表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/58

対岸のベロニカ(4)


「折角ここまでダッシュで戻ってきたのに、メガフロートに帰れないってどういう事よぉおおおっ!?」


 メガフロートを遠巻きに眺め、ステーション内部で鳴海は頭を抱えて絶叫した。メガフロートでは既に戦いが始まっており、警察による強力な規制が敷かれていた。

 ケイトも志乃も戻る手段を持ち合わせてはいない。何しろメガフロートは海の上に浮かんでいるのだ。泳いでいける距離でもなし……。しかし戻らねば、折角手に入れたヒントも生かせない。


「八方塞がりですね……。警官隊、突破するのもどうかと思いますし」


 メガフロートの外に居る以上、VS能力は使えない。ダークマターの支配下にあるあの島でなければVSは発動出来ないのである。場所に関係なく鳴海は“ツイスター”の能力を発動出来るが、突破した所でモノレールは動かせない。

 三人で悩んでいると、鳴海の携帯電話が鳴った。鳴海の携帯の番号を知っている人間はごく限られている。ディスプレイに映った名前を見て鳴海は一瞬目を丸くした。そうして電話に出ると、向こうからは聞きなれた声が聞こえてくる。


『鳴海か?』


「惣介……?」


『メガフロートに戻れなくて困ってるんだろう?』


「どうしてそれを……? ていうかアンタ、蓮ちゃんを送りに行ったんじゃ」


『ああ。送って――戻ってきた。何か変か?』


 きょとんとした様子で顔を紅くする鳴海。背後でケイトと志乃がお互いに顔を見合わせ、それから苦笑した。


『クルーザーを一隻借りてきた。海から直接乗りつけるぞ』


「は!? なんでそんなもの用意出来るわけ!?」


『探偵の人望、だな。少し離れた場所に待機している。急いで来るんだ。場所は――』


 通話を終了し、振り返った鳴海は背後でニヤニヤしている二人を見て眉を吊り上げて笑った。その笑顔が怖かったので二人は同時に歩き出す。


「ほら、急ぐのだろう? 早く戻らなくてはな」


「行きましょう、鳴海さん」


「判ってるわよ!」


 三人がステーションから引き返し走り出した頃。東京メガフロート上空、空に舞い上がった響は翼を広げて対空していた。何の動力も無く、浮いているという表現が近いだろう。周囲を見渡し、響は眉を潜めた。


「――これがダークマターの力なのか。この街の中の事はまるで手に取るように判る」


 周囲にどれだけの人がいて、どれだけの規模の戦闘が行われているのか。取り残された人々、自衛隊とノブリス・オブリージュ隊の戦闘――。五つの電波搭にエネルギーが収束し、大規模な世界の書き換えが行われようとしている。

 ベロニカシステムの発動を阻止する為に、全ての電波搭を破壊しなければならない。五つの電波搭はそれぞれが共鳴しあい、ベロニカシステムを広範囲に撒き散らす為の砲台の役割を持っている。一つは既に折れているが、残りはまだ健在だ。

 シャフトに集められたダークマターの波動を世界に向けて放出する――。極めて広範囲、少なくとも日本は丸ごと飲み干す事が出来るだろう。そうなれば日本中が、そして世界が全て書きかえられる事になる。

 響はゆっくりと加速し、剣を広げて飛翔する。先ずは目先、中央にあった第一電波搭へ。電波搭にはノブリス・オブリージュが配備されており、銃撃による迎撃が行われた。しかし響の身体にそれが触れる事は無い。

 そのまま容赦なく真っ直ぐに突っ込み、ノブリス・オブリージュたちと擦れ違いながら剣で全てを両断して行く。次々に白い残骸が爆発し、京は搭に右手で触れる。炎を巻き上げながら雷を放つ右腕が輝いた瞬間、搭の上部はまるで空間ごと削り取られたかのように消滅していた。

 世界の情報を丸ごと暗い尽くす右腕――。ダークマターに対するダークマター。飲み込み、存在の情報を対岸に飛ばして粉々にしてしまう力。“ジュブナイル=リベリオン”――。あまりの破壊力に響本人が思わず冷や汗を流した。


「ち、力を制御しないと大変な事になるな……」


 苦笑し、背後を眺める。上空には自衛隊のヘリコプターが飛んでいた。が、無視――。相手をする必要はない。その場で姿を消し、テレポート。別の搭まで辿り着き、両手を広げる。VSキャンセラーを発動し、警備のノブリス・オブリージュを全て沈黙させる。右腕で搭を破壊し、飛翔。


「なんか化物みてーだな、俺……。ま、しょうがないか……」


 地上からノブリス・オブリージュがミサイルを放つ。指を弾き、空間を消滅させる。ブラックホールに飲み込まれたようにさっぱりと消え去ってしまったミサイルたちを跡目に加速。搭目掛けて突っ込み、その機能を破壊する。


「――ラスト一つ」


 何度かの連続転送によるショートジャンプを繰り返し空からの目をごまかし、搭へ辿り着く。その瞬間正面から無数の鎖が襲い掛かった。剣の翼でそれを弾き飛ばし、響は立ち止まる。

 視界の先、最後の電波搭の頂上にオルタナティブを展開する奏の姿があった。響はあえて電波搭の頂上に降り立ち、風を受けて奏を見詰める。


「……この搭は破壊させない。お前を連れ戻し、ベロニカシステムを発動してもらう! 新しいダークマターとして……!!」


「本気で言ってるのか? お前等が俺をこうしたんだろう。“四次元から人間を見下ろす存在”……。俺はどこにもいないし、何処にでもいける。“不確かな物”っていうのはそういう事だろう」


 奏は確実に怯んでいた。勝ち目がない事など火を見るよりも明らかだ。今の響は響であり響ではない。この街の中において、彼は最早神に等しいのだ。

 それでも奏は引き返すわけにはいかなかった。ここで諦めることは、ここで敗北することは、全てを犠牲にして歩いてきた過去を無駄にする事に他ならない。そんな事はあってはならないのだ。舞を殺し、友を裏切り、弟に手をかけようとした。そこまでして救いたかった物――。それが永遠に遠ざかってしまう。

 奏は駆け出した。走りながら鎖を放つ。しかし響は右手を突き出し、VSキャンセラーを発動する。一瞬でオルタナティブが全て消滅し、奏は棒立ちになった。


「やるだけ時間の無駄だ。あんたに構ってる時間はないんだ。さっさと消えてくれ」


「響、おまえ――ッ!?」


 次の瞬間には奏の姿は消え去っていた。情報を書き換え、遥か彼方に転送したのである。響は頭をぽりぽり掻きがなら搭を見下ろす。


「これでいいんだろ、京……?」


 声は聞こえない。だがきっと彼女はそれを望んでいただろうから。搭に手を突き、雷を迸らせる。最後の搭が消滅し、ダークマターによるベロニカシステムの発動は阻止された。もう、何者にもそれを操る事は出来ない。最後のダークマター、櫻井響を除いて――。



対岸のベロニカ(4)



「す、すごい……。一瞬で、戦いを終わらせてしまった……」


 地上、ジェネシス本社ビル前。脱出に成功した隼人たちが見上げる頭上、流星のように空を駆け抜けて全ての電波搭を破壊し、戦いを中断させてしまった響の姿がある。隼人たちはそんな響の姿をただ呆気に取られて見ていることしか出来なかった。


「…………終わったのか」


「なんやアレ。アホちゃうか? チートやん、あれ」


 志乃の姿に変身した隼人が鶫を手当てする頭上、響は街を見下ろしながらズボンのポケットに両手を突っ込んでぼんやりと浮かんでいた。月の綺麗な夜だった。

 あっさりと、決着はついてしまった。響は圧倒的な力を持った神にも等しい存在になり、そして望むのならばこのVSという力を全て消し去ってしまう事も、それを世界に広める事も出来る。圧倒的すぎる自由を前に、響の思考は停止していた。

 空の上を吹き抜ける風は涼しく、そして強い。長い髪を靡かせながら月を臨み、静かに目を細める。この力は自分の物ではない。あの日、あの時、彼女から奪ってしまった物。そして今、彼女を失って得た物に過ぎない。

 その右腕は全てを砕き、全てを蘇らせるだろう。時の流れさえ今の彼にとっては無価値に等しい。世界は一方通行ではなくなったのだ。もう、何もかもが思うがまま――。


「なあ、京……。この力は、何のためにあったんだろうな……」


 人の進化の果て。望んだ神への昇華。人の歴史を覆す行い。世界に対する反逆……。対岸から微笑んでいたベロニカはもう居ない。もう、この世界の何処にも居ないのだ。


「いや――」


 まだ、やらなければならない事が残っている。響はジェネシス本社ビルを見下ろし、眉を潜めた。まだ、この街から力は消えていない。大きな力がまだ、この下に残っている――。



「何、あれ……」


 クルーザーで海を渡る鳴海たちが見たのは、夜空の雲が渦巻く奇妙な光景だった。波は荒れ、空が歪んで行く。東京メガフロート全域を風の結界が包み込もうとしている。

 惣介は慌てて加速し、結界の中に飛び込んだ。まるで凪のように風の停止した場所の中、夜空の頂点に月を掲げ街は一つの生き物のようだった。港に乗りつけようとする彼等が見たのは、街の中心部から立ち上る蒼い光――。


「うわっ!?」


 声は背後から聞こえた。ケイトと志乃、二人が持っていたユニフォンが電流を放出してショートしたのである。強力な電波障害を受けているかのように全ての電気機器が故障し、滅茶苦茶な反応を示す。

 それは街中で発生していた。交通機関を初め、何もかもが狂って行く。ユグドラシルネットワークも、シンクロニティウェブも停止してしまった。ただ全てのユニフォンが壊れ、大きな力が渦巻いていく。

 ジェネシス本社ビル地下、マザーコンピュータ“ダークマター”の前に端末を操作する氷室雅隆の姿があった。狂気的な勢いで操作を継続する雅隆の背後、鉄の扉が開き、真琴と美琴が姿を現した。


「お父様、何を!?」


「決まっているだろう、ダークマターにベロニカシステムを発動させているのだ。半分以上はヤツに持っていかれたが、まだダークマター本体はこちらに残っている……。街中のユニフォンから情報を吸収し、復元して直接ダークマターに思い出させるのだ」


「そんな事をすればダークマターの処理限界を超えてシステムが崩壊する。ダークマターはただでさえデリケートな代物だったんだ。だからこそあれだけ慎重に段階を踏んだのだろう?」


「そんな事は判っている!! だが、最早手段を選んでいる場合ではないのだ!! このままでは、アレが神になってしまうではないか!! あんなもの……! あんなたかが実験台程度の存在が神になるなど、あってはならないのだ!!」


 操作を終了し、ベロニカシステムが再起動する。部屋全体に蒼い光が広がり、同時に美琴と真琴、二人の手にしていたユニフォンがショートする。

 街中のシンクロニティウェブとユグドラシルネットワークの記憶が全てダークマター本体へと流れ込んで行く。システムがオーバーロードし、アラートが鳴り響く。それを阻止しようと駆け寄る真琴に銃を突きつけ、雅隆は笑った。


「神になるのはアレではない。この私なのだ……!?」


 と、笑う背後につい先程まで無かった人影があった。真琴も美琴もいつ、どうやってそれがそこに現れたのか理解出来なかった。立っていたのは長い黒髪の少女だった。右腕のない、少女……。十歳にも満たない、幼い少女である。

 少女は顔を挙げ、にっこりと微笑んだ。その指先が雅隆に触れた瞬間、雅隆の身体をノイズが包み込んだ。次の瞬間には雅隆の身体が消滅し、そこには黒いスーツと靴だけが残されていた。


「え……っ?」


 二人が唖然とする中、システム本体から次々に腕が伸びてくる。それはまるで枝分かれする樹木のような姿に形を成して行く。同じ顔、同じ姿の少女の身体が鉄の箱をすり抜けて飛び出してくる。それらは一斉に微笑を浮かべ、白い腕を二人に目掛けて伸ばした――。

 街中で大パニックが起きていた。誰もが持っているユニフォン、そこから少女の幻影が現れたのである。それは次々に持ち主を消滅させて行く。街中の誰もが一つはユニフォンを持っていた。そのユニフォンから出た幻影は、持ち主が逃げたところでどこまでも追い掛けてくる。街中で殺戮が巻き起こっていた。

 本社ビルの内側、最下層から天井を突き破りダークマター本体が空に浮かんで行く。その箱から飛び出した腕は成長し続け、淡く白く輝く巨大な樹へと形を変えて行く。やがて空の上でその腕を折り重ねた幻影で翼を広げ、同じく空に浮かぶ響の前に立ち塞がった。

 街を渦巻く風が包み込み、街に生きる全ての命を掻き消して行く。月の光が赤く染まり、街に真紅の夜が降り注いだ。風の中響はポケットから両手を引っこ抜き、目の前の異形を前に拳を握り締めた。


「そこにいるのか……? 京――」


 全長50メートルを超える巨大な怪物……。その内側にダークマターの箱は飲み込まれていく。白く輝く異形の獣と化したダークマターは夜の闇の吼えた。街中から響き渡る悲鳴に歓喜するように、呼応するように……。

 地上ではそれを見上げる隼人たちの姿があった。正に文字通り、化物である。どうしようもない――絶対的な力。本来世界を書き変えるためのベロニカの力が今は全てを壊す為だけに動いている。渦巻く力に全員がただ唖然と立ち尽くすしかなかった。


「なん、だ……これは……」


「ワイら、夢でも見とるんか……?」


「そんな……。なんなんですか、これ……。こんなおぞましい……! 恐ろしい物が……!!」


『それは、貴方達の姿ですよ』


 壊れて大地の上に落ちたはずのユニフォンから声が聞こえた。全員が足元に目を向ける。ユニフォンから聞こえる声は、隼人の物だった。


『俺はこの街で出来ている……。この街に存在する全ての悪意が俺をこの姿に昇華させた』


 続けて、丞の声で。顔を見合わせ、丞たちは眉を潜めた。この声は、一体誰の声なのか……? 答えはもう判りきっていた。頭上を見上げると、そこには白い獣の姿がある。


『みんな、うるさいの……。自分の事ばかり……。にくんで、うらんで、なげいて……。全部うるさい。全部うるさい。全部、全部、全部、全部、全部――』


「ダークマターの……声……?」


『だから皆消えてしまえばいい。私も、俺も、僕も、お前も、君も、オマエも、オマエも、オマエも、オマエも、オマ、エ、オマエモ……』


 両腕を広げ、ダークマターが空に吼えた。嘗てダークマターを産み落とした少女は何故ダークマターという存在を創造するに至ったのか。その理由は勿論、誰にも判らない。

 だがこの獣を産み落としたのはこの街という一つのカオスなのである。誰もが悪意を持ち、悪意を以ってこの街を生き抜いていた。そのツケは全て夢を見続ける少女へと押し付けられてきた。黒い箱の中、あの日回収され、そのまま目覚める事のなかった櫻井京、その幼い少女の精神に、ジェネシスは夢を見せ続けてきた。

 一人の人間に全ての人間の自意識と認識を与える事により、一段階上の存在に昇華させるという事――。確かにそれは成功していた。だが、その結果人工的に生み出された機械仕掛けの神が選んだのは人の救済ではなく、その力を分け与える事でもなかった。

 強引な目覚めはその力の暴走を招き、今この世界という大きな命の中に異形のウイルスを生み出してしまった。星を蝕み、人の世界を蝕む悪意――。約束の時は訪れたのだ。


「――――でもな、京……。今お前にはこの世界の悪い所しか見えていないのかもしれない。だが、そんなのはただの思い込みなんだ」


 空の上、響が呟く。その右手の中に光の剣を召喚し、握り締めた。それはかつて、ライダーと呼ばれていた少女が握り締めていた聖なる剣――。

 風の中、顔を上げる。避けられない事は判っていた。自分もまたその一部なのだ。逃れられるはずもない。両手でその剣を構え、“敵”を見据える。


「あの日は助けられなかったな……。でも、今は――! 今度こそはっ!! お前を救ってみせる――ッ!!!!」


『キエロォッ!! サクライキョォオオオオオオオオオオッ!!!!』



 メガフロートに上陸した鳴海たちが見上げる先、巨大な獣が暴れ狂っていた。街の中、何もかもを破壊しながらダークマターは暴走を続ける。鳴海は直感的に理解していた。ダークマターの中に、あの日失ったままの妹が眠っている事を。

 今、京は恐ろしい悪夢の中にいる。もうやめてしまいたいと、投げ出したいと願っているのだ。その願いは体現され、全てを飲み込む力となってしまっている。それを誰が望んだわけでもないというのに。

 胸に手を当て、鳴海は目を細めた。響が今、たった一人で街と戦っている。誰もが空を見上げていた。悲鳴と絶叫の中、空に釘付けになる。そこにあるおぞましい、自分たちのもう一つの姿……。鏡に映ったVSの姿。誰もが目を反らしたいと願う。出来れば忘れたいと、無かった事にしたいと願うだろう。


「違う」


 それでも鳴海は忘れない。街の中、鳴海は走り出した。手にしているのは壊れたユニフォンだった。もうそれは機能を失っている。でも、この街そのものがダークマターだと言うのならば。


「聞いて、京……! 貴方は一人なんかじゃないの!! アタシが絶対に助けて見せる! これからどんなに苦しい事があっても、絶対にアンタを守ってみせる!! もう忘れたりしない! ずっとずっと、傍に居るっ!! だってそうでしょう!? 貴方はアタシの妹なんだから――!!」


 響が飛翔し、空中から剣を担いでダークマターに襲い掛かる。ダークマターは無数の腕を伸ばして響を迎撃する。その腕を次々に両断し、舞うようにして響は落ちて行く。

 隼人たちもまた、ユニフォンを握り締めていた。それはもう壊れている。声はどこにも届かないのだ。そんな事は判りきっている。それでも――。


「ぼくたちは、確かに間違ってばかりだった……。傷付けあったり憎みあったり、分かり合おうともしなかった! でも、少し手を伸ばして触れ合えば気づけるんです! 大切な事は、これからいくらでも紡いでいける!!」


「……誰かの言われて、人の所為になんてしない。俺は俺だ。俺たちは皆、自分と向き合い戦い続けている。今は届かない場所でも、いつかきっと辿り着いてみせる」


 響が叫びながらダークマターに斬りかかる。白い巨体から光が抜け落ちて行く――。獣は吼え、反撃に衝撃派を放った。剣でガードしたものの、直撃を受けた響は何キロも吹き飛ばされ、街の中に落ちて行く。

 ビルを幾つか貫通し、アスファルトに体中を叩きつけられ、血塗れになっても立ち上がる。ダークマターに与えられた傷はダークマターにも癒せない――。それでも、再び空へ。


「まだまだ、ワイらは続けたいんや。こんなところでリタイヤしとうない。まだ始まったばっかりや。誰も彼も――!」


「そう、僕たちは……」


 藤原達が振り返る。そこには追いついてきた鳴海たちの姿があった。志乃がユニフォンを握り締め、空を見上げる。


「時に忘れたいと願ってしまう。辛い過去や受け入れ難い現実から逃げてしまう。一人じゃ抱えて行くのは難しいよ。でも――誰かと一緒なら頑張れるんだ」


「愚かな行いも罪も、罰さえも人は自由なものさ。私たちは皆、罪と悪意を抱えて生きている。それを生かすも殺すも、全ては自分次第」


 空中から剣を雨のように降り注がせ、ダークマターを攻撃する響。白い獣から放たれた消滅の波動が連続で放出され、響を追い詰める。街中を飛翔して駆け抜ける響を追うようにしてビルが次々にその姿を消して行く。


「…………どんな、罪を犯してしまっても……」


 深手を負い、気を失っていた鶫が息も絶え絶えに瞼を開く。空を舞う稲妻を纏った翼――。美しく、気高く、勇気に溢れる姿。微笑を浮かべ、ゆっくりと手を伸ばす。


「また、歩き出せるよ……。どんな酷い現実でも、勇気一つで変えられる……。まだ、終わりたくないよ……。これからやっと、私たちは私たちらしく生きていける……。だから――櫻井君――」


 “負けないで”――。

 頭上を駆け抜ける響の手の中、光が増して行く。反射的に腕を突き出した時、その掌から巨大な閃光が放出されたレーザーはダークマターの巨大な左腕を切断し、街に切り落としてみせる。


「……これは……っ」


 両手に白い槍を召喚する。槍を頭上から連続で投擲し、ダークマターの額を射抜く。白い光が溢れ、ダークマターが悶える。

 力がどんどん増していくのを感じる。街の中全体から何か、優しくて強い力が立ち上ってくるかのようだった。気づけば響の周囲には沢山のVSの力が舞っていた。街中の人々が空に手を伸ばす。紅い月の下、たった一人で戦う彼へ。

 光の中、響は目を瞑った。直ぐ傍に、京の存在を感じていた。姿は見えず声は聞こえずとも、確かにはっきりと感じ取れるのだ。この世界の中に彼女は生きていた。自分が生き続ける限り、忘れてしまわない限り、その結果は永遠に覆らない――。


「――――悪いな。こっちも負けてやれ無いんだ。神様なんかにゃなりたくもねぇが――ッ!! 俺はテメエの存在を肯定出来ねえっ!!」


 頭上に片手を伸ばす。天を衝き抜け、超巨大な剣が舞い降りていた。響は飛翔し、剣の柄まで上昇していく。街中から集まる光が剣に吸い込まれ、輝きを増して行く中、響は反転し、剣に力を込める。


「ベロニカシステムだのダークマターだの、んな事はどうでもいい。知ったこっちゃねえ。だが――。テメエが飲み込んでるモンは返してもらう!! 恨むなよ、ダークマター……!! これで終わりだッ!!!!」


 剣に手を沿え、勢いよく投げつける。頭上より飛来する巨大な剣を迎撃しようとダークマターが腕を伸ばす。しかし触れた先から腕は消え去ってしまう。消滅波を連打し、相殺を図る。しかし剣は全く罅割れる事も無い。

 頭からざっくりと突き刺さり、剣はダークマターの上半身に鋭く深く突き刺さった。衝撃が街を襲い、巨大な揺れが迸る。ダークマターは呻きながら悶える。その最中、空から矢のように響は落ちて行く。目指す場所は、ダークマターの中心部。

 身体の中を衝き抜け、飛び出した響が抱きしめていたのは黒い箱だった。箱を砕き、その中身を取り出して片腕で抱きしめる。長く伸びきった黒い髪を揺らし、眠ったままの櫻井京の姿がそこにはあった。


「――――じゃあな、東京メガフロート。対岸の神様によろしく」


 飛び去っていく響の背後、ダークマターが光に還って行く。眩い輝きと共に月に吸い込まれ、巨体は幻のように消え去った。街を包んでいた異様な景色が音を立てて砕けて行く中、光の粒が降り注ぐ景色を背景に響はゆっくりと大地に降り立った。

 裸の京に上着を掛け、駆け寄ってきた鳴海に微笑みかける。響が無事である事を確認し、一気に仲間達が駆け寄った。泣きじゃくる鳴海を京ごと抱きかかえ、響は苦笑を浮かべた。ダークマターは消滅した。対となる、その腕の力で。

 響は鳴海に京を預け、振り返った。そこには一人、この喧騒の中で響を睨んでいる奏の姿があった。異形を滅ぼした響はリベリオンを解除し、奏を見据える。


「――いいぜ、かかってこいよ。十年前の決着……今つけようぜ、兄貴ッ!!!!」


「……響ぉおおおおおおッ!!!!」


 奏が叫びながら響に駆け寄る。二人は同時に近づき、同時に拳を繰り出した。最後の最後、ただ一つ残された因果を清算する戦いはVSでも超能力でもなく、ただの拳で幕を開けた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらのアンケートは終了しました。さり気無く結果公開中。
うさぎ小屋目安箱
第一回対岸のベロニカアンケート中
対岸のアンケート〜序〜
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ