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先頭に、まだ、の二文字が抜けてるよ?

「ただいま」


 孤児院の扉をノックもせずに開けて、エンターはそう言った。

 なんだかんだ言って、帰ってくるのは兵士学校に入って初めてだ。


「エンター?エンター!」


 シスターがエンターを見るや否や抱きついてくる。

 ちょっと恥ずかしい。

 でも、嫌な感じはしなかった。


「嬉しいわ。でも、どうしたの?今日は平日よ?」


「ああ、休みが取れたから、久しぶりにね」


 来週、エンターは前線を経験する。

 その前のタイミングで、一回実家に顔でも出してリフレッシュしておけと校長に言われた。

 なんか、戦いの前に故郷に戻るとか、この戦いが終わったら結婚するんだ宣言と並び立つぐらいの死亡フラグな気がしてならないが、まあいい機会だしなと帰ってきた。


「メモリー。エンターが帰ってきたわよ!」


 シスターがそう叫びながら奥の部屋へ行く。

 その後、よく聞こえないが、何かを話し合っている声がしたと思ったら先ほどよりも大きな足音が聞こえてきた。


「エンター?」


 濡れた手をタオルで拭きながら、シスターとメモリーが現れた。


「ただいま」


 エンターはメモリーに向かって笑いかけた。


「おかえり」


 メモリーも同じように笑い返してくれた。

 いつまでもこんな出入り口にいてもしょうがないので、エンターは中に上がった。


「刀なんて下げちゃって、随分と兵士っぽくなったじゃん」


 自分の部屋に刀を置いて下に降りてきたエンターにメモリーがお茶を手渡しながら、そう言った。


「まあ、規則だしな」


「規則?」


 いろいろあんだよ、と適当に躱しながらエンターはお茶を飲む。

 家にいる時はいいけれど、外出する時は必ず持ち歩けと言われた。

 いや、ちょっと訓練受けたばかりの俺がこんなもん持ってたって正直何か変わるとは思えないが、校長との約束なので守ろうと思う。


「最近どんな感じ?」


 エンターも兵士学校に行っていろいろなことがあったように、メモリーにもいろいろなことがあったはずだ。


「男手が一人減ったせいで、農作業が大変になった。エンターってすぐへばって休憩ばっかりだから、抜けてもそんなにダメージないと思ってたけど、想像以上に大変」


「そうだよ、俺働き者だったんだよ」


 やっとわかってくれたのか。

 体力無いなりにきちんとやっていたのよ、俺は。


「筋肉ついちゃうからって嫌がるマウスに無理やり仕事を振ったから、多分会った時になんか言われると思う」


「その時はあの刀のサビにしてやるだけだ」


「今日帰ってこないけど、それでよかったかもしれない」


 エンターの言葉を冗談だと思って乗っかるメモリー。

 いや、冗談じゃ無いから。

 本当に切ってやるから。


「で、今日なんかあるの?」


 別に帰らないなら帰らないで一向に構わないが、何かあったのだろうか。


「お友達の家にお泊まりだって。もちろん同性のお友達だよ?」


「別に異性でも構わないぞ、俺は」


「そんなの私が許さないよ」


 今声のトーンが一段階落ちたぞ…。

 割と冗談じゃない感じでメモリーはいった。


「相変わらず過保護だなぁ」


「だってあの子はまだ十四歳だよ?絶対だめ、そんなの」


「気にしすぎだと思うけどな。ま、同性とか言っておいて実は異性なんていう可能性もあるか」


「それはないよ。私が一緒に今日泊まるって言うマウスのお友達に挨拶行ったもん。それに、あの子の交友関係はきっちり把握してるし」


 キッパリとメモリーが言い切った。


「メモリー。それ、大事だけど嫌われるからやめたほうがいいぞ?」


 世話焼きなのはいいところだと思うけど、あんまり干渉し過ぎるのは逆効果だろうに。

 そんな話をしていると、足音が聞こえてきた。


「メモリー、いる?」


 シスターがこちらにやってきた。


「買い物?」


 大体この時間帯に頼まれるのは買い物と相場が決まっている。


「そう。今日の夕食の材料買ってきてちょうだい」


「わかった。エンター、荷物持ち手伝って」


「はいはい。刀とってくるからちょっと待ってて」






「あれ、あんな喫茶店あったっけ?」


「この前オープンした新しい店だよ」


 久しぶりに来たため、変わった部分がいくつも目に付く。

 そのせいでずっと住んでいた街なのに、自分の知らないうちに随分と変わってしまい、なんか取り残されたような寂しい感じがする。


「入ってみる? 帰りは荷物が多くて大変だろうし」

 

 そんなエンターの気持ちを知ってか知らずか、笑顔でエンターを誘うメモリー。

 こいつは変わらないな。

 なんかちょっと元気でた。


「そうだな」


 エンターも表情を崩してそう言った。

 店の扉を開けるとともに、いらっしゃいませ〜という掛け声が聞こえる。


「二名様でよろしいですか?」


「はい」


「お好きな席へどうぞ」


 店内は結構ガラガラだった。

 まあ時間帯も外れているしな、なんて考えながらあたりを見渡すと、なぜか知った顔を見つけてしまう。


「は?」


 向こうもこちらに気づいたようで、驚きの声を上げた。

 女の子なんだから、もうちょっとマシな声は出せないのだろうか。


「なんでここにいるの? 今日平日だよ? 兵士学校クビになったの?」


 マウスがかわいそうなものを見るような目でそう言ってきた。


「なってないよ」


「先頭に、まだ、の二文字が抜けてるよ?」


「なる予定もないから」


 いや、本当に。

 なったらなったで別に構わないなんて昔は思っていたけれど。


「あれ、今日フィルムちゃんのお家にお泊まりじゃないの?」


 どうして一人でいるの? とメモリーはマウスをまっすぐ見た。


「一人じゃないよ、今ちょっと注文にいってるだけ。ほら、戻ってきた」


 視線を逸らした方には一人の女の子がいた。


「あ、本当だ」


「メモリーさん。朝ぶりですね。それと、」


「エンターだ」


「エンターさん。初めまして。マウスさんのお友達のフィルムです」


 どうしよう。

 マウスの友達とは思えないほど礼儀正しいんだけど。


「よかったら一緒に座りませんか」


「「パスで」」


 エンターとマウスの声が被った。


「私は一緒がいいんだけど」


 そんな二人の意見を真正面からねじ伏せるメモリー。


「「…」」


 エンターとマウスはお互いに目配せをして協定を結ぶことにした。



「エンターさんは今兵士学校に行っていらっしゃるんですね。だから刀を持っているわけですか」


 マウスはもちろん知っているし、メモリーさんもあったことあるけれどエンターさんってどういう繋がりなんですかと聞かれたため、エンターは簡単に自己紹介をしたら、明るく反応してくれた。

 なんかいい子オーラがものすごく溢れている。

 なんでこんな子がマウスの友達やってるのか本当に本当に心の底から不思議だ。


「もう直ぐクビになるけどね」


 ほら、マウスってこんなんだぞ?


「ならないから」


 むしろなれないから。


「じゃあ、私はちょっと飲み物のおかわりもらってくるね」


 このハーブティ美味しいと、ルンルン気分でおかわりを注文しに行くメモリー。


「あ、私も行きます」


 そう言ってフィルムも席を立った。


「にしても意外だった」


 二人きりになったところでエンターはマウスに話しかける。


「何が?」


 マウスはストローから口をはなし、こっちを向いた。


「てっきり同性の友達の家に泊まるって言って異性の友達の家に泊まるもんだと思ってたから」


 挨拶しに行った相手はダミーだろうと予想していた。


「さすがに異性の友達の家に泊まったりはしないよ。同性の友達と遊ぶって言っておいて異性の友達と遊ぶことはあるけど」


「まあ、大変だな。メモリーの過保護なところというか、面倒見がいいところというか」


「うん。ありがたいし感謝してもしきれないぐらいしてるんだけど、もうちょっと放っておいて欲しい。私もう十四歳だよ? 異性の友達と遊ぶことぐらいあるって。エンターと違って」


「一言余計だ。それを言うならマウスに異性の友達がいるってことが俺には信じられない。というか、同性の友達がいるってことも信じられない」


「いやいや、それは失礼すぎでしょ。友達ぐらいいるし、それに私、結構モテるんだよ?  言動とか性格があれだから、黙っていればだけど」


「それが分かってるなら、黙ってなくてもモテるように言動とか性格を直そうとか思わない訳?」


 そんなことを言っているうちに二人が帰ってきた。


「エンターとマウスは飲み物お代わりいいの?」


 俺たちの残り少なくなっているコップを見てメモリーが言う。


「買いに行く!」


 エンターのいらないという返事をかき消すように大きな声で言ったマウス。

 これ、絶対奢らさせるじゃん。

 だって、すごい笑顔だもの。

 ほら、こういうところがなぁ。



「で、こんな平日にどうしたの?」


 注文を済ませて店員さんが飲み物を作ってくれている間にマウスは聞いてきた。


「休みがもらえたから帰ってきただけだ」


「私にはその嘘でもいいけど、メモリーにはしっかり伝えてあげなよ?」


「嘘ってなんで分かるんだよ」


「いや、それは私でも普通に分かるぐらい嘘の匂いがすごいから。シスターは気付いてるかどうか分かんないけど、メモリーは絶対に嘘だって気付いてるし、すごい気になって気が気じゃないと思うよ。あんなふうに平然を装ってるけど。でも多分、メモリーはそこを聞くために踏み込んでこれないだろうから、エンターから言ってあげて」


 本当、過保護でどうでもいいところにはたくさん干渉してくる癖に、本当に大事なところには気を遣いすぎて踏み込めないんだから、メモリーは、とマウスは悪態をつく。


「メモリー気付いてんのかな?」


「むしろなんで気付いてないと思ったの? 私でも気づくんだから、あのメモリーが気づかないわけないでしょ。じゃ、あとはよろしくね」


 店員さんから商品だけ受け取りその場を離れるマウス。


「お会計よろしいでしょうか」


「あ、はい」


 お金を払った後、席に戻るとエンターの注文した飲み物はきれいさっぱりなくなっていたため、もう一度注文する羽目になった。

 文句を言ったら、農作業大変だなぁって返された。

 よし、刀のサビにしてやろう。

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