慟哭(1)
友達とはなんだろう? そう、考えた事がある。
ある日少年は言った。自らの過去を語り、そして少しだけ寂しげに微笑んでくれた。意味や理由を求めなくてもいい。見返りの無い物もある。誰かに与えられ、求め、そして与えて求められる事もあるのだと。
沢山の迷いがあって、沢山の気持ちがあって、沢山の思い出が今ここに自分を形成している。嫌な記憶を忘れる事は出来ないし、それはしてはいけないことだ。己の罪も、それを覚える罰も、全ては己が選んで決めた事なのだから。
だから目の前に立っている少女が何故そんな事になってしまっているのか、何故自分がそれと相対しているのか――。理由は色々とあるのだろう。だが、そこから目を反らすことはしてはならない。それは、過去の全てを台無しにする行為だから。
鶫は真っ直ぐにノブリス・オブリージュを見詰めた。エリスの虚ろな瞳に、自分の姿は映っていないのかもしれない。判ってくれないかもしれない。でも、それでいい。
判ってもらえるまで叫んでみる事。判って欲しいと、拳を握り締める事。振り上げた掌を振り下ろすという覚悟……。誰かに与えられる事なんてもう待たない。だから今は――たとえどんなに胸が張り裂けそうでも。
「――――戦うよ、エリスちゃん。今すぐそこから――貴方を解き放つ!!」
少女は駆け出した。片方の翼は折れ、今や空を飛ぶ事さえも適わない。ダメージは少しずつ身体を蝕んでいる。だが、それがどうしたというのか。その程度の事、繰り返される毎日に脅えていたあの頃に比べればなんという事も無い。
レーザーを放ち、弾丸を受ける。それでも走り続けた。多少の出力では足りない。もっともっと、効率良く――。壊してあげなくちゃならない。もっと、傍で。
苦しかった毎日を思い出す。絶望しかなかった世界を思い出す。でも響が手を差し伸べてくれた。みんなが笑ってくれた。もう一度やり直せるチャンスをくれた世界を今は愛する事が出来る。この、狂った世界の中で――優しさを信じられる。
飛来する剣の雨。鶫はそれを掻い潜り、駆け抜けて行く。石畳を蹴る一歩一歩に思いを込める。一瞬とて集中を途切れさせる事は無い。我が身の可愛さなど喜んで捨て去ろう。代わりにその手で何かを抱けるなら――本望。
「――――あぁあああっ!!」
片手を伸ばす。レーザーを放つ。光線は装甲の周囲に展開されるノイズに掻き消されてしまった。代わりに放たれた剣が掌を貫く。痛みはなかった。何かが麻痺しているようだった。
剣が重く、右腕を大地に釘付ける。左腕を伸ばす。それも届かない。左腕に剣が刺される。それでも前へ。助けたい。助けなければならない。それは義務であり願いであり想いであり祈りであり、何よりも愛だった。
「まって、てね……! 待ってて、ね……! いま……すぐっ! そこから――助けて、あげるからぁあああっ!!」
剣が揮われる。身体を引いて回避したものの、脇腹を深く切られてしまった。よろけて倒れた両足は――震えて一歩も動かない。
「絶対、助けるから……! エリスちゃんを、助けるから……っ! もうそんな事、させないから……っ!! ちくしょう、動けよぅっ!!」
足が動かない。腕も動かない。血が流れて行く。命が削れて行く。
死ぬのは怖くない。でも何も出来ないまま死ぬのは嫌だ。何も助けられないまま、何も恩返しも出来ないまま、死んでしまうのなんて嫌だ。
膝から上、胴体だけで這いずって前へ。ノブリス・オブリージュはそんな無様な鶫の姿を何の感情も宿らない瞳で見下ろしていた。鶫は血を吐きながら、それでも前へ。
「動け、よう……っ! 助けるんだよう……っ! 返してあげなきゃいけないんだよう! ちくしょう、ちく、しょう――ッ!!!!」
ノブリス・オブリージュが鶫の額に銃口を向ける。ひんやりとした冷たい銃口……。鶫は目を伏せ、死を覚悟した。結局自分は、何も出来ないまま死んでしまうのだと。
しかし、鶫は死んではいなかった。ノブリス・オブリージュの背後から飛んで来た閃光が騎士にダメージを与える。騎士は振り返り――その先に立つ存在に目を奪われていた。
立っていたのは皆瀬鶫だった。傍らには瑠璃の羽を広げた蝶のようなVS、アンビバレッジの姿がある。“ネガティブエヴォリューション”した、鶫が嘗て神埼エリスを殺してしまった力――。
だがそれはあるはずのない光景だった。交わるはずのない二人の鶫が、交わるはずのない別々の進化を従えている事。鶫は理解する。向こうに立つ鶫は、真剣な表情で倒れた鶫を見詰めていた。
「下がっていてください! ここは、“ぼく”たちが!」
「…………隼人、君」
アンビバレッジが動き出す。両腕から閃光を雨あられのように放出し、降り注がせる。ノブリス・オブリージュはノイズの壁でそれを防ぎながら機関銃で反撃を行っていた。
二つの影が戦闘を開始した直後、鶫の身体をくるりと白い布が覆った。そのままわけもわからぬまま手繰り寄せられた先、志乃が傷ついた鶫を抱き寄せている。何が起きたのか判らない鶫であったが、痛みが見る見る引いて行く事に気づいて顔を上げた。
「大丈夫かい?」
「その声……? 志乃、さん?」
「ボクだけじゃないよ。響も、隼人君も一緒だ。ボクのVS、レクレンスは傷を癒す効果を持っている。君はこっちだ」
鶫を抱えて志乃が走り出すと同じ刹那、ノブリス・オブリージュがアンビバレッジに突撃をかましていた。よろける蝶に剣を刺しまくり、堪らず隼人はドッペルゲンガーの能力を解除する。
怯んで後退する隼人と交代し、響が前へ飛び出す。既にポジティブモードに切り替わっていたジュブナイルの腕を伸ばし。確かに装甲に触れた。次の瞬間ノイズの結界は音を立てて砕け散り、衝撃が迸る。まるで相反する磁石が接触したかのように、二つの存在は反対側に吹き飛ばされていた。
「っつう!? なんだ!? 何しやがった!?」
「櫻井さんっ!! 一気に仕掛けますッ!!」
「判ってる! 左右から畳み掛けるぞッ!!」
ドッペルゲンガーの影を纏い、白銀の槍を携えた姿へと変化する。櫻井響の隣、木戸丞の姿になった隼人が並ぶ。二人は同時に左右に跳び、二人を追うように放たれる機関銃の攻撃をかわしながら回り込んで行く。
隼人がイクアリティを投擲する。結界を展開したつもりのノブリス・オブリージュの胴体に槍は深々と突き刺さった。何故か結界は展開しない。それは異常事態だった。
槍の投擲に気をとられる騎士の背後、響が迫る。接近すると同時に思い切りノブリス・オブリージュを蹴り上げた。3メートル近い巨躯が空に上がり、響は身体を捻って蹴り飛ばす。飛来するノブリス・オブリージュに突き刺さった槍を引き抜き、同時に隼人が受け止めて突きを連続で繰り出す。
凄まじい猛攻に剣を防御にしか使用出来ず、ノブリス・オブリージュは二人の間を抜けようとする。しかし背後から掴みかかった響が機械の腕を伸ばす。
二つの装甲が触れ合った瞬間、エネルギーがスパークした。音を立てて電撃が迸り、ノブリス・オブリージュと響、両方の動きが停止する。やがて暴発するように電撃が放出され、響は思い切り遠くまで吹き飛ばされ、噴水の中に突っ込んでしまった。
盛大な水しぶきが上がる中、範囲側ではノブリス・オブリージュが無数の木々を倒しながら吹き飛んで行く。想像を絶するエネルギーの逆流に巻き込まれ、隼人も倒れてしまっていた。
「…………何が、起きた……?」
「だあっ!! くそっ!! なんで俺がノブリス・オブリージュに触るとバチバチすんだよ!? お陰で攻撃しそこねたじゃねえか!!」
ずぶ濡れの響が起き上がり、頭を振り回しながら立ち上がる。吹き飛んで行ったノブリス・オブリージュが戻ってくる気配はなく、響はしらけた様子で隼人の隣に戻った。
変身を解除した隼人が胸に手を当てて深く息をする。ずぶ濡れになり、髪留めがふっとんでしまった響は長い髪を肩から下にたらしながら溜息を漏らした。
「……もう終わったか?」
ひょっこりと、木の陰から惣介が顔を出す。彼に戦闘能力は全く存在しない為、化物相手では足手纏いである。故に隠れていたのだが、その姿は情けない事この上なかった。
「あーあ、ずぶ濡れだ……。ベルサス、壊れてないだろうな……」
不安げにユニフォンを弄る響の元へ仲間達が集まる。鶫は相変わらず布を巻かれて身動きが取れず、志乃に抱きかかえられていた。それが恥ずかしいのか、もじもじした様子で誰の顔も見られないままである。
「おいこら、志乃がいなかったらどうするつもりだったんだ」
「うぅ……。でも……」
「でもじゃないの!! いいか!? 自分の身を省みず特攻するのは馬鹿のやることだ!」
「響、それ君が言うの? 君こそボクがいなかったらどうなっていた事やら」
「そうですよう! 櫻井君のほうが、よっぽど馬鹿です!」
「俺は別に馬鹿でいーんですー」
腕を組んで口笛を吹く響。その様子に何故か悔しげに鶫が唇を噛み締めていた。二人のやり取りを志乃が微笑みながら見守る中、一人だけ浮かない表情の隼人の姿があった。
「でも、本当に無茶ですよ……。死んじゃったらどうするつもりだったんですか?」
「う、うん。ごめんね」
「謝って済む問題じゃないです。死んじゃったら、全部台無しなんですよ? せっかく櫻井さんが救ってくれた命なんですから、もっと大事に扱ってください!」
そっぽを向きながらそう語る隼人の姿に鶫と響は目を丸くした。まさか、ついこの間まで鶫の命を狙っていた子がそんな事を言い出すとは。心境の変化というのもまた凄まじいものである。勿論彼のいう事は正論だ。ここは大人しく、素直に聞き入れるべきだろう。
「……なんです?」
「いや、別に〜」
しかし殊勝に隼人の言葉を肝に銘じる気は毛頭ない二人である。隼人もそれが判っているのか、小さく溜息を漏らしていた。
「兎に角、全員無事でよかった。俺の車がそこにつけてある。話は戻ってからにしよう」
「そう、ですね……。一つ、重要な事が判ったんです。今すぐにでも言いたいんですけど」
「いや、家に帰ってからだ! お前はもう少し反省しろ!」
「……櫻井君、自分の事を棚に上げすぎじゃないですか? 無計画さと無謀さに関しては櫻井君にだけは何も言われたくありません」
「なんだとテメー……上等じゃねえか……。前からお前には一言ガツンと言ってやらなきゃならないと思ってたんだよ」
「それはこっちのセリフです。桜井君は安っぽいヒロイズムに突っ走りすぎなんです。もう少し周りの気持ちを考えてください」
「はいはい、そこまでそこまで。二人が仲良しなのは充分判ったから、早く帰るよ」
志乃がそう二人を仲裁する。二人はそれっきり黙りこんでしまった。隼人がまた溜息を漏らす。惣介は車のキーを片手に、先陣を切って歩き出した……。
慟哭(1)
「ノブリス・オブリージュに対抗する存在……か」
正直、兄の存在を快く思った事はなかった。かといって特に疎ましいと思った事も無い――。氷室美琴はそう考える。
五つ存在するユニフォン専用の電波搭。その地下には巨大な光を放つ大型の演算装置が隠されていた。地上へと伸びるシャフトの中、くるくると回転し続ける。ゆっくりと巡るそれらに美琴は美しさすら感じていた。
背後、スーツ姿の兄が立っている。氷室真琴――。美しい外見をした、長身の兄である。美琴はフリルのついた黒いドレスのスカートを翻し、薄暗い空間の中光に照らされて兄を見た。
兄はシャフトの中を眺めている。その向こうに眩い光を放つ何かがある。全てはこうなる事を前提に進めてきた。櫻井響と出会った事も、或いは必然だったのかもしれない。
「ノブリス・オブリージュ……。美琴はあれをどうしたいんだ?」
「そういうお兄様はどうですの? わたくしたちの邪魔をするでもなく、協力するでもない……。氷室の長男として、その態度はどうなのかしら」
「俺は別に氷室の長男らしく振舞うつもりはない。親父のやろうとしている事も、正直興味は薄いな」
「何故? この世の真理を解き明かし、未来を変える力だというのに」
「そうした事に興味がないのさ。世の中には明かさない方がいい事の方が多い。わかってしまったら、人は輝きを失ってしまう」
腕を組み、妹にそう答える兄。彼はいつでもそうだった。昔から、本気を出せば優秀なくせに、いつまで経っても本気でやろうとはしない。
美琴にとって兄は尊敬できる存在ではなかった。氷室という家柄に執着を持たず、あくまで一人の人間として生きる事に拘る彼の考えが美琴には理解出来なかったからだ。しかし、兄はいつでも自分を想ってくれていた。それくらいの事には気づいている。だから、好きか嫌いかで言えば、どちらかといえば好きに近い。だが、やはりその生き方には納得が出来ない。
昔はもっとちゃんとしろだのなんだのと口うるさく言ったものだが、真琴はそれを適当に受け流してしまう。まさに暖簾に腕押しといった手ごたえで、やがて美琴は真琴に何かを言っても無駄なのだと悟った。
「美琴は、親父が何をしようとしているのか知っているのか?」
「世界をよりよくする事ですわ」
「具体的にどうやって、だ?」
「…………さあ? 正直、手段も結果も別にどうでもいいですわ。わたくしはただ、このつまらない毎日を変えたかっただけ。お兄様の言う、判らない方がいいっていう気持ち、少しだけ理解出来ますわ。わたくし、少々優秀すぎますの」
あらゆる点において一般人を凌駕する力と才能を持っていた。金、権力、美貌――。十四歳の少女は既に理解していた。自分に不可能などないのだと。およそこの地上に存在する殆どの人間よりも上の存在であり、勝利が確約されているのだ。こんなにも退屈な事は無い。
「世界はもっとカオティックであるべきですわ。お父様の計画が世界に革新を齎すなら、その先にある壊れた世界の残滓を集めるというのも退屈しのぎにはもってこいでしょう」
「だが、駄目だ。あのノブリス・オブリージュでは、“対岸”を操る事は出来ない。“ダークマター”の力に干渉するのが精々いいところだろう」
「知ってますわ。だからこそ、“代用品”ではなくて本物を動かそうとしているのでしょう?」
「その本物が何故ノブリス・オブリージュとして不完全なのか、その理由を知りたくないか?」
美琴は眉を潜めた。兄は妹が自分の話に興味を持ち始めているのを知った上で、あえて視線を反らしてみせる。釣るようなその仕草が癪だったが、好奇心には負ける気持ちだ。美琴は急かすように小さくその場で飛び跳ねて兄を見詰めた。
「ノブリス・オブリージュを完全な――あるべき形にする方法は二つある。そもそもあれはかつて、体の一部を失ってしまったものだ。だからその分欠けてしまっている」
「なら、それを補えば?」
「ああ。だが、人工的な手段であれを押さえつけようとしても、所詮はノブリス・オブリージュ程度が限界だろう。あれは鎧であると同時に不完全な“あれ”の実体を固定しているものでもある」
「……オリジナルの部品を持つ存在が、この街に居るのね」
「それと手段はもう一つ。幸い、こちらの方が速そうではあるがな」
「もう。お兄様、そうやって焦らすのは止めてくださる……? 意地悪だわ」
「――――ふっ。簡単な事だ。欠けた物を元に戻せないのならば……別の物を使えばいい」
「代用品では不完全なのでしょう?」
「代用品では、な。だが“対岸”の力を使えば……手はいくらでも在る」
兄が何をいわんとしているのか、妹は漸く気づいた。腕を組み、唇に指先で触れる。この街で起きている事……それらの意味。全てが収束するのならば、どんなものにも役割がある。演じるべき演目がある。例えそれが、観客席から乗り込んできた存在だとしても。
「……イレギュラーセイヴァー」
美琴がそう呟いた直後である。扉が開き、部屋に大きなうさぎがおどけた歩き方で入ってくる。うさぎは二人を見比べ、小首を傾げた。
『ナイショバナシ?』
「……ええ、そんな所ですわ。それにしても貴方……いつ見ても不細工」
「そうか? 可愛いじゃないか」
「…………お兄様の美的センスは腐ってますわ」
美琴はそう言い放ち、うさぎの脇を通って部屋を出て行ってしまう。残されたうさぎが肩を竦める傍ら、真琴は遠い目で案じていた。この街の、この世界の、その向こうにある未来を……。
「ノブリス・オブリージュの中身が、エリスだって!?」
鶫の報告は少なからず彼等の中に衝撃を与えた。神崎エリスの事を知っているのは鶫と響の二人だけではあったが、その様子からエリスが彼等の知り合いであるという事は惣介たちにも理解する事が出来た。
響と鶫は自分たちが経験した事を彼らに説明して聞かせた。勿論、対岸に渡った事やその目的は説明済ではあったが、まさかここでエリスが絡んでくるとは考えて居なかったためその話はしていなかったのである。
神埼エリスに、確かに二人は対岸から戻って遭遇していなかった。だがそれはまだ対岸から戻って数日であり、過去が改竄されちゃ事によりエリスとの接点が薄まってしまったからなのだとそう考えていた。でなければおかしいのだ。そもそも神埼エリスが死ぬという未来は回避されたはず。ならばエリスは元気に今でも暮らしていると考えて当然の事。
「それがなんでノブリス・オブリージュの中の人になってんだよ……ッ!! くそっ、意味がわからねえっ!!」
「――――“高貴な義務”、か」
腕を組み、ケイトが呟く。響はイライラした様子で立ち上がったり座ったりを繰り返していた。相変わらず鶫は治療中であり、今はソファの上に横たわった状態で志乃に付き添われている。
「“すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される”……。ノブリス・オブリージュというものがなんなのかは判らないが、例のユニフォン、ベロニカを解析してみた所、その単語について少し触れているデータがあった」
「何か判ったのか!?」
「ノブリス・オブリージュは、“ベロニカシステムを守る存在”であると同時に“ベロニカシステムの自己防衛機能”でもあるらしい。あれが包んでいるものがベロニカシステム……そういう事だと考えていたのだが……」
「神崎エリスって人が、ベロニカシステム……なんですか?」
隼人の疑問が尤もである事はその場に居る誰もが感じていた。ベロニカシステム――それは機械のようなものなのではないだろうか。少なくともそんなイメージはある。勿論、ベロニカシステムについて判っている事の方が少ないのだ。仮に人間だったとしても驚く事はないのかもしれない。最早何があってもおかしな事はないのだ。だが――。
「エリスは俺が知る限り普通の女の子だった。ベロニカシステムとか、そんなもんに関係があるとは思えない」
「……普通の女の子、か。だからこそかもしれない」
ケイトが腕を組み、思案する。全員の視線が集中する中、ケイトは困ったような顔で推論を並べた。
「ベロニカシステムは、いわばソフトのようなものらしい。実体の無いプログラム。ノブリス・オブリージュはそれを再現し機能させる、所謂ハードの役割を果たすと考えられる」
「……どういう事だ?」
「つまり、こうは考えられないだろうか? 神埼エリスは、ソフトではなくハード。本当のベロニカシステムは……神崎エリスのさらにその中にあるという事」
インストールという言い方をすれば、非常にわかりやすくしかしそれは異常でもある。神崎エリスの身体、心、記憶……そうしたものに、ベロニカシステムを植えつける。真っ白い彼女の中身に、システムを書き込むのである。壊れやすいそのハードを守る為に、ノブリス・オブリージュという巨大な装甲が必要になった。
「つまり、あれは生きて歩くパソコン……なのかもしれない」
「そんな……」
「在り得ないだろっ!?」
「…………正論だ。若干、飛躍しすぎた考えかも知れないね。忘れてくれ。それとは別に、ベロニカシステムについて判った事がある。ベロニカシステムは、私たちが所有しているユニフォン――これらの情報を常時収集しているらしい」
ユニフォンといえども、様々な種類、数が存在している。所有者たちが持っているユニフォンだけではない。誰もが持つユニフォン、それら全ての情報が一度電波搭の施設に収束し、五つの搭に集められたデータはノブリス・オブリージュへと送り込まれ、ベロニカシステムはそれを処理する……そんなシステムが確かに組み込まれているのだ。
「意味はわからない。だが、何かが引っかかる……。どちらにせよ、ジェネシスが関わっているという事は間違いなく決定したと見ていいだろう」
「……つまり、この一連の事件は全部ユニフォンを作った連中の仕業って事か。まあ、判りきっちゃ居た事だが……」
「問題はどうしてそんな事を始めたのか、ですよね……?」
全員で同時に黙り込む。判らない事が余りにも多く、明確な答えは出そうにもないのが現状だ。響は深々と溜息を漏らし、それから肩を竦めた。
「――仕方ねえ。兎に角今は行動するしかない。俺はノブリス・オブリージュをぶっ潰して、エリスを奪い返す。鶫も同じ気持ちだろ?」
鶫は力強く頷いた。志乃も隼人も同じ気持ちである。これ以上、この事件を拡大させる事は許されない。あってはならない何かが起ころうとしているような、そんな胸騒ぎがしていた。
「だがその前に響、君の身体とユニフォンを少し調べるべきかもしれない」
「は? なんでだ?」
「君はノブリス・オブリージュに反応していたらしいじゃないか。あの結界を破れるのは君だけのようだが、その力が全く意味不明なのでは爆弾を抱えて生きるのと同じ事だ。せめて少し理解するべきだと思う」
「関係ねえだろ。ノブリス・オブリージュをぶっ倒しちまえばそれで済むことだ。正直そんな事してる時間も惜しいんだ。今すぐ飛び出したい気持ちを抑えて俺がここに立ってるって事、考慮してモノ言えよ、あんた」
ケイトはもう何も言わなかった。言った所で響は大人しくいう事を聞きはしないだろう。だが、それは自分が傍に居て彼を調べればいいだけの事。彼女のVS、メッセンジャーならばそれは容易い事だ。
「……では、ジェネシスへ攻撃を開始しよう。我々の同盟で、このVSの戦いに終止符を打つ」
ケイトが立ち上がり、周囲を見渡しながらそう告げた。所有者の戦いはついに、二つの勢力に分かれて大きな対決の局面を迎えようとしていた――。
〜とびだせ! ベロニカ劇場〜
*読者数が……*
蓮「ほわあっ!? なんでみんな床の上に倒れてるの!?」
響「読者数が……わからないからさ」
蓮「ど、読者数がわからないとそんなになっちゃうの……?」
鶫「だってー、基本的に感想の来ないこういう地味〜な小説作家にとって読者数は大きなやる気の原動力なんでーすよーう」
響「今まで一生懸命耐えてきたが、この調子で行くと七月分の読者数丸ごとロストするんじゃないかと思ってしまってな……」
蓮「そうすると困るの?」
響「困るよ!! 必死で毎日更新してんのに、読者数の動きがわかんないと評判いいのかどうなのかわかんねえだろがッ!!」
鶫「底辺作家にとって読者数がいかに大切なものか、蓮ちゃんは何も判ってないんだよ……」
蓮「そ、そうなんだ……。ご、ごめん」
響「アクセスランキングにも永遠に載れねーんだぞっ!? 三位くらい目指して頑張ってんのにさあっ!!!!」
鶫「ものすごいぶっちゃけましたね――」
響「ちっくしょおおおお!! こうなったらもうブン投げてやる――!!」
蓮「ええええ!? 響、それはだめ……!?」
対岸のベロニカ
完