再来週、また帰ってくるから
「じゃ、ぼちぼち頑張ってね」
結局あの後もう何杯かおごらされたエンター。
「お前もアリバイ工作頑張れよ」
ちょっとムカついたので、いい感じに仕返ししてやることにした。
あとでメモリーに怒られればいいんだ。
「アリバイ工作?」
「なんでもないから!」
そう言って思いっきり足を踏んでくるマウス。
それも足裏全体ではなく、かかとだけに思いっきり体重を乗せてだ。
だから踏んでくると言うよりかかと落としをしてくるという感じだろうか。
地味に痛いんだけど。
「じゃ、私たちは買い物に行こうか」
特に気にする様子もないメモリーはマウスとファイルに手を振って、目的地へと歩き出した。
「もう、なんてこと言うの? 絶対なんか勘づかれたじゃん」
「いや、勘づかれてないだろ」
「そんなんだから、エンターはエンターなんだよ」
あーヤダヤダと首を横に振って残念そうに言うマウス。
大丈夫だと思うけどなぁ。
まあ、これ以上話していると、メモリーに置いていかれるのでほどほどに切り上げてマウスと別れるエンター。
少し早歩きをしてメモリーに追いつく。
「ねぇ、アリバイ工作って何?」
にっこりと笑って追いついてきたエンターを見るメモリー。
あれ、この居心地悪い空気にさらされるのはあいつのはずだったんだけどなぁ。
なんで俺が?
「お疲れ、二人とも。ありがとうね」
買い物を終わらせて孤児院に帰ってきたエンターとメモリーにシスターが言った。
アリバイ工作については仕方がないからいい具合にごまかしておいた。
本当、感謝しろよマウス。
お前のためだからな。
断じて、俺がこれ以上なんか言われるのが嫌だったからではない。
「あれ、なんでここにいるの?」
先ほど帰ってきたときにはいなかった小さい子たちがエンターを見つけてワイワイ寄ってきた。
「休みが取れたから帰ってきたんだ」
そんなエンターの言葉も聞かずに子供たちは買ってきた食材やら、エンターの刀やらに興味が移っている。
刀は危ないから離しなさい。
けがするでしょ。
「はいはい、もう直ぐ晩ご飯にするから待ってなさい」
「晩ごはんなに?」
「ハンバーグよ」
ワイワイガヤガヤ騒ぐ小さい子たちにそう言って対応するメモリー。
やったーと無邪気に喜ぶ子供たちはさらにはしゃぎだした。
「ハンバーグか」
密かにエンターもガッツポーズを決める。
そんなエンターの姿に気づいたメモリーはクスクスと笑った。
「あれ、エンター。まだ起きてたの?」
あれから晩ご飯を食べてお風呂に入って、もうすっかり子供たちは寝る時間になった。
部屋の光が一つ、また一つと消えて、大人もまた眠りの世界に入っていく。
そんな中、まだ光がついている部屋があった。
エンターの部屋だ。
どうして分かったか分からないが、メモリーがそれに気づき、ノックをして扉を開ける。
「ああ、ちょっとな」
マウスに言われた言葉を思い出していたため、眠れなかった。
言うとしたら、そうやって言い出すか。
そう悩んでいたエンターの元にちょうど、寝巻き姿の本人が現れた。
「そういうメモリーこそ、どうしたんだよ」
「私にも、いろいろあるのよ」
そう言ってベッドに腰掛けているエンターの隣にメモリは座った。
これは言うしかないよなぁ。
でもなぁ。
そんなふうに悩んでいると、沈黙の空気が二人の間に流れた。
「…なんか、飲む?」
ぎこちなく笑ってメモリーがそう言った。
メモリーも気まずかったのだろうか。
「そうだな」
「じゃあ、なんか持ってくるから、待ってて」
そう言ってメモリーはエンターの部屋を飛び出した。
どっちにしろ、言わないという選択肢はないか。
うじうじ悩んだ末に、そう思ったエンターはメモリーの居なくなった部屋で一人覚悟を決めた。
「コーヒーで良かった?」
お盆にカップを二つとコーヒーポットを乗せたメモリーが器用に扉を開けて入ってくる。
…一応、今は寝る前なんだよなぁ。
いや真面目な話をするんだから、それでいいんだけど何もいう前からこの対応って、何?エスパーか何かなの?
「はい」
エンターの机にお盆を置き、カップを渡すメモリー。
「ありがとう」
一口飲んで、心を落ち着かせ、エンターは口を開いた。
「なあ、俺、来週前線に行くんだ」
「…そう」
下を向き、いつになく弱々しく返事をするメモリー。
「だから、帰ってきた」
「どのくらいで戻ってこれるの?」
「一週間向こうにいる予定」
「一週間も…」
途方に暮れたようにいうメモリーは、そう呟いた後、言葉を続けた。
「でも、なんで? まだ兵士学校卒業してもないでしょ? 私は兵士学校に行ったことがないからよく知らないけど、まだ学生が前線に出るなんてことあるの? それとも、そんなに今戦況が悪いの?」
「いや、どっちでもない」
戦況はどうだろう。
空飛ぶエネミーが出てきたせいで、何やら色々と焦っているようだが、実際どうなっているのかエンターは知らない。
唯一知っているのはあいつのせいで前線に行くことが決まったぐらいだ。
「じゃあ、なんで?」
初めてメモリーは顔をあげた。
その目は少しだけ潤んでいた。
「俺が、三つの能力を使えるからかなぁ」
「そう」
何かを噛み殺すように、メモリーはそれだけ言った。
きっと、言いたいことがいろいろあるのだろう。
「今日エンターが帰ってきたわよってシスターが言いに来たとき、どうしたんだろうって思ってた」
ボソリと、メモリーは口を開く。
どうしても噛み殺せなかった部分があるのだろう。
「二言目に休暇がもらえたから帰ってきたんだってってシスターから聞いて、絶対嘘だと思った」
「なんでそこで嘘だと分かったんだよ」
開幕速攻バレてるじゃん。
流石にバレるの早すぎでしょ。
要するに、あれだろ?
あの、濡れた手をタオルで拭きながらおかえりって言ってくれたときにはもうすでにこいつ、嘘ついてんなってわかってたってことでしょ?
俺、まだその時顔合わせてもなかったんだぞ?
どうすればよかったんだ、これ。
「でも、聞けなかった。聞くのが怖かった。それで、夜も眠れなくて、部屋を出たら、エンターの部屋の電気がついてた」
だから、分かったのか。
「本当に、前線に行くの?」
「ああ」
「…ごめん。今一緒にいると、絶対当たっちゃうから。本当に怖いのはエンターの方だよね」
そう言って、メモリーは部屋を出て行った。
「いや、多分メモリーより怖いと思ってないかな」
敵に殺される事は多分ないから。
味方のからのストレスで死ぬことはあるかもしれないけど。
これ、本当に言った方が良かったのだろうか?
大事なことって伝えるのも大変だし、伝えないのも大変だし、なんなら持ってるだけで大変なんだなぁ。
「もう、行くの?」
「いや、シスター。今日で休日終わりだから」
見送りをしてくれるシスターが悲しそうに言う。
休暇最後の朝早く、エンターは学校へ戻ることにした。
明日エンターは前線へと向かうため今日のうちに兵士学校へ戻らなくてはならないのだ。
そのためには今日早く寝ないといけないし、旅立つための準備もある。
だから、少し早めに孤児院を出る。
「ねぇ、メモリーとなんかあった?」
「…特に?」
「そう? メモリーがなんかおかしな様子だから、何か知らない?」
前線に行くと伝えて以来、少しメモリーがよそよそしくなった。
朝起きたら、おはようと言うし、より寝る前もおやすみと言うが、なんか、その時の表情が少し悲しそうなのだ。
「まあ、シスター。あとは任せた」
正直もう旅立つエンターにはこれしか言えない。
「おはよう」
「おい、酷い顔だぞ」
寝不足のゾンビみたいな顔で玄関へ降りてきた寝巻き姿のメモリー。
「誰のせいだと思ってるの」
俺の、せいか。
「再来週、絶対帰ってきなさい。兵士学校サボってもいい。それで怒られるときは一緒に怒られてあげる。だから、」
前線に行くと伝える前のように笑ってメモリーは言った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
エンターも笑った。
「再来週、また帰ってくるから」
エンターはそう言って兵士学校へ戻っていった。
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