対岸のベロニカ(2)
「島から、出られない……?」
エリスを背負い、メガフロートと本土とを結ぶモノレールステーションまでやってきた鶫が見たのは封鎖された駅とその手前でごった返す住人たちの姿だった。
数時間前、この街全域に緊急事態における特別警報が流れ、人々はこの街からの避難を命じられた――そのはずだった。しかし実際には街から逃げ出せた者など一人も居ない。全員がこの孤島の上、どこにも逃げられずに閉じ込められていた。
混乱する住人たちから離れ、駅前の噴水広場のベンチにエリスを降ろす。一緒に着いて来ていた隼人が不安そうに眉を潜め、同じくベンチに腰掛けながら言った。
「どうなってるんでしょう……。街から出られないって……」
「わからない。でも、一つハッキリしている事があるとすれば、鳴海さんたちが戻ってくるのは難しいだろうって事。最悪の場合、私たちだけで全てにケリをつけなきゃならないって事……。もう、多分誰も逃げられないんだよ。何とかしない限りは」
鶫の推測は間違いではないだろう。何か、とんでもない事がこの街で起ころうとしている。それだけは最早間違いなく、避ける事も難しいだろう。何とか出来るのだろうか。舞を失い、響を失い、鳴海たちも戻ってこない。状況は絶望的だ。
それでも鶫の目はまだ前を向いていた。振り返る事だけは彼女の魂が拒絶していたから。もう、後戻りは出来ない。舞から託されてしまった。響に救われてしまった。それにもう――どちらにせよきっと、時間がない。
視界に走るノイズに思わず目が眩む。片手を額に当て、鶫は目を瞑った。一見それは考え込んでいるようなポーズであり、隼人にばれてしま事はなかった。もしも隼人がそれを知れば、また少し大変な事になるだろうから。
嘘を付くようで気分は良くない。だが、そうでもして騙し騙しでも最後までやりきらなければならないだろう。そう願う限り、その願いを優先しなければならない。少しの嘘も、少しの痛みも、全ては優先されるべき決意に比べれば些事である。
「行こう。もう、きっと時間がない……。出来るうちに出来る事、やらなきゃね」
立ち上がり決意を秘め頷く鶫。その肩を叩く手があった。慌てて鶫が振り返ると、肩のところで待機していた人差し指がほっぺたに減り込んだ。
「ふええっ」
「お、柔らかいなぁ〜。久しぶりやなぁ、つぐみん」
「え……? 藤原、くん?」
目を丸くする鶫の前、白い歯を見せて笑う藤原の姿があった。傍らには丞の姿もあり、そっちはそっちで隼人との再会を果たしていた。
「お互い難儀やなあ。こんな事に巻き込まれて。エリスもなんや、ぐったりしとるし。なんや、やっぱ響がおらんとしまらへんやろ?」
「藤原君、どうしてそれを……?」
「どうもこうも、こういうこっちゃ」
藤原と丞が同時にユニフォンを掲げる。鶫はそれで状況を把握した。馴れ馴れしく話しかけてきた相手が敵なのか味方なのか判断が出来ず、警戒した様子でユニフォンを取り出した。
「……待て。俺たちは、あんたらとやりあうつもりはない」
「どういう事ですか……?」
「俺たちの目的は……ノブリス・オブリージュの破壊だ。このままでは色々と拙い事が起こる。それと阻止しなければならない」
「拙いこと?」
「ベロニカシステムが真の力を発揮したら、誰も逆らえん力になる。そうなったら、いくらワイらでも手出しは出来へん。せやからそうなる前に一気に叩く! つぐみん、ここは協力しようや。響を助けたいやろ?」
鶫はじっと藤原と丞の目を交互に見詰めた。藤原はヘラヘラと笑っていてイマイチ誠実性というか、説得力に欠ける。しかし丞の目は真剣そのものであり、嘘を付いているようには見えなかった。まあ藤原が胡散臭いのは以前からなので、鶫もそこは割り切る事にした。
「……判りました。手を組みましょう。どうせ私たちの目的はノブリス・オブリージュの打倒という一点において一致するんですし」
「決まりやな! ほな、握手しましょ、握手! 世界とついでに響を救うセイヴァー連合や!」
全員の手を勝手に取り、藤原は四人の手を重ねる。そうしてにっこりと笑ったが、丞に蹴飛ばされて大地を転がって行く。飽きれた様に隼人が笑い、鶫は思った。
そう、まだ終わったわけではない。まだ出来る事があるかもしれない。もうどうしようもないかもしれない。でもそれでも進むのだ。今出来る事、今の自分、過去にあった全て、否定してしまわない為に。
「……それで? 具体的にどうやってノブリス・オブリージュのところまで辿り着くか、それが問題だ」
「それなら詳しいルートの情報を私が持っています。侵入そのものは多分、そんなに難しくないんじゃないかな?」
「――――本当ッスか? だったら自分も連れてって欲しいッスねえ〜。あといい加減この目隠し外してくださいよぉ〜」
藤原と丞の背後、両手を手錠で拘束され目をぐるぐると布を巻きつけられて封じられている新庄の姿があった。あの時捕まえたまま、新庄は未だに藤原の操作支配下に存在している。ゆっくりと歩いてきて、それから困ったように微笑んだ。
「自分の任務もノブリス・オブリージュの破壊なんスよ〜。目的が一緒なら手を組めるんじゃないスか?」
「……この人、信用できるんですか?」
隼人の質問に丞は沈黙で応えた。正直鶫もどうかと思う。しかし藤原が能力で支配している限り、悪事を働く事は出来ないのも事実だ。
「連れて来た公安特殊電子課の面子も全滅しちゃって、自分ひとりじゃどうも任務遂行に無理があるんスよねえ。お互いギブアンドテイクって事で、どうっすかね?」
「……確かにこの男、戦力にはなるな」
「んー。ま、ええやろ? 基本的にワイが操作する人形も同じ事や。問題はないと思うで?」
鶫は暫く思案した後、小さく頷いた。元々勝ち目の薄い戦いなのだ、戦力は少しでも多いに越した事は無い。それに新庄のパイロキネシスは強力な能力であるという情報は耳にしている。多少信じられずとも、手放すには惜しい。
「わかりました。手を貸してください、新庄直衛さん」
新庄はにっこりと微笑んで肩を竦めた。隼人が胸に手を当て決意を固める。藤原が笑いながら気合を居れ、丞が無言で空を見上げた。それぞれの役割、それぞれの思惑、しかし全てはここに辿り着いた。
櫻井響――。黒き獣、“ノブリス・オブリージュ”。ベロニカシステムと対岸、様々な世界の理。過去から続く因果、未来へと渡る願い、それら全てを理解しているわけではない。
だが、結局のところ彼等にとって事の真相やそれぞれの事情などどうでもよかったのだろう。目指す場所は決まっている。意味や理由を求める必要はないのだ。ただ、そこへ進むのならば――。
「行きましょう」
鶫が告げる。最後の戦いの切欠は、そんなほんの些細な合図だった。
対岸のベロニカ(2)
「……アタシは、京の事がいつも心配で、いつも負い目に感じてた……。あの子もきっとそんなアタシの気持ちを見透かしていたのね。きっと、ちゃんと笑う事なんて出来なかった」
ぼろぼろになったベッドの上に腰掛け、鳴海は花畑を眺める。十年の月日を経て、しかしその場所だけはあの頃と変わらない。鳴海に手渡されたベロニカの花、少女の願いは確かにここにあった。
鳴海は人々と暮らす中で、超能力者であるという過去に縛られていた。今とは違い、嘗ての鳴海は京にも似た力を持っていた。鳴海の本質は物を遮断し捩じ曲げ圧し折ることであったが、外部への強力な拒絶を意味するその力以外にも彼女には沢山の才能が眠っていた。
鳴海機関で過ごす間、彼女はいつも妹の事が気がかりだった。そんな彼女を少しだけ安心させていたのは、京の傍にはいつも奏がいるという事実だった。
「奏はそれこそ自分の妹のように京を可愛がってたわ。お陰でサイキックランクが異なり、実験病棟が違っていたアタシの目が届かないところでもあの子は元気にやってたみたい。まあ、そんな考えが既に甘いんだけど、でも少なくとも地獄の底ってわけじゃなかったと思う。あの子がまともでいられたのは、間違いなく奏のお陰なのよ――」
白い、病院のような施設の中に入り、毎日意味の判らない実験やテストを繰り返した。超能力適正があると判断された子供たちはランクごとに別々の棟にて管理され、鳴海と京は別々のランクに分けられていた。
その間、鳴海はいつも実の妹の事が気がかりでならなかった。妹の事を思えばこそ、苦しい日々にも耐える事が出来た。京はずっと奏に守られ、奏は京を守ることで自分を守っていた。
鳴海機関が櫻井夫妻の密告により解散した後、鳴海と京は共に白い牢獄から抜け出す事が出来た。だが京は強すぎる適正の所為で一般人とは一緒に暮らす事が出来ない……。孤児院に入る事になった京を、奏は自ら守ると言い出した。
そうして奏は京と同じ孤児院に入り、傍に居る事は出来ずとも少しだけ離れた扉の向こうで彼女の身を案じていた。奏はそれでよかったし、それ以上など望むつもりもなかった。そう、すべてはそのまま緩やかに進展せず、止まっているはずだったのだ。
「でも、そうはならなかった。あの子が……響が現れたから――」
「きみがいなかったら、きっとわたしたちの時間は止まったままだったと思う」
京はそう語り、どこか遠い所を眺めていた。歩いていく彼女に続き、俺もその後を進んで行く。森を抜けた先、教会の正面に回り込んだ。そこでは沢山の子供たちが遊んでいた。
そんな中、ケンカをしている馬鹿が二人。小さい俺と、小さい兄貴である。二人は取っ組み合いの殴り合いをしていた。なんでちっこい俺にそんなガッツがあったのか理解出来なかったが、どうやら二人は京の事でケンカしているようだった。
奏は京に俺が近づく事が許せなかったんだろう。奏にとって、信用できる人間なんて一人もいなかったんだ。誰も信じられないから、俺の事も信じられなかった。京を守らなきゃ行けないという強い気持ちは、きっと確かに本物だったんだろう。
「なんでケンカになったのか、覚えてる?」
「……すまん、わからない」
「じゃあ、こっち」
京に続き教会の扉を潜る。教会の中を進み。京の部屋へ。そこにはごつい機械に囲まれて苦しそうに眠る京の姿があった。医者たちがせわしなく部屋の中を動き回り、なにやら緊急事態らしい事が窺える。
「何があった……?」
「……きみが、わたしを連れ出したの。真夜中にやってきて、わたしを起こしてね」
場面が切り替わる。そこには月の下、お姫様へと手を伸ばす少年の姿があった。あんなに外に出る事を拒んでいた少女も自ら窓の外へと手を伸ばし、二人は手を繋いで花畑に走って行った。逃げるように、はだしのままで。
二人が走っていく景色を俺たちは立ち止まって眺めていた。まるで映像のようで、そこに現実味はなかった。でも確かに覚えている。俺はどうしても京を外に連れ出してあげたかったんだ。あの部屋の中に閉じ込めている先生たちや、奏が悪いやつなんだって疑いもしなかった。自分が彼女を救えるのだと、疑いもしなかったんだ。
「わたしも、本当は外に出たかった。外で、響たちみたいに……普通に生きていたかった。きみが手を差し伸べてくれた時、一度目は我慢したんだよ? でも、二回目は我慢出来なかった。きみと一緒なら、どこにでも行けるって思ってた」
「……俺もだ」
二人は花畑を抜け、森を抜け、やがて湖に辿り着いた。月明かりを吸い込んできらきらと水面がはじけている。静かな、美しい景色だった。俺たちはまるで秘密の場所を見つけたみたいに盛り上がって、はしゃぎまわった。
二人で水辺で遊んだ。京は本当に楽しそうだった。何も考えてなんかいなかったんだ。考えたら、辛い事ばかり、悲しい事ばかりだから。無邪気に、子供みたいに笑えるのはその時だけだったんだ。だから京は水辺でびしょびしょになってはしゃぎまわった。俺は嬉しくて仕方なくて、一緒に馬鹿みたいに騒ぎまくった。
夜の月の下、その時だけは俺たちも許されていたと思う。誰にだってそういう瞬間があってもいいはずなんだ。京はそれを失い、やっとそれを取り戻せた。俺はそうして笑う彼女の姿を見ているだけで、幸せだった。
だが、幸せは長く続かなかった。長い間遊びまわって、手を繋いで俺たちは戻った。そのまま京を連れて逃げたかったけど、彼女がそれは出来ないと首を横に振ったのだ。俺よりずっと大人だった。だから抜け出すのにはとても勇気が必要だったんだろう。それに俺が、気づければよかったのに。
「結局、二人とも見つかっちまったんだよな。それで、先生にすげえ怒られた。チクったのは奏だったんだ。それで俺は、先生と奏に物凄い勢いで責められたんだ……。当たり前だよな。奏にしてみれば大事な妹で、先生たちにしてみれば、凄まじい力を持った超能力者だ。放置なんて出来る訳も無い。でも俺はその時どうして怒られているのか、良く判らなかったんだ」
そして、沢山の怒鳴り声と俺の言い返す叫び声が響き渡った。京は頭を抱えて苦しんでいた。先生たちの声は止まらなかった。沢山の怒号が飛び交い――やがて京は倒れてしまった。京は、久しぶりに沢山の人の強い気持ちに触れてしまったのだ。京は、眠ったまま目を覚まさなくなった……。
「……それからは、ずっと奏とケンカしてたんだ。俺は自分の所為で君が起きないんだと知って、物凄く悲しかった。そんなつもりじゃなかったんだ。君を苦しめたくて、連れ出したわけじゃなかった……」
「判ってるよ。でも、あの時は……自分でもどうしようもなかったんだ。沢山の声が苦しくて心を閉ざしてしまった……。もしかしたら、響に嫌われたかも知れない……。もう、会いに来てくれないかもしれない。馬鹿だよね。そんな事が心配で、目を覚ますのが怖かった」
京へと振り返り、その顔を見詰める。俺はきっと、彼女を忘れてはならなかったんだ。忘れてはいけない事……いけない気持ち。どうして大人になるにつれて少しずつ消えてしまうんだろう。あの頃は先のことなんか考えてなかった。間違って泣いて、でも好きだって気持ちが一番だった。
沢山のものを背負って、世界を知って。でも、自分を変えられなくて……。辛い気持ちを抱えたまま、本当に幸せな事まで忘れてしまう。京の事を、こんなにも大事に思っていたのに……。
俺はどこの馬の骨かも知らないただのガキだった。でも京に出会って、お姫様を助けたいって本気で考えた。本気で騎士になれると思っていたんだ。なのに――。
「響?」
「…………デート、さ。した事、あったんだな」
京は目を丸くして、それから照れくさそうに微笑んだ。そうだ、確かに手を繋いで一緒に居たんだ。忘れてしまってもそれは変わらない。この世界が変わっても、気持ちまでは変わらない。失ったって思い出せるんだ。大事な事ならば……。
「馬鹿だ、俺……っ! やっと会えたのに、嬉しいって事にも気づけなかった……! 何やってたんだよ、俺は……ッ! もっと沢山、もっとやらなきゃいけない事があったんだ! 君と一緒に……」
「――でも、きみは思い出してくれたよ。それだけで充分なんだ。もう、それ以上は何も要らない……」
目を瞑り、背後で手を組んで京は目を瞑った。俺たちの世界が燃え上がっていく。夜の月が真っ赤に染まっていく。俺はそこで――避けられない思い出に向き合おうとしていた。
「あの日、アタシは現場に居た……。月の綺麗な夜だったわ。真夜中に、突然騒ぎが起きたの。アタシが見たのは……廊下に倒れる子供たちの死体だった」
都心に住んでいた鳴海は時々連休などを利用して泊り込みで京の様子を見に来ていた。京が意識不明になり、それを聞き付けてやってきたその夜、全てが動き出した。
真夜中の教会の中を、少女はゆっくりと歩いていた。近づく者を全て殺しつくし、少女は泣きながら歩いていた。何が原因でそうなってしまったのか――それは永遠の謎である。誰にも判らない。ただ判っている事が一つだけ。
「その時、世界で初めて“VS”と呼ばれる物がこの世界に産み落とされた。最初のVS――。その名は、“ダークマター”……」
“そこにいるのかいないのかわからないもの”。そう、そのVSを認識する事はその場の誰にも出来なかったのだ。夜中に何故医者たちが京の部屋にいたのか。何故京はその医者たちを惨殺したのか。その理由は推察に頼らざるを得ず、真実は闇の中にある。
だが兎に角京は暴走し、力を止められずに教会の中を彷徨った。眠っている子供たちの部屋を訪ね、眠ったままの子供たち身体を獣の牙で貫いて行った。京は両手で顔を覆い、無意識に彷徨い続けた。その時の彼女の自意識は存在してなかったのかも知れない。
皆瀬鶫が自らのVSに自意識を奪われていたように、悲しみや苦しみから逃れるために人はもう一つの人格を生み出し、時にそこに全ての罪を押し付ける。京もそれと同じであったかどうかは不明だが、ダークマターは悠々と主を超えて闊歩した。
黒い、とても黒い靄の様なVSだった。獣のような、悪意のような、地獄のような様相……。何度も姿形を変え、ぐるりと京を取り囲んで蠢いていた。騒ぎに気づいた子供たちがやがて逃げ始める。しかし、誰も逃げられない――。
鳴海はそんな地獄のような光景の中、死んでいく子供たちを黙って見詰めていた。立ち尽くす事しか出来なかった。ダークマターは、鳴海の隣を素通りして行った。理由は判らない。だが、助かったのだ。
途端に全身から大量に汗が噴出し、止まっていた呼吸を再開した。恐ろしすぎて振り返る事が出来なかった。背後で悲鳴が上がり、臓物が大地をのたうつ音に鳴海は目を見開いたまま、ただ震えていた。
「忘れたかった……。そんな事は在り得ないんだって信じたかった。だからきっと、忘れてもいいのだと世界が自分に囁いたとき、縋りつくみたいにそれを選んだんだわ。アタシは……妹の犯した罪から目を背けた――」
沢山の子供が死んでいた。俺は何が起きたのか判らずに走った。扉を出た所で、足が止まった。理由は恐怖からだ。京は顔を覆い、血塗れで月の下に立ち尽くしていた。京の目の前には奏が立っていて、奏は一人で彼女を説得しようとしているようだった。
だが、そんな事は目に入らない。俺は兎に角恐怖していたのだ。血塗れの京にもそうだったが――何より京の周囲で蠢き、涎を垂らしている異形の姿に。化物としか比喩する手段がなかった。それはどこからどうみても、正真正銘の悪魔だった。
無数の瞳が俺を捉える。京が俺に気づいて振り返った。京は泣いていた。俺はどうにも出来なくて、ただその場に座り込んだ。でも――何かしなくちゃ、何かしなくちゃって考えて、やがて何も考えられなくなった……。
俺の身体目掛け獣の爪が迫っていた。一発で殺されて上半身と下半身は永遠のお別れ――それで終わっていたならそれはそれでよかったのかもしれない。だが、俺は獣に殺されてはいなかった。俺の身体からもまた、同じように妙な化物が姿を現していたのだ。
それは子供の頃好きだったロボットの形をしていた。でもロボットは正義の味方なんかじゃなかった。俺が何もしていないのに、正面から獣に襲い掛かって行ったのだ、そして――。
「…………っ」
見るに耐えずに目を瞑りかけ、しかし踏みとどまる。目を反らすことは全ての意味をなくす事だ。俺はそれを見届けなければならない。
飛び込んで言ったロボットは黒い獣の腕を掴み、引き千切った。その瞬間、京が悲鳴を上げた。京の右腕は――千切れて土の上に転がっていたのだ。
あまりの激痛に絶叫する京。その時点でもうケリはついていたはずだった。だが、ロボットは止まらなかった。あろう事か奪った腕を“食って”、より凶悪な姿に変貌していった。
黒い獣と変わらない存在になってしまった俺のVSは、そのまま京目掛けて襲い掛かった。悲鳴を上げて逃げる京を追い掛ける化物。俺はそれを止めようとして一生懸命に叫んだんだ。でも、あいつは止まらなかった。
俺のロボット――ジュブナイルは、黒いVSを滅茶苦茶に叩き潰した。京の身体がずたずたになっていく。京が死んでしまう――。焦った。でも、止められなかった……。
「怖かったんだ……っ! 怖くて動けなかった! 目の前で友達が……女の子がめちゃくちゃにされてるのに、何も出来なかった……」
やがて、戦いが終わった時、そこには血塗れの京が立っていた。身体は滅茶苦茶になり、顔には大きな傷がついていた。顔だけではない。体中――痛々しい傷が広がり、俺は両膝を着いた。
奏が京に駆け寄っていく。奏は俺を見て何かを言っていた。でも、俺は全然聞いていなかった。自分のした事が余りにも恐ろしくて、無かった事にしたいと心の底から願ったんだ。その時、文字通り奇跡が起こった。
光が広がり、世界が書きかえられてしまった。その場で死んでしまった子供たちの事も、その孤児院の事も、生き残った全員が忘れてしまうという、そんな魔法……。魔法をかけたのは、俺だったのだ。俺は自分のした事が恐ろしくて、目を背けた。その結果……京の事を忘れていた。
「でも、きみが止めてくれなかったら……きっと大変な事になってた」
「そういう事じゃないんだ……。俺は、京を殺そうとした……。その事実が今でもどうしても受け入れられないんだ!! こんなの嫌だって、嘘だって言って欲しかった!! 今でもそう思ってる。俺は……っ」
京は俺の手を握り締め、首を横に振った。その瞳は悲しげで、しかし幸せそうでもある。不思議な瞳の色……。見入ってしまう俺に、彼女は告げる。
「それでも、いいよ。受け入れられなくても、いい……。それでも忘れないで。きみに忘れられていると、わたしは泣きたくなるんだ。きみの事、うらんでなんかいない。むしろ感謝してる。だから、そんな顔しないで? そんな風に、自分を殺そうとしないで」
ライダーは俺に寄り添い、手を握り締めた。泣きそうだった。全部は俺の所為だったんだ。俺が世界を変えてしまった。だからその力が、鳴海機関の生き残りに露呈してしまったんだ。俺が、俺の力が、この世界に闇を生んでしまった……。
「全部、俺の所為だったんだ……。俺の……っ」
「それは違うよ」
「違わないっ!! 何も違わないんだっ!! ただっ、俺はっ!!!!」
ただ……。いつも困ったような顔をしている君を笑わせてあげたかっただけなのに……。
その場に膝を着き、拳を大地に叩き付ける。そんな俺の姿を京は黙って見つめていた。ふと、二人だけの世界の中、背後から音が聞こえた。振り返るとそこには――何故か巨大なうさぎが立っていた。
「お前……どうしてここに……?」
『ボクハドコニモイナイシ、ドコニデモイル。ノブリス・オブリージュノ中ニダッテ、干渉デキル』
うさぎがコミカルな足音をさせながら歩いてくる。そんな音は現実じゃしないはずだが……とにかくうさぎは俺たちの傍に立った。その様子から、敵意のようなものは感じられなかった。
『思イ出シタンダネ、響』
「……あんたは……?」
『ナラ、ツイテキテ。君ニ見セタイ物ガアルンダ』
うさぎが振り返り、とことこ歩いていく。京と俺は顔を見合わせ、結局ついていく事にした。森の中に消えて行くうさぎ――。まるで、御伽噺の始まりのようだった。
〜とびだせ! ベロニカ劇場〜
*ロボット書きTEEEEEEEEE!!*
蓮「なんかもうホンット終わりそうだね……」
鳴海「ネタバレしても微妙に読者の解釈に任せて投げっぱなしてる所が多いわね」
蓮「そこはご想像におまかせします 率の高さパネエっす♪」
鳴海「それじゃあそろそろ、対岸のベロニカという小説についてまとめでもする?」
蓮「そだねー。えーと……主人公普通小説」
響「ちょーーーーっとまったああああああッ!! 普通な性格、そこが素敵? ナチュラル系主人公、櫻井響ですよ!!」
蓮「どうしたのそのハイテンション――」
響「普通と言われる事に最早慣れたからな。いや〜完結する前に克服出来て良かったぜ」
鳴海「あら、そう? じゃあ主人公にこの小説を纏めてもらおうかしら」
響「任せとけ! いいか、この小説はな……」
蓮「この小説は……?」
鳴海「この小説は……?」
響「“ライダールート”だ!! おい、なんだその顔は!?」
蓮「それはもうみんなわかってると思うけど」
響「ちなみにこの小説、本当は百部くらい行く予定だったんだよ。鶫ルート⇒舞ルート⇒ライダールートと、ループする予定だったんだ」
蓮「え」
鳴海「なんでライダールート入っちゃったの?」
響「なんかもう、めんどくさいし……」
蓮「えええええええええっ!? ちょ――ッ!?」
響「まあそんなダラダラやってもしょうがないしな。この小説は元々空想科学祭2009に投稿しようかと考えた奴を再編集したもんで、出来ればサクっと終わらせたかったわけだし」
蓮「よく三人分やるつもりだったね……」
響「見通しが甘かった……。三人分やっても80部くらいだろうとか思ってたんだが……三人分ガッツリやったら100は軽く行きそうなんで断念」
蓮「そこは気力でがんばろーよ」
響「だって読者数わかんねえしやる気でねーよー」
蓮「またそういう事いってふてくされるんだから……」
鳴海「読者数減ってへこたれてるしね」
響「でもまあこれはこれでいいと思わないか?」
鳴海「微妙じゃないかしら」
蓮「まあ、ぶっちゃけ毎回微妙だけどね。本気で全部やりきった感あるのはディアノイアくらいじゃない?」
鳴海「あれはやりすぎ」
響「しかしさ……ふと思ったけど、毎度ここのコーナー新規読者様に優しくないよな」
鳴海「…………ほんと今更ね」