多分ひたすら走ることになると思う
「すみません、ファイルさんはいますか?」
校長に受け取った資料を持って再び受付に向かうエンター。
本当に何度もすみませんと思うが、今回は校長命令なので諦めていただけると幸いです。
「エンターさん。どう致しましたか?」
「これを渡してくれと言われました。俺の今後のことだそうです」
エンターはそう言って資料を渡す。
「拝見します」
丁寧に受け取ったファイルは早速中に入っている資料に目を通して行った。
「どうですか」
ある程度読み終わったタイミングを見計らって、エンターは話しかけた。
「いろいろ長々と書いてありますが、要するになんとしてもエンターさんを兵士として使える人材にしろということですね。そのために必要なことは相談しろとも書いてあります。」
「それで俺はどうすればいいんです?」
「とりあえず、能力を使う以外の単位はこれまで通りに取ってください。当分能力は禁止です。許可があるまで使わないでくださいね。単位を取った後はおそらく、自宅から一週間に一回だったり二週間に一回だったりのペースでここに通ってもらうことになるでしょう。その間に、何度か帝の下で絶対安全な前線ツアーに参加することもあるかもしれません。そんなことをしながら体の成長を待ち、負荷に耐えられるようになったタイミングで今度は本当に前線に出てもらうことになるでしょう」
「帝の下での前線ツアーって何ですか?」
「いえ、体ができたときにすぐに前線へ出れるように、安全なところから経験を積んでおくというのは十分あり得る話だと思います。何せ、あなたは全部の能力を使える人類の秘蔵っ子ですからね。たとえ今は能力が使えなくても、潰れないように充分配慮された環境で様々な経験を積まされるはずです。では、まずは能力を使わない基礎単位の習得を頑張ってくださいね。私も期待しています!では、私この後用事があるので!」
そう言ってファイルはエンターを励まし、自分の仕事に戻る。
「まあ、ここまできたら頑張るしかないか」
そんなに期待してますよオーラを全開に出されると、調子狂うなぁと思いながらも、エンターは口角が上がってしまう。
俺って結構単純かもしれない。
「よ、エンター」
「その左手どうしたんだ?」
包帯が巻かれた左手にを振ってこちらに声をかけてくるエスケープ。
「いや、剣技訓練の授業で刀使ったんだけどさ。それで切った。それよりエンターはどうなんだよ。ファイルさんに呼ばれたんだろ?なんだったんだ?」
「ああ、とりあえず、今は能力を使わない単位の習得に専念しなさいって言われた」
その間にいろいろあったわけだが、とりあえずそう言ったことはすっ飛ばして結果だけ言うエンター。
「ほーん。じゃ、これから一緒に基礎体力入門受けに行かないか?能力を使わない基礎単位だ」
「そうだな、行くか。で、その科目は何やるの?」
「多分ひたすら走ることになると思う」
「……」
何それ絶対やりたくないと思ったが、まあ、隣に知り合いがいるだけましか、と自分を納得させていく事にした。
「…先ほどぶりです。校長先生、教頭先生。そして、ファイルさんも」
「おお、秘蔵っ子」
その授業が行われる場所に行くと、予想外の人たちがいた。
腕のストレッチをしながら、校長先生はこちらを見る。
他の二人も各々ストレッチをしながらこっちに笑いかけてくれた。
「皆さん、何をなさっているんですか?」
へ、あれ、校長先生と教頭先生なの?なんで顔見知りなの?みたいな視線でこちらを見ているエスケープをとりあえず無視して、情報収集を行うエンター。
「私たちもこの授業を受けるんですよ。事務仕事ばっかりしていたんじゃ、体が鈍ってしまいますからね」
確かに皆さんだいぶんスポーティーな格好に着替えていらっしゃいますけれども。
ていうか、ファイルさんの用事ってこれだったんですね。
「いつ前線に戻っても大丈夫なように鍛えておかないといけないんだ。戦場で最後にものを言うのは自分の体力だからね」
左頬に拳の跡がある教頭先生。
あのあと、大丈夫だったかどうかはその頬が物語っている。
それよりも、ああ、きっと皆さんそれなりに戦場を経験しているんだなと、エンターは感じた。
先ほど、エンターはひたすら走ると聞いて嫌だなと思ったが、この人たちからは走ることに関して一切嫌だなと言った感じを受けない。
それどころか、周りを見渡すと、この人たちだけ異常にやる気に溢れている。
他の人たちはどちらかというと、エンターに似た雰囲気だ。
きっと本当にこういうことが大切だということを戦場に出たことから経験として知っているのだろう。
こういうことを知らないといけないから、きっとエンターは前線ツアーに行かされるなんて言われるのだろうか、なんてエンターは思った。
「それよりも、エンターの友達?の左手どうしたんだ?怪我してるじゃないか」
「ああ、刀で切りまして」
「親指の付け根?」
「はい」
「じゃあ、剣技訓練か」
校長が懐かしそうな顔をして腕を組む。
「まあ、よくあるよね」
あれでしょ、刀を抜く時でしょ?と教頭先生もにこやかに笑いかけてくる。
「はい、その通りです」
「だが、刀は大事だから使えるようになっておけよ」
「校長は刀があったから生き残れた経験があるからね」
「ああ、そうだ。刀がなかったら、今ここに私はいない」
「能力で倒すのが主流なのに、刀を使わないと生き残れない状況ってどんなんなんですか?」
おいエスケープ。
俺も聞きたいがそんな死にかけた経験を話させるのもどうなんだ。
でもやっぱり聞いてくれてありがとう。
「あれは、私たちの拠点がいきなりエネミーに奇襲された時だった。なんとか立て直そうとしたんだけど、拠点だからさ、いろいろあるわけよ。生活設備が。で、エネミーが暴れ回るせいでガス漏れとかも起きちゃってさ。そんな中、電気は使えないじゃん?爆発するからさ。でも、撤退するためには戦わないといけない。その時にな」
だから刀がないと撤退できずに死んでたな、と改めていう校長。
へぇーとファイルまで聞き入っていた。
「皆さん、この授業は基礎体力入門です。間違いないですか?」
先生が来たようだ。
「では、今日もがんばっていきましょう。位置について、よーい、どん!」
早い、早いよ。
そう思いつつもみんなが走り出すので、エンターも走り出した。
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