第33話 ティアと喧嘩をしてしまう
吹っ飛んだ俺は地面に倒れる。
痛い。なんか今日は痛い思いばかりしてるような気がする。
俺を頭突きで突き倒したシャオナは、そこに立ってこちらを見下ろしていた。
「話を聞いてくださいって言ってるのになんで無視するんですかーっ!」
「いや、そういうわけじゃないですけど……てかなんで俺を頭突いたんですか……」
「子供にやるわけにはいかないですし、そこの人は怖いですし、やるとしたらあなたしかいなかったからですっ」
「そうではなくて……」
大声で呼び掛けるなり肩を叩くなり、自分に注目させる方法はあるだろう。
気品のある顔に反して、行動はずいぶん粗雑な人である。
「なんですか?」
「……まあいいです」
おかげでさっきの件はうやむやに……。
「マオ兄さん……っ」
「いいかげんにしろ」
俺はちょっと厳しめの声でティアに言う。
「朝から痛い思いをしてばかりだ。もういいだろ」
「だって……」
「そもそもお前がナナちゃんを無理に引っ張ったのが悪いんじゃないか。俺が受け止めなかったら大怪我をしていたかもしれないんだぞ。お前は馬鹿力なんだから、少しは加減しろよな。まったく……」
「うう……」
……いや、ティアはちゃんと加減をしている。
殴られたときだって、本気なら俺はたぶん死んでるし、ナナちゃんを引っ張ったときも、本気なら身体が裂けていただろう。
わかっているのに、加減ができないなどと言ってしまった。
変につっかかってきたティアにイラついていたんだ。
「あ、ティア……」
謝ろうと、俺は思ったが……。
「なによー……マオ兄さんなんて私の力がなきゃなにもできないくせに……」
「な、なんだと?」
ティアの言葉を聞いて謝罪の声を飲む。
「そうじゃない。魔王討伐の旅してたときだっていつも私が守ってあげてたしさ。子供のころに魔物倒せたのだって、魔人の能力とかのおかげなんでしょ。だったら普段のマオ兄さんはよわっちいってことじゃん」
「そ、そんなこと……ないさ」
「あるよ。だから護衛として私をこうして連れて来たんじゃん」
「う……」
その通りだ。
俺がティアほど強ければ、護衛なんて必要はなかった。自分の弱さを知っているからこそ、ティアに同行を頼んだのだ。
だから否定はできない。けれど素直に肯定はできなかった。
肯定すれば、女の子に守られる弱い自分を認めることになってしまうから。
「お、俺は……」
今からたぶん、余計なことを言ってしまうな。
あとで言わなきゃよかったって後悔するやつだ。
大人ならきっと我慢する。
けど、俺はまだ子供なんだ。
「お前がいなくても平気だ。同行を頼んだのは……念のためさ」
「嘘。わかってる」
「本当さ。なんならここから先はついて来なくていい」
盗賊に襲われたらどうする?
魔物に襲われたらどうする?
ナナちゃんを守れるのか
魔人の能力は間違いなく発動するのか?
俺は……本当に強いのか?
一瞬でいくつもの不安が胸に去来した。
ここでティアに謝って丸く収めるのがベストな選択肢だろう。わかっていながら、それをしない自分がひどく幼稚に思えた。
「つ、ついて来なくていいって……本気で言ってんの?」
「本気さ」
「そんなはずない」
「ある」
「私がいないと寂しいくせに」
「寂しくなんか……ナナちゃんもいるし」
隣できょとんとこちらを見上げるナナちゃんへ視線を落とす。
「くっ……私よりそのガキ女のほうがいいんだ」
「なんだよそれ? だいたいお前、なんで俺とナナちゃんが仲良くするのを嫌がるんだ? 義理でも兄妹なんだから仲良くていいじゃないか」
「わからないの?」
「わからないから聞いてるんだ」
「このっ……馬鹿!」
「あがっ!」
額に手刀を入れられる。
「鈍感男! マオ兄さんなんてそいつと一緒に魔物にでも食われて死んじゃえばいいんだ! ばーかばーか! うああああん!」
そう叫んでティアは走り去ってしまう。
俺は殴られた額を撫でつつ、それを眺めていた。
「行ってしまうのじゃ。追わなくていいのかの?」
「……いいさ」
どうせ追いつけない。俺の足じゃ。
「馬鹿をやったな」
謝ればよかったのに。
けど、俺にだって男のプライドはある。女の子に弱いなんて言われて、それを認めて謝るなんてできなかった。
「うむ。にーには馬鹿じゃ」
「えっ?」
「ティアの強さは旅に必要じゃ。それを追い払ってしまうとはの」
「ナナちゃんのことは俺が守るよ」
「ふむ」
ナナちゃんは俺のじっと目を見つめてくる。
「ナナが危機に陥れば、にーにの『ガーディアン』が発動して守られるかもしれん。しかしにーに自身が危機に陥った場合は『ガーディアン』が発動しない。それはわかっておるかの?」
「それは……まあ、もちろん」
「にーにが死ねばナナを守る者は誰もいない。それも理解して、にーにはティアを必要ないと判断したのかの?」
「う……」
素の俺ではナナちゃんを守り切れない。しかしいざとなれば能力が発動してナナちゃんを守れる。そう安易に考えていた。
しかしナナちゃんが言った通り、能力は誰かを守るためだけに発動する。俺自身を守ってはくれないし、俺が死ねばナナちゃんを守ることはできない。
考えが足りなかった。
馬鹿だ俺は。本当に……。
「ごめんナナちゃん。俺……」
「ナナは構わぬ。一度にーにに救われた身じゃからの」
「いやそんな……」
「しかしにーにの身は心配じゃ。能力がなければにーには普通の男と変わらんからの。盗賊や魔物に襲われたらひとたまりもないじゃろう」
「ナナちゃん……」
こんな小さい子に自分の命よりも心配されるとは情けない限りだ。
この子だけは我が身に代えても守らなくてはならない。絶対に。
「とりあえず王都まで行こう。王都に行けば帰りは傭兵を雇えるからね」
「うむ。そうじゃな」
王都まで道はあと半分くらいか。
ここまで平気で来たが、ティアがいない今は緊張が増す。
夜になる前に急いで王都へ行こうと思った。
「さあ出発しよう。今から急げば夕方前には着くはず」
「うむ。それはよいが、そこの乳牛はどうするんじゃ?」
「乳牛? あ……」
シャオナがこちらを睨んでいる。
忘れてた。
「なんで無視するんですかーっ。話を聞いてほしいのにーっ」
「すいません。それじゃあ……道々で聞きますよ。王都まで行きますけど、大丈夫ですか?」
「あ、えっと……」
焚火を消しつつ聞くも、答えは帰ってこない。
王都へ行くのに不都合があるのだろうか。
「……わかりました。王都へ行きましょう」
なにか難しい決断でもするような、そんな重い声音でシャオナは答えた。
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