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たまには帰ってきなさいよ

 燦然と星が輝く夜に、コンコンコンと孤児院の戸を叩く音がした。


「はい」


 どうか低い能力値でありますように。

 シスターは最後に祈るように呟き、その気持ちを気取られないように表情を整えて、扉を開けた。

 ガチャリ、という扉を開ける音に孤児院の奥で固唾を飲んで見守る子供達がビクッと震える。

 扉の外には男女二人の軍人が立っていた。

 軍人達はシスターに向かって軽く敬礼をする。

 カチャリ、と腰にかかっている刀が音を立てた。


「こんばんは、シスター。お久しぶりですね。先月連絡した軍のものです。エンター君はいらっしゃいますか?」


「はい、こちらに」


「君がエンター君で間違いないかな?」


「はい、俺がエンターです」


「まだ少し早いけど、お誕生日おめでとう」


「ありがとうございます」


 明日はエンターの十五歳の誕生日だ。

 明日、と言ってももうすぐ日付変更時刻を回るので、実際にはあと十分ぐらい先だ。

 そして、死神が地獄への片道切符を渡すかどうか決める審判の日でもある。

 

「手を出してくれるかな?」


 そう言われてエンターは左手を出した。

 その左手に軍人は薬を一錠乗せる。

 そう、この薬だ。

 この薬で人間は能力を手に入れることができる。

 敵と戦い、勝つ為に。

 得られる能力は三つ。

 一つ目は炎を操る能力。

 二つ目は水を操る能力。

 三つ目は電気を操る能力。

 この三つのうちのどれか一つが目覚めるのだ。


「時間だ。お誕生日おめでとう」


 嬉しそうに、されど悲しそうに、軍人の二人はエンターに話しかけた。

 教会の鐘の音が聞こえる。

 日付が変わった合図だ。

 夜だから、よく響く。


「いただきます」


 そう言ってエンターは左手の薬を口に入れて噛み砕く。

 うへぇ、まずい。

 去年この薬を飲んだメモリーは意外に美味しいとか言っていたので、万が一にもそういうこともあるかもしれないなと思っていたが、やはりあいつの舌は当てにならないという証拠をまた一つ見つけてしまっただけだった。


「さて、じゃあこの水晶玉に手を載せてくれるかな?」


 軍人が、肩掛けバッグから慎重な手つきで水晶玉を出す。

 はい、と返事をしてエンターはその水晶玉に手を触れた。


「…これは?」


 軍人二人は水晶玉を見て頭を捻った。

 ついでにエンターも頭を捻る。

 何度か見たことがあるこの水晶玉は確か、どの能力が開花したのかを調べる道具である。

 炎の能力が開花すれば赤く光る。

 水の能力が開花すれば青く光る。

 電気の能力が開花すれば黄色く光る。

 そして、能力が強ければ強いほど、それに比例して水晶玉が光る強さも大きくなる。


「どう、なんでしょう」


 隣にいるシスターが水晶玉を見ながら不安そうに声を出した。

 実際不安でたまらないのだろう。

 ここで低い能力値を出せばエンターは戦場に出なくて済む。

 この孤児院も長いため、それなりの人数の兵士を出してきている。

 その中にはもちろん帰ってこなかった子もいる、らしい。

 エンターが知っている先輩方でそうなった人はいないけれど、何度か軍の人からもらった手紙を読んで泣き崩れている姿を見たことがある。

 たまに夜そういう子たちを思い出しているらしく、不定期で知らない名前を呼ぶ泣き声がシクシク聞こえてきて、小さい頃は本当に怖かった。

 今もたまに行われているため、年端もいかない小さい子たちはいまだに怖がっている。

 このシスターの泣き声でこっちまで泣かされるのはこの孤児院で生活する子供たちにとっての一つの通過儀礼みたいなもんだ。

 そんなだから、きっとこの孤児院は曰く付きとか外の人間に言われるのだろうけど。


「どう、なんでしょう」


 フリーズしている軍人二人に先ほどよりも少し大きな声で話しかけた。


「ああ、すみません。こんな光り方は見たことがなくて、ちょっと戸惑っていました」


 は?

 光っている?

 俺には去年のメモリーと同じぐらい全く光っていないように見えているのだが?

 こんな暗闇でも光っているかわからない程度にしか光らなかったメモリーの水晶玉を見て散々からかったのに、どうしようと思っているエンターは軍人の言葉に戸惑った。


「光っていますか?」


 シスターも首を傾げた。


「はい、光っています。…黒く」


 周りと同じ色なので分かりにくいですが、結構強く光っていますよ、と軍人はいった。


「黒、ですか?それって一体どういう能力なんでしょう」


 シスターが聞いた。


「黒く光った事例は実はあります。三人の違う能力者が同時に触った場です。赤と青と黄色が混じれば黒色になりますから、分からない話しではありません。しかし、現在水晶玉に触っているのは私とエンター君だけです。ちなみに私は触っていると言っても、この水晶玉の能力識別機能に影響するところには触っていないため、この黒色はエンター君の能力によってのみ引き起こされた結果です」


「つまり、この子は一人で三つの能力を使えるのではないかと考えるのがこの場合の正解なんだろうが」


 軍人がそこまで言って口をつぐんだ。


「そんなこと、あり得るんですか?人類は一つしか能力を開花させることができない。これは常識ですよ?」


 もう片方の軍人さんが、言葉にできなかった部分を言った。


「そうなんだよなぁ。だから、まだ見ぬ第四の能力が目覚めたか」


 口をつぐんだ軍人が頭を抱えた。


「とりあえず、明日、いや今日の朝また来ます。俺たち二人で考えても埒が明きません」


 ですので、今晩はおやすみなさいと言って再び敬礼をし、軍人二人は帰って行った。








「ふむふむ、なるほどなるほど。確かに黒く光っているようだな」

 今日の朝、昨晩の軍人達が一人の科学者を連れてまたやってきた。

 科学者はメガネをクイッと上げながら水晶玉を見て唸る。

 夜は光っていると言われても、そんなに光っている感じがしなかったが、こうして日が昇った後に見ると、本当に黒く光っていることがよく分かる。


「どういう、ことでしょうか」


「おそらくこの子は三つの能力を使えるこということなのだろう。それか、まだ見ぬ新たな能力を授かったか」


「そんなこと、ありえるんですか?」


「あり得るかありえないかとかではなく、実際に起きてしまっているんだから仕方がないだろう。その子は人類の新しい扉を開いた。丁重に兵士学校へお招きしなさい」


 話は終わり、と科学者はどこかへ歩き出した。


「えっと。君は兵士学校に来ていただくことになりました。明日、この地区の兵士学校へ向かってください。これからよろしく」


 軍人が戸惑いながらも右手を出して来た。

 ああ、こんばんはシスターがうるさいかもなぁ。

 そんなことを思いながら、エンターはその手を取った。










「みんな、晩ご飯ができたよ」


 シスターが孤児院の子供達にそう呼びかけると、みんな今日はなんか豪華だねと言いながら、長テーブルの周りに集まってきた。

 今日は明日から兵士学校に行くことになったエンターの送別会と言うことで、少し豪華だ。


「エンターは結局兵士学校に行くことになったんだ?」


「まあな。メモリーと違って」


「うっさい」


 目の前に座るメモリーが話しかけてきた。


「昨日の夜水晶玉見たときは正直私より能力値低いなって思ってなのに」


「それは俺も思った。去年散々それでからかったのにどうしようって内心すごい焦ってたし」


「ほんとよ」


 明日から行く兵士学校は全寮制である。

 そこで、前線に出るための訓練が行われる。

 規則の上では休日に帰ってもいいことになっているが、先輩方はあんまり帰って来なかった。

 帰ってもいいの前に体力が残っているならが付くからだ。


「すごい大変なんだろうなぁ」


 俺、短距離は得意だけど、長距離は苦手なんだよ。

 要するに体力ないんで。

 なので、休日に帰ってくることは難しいのではないだろうか。


「エンターは体力ないもんね」


「…まあな」


 何か言い返してやろうと思ったが、言葉が見つからなかった。

 メモリーの能力値は使い物にならないぐらい低かったけれども身体能力は悪くないのだ。

 孤児院でもその細い体のどこにそんな力があるんだっていうぐらいパワフルに働いている。


「あ、このグラタン美味しい」


「でしょ?」


「…は?」


 今、なんでメモリーが喜んだ?


「私が作ったグラタン、美味しいでしょ?」


「メモリーが作ったの?」


「そうだけど?」


 俺の知る限り、ここまで料理が上手ではなかったはずだ。

 別にメモリーは不器用というわけではないし、おっちょこちょいというわけでもない。

 塩と砂糖を間違えました、とか、書いてある分量を読み違えました、なんていう失敗はしない。

 ただ、普通に味音痴なため、味をまとめることができないのだ。


「本当に?」


 きっちりまとまった味がしているグラタンとメモリーを交互に見て、エンターはファイナルアンサーかどうか聞いた。


「まあ、半分、いや三割ぐらいは手伝ってもらったけど、私が作ったよ?」


 実際は八割ぐらい手伝ってもらっているなと心の中で正確な数字を計算したが、エンターはありがたくいただくことにした。

 今おいしいグラタンが食べられているのだ。

 別に誰が作ったとか、そんなことを気にしてもしょうがない。


「たまには帰ってきなさいよ。帰ってきたら、またいつでも作ってあげるから」


 そう言ってメモリーは微笑んだ。


「善処するよ」


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