第３２話 投げ飛ばされたナナちゃんが……
ティアはたぶん本気だ。
俺がなにも言わなければ本当にこの人を裸でそこら辺の木に縛りつけて、盗賊たちの公衆便所とやらにしてしまうだろう。
「あの……変なこと言わないほうがいいですよ。こいつ本当にやりますからね。脅しとかできるほどかしこくないんですから」
「違うよマオ兄さん。私は正直なだけなの」
「平原の妖精とか言ってたじゃん……」
まあどうでもいいけど。
「え、あ……」
俺の言葉が効いたのか、女の人は明らかな動揺の表情を見せる。そして……
「す、すいませんでした！」
偉そうな態度から一転、こちらへ向かって女の人は平伏をする。
「本当は私、王女でもなんでもないんです！」
「そうでしょうね……」
まあそもそもかなり疑っていたので、この弁解に驚きなどあるはずもない。
「名前はシャオナと言いますっ。ここから西の国境にある小さな村に住んでいるただの娘なんですっ。嘘をついてごめんなさいっ。あ、あと傷の手当てをしていただきありがとうございますっ」
シャオナと名乗った女性は、額を地面に擦りつけて頭を下げる。
よっほどティアが怖いのだろう。
頭を下げたまま動かなかった。
「もういいですよ。頭を上げてください」
「は、はい……」
シャオナはゆっくりと頭を上げる。
それから怯えた視線をティアへと向けた。
「私を見るな。殺すぞ」
「ひえーっ！ すいません！ すいません！」
謝りながらシャオナは俺の側へ来ようとするが、
「がーっ！」
と、股のあいだ座っているナナちゃんが威嚇するような声を上げ、シャオナは驚いたのか地面に尻をつく。
「な、なんですかぁ……」
「にーには誘惑させんのじゃ」
「お、いいぞガキ女。てかそこ座んな」
「ここはナナの指定席じゃ」
「そんなの許さん。どけ」
「嫌じゃ」
「こんのクソガキが……どけっての！」
「嫌じゃーっ！」
俺の腹に抱きつくナナちゃんをティアが引っ張る。しかし抱きつく力は思いのほか強く、俺ごとその場から引かれて行った。
「やめろティアっ。もうっ」
「だってこのガキが……」
「子供相手にムキんなるなよ。みっともない」
「むう……」
ティアが手を離す。
「……マオ兄さんはそいつに甘いよ。私が座ったら嫌がるくせにさ」
「いや別に嫌がらないけど……」
「ほんとっ！ じゃあ私が座る！ どけクソガキ！」
「嫌じゃーっ！」
「やめやめ！ もーっ！」
腹に掴まるナナちゃんごと、俺はティアの怪力に地面を引き摺られていった。
「ちょ、ちょっとすいません！ 私の話を聞いてもらってもいいですかっ？」
「えっ？ な、なんですか？ ちょ、ティアいいかげんにしろっ。痛い痛い！」
座った状態の俺に抱きつくナナちゃんの足を掴んで引っ張り回すもんだから、尻が地面で引き摺られて痛い。ズボンが破ける。
「だってこいつ離さないんだもん！」
「わかったわかった！ ナナちゃん離れて！ 俺の尻が燃える！」
「おお、お尻が燃えては大変じゃ」
パッと腹の拘束が解かれる。と、
「うあっ！？」
ナナちゃんの足を引っ張っていたティアは勢いよく仰け反る。そして手が離され、ナナちゃんの身体は宙を舞った。
「おー」
「あ、ナナちゃんあぶない！」
俺は駆け出す。
スカートを舞い上げつつ空から落ちて来るその小さな身体を受け止めようとするも、少しだけ位置がずれて……
「お、あ……っと」
丁度、肩車になる形でナナちゃんは俺に着地する。
……しかし向きが逆であった。
「な、なにも見えない……」
正面から覆うようにナナちゃんは俺の頭にしがみついている。
スカートを被っているせいか周囲は暗く、口にはなにか柔らかい感触があってうまくしゃべることができない。
「ナ、ナナちゃん……だいじょぶ？」
「はふ……っ」
「えっ？ どうしたの？」
なにか呻くような声が聞こえて心配になる。
「あうう……にーにがしゃべると、なんだかお股がムズムズするのじゃ」
「そ、そうなの？ どうして……？」
「ナナはパンツはいてないから……」
そこで俺は自分の状況を考えた。
ナナちゃんは俺に正面から肩車で乗っている。そしてここはスカートの中で、ナナちゃんはパンツをはいて……いない。ということは……。
「あっ！ ご、ごめん！」
慌てて小さな身体を抱き上げ、俺の肩から下ろす。
「大丈夫？ ごめんね？」
「ううん……」
目の前に立ったナナちゃんは俯き、なんだかもじもじしていた。
「どうしたの？」
「うん。あのの……にーに」
「うん？」
「お股のムズムズの、気持ち良かったのじゃ」
「えっ？」
「もっとしてほしいのじゃ」
ナナちゃんは俺に向かって両手を伸ばす。
「い、いやダメだよ。そんなこと……」
「するのじゃー」
「ダメだってっ」
すがりつかれ、困ってしまう。
気持ち良かったって……そうなのかな？
まあ俺もあのフワフワな感触は心地良くかったけど……。
「にーに！ するのじゃ！」
「ダーメだって。ナナちゃ……うおおっ！？」
いきなり剣の切っ先が目の前に現れ、俺は驚く。
「な、なんだよティア？ あぶないだろ」
「うん。ごめん。すぐに済むから」
「済むって……」
唇に剣の先が向けられる。
「その唇は切り落とす」
「い、いや待て」
「待つ理由が？」
「待てというかやめて」
「嫌だ」
……いかん。目が本気だ。どうしよう……。
ダッシュで逃げるか？ 間違いなく追いつかれる。弱った……。
瞬きせずこちらを睨むティアを前に困っていると、
「ちょ……なんなんですかーっ！」
「えっ？ うあっ！？」
不意にこちらへ走り込んできたシャオナに胸を頭突かれた。
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