最後ってなんだよ。縁起でもないことを言うなよ
「じゃ、行ってくるから」
エンターは孤児院の玄関を開けて、そう言った。
持ち物は小さな肩掛けバッグが一つ。
必要なものは全て兵士学校で準備してもらえるためこちらから持っていくものはほとんどない。
「エンター、忘れ物はない?」
「いや、持っていくものがない」
だから、シスターそんなに心配しなくていいよ。
シスターが心配そうな顔でいうが、こっちが心配になりそうなぐらい、ひどい顔をしている。
おそらく、朝まで心配で眠れなかったのだろう。
夜泣きがなかった分、まだマシな方か。
「エンターお姉ちゃん、頑張ってね」
「おい。また川に沈めるぞ」
お姉ちゃんとか、かなり昔の話を蒸し返すのはやめなさい。
「私がこの孤児院に来たばっかりの頃は、私より女の子っぽかったのに、立派になっちゃって」
およよと泣くフリをする一つ年下の女の子、マウスがからかうような目でこっちを見た。
「マウスが男の子っぽすぎただけだ」
もはや僕っ子なんてもんじゃなかった。
普通に自分のことを俺って呼んでたし。
「はいはい、二人とも。その辺にしなさい。最後なんだから」
二人のトゲのある言い合いを見てメモリーが手を叩いて仲裁に乗り出す。
「最後ってなんだよ。縁起でもないことを言うなよ」
一番破壊力あるよ、メモリーの言葉が。
本当、兵士学校に行くっていうのに最後の最後までいつも通りだった。
「じゃ、ちょっと行ってくるから」
少し開いた会話の隙をついて、エンターは歩き出す。
これ以上話していると、歩み出すタイミングを失いそうだ。
また、戻ってきたときには、またいつも通りの会話をしような。
「あれが、兵士学校だな」
大きな字で兵士学校と書かれた木の表札が大きな門にデカデカと掲げられているため、間違いはないだろう。
随分と敷地がありそうな施設だ。
外を囲っている塀を一瞥してエンターはそう思った。
中がどうなっているかは塀のせいで見えなかった。
「すみません」
エンターは門番と思しき人に話しかけた。
軍服を着ているため、関係者であることは間違いないはずなんだけど、なにぶん柄が悪そうだ。
軍服なんて、だいぶん着崩しているし、門に寄りかかっている。
刀を下げて門に寄りかかるとか、邪魔じゃないのだろうか。
「名前は?」
ぶっきらぼうにその人は聞いてきた。
「エンターです」
「君がエンターか」
何を納得したのか知らないが、うんうんといいながら、潜り戸を開けてくれた。
ありがたく中に入る。
目の前を大人数が掛け声をかけながら走って行った。
「目の前の建物に入って」
そう言って目の前の本館と書かれた建物を指差す。
今走っている人たちの向こう側にある建物だ。
それだけ言って門番は携帯電話を取り出しながら、外に戻って行った。
嫌だなぁ。
これどう考えても俺も今度から走る側だよなぁ。
走るの、疲れるから嫌いなんだよ。
兵士学校に来て何を言っているんだと言われそうだが、嫌いなものは嫌いなんだからしょうがないだろう。
走っている集団が目の前を通り過ぎたため、エンターは本館に向かって歩き出した。
「すみません」
本館に入ると、受付と書かれた場所があったため、今度はそこで話しかけた。
「はい」
門番とは売って変わって今度は礼儀正しそうな女の子が出てきた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「エンターです」
「ああ、あなたがエンターさんですか。お待ちしておりました。長旅ご苦労様です」
にぱっと笑ってそう言ってくれた。
なんだ、いい人もいるじゃないか。
こういう人が外にいた方が、軍のイメージも上がるのでは?と思ったが、こんな子を一日中外に出しておくなんてかわいそうだとも思い、あの人が一生やっていればいいという結論をエンターは下した。
「まずは寮の方へと案内させていただきます」
そう言って受付から出てきた女の子はエンターを誘導するように前を歩く。
「水晶玉を黒く光らせたって聞きました。すごいですね」
「ありがとうございます」
特に自分で何か努力したわけではないため、どう答えていいか少し悩んだが、とりあえずお礼を言っておく。
「どの部隊に入るかもうお決めになりました?」
「部隊、ですか?」
「はい。本来であれば、能力ごとに配属部隊が決まっているのですが、エンターさんはどこの部隊にも入る権利がおありですので、おそらく自己申告しないといけなくなるでしょう」
「はぁ」
正直そんなことを言われても、まだ何の情報もない状態なので、決められないというのが正直なところだ。
なんと答えるべきだろうと考えていると、不意にこちらです、という声が聞こえた。
どうやら、いつの間にか寮の方に着いたようだ。
「こちらが、エンターさんの寮になります」
鍵を回して扉を空けてくれた。
その後、この鍵は無くさないようにお願いします、と鍵を渡してくれる。
中の部屋は小さかったが、物は揃っていた。
机もベッドも冷蔵庫もトイレもあった。
何不自由ない生活が遅れそうだ。
「あの、この後時間はございますか?」
案内してくれた女の子が少し不安そうに聞いてきた。
「はい、特に予定はありません」
強いてあげるとすれば、持ってきたものを部屋に配置するぐらいのものだが、そんなものは一分もあれば終わる。
なんだろうとソワソワしながら女の子の答えを待った。
「でしたらすみません。私どもの帝に会っていただけませんか?」
「帝?」
「私たち水を操る能力を開花させた人たちが集まる部隊の長、水帝です」
「はぁ、分かりました」
「ありがとうございます。では行きましょう」
肩掛けバッグを机の上に置いて、エンターは再び女の子の後ろを歩き出した。
「おい、そいつがエンターで間違いないか?」
身長の高いイケメン金髪がこちらに向かって話しかけてきた。
門番の人みたいに軍服を着崩して入るが、イケメンだからなのか、随分と様になっている。
「…!雷帝!」
雷帝?水を操る部隊の長が水帝だったから、その流れでいくと電気を操る部隊の長ということだろうか。
携帯電話に向かって門番ご苦労様と言った後、携帯をしまいこちらに向かって歩き出してきた。
「面会予約は私たちが最初にとったはずですが?」
「関係ねぇよ。なあ、エンター。俺たちの部隊に入れ」
「はい?」
パーソナルスペースなんていう言葉は知らないとばかりにどんどん近寄ってくる雷帝さん。
遠目で見てもそうだったが、近くで見るとますますイケメンだな。
いや、そうではなく。
「すみません、近いです」
ほぼ壁ドンでもする勢いで壁際まで追い詰められたエンターはとりあえずそう言った。
「二度も言わせんなよ。俺の部隊に入れ」
うわぁ、このヤンキーをどうやって対処しようかと思っていると、タイミングよく放送がなった。
「エンターくん。今すぐ寮の部屋に戻ってください。さもないと、このバッグに入っている二枚の写真が大変なことになりますよ」
誰だか知らないが、なんでバッグの中に写真が入ってることを知ってるんだよ。
「ご、ごめんなさい。呼ばれたので、ちょっと行ってきます!」
エンターはそう言って戦線を離脱した。
「エンターさん!」
受付の女の子もエンターをおって走り出す。
「まあ、黙っちゃいないよなぁ。ど田舎のお姫様も」
雷帝はフンッと鼻を鳴らして歩き出した。
「初めまして、エンターくん。それにファイルさんも一緒でしたか」
部屋に戻ると、ショートボブの赤髪をポニーテールにした小さな女の子が机に座って足を組んでいた。
「今度は炎帝ですか」
「初めまして、炎帝を務めさせていただいております、ランプと申します」
礼儀正しそうな言葉遣いではあるが、机に座ってる時点で絶対そんなことはないんだよなぁ。
それ以前に人のもの漁ってるし。
「初めまして。エンターです」
「バッテリーくんに絡まれていたようですね」
あの雷帝のことだろうか。
「炎帝。すみませんが、我らの帝が面会予約をしておりますので」
「この可愛い女の子とのツーショット写真がどうなってもいいのでしたらお行きなさい。それとも、このたくさんの人が写っている写真の方がいいですか?」
「要件はなんですか?」
受付の女の子、さっき炎帝の言っていたことが本当ならファイルさんが炎帝に言った。
「要件なんて、分かり切っているでしょうに。エンターさん、私の部隊に入りませんか?」
「えっと。とりあえず、写真返してもらってもいいですか?」
「返したら、入ってくれますか?」
にこやかに炎帝はそう言った。
「えっと」
どうするかなぁと考えていると、コンコンと部屋がノックされる音の後、一人の優しそうな男が入ってきた。
「ランプ。私が面会予約をしていたのですが?」
「コバルトくんですか。悪いですが、こちらも譲るわけにはいきませんよ」
二人ともただならぬオーラを出しながら、お互いを見つめ合う。
「ここで戦いますか?」
「戦ってもいいと、私は思っていますが?あとで始末書を山ほど書かされることになるでしょうが、それでエンター君が入ってくれるのなら、喜んで書きます。ですが」
一拍おいて炎帝は机から降りた。
「ここであなたと戦ったら、おそらくエンターくんが無事ではないでしょう。なので、ここは一旦引きます」
そう言って、写真を机の上に置いて、出口の方に歩き出す。
「エンターくん。良い返事を期待していますよ?」
そう言って歩き去ってしまった。
「初めまして、エンター。水帝のコバルトです」
そう言ってにこやかにこちらに手を出してきた。
「初めまして。エンターです」
やっと、目的の人に会えたようだ。
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