいというより、とにかく戦いが好きな戦闘狂な女だ。普段はおとなしいが、どこかに魔物が現れたと聞けば目の色を変えてその場に飛んで行ってしまう。昨日も国境の村に凶悪な魔物が出没したと聞いて城からそこへ向かった。その帰りをミルバーシュに襲われる。


 国王に気に入られ、次期女王とも噂されていたイルーラが死んだ。

 元々、仲が良いわけでもなかった邪魔な妹が死んだという報に、ベルミゲイロは歓喜していた。これで自分が女王になれると。


「よくやったねミルバーシュ! 噂通りの腕じゃないの!」

「ええまあ」


 褒められたというにミルバーシュの顔には微塵の喜びも見えず、複雑な表情をしていた。


「どうしたのよ? この私が褒めているのよ。喜びなさいよ」

「はあ。いえ……少し気になることがありまして」

「気になること? そういえばあんた、さっき恐らくとか言っていたわね。どういうことかしら?」


 問われたミルバーシュは首を捻る。それから顎に手を当てた。


「イルーラ様を逃がしたかもしれません」

「はあ!?」


 喜びに満ちた不気味な笑顔から一転、ベルミゲイロの目が怒りに吊り上がる。


「あんたさっき殺したって言ったじゃない! どういうことよ!」

「確かに殺しました」」

「じゃあ逃がしたかもしれないってなによ!」

「それは……その、イルーラ様は中々の手練れで苦戦をしましてね」


 正確にはイルーラ姫を護衛する剣士たちが手強かった。

 姫自身は弱かったというのが戦った感想である。


「まあでも最後は私の剣でわき腹を斬り裂いたわけですが」

「わき腹を斬った? それで死んだっていうの?」


 わき腹は急所ではない。

 戦いなど知らないベルミゲイロでもわかることだ。


「剣には毒を塗っていましてね。どこを斬っても致命傷になるのです」

「とどめは刺さなかったのかい?」

「そうしようとしたんですがね。逃げるイルーラ様を追おうとしたら魔物の群れに襲われて見失ってしまったのですよ」

「それじゃあ殺してないじゃないの!」


 ベッドから飛び降り、ベルミゲイロは怒声を上げる。


「声が大きいですよ」

「うるさい! 腕の良い傭兵だって聞いたから雇ったのに、なんて体たらくだい! なにが黒い餓狼の異名を持つ剣士だ! 単なる痩せ狼じゃないか!」

「まあ落ち着いてくださいよ」


 ミルバーシュは静かに声を吐く。


「この剣に塗った毒は特別です。出血毒ですが、そこらで簡単に手に入る安物じゃありません。通常の解毒薬は効かず、1時間とかからぬうちに死亡します」

「……本当だろうね?」

「本当です。お疑いなら使った毒薬を調べてください。ここに置いておきます」


 豪奢なテーブルの上に小瓶が置かれる。


「わかったわ。けど、念のため死体を見つけて首を持ってきなさい。そうしなきゃ金は払わないわ。いいわね?」

「かしこまりました」


 ミルバーシュは心の中で舌を打ちつつ、部屋を出て行った。

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