私はオレンジジュースをください
「ついたぞ」
さっきまで隣で寝ていた校長がいつの間にかエンターにそう言って馬車の扉を開ける。
とうとう着いてしまったか。
遠路はるばる前線まで来てしまったエンター。
だが気分は意外と落ち着いていた。
見知った人がたくさん周りにいるからだろうか。
まだ前線を知らないひよっこだからだろうか。
それとも、大切な約束もしたせいで、覚悟が決まったからだろうか。
「ここが、前線か」
馬車を降り、山脈の切れ目がある方を見た。
何やら戦っているようだ。
何かが光ったり、水柱ができたりしているが、中でも赤い炎が一番目に付く。
「お疲れ、みんな」
いつ何があっても対応できるように緊張感を保ったまま、にこりと笑った。
「水帝。状況は?」
「今ちょうど交戦中。特に危険そうな大きなエネミーは見当たらないから、大丈夫だと思う」
「あれが、空飛ぶエネミー。結構大きい…」
久しぶりに持つと言っていた刀をぶつけないよう注意して馬車から降りたファイルがそう呟いた。
エンターもその方向を見てみると二匹、鳥のように飛んでいるエネミーを見つけることができた。
「とりあえず、二人はエンターを基地に案内してあげて」
僕はこの馬を連れて行くから、と水帝は手綱をとった。
「基地はあっちだ」
校長が建物を指差す。
コンクリートの壁が印象的で窓が少ないなとエンターは感じた。
近づいてみると、所々コンクリートに傷がついている。
「私、喉渇いたから飲み物をもらおうと思うんだが、ふたりはどうする? すぐに部屋へ行くか?」
「部屋に行く途中食堂の近くを通るので、私ももらっておきます。」
「俺も」
「じゃあ、決まりだな」
「雷帝!」
建物の中に入ると、階段と大きな部屋が目に入った。
部屋の入り口には食堂と書いてある。
中に入ると、少し髪型の崩れた、とてもラフな姿の雷帝がトーストを食べていた。
「カメラか。お疲れ」
若干寝ぼけたような感じで雷帝はいった。
絶対この人今起きただろ。
前線にいるのにこんな感じでいいのだろうか。
「夜勤だったんですか?」
ファイルは雷帝の姿を一瞥し、そう言った。
「ああ、夜勤だった。で、今起きたとこ。どうした?」
エンターがこんなでいいのだろうかと不思議に見つめていると、その視線に気付いてた雷帝がこっちを見てきた。
「いや、今前線は交戦中らしいですけど、随分とその」
「今はランプが前線にいるんだろ。それに、休憩中のコバルトも何かあったらすぐ駆け付けられる状態だ。いくら交戦中だろうと、あの二人がいるんだから、大丈夫だろ」
面倒くさくてそう言っているのかと思ったが、そういった感じは全く受けなかった。
随分と信頼しているような様子だ。
なんか、その様子は初対面であった時とは別人のような印象なんですけど。
あの時は、もっとこう、一匹狼の不良みたいな人なのかと思っていたが、思い違いだったのだろうか。
「ああ、バッテリー。起きたんだ、おはよう」
先ほど馬の手綱を引いて何処かへ行った水帝が戻ってきた。
食堂に入り、雷帝に話しかけた後、冷蔵庫の方へ向かう。
「コバルト。俺も飲み物くれ」
「麦茶でいいの? それともオレンジジュース?」
「麦茶で」
「私はオレンジジュースをください」
ちょうど食堂に入ってきた炎帝もちゃっかり注文する。
前線にいるのではなかったのだろうか。
そう思っている最中、何人もの人が食堂に入ってきた。
少し服装が汚れている感じを見ると、今戦っていた人たちが、帰ってきたってところだろうか。
「はい、二人とも」
三つのコップにオレンジジュースと麦茶を入れて水帝は戻ってきた。
オレンジジュースを炎帝に渡し、雷帝には麦茶を渡す。
水帝も麦茶だった。
「交戦中だったんだってな。どうだった」
「特に気になるような歯応えがある奴はいませんでした。ただ、空飛ぶやつがだいぶん増えてきているように思います」
オレンジジュースを一気に半分含み、炎帝が言った。
「この前発見されたばかりなのにね」
「ファイルさん」
エンターは近くにいるファイルに話しかけた。
どうしたの? という感じでこちらを向くファイル。
「三人って、仲がいいんですか?」
前回会ったときは、あんな感じだったんだが、今は全く雰囲気が違う。
「ああ、前線では何があってもお互いを信頼するって決めてますからね。命がかかってますから、それ以外のイザコザを持ち込んでいる暇はないんです」
ああ、通りで。
「じゃあ、部屋に行こうか」
校長が飲み終わったエンターたちを見てそう声をかけた。
食堂を出て、最初に見えていた階段を登る。
「えーっと」
二階に上がると、部屋割り表と書かれた大きなホワイトボードが目に入った。
校長がそのホワイトボードの前で止まる。
「エンターはここな」
そう言って校長がホワイトボードの一点を指差した。
「えぇ」
右隣が雷帝で、左隣が水帝で。
そして上は炎帝ですか。
なるほど。
いや、ちょっと待とうか。
「はぁ」
部屋に入って一息つくエンター。
広さは寮と変わらない感じだった。
どうしよう、気まずいなぁ。
だって、お隣さん達がさぁ。
そんなことが頭に浮かぶが、持ってきた荷物を手早く片付けながら考えないようにするエンター。
「エンター、ちょっといいか?」
ノック音の後に校長の声が聞こえる。
「はい」
返事をすると、ガチャリという音の後に校長が入ってきた。
何のようだろうか。
「エンター?今から前線にでてもらおうと思うんだが、大丈夫?」
とうとうきたか。
「分かりました」
もとより敵と戦うことに関してはそこまで恐怖を感じていない。
緊張はするけれど。
それに、最大の懸念点である、味方にストレスで殺されるのではないかという心配もどうやらしなくて良さそうだ。
部屋割りのせいで想像よりも斜め上の緊張感を抱いているけれど。
エンターは刀を持って部屋を出た。
「緊張してる?」
エンターの顔を見たファイルがにこりと笑ってそう言った。
食堂のある一階まで降りると、三人の帝とファイルがいた。
雷帝もいつの間にか先ほどのラフな姿から着替えたようだ。
「少し」
このメンツの雰囲気のせいで。
「まあ、こればっかりは慣れです。緊張している暇があるなら戦ってしまいましょう」
炎帝がにこやかにそう言ってくる。
いや、だから原因は。
まあ、いいか。
建物の扉を開ける水帝に続いてみんな外に出るため、エンターは考えを一旦中断した。
「ここが、山脈の切れ目か」
初めて実技の授業を受けるため外の集合場所に集まったとき、大きなクレーターに驚いた覚えがあったが、そんなもの比じゃないぐらい大きなクレーターがそこら中に開いていた。
足を取られないように気をつけなくては。
そう思いながら、エンターは刀を抜いた。
「あれなんていいんじゃないか?」
雷帝が指を指す方に、明後日の方向を向いたエネミーがいた。
エンターの身長の半分ぐらいのアリみたいな形をしたエネミーだ。
「ちょっと大きい気もするけど、問題ないと思うよ」
水帝も賛成する。
「では、私はこれ以上別のエネミーが途中参戦しないようにしておきます」
そう言ってエンターたちとエネミーを大きな炎の円で囲んだ。
これで、外から別のエネミーが入らない。
「じゃあ、私は上を警戒します」
ファイルはそういった。
炎を見てエネミーが興奮しているのだろうか。
先ほどよりも動きが活発になった。
そして、エンターたちの方を向く。
アリが全速力で走って来るかのように、エネミーが突っ込んできた。
エンターはそれを見て、刀を振り下ろした。
「おめでとう。初めての勝利の気分はどうだ」
「意外に足が早くてまだ驚いてます」
そうなのだ。
こっちを見つけた途端、いきなり物凄いスピードで突っ込んできたため驚いた。
「その割には、きっちり対応できていたじゃないか」
雷帝が腕を組んでそういった。
「校長の剣の方が早かったです」
そして痛かったです。
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