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「ひょえー…」

「おい、そこ危ないぞ」

「あ、めんご」


 一人の少女が谷を見下ろすのを咎める少年。彼らは今日学園の入学試験の為に山に入っていた。

 そして嘆きの渓谷と呼ばれる谷まで来て覗き込んでいたのだった。


 昨年、ここから受験生が落ちて亡くなった。彼らの周りでは噂が多く出回った。

 曰く死んだ魔族の怨念で引きずり込まれた。曰く他の受験生に背中を押された。曰く自殺だった、と憶測が憶測をよんだ。

 ただ未だに何も見つかっていないという。


 その為今年からの試験は二人組になり試験官が一人遠くから付くという形になった。試験内容もそれに合わせて変えられた。


「ここから落ちたらひとたまりも無いねー」

「お前考え事すると他の事疎かになるんだから気を付けろよ」

「もー、口煩いお母さんですか?」

「何言ってんだ!」


 二人のお馴染みの掛け合いを終え、谷から離れようとしたが少女の足が動かない。と言うか何かに掴まれている気がする。


 冷や汗をかきながら下を見ると少女の右足に人の右手らしきものが掴んでいた。


「ひっ⁉︎」


 追いかけてこない少女に気付いた少年振り返って戻ってくる。少女は手を伸ばして助けを求める。


「た、たた、たす…」

「?どうし、ッ⁉︎」


 少女の足を掴んでいる手を見つけた少年は一瞬止まって、助けようと魔法を繰り出した。


「み、水魔法水流(ウォーターフロー)!」

「きゃ⁉︎」

「なっ⁉︎」


 手だけ狙う筈が思ったよりも動揺していたのか少女の全身にまで水がかかった。思わず悲鳴を上げた少女の下からも驚きの声が上がった。


 二人は顔を見合わせ目線を下げる。すると谷から左手が現れ辺りを探り、今度は少女の左足を掴む。力を入れられ、後ろに倒れそうになり慌てて少年が掴む。


「く…そっ、誰だ…水魔法なんか使ったのは⁉︎」


 谷からボロボロの姿になった人が怒りながら顔を出した。少年の水魔法で少女のように濡れていた。


「ひ、人だぁ⁉︎」

「えぇぇえ⁉︎」


 驚きに声を上げ、急いで谷から上げるのを手伝う。


「だ、大丈夫?まさか人とは…」

「なんでこんな所に居たんだ?」

「あぁ…受験中に落ちて」

「受験て、学園のか?居たか、こいつ」

「私は見なかったけど…他の人は?それに試験官の人助けてくれなかったの?」

「アイツら何処行ったんだ…多分、俺が落ちたから呼びにでも行ったのかもしれない」

「おい、どうした」


 行動を止めた二人に何かあったと判断したのか試験官が姿を見せた。二人は試験官に谷にこの人が落ちていたと説明をする。

 しかし、試験官は首を傾けて不審そうに見る。


「受験生にお前の顔を見なかったが」

「えっ⁉︎じゃ、じゃあ…この人、誰⁉︎」

「ゆ、幽霊か⁉︎」

「は?誰が幽霊だ。俺はちゃんと受験生だ。チーム分けの番号札も持ってる」


 そう言って試験官に渡した番号札は確かに学園が用意した物だった。ただ、今年の物では無かった。


「これは…お前、名前は」


 試験官は恐る恐る名前を聞く。

 何故ならこれがここにあるのはおかしい事だ。この番号札を持っている筈の人は死んだとされているからだ。


「名前?俺は、サミュエルだ。」

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