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自分コール(1)


「ああ……今日も一日疲れたぜ」


 俺はほぼ毎日バイトをしている。というのも、俺には両親がいないので基本的に金がないのだ。いや、両親は居ないわけではないのだが、実の両親というわけではなくて、だからそう、義理の親というやつなのである。

 俺の名字となって久しい“櫻井”の人間は全員笑えるくらいのお人よしで構成されている金持ちの家だ。孤児院に居た俺を拾ってここまで育ててくれたのも櫻井一家のお陰なのだが、何を仕事としているのかわからない両親はいつも家には寄り付かず、“お前の事は全力で応援するから、何でも好きなことにチャレンジしなさい!”とだけ言って今は行方不明である。

 別に子供が欲しかったわけではないらしく、じゃあなんで引き取ったんだよとツッコみたくなるのだが、櫻井の人間にそんな事を言っても無駄なのだ。そんなわけで、両親からの仕送りはきっちり来ているし、お金に困るような事は基本的にはない。

 しかしだからといって親に甘えていつまでもこう……ダラダラしているのもあれだと思い、出来る限り仕送りには手をつけず可能なだけのバイトをこなすようにしている。

 バイト先〜というのは別に遠い所にあるわけではなく、俺が住んでいるマンションの一階がコンビニになっていて、このマンションは櫻井の所有物で、だからまあ、縁あって働かせて貰っているわけで、むしろありがたいことばっかりなわけだが……。


「にしても、部屋が真上だからって平然と残業させすぎだぜ、店長……」


 エレーベータの中で溜息を漏らす。まあ、働けば働いただけ金になるんだから時間の無駄って事もないが。

 息苦しい箱の中から出て通路を歩き、我が家の鍵を開けようと鍵を差し込む。しかし、鍵を回したが手ごたえがない。どうも開けっ放しにしていたらしい。

 急いでいたからそうなったのかもしれない……そう考えて扉を開いて部屋に上がると、


「お、帰ってきた帰ってきた! おかえり、響」


 部屋に入ると、リビングのソファの上から明るい声が聞こえてきた。テーブルの上には大量の缶ビールが並んでいる。既に半分はカラッポだ。


「……鳴海!? 何やってんだ!?」


 ビールを片手で揺らしながら鳴海――櫻井鳴海は笑った。しかも大人っぽい微笑みとかではない。子供みたいな……いや、ガキ大将みたいな、本当に楽しそうな笑顔だ。

 鳴海は櫻井夫妻の一人娘――つまり俺の義理の姉に該当する。そして櫻井家の血筋を引いている――文字通り“破天荒”な女だ。

 スーツ姿のままダラダラしているところを見ると仕事で来ているようだが、鳴海はメガフロートじゃなくて都内で働いていたはずだ。こんな所にいるのはまずおかしいし、というかなんで俺の部屋に……。

 溜息を漏らしつつソファに歩み寄る。鳴海は既に寄っているのか頬を紅くしながら笑う。俺の手を引き、強引に隣に座らせる。


「待ってたんだぞ〜? このこの、大きくなりやがってえ!」


「いやいや、あんた……え? あんたここで何しとんの」


「何って、勿論仕事よ? メガフロートでちょっと事件があってねー、その捜査。一人暮らしの弟を心配してぇ、わざわざ様子を見に来てあげたわけだっ」


「そりゃどうも……。どうでもいいけど食ったら食いっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなしのその性格なんとかならねえのかよ? つーかもうさっさと結婚しろよ!」


「はいはい、しますよします、結婚します〜! ていうか響と結婚しよっかなー。響、家事出来るし〜可愛いしっ」


 首に腕を回して頬摺りしてくる義理の姉、二十四歳……ついでに言えばかなり酒くさい。かなりこう、教育上よろしくない状況だが、この姉貴は気付いているんだろうか。いや、気付いていてやっている所はある。櫻井ってのはそういう家なんだよな……。

 勝手にエアコンをつけているくせにまだ暑いのか、派手に胸元を肌蹴させている。じっと見詰めるが、なんだかこう……慣れてしまったのでもうなんとも思わなかった。


「ったく、仕事で来たなら仕事しろよ!! 俺も忙しいし疲れてんの!!」


「何よもう、そんなに邪険にしなくたっていいじゃない! 久しぶりに二人きりなんだから……。両親もいないし、ね?」


「意味わからんからっ!! リアルにっ!!」


 鳴海を引っぺがす。こいつはいつになったら大人になるんだ!? 身体ばっかりデカくなりやがって、ガキの頃から全く進歩しねえっ!!

 つーかこの散らかった部屋どうすんだよおおおお! 俺部屋きれいにしてんのによおおお!! イラつくんだよおおお!!!!

 立ち上がり、頭を抱えて無言でのけぞる。鳴海はビールを一気に飲み干し、それから徐に立ち上がった。しかし足取りが覚束ないので倒れそうになる。


「よーし、じゃあいっちょ一緒にお風呂入るか!」


「入らねーからっ」


「子供の頃は一緒に入っただろ〜?」


「子供の頃俺孤児院にいたからね!? 勝手に過去を捏造すんなよ!!」


「エッチな事しようぜえ〜!」


「しねーからっ! もう帰れよおおおおおおおっ!!!!」


 暫くそんなくだらないやり取りが続き、結局鳴海を風呂に入れ……無論一人で……缶ビールやらつまみやらの残骸を片付ける。

 両手に一杯のゴミを抱えるこのせつなさ……本当にやりきれない。俺は頭は悪いけど綺麗好きなんだ。俺から綺麗好きという属性を取ったら馬鹿しかのこらねえだろが。

 鳴海が風呂に入っている間ソファの上に横になる。全くあいつは何をしに来たんだ……。まさか滞在期間中ずっとウチにいるつもりじゃねえだろうなオイ……真面目に勘弁しろよ……。

 額に手を当てたまま目を瞑る。なんだかすごく疲れた……。昨日からなんだか妙に疲れている気がする……。


「響〜、お風呂空いたわよ〜」


「ああ……って、オイッ!! だから服を着て歩け! ここは実家じゃねえんだぞ!?」


「失礼ね。タオル巻いてるじゃない」


「それはほぼ裸なんだよ!! 裸ッ!! 裸体となんらかわらねえんだよっ!!」


「そんな事を言えば水着も下着も裸体と変わらないじゃない」


「確かにそれもそうだけどそうじゃなくて……。つーか水着と下着ってどう違うんだ……」


 最早ワケが判らなくなり頭を抱える。鳴海は体にタオルを巻いたまま勝手に冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを取り出しソファに座った。


「あー、一気に酔いが覚めちゃったわ。久しぶりね、響。元気にしてた?」


 それ、だいぶ前にするべき会話じゃねえ? 溜息を漏らしながらソファに腰掛ける。


「元気だよ、元気元気。元気が無くなったら俺は死ぬんだ」


「ふーん? そっか、でも本当に大きくなったわね。背も伸びて……順調にイケメンになってきてるわね〜」


 ぐりぐりと頭を撫で回す鳴海。いつまで経っても子ども扱いをしてくるが、自分の方が余程子供だってことにいつになれば気付くのだろうか。


「今回は仕事なんだろ? こんな所でブラブラしてていいのか?」


「ええ。というよりもう時間も時間だしね」


 時計を見やる。既に日付が変わりかけていた。ビールを一気に呷り鳴海は小さく息をついた。


「また厄介な事件が起きててね。ま、国家公務員のお仕事って事。しばらくはメガフロートに滞在する予定よ」


「仕事か……。泊まるところはあるのか?」


「心配しなくてもちゃーんと用意されてるから安心して。それともここに泊まってほしい?」


「……正直に言えばそうしてほしいな。“心配”だし……」


 泊まるとなれば公共の宿泊施設になるはずだ。そうなれば鳴海は何をしでかすかわかったもんじゃねえ。出来れば人様に迷惑のかからないここに閉じ込めておいたほうがいい……。


「あらら、全く可愛い事言ってくれちゃってもー! よしよし、お姉さんが一緒に寝てやるぞ〜」


「…………」


 最早何も言う気にはならなかった。


「とりあえず今晩は泊まってくから」


「泊まってくんかい結局よおっ!!」


「何よ、泊まってって欲しかったんでしょ?」


「…………くっ! 神は俺に究極の二択を迫るか……!?」


「んー、長距離移動で疲れた〜。響、足揉んで〜」


「…………何で俺が」


「揉んでくれたら襲ってもいいわよ」


「揉むから襲わないでくれ」


 仕方がなく鳴海の足を揉む。鳴海は白い歯を見せて無邪気に笑っていた。

 全く子供の頃から変わらない。昔から気ばっかり強くていつでも人の輪の中心に居た。こんな性格の鳴海にあちこち引っ張りまわされて、俺の性格もすっかり歪んじゃったんだろうなー。

 まあなんだかんだ言いつつ、鳴海の事は大好きだ。この人が居てくれなかったらきっと今の俺はないと思うから。でも、この性格と今後一生付き合うのかと思うと時々切なくなるぜ……。

 足を揉んでいると鳴海はいつの間にかソファの上に横になったまま寝てしまっていた。バスローブ一枚で寝られてもこの後どうすりゃいいのか全く判らんのだが、まあ普通にベッドに移動しておこう。今日のところは俺がソファで寝よう……。

 鳴海を抱きかかえる。昔は持ち上がらなかったのに今はひょいひぃい上げる事が出来た。涎を垂らしながら眠る姉の姿に溜息を漏らし、ベッドまで移動させた。

 今日はなにやら色々な事があった。考えたい事もあったが、これではろくに考えられない。ソファの上に座り込み、時計を見詰める。日付はとっくに変わろうとしていた。


「……VS、か」


 ケータイ、ベルサスを取り出してディスプレイを見詰める。

 両目を瞑り、体をソファに投げ出す。そうして俺は今日一日の出来事を頭の中で思い返していた。



自分コール(1)



「あの……? い、いいんですか? 午後の授業、始まってますけど……」


 先ほどまで頭を白くして閉じ込められていた女子はオドオドした様子でそう呟いた。彼女の言うとおり、午後の授業はとっくに始まっているだろう。

 俺たちは校庭裏にあるベンチの上に肩を並べて座っていた。女子は自分の身体ごと包むように肩を抱き、俯きがちに俺を見たり、視線を反らしたり、とても気まずそうにしている。俺はぼんやりと青空を見上げながら欠伸をして話を聞き流していた。


「あのう……」


「つーかさ、結局誰も来なかったな」


「へっ?」


「お前の事、出しに誰も来なかったじゃん」


 そう、昼休みに恐らくは閉じ込められたのだろうが、結局休み時間が終わっても誰も彼女を助けには来なかった。イタズラと呼ぶにはちょっと行き過ぎている。


「ってことは、お前は午後の授業に出席してたらおかしいんだよ」


「……そ、そう……ですか?」


「そうなんだよ。だからお前、ここでボーっとしてやるくらいで丁度いいんだよ。サボりの口実はあるんだし、徹底的にサボりを楽しめ」


 とは言え、こいつはそんなにサボりとかを楽しめるタイプではなさそうだ。どちらかといえば真面目な性格だろう。俯き加減に黙り込み、俺の言葉を聞いているのか聞いて居ないのかも良く判らない。

 授業中の学園は恐ろしく静かだ。校庭では何かスポーツでもやっているのか、遠くからボールの弾むような音が聞こえてくる。喧騒は遠い場所にあり、校舎裏なんて誰も入ってこない。身近な所にあるのにまるで異世界のようだった。


「やっぱり……授業、出るべきだと思います」


「あん?」


「私は、いいですけど……だって貴方は、関係ないじゃないですか」


「……ん? お前俺の心配をしてたのか?」


 顔を覗きこむと彼女は顔を紅くして唇を噛み締めながら小さく頷いた。それっきり俯いてしまって顔色を窺う事は出来ない。


「生憎成績も授業態度も悪いからな。顔みりゃわかるだろ? 馬鹿なんだよ俺、頭ワリーんだ。だから授業なんぞ受けても受けなくてもかわんねー」


「そんな事……ないと思うけど」


「そんな事あるんだよ。つーかお前さあ、こっち向けよ」


「ひうっ!?」


 女子の小さい頭を鷲づかみにして強引に首をこっちに向かせる。彼女的には結構頑張って抵抗したようだったが、首はあえなく捻られてしまった。長めの前髪に覆われた目が涙ぐみながら俺を見ている。


「つーか、誰だお前……」


「あ、貴方こそ誰ですか……?」


「俺は二年A組、櫻井 響だ。特技は馬鹿。苦手な事は勉強だ」


「は、はあ……。私は、あの……」


 名乗るのが嫌なのか口ごもる。まあ無理に聞き出す必要性はないだろうし、そこはスルーしておくことにした。


「じゃあ今日からお前は“メガネちゃん”だ」


「え?」


「メガネちゃんと呼ぶ事にした」


「ええっ?」


「異論は認めない。つーわけでメガネちゃん、これからどうすんだ? 教室に戻るのか、それとも倉庫に戻るのか」


「それは……」


 イジメっ子にしてみれば、メガネちゃんが外に出ちゃっているのはイレギュラーな事だろう。何が原因でこんな事に成っているのかはわからないが、それはそれでメガネちゃん的にはどうなんだろうか。

 彼女もどうすればいいのか判らないのか、困惑した様子で俯いている。教室に戻ってもメガネちゃんを閉じ込めたやつはいるんだろうし、だからってあんな暗いところに一人で閉じ込められているのもおっかないだろう。


「お前を閉じ込めたのは神崎なんだろ?」


「……それは……」


「イジメられてんだろ? 神埼に」


「そのう……」


 立ち上がる。俺が急に立ち上がった事に余程驚いたのか、メガネちゃんはあたふたしながら俺を見上げていた。その腕を掴み、強引にその場に立たせる。

 

「お前なあ……。もうちょっとシャキっとしろ、シャキっと!」


「ご、ごめんなさ……」


「だからそれが違うんだよ!! いいか、こうだ!! 私はイジメられてまーす!! 神崎死ねっ!!」


「あ、わ、わっ! う……わっ!」


 大声で叫んだ瞬間メガネちゃんが飛びついてきた。校舎裏なので誰かに聞かれたとは思えないが、メガネちゃん的にはアウトだったらしい。

 必至で俺にしがみ付いて首を横に振り回すメガネちゃん。その頭をわしわしと撫でて肩を叩く。


「人間成せば成る! そーやってハッキリしねえからいつまでもウジウジしてんだよ。いいか!? 要は気合だ!」


「き、気合……ですか?」


「そうだっ!! 俺の目を見ろ! 俺の瞳を見るんだ!」


「め、めをっ」


 両肩にをがっしりと掴み、至近距離で見詰め合う。メガネちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしながら俺の目を覗きこんでいた。


「相手をちゃんと見ろ。自分をちゃんと見ろ。目を反らしてたら何も始まらないんだよ。逃げたきゃ逃げたっていい。嫌なら投げ出したっていい。気に入らなきゃブン殴ったっていい。でもそれは相手と自分を見て初めて出来ることだ。最初から目を反らしてたら何もならない」


 メガネちゃんは不思議な物を見るような目で俺を見ていた。正直自分でも何を言ってるのかはよくわからないからしょうがないだろう。二人してベンチに座る。


「……ま、兎に角暫くぼーっとしてろや。嫌になったら帰っちまえ。神崎には俺から言っとくし」


「え? えっ?」


 俺が何を言っているのか理解出来ないのかメガネちゃんは戸惑っていた。その肩を叩き、拳を空に掲げる。


「要は気合だ! それを忘れるなッ!!」


「は、はい……」


「アディオスッ!!」


 メガネちゃんを一人残し俺は教室に向かって歩き出した。思い切り授業には遅刻……というよりほぼ終わっていたのだが……という事になり、教師には怒られたがそんなもんは知らん。

 さて、適当に授業をやり過ごし放課後。真っ先に教室を飛び出し、B組の教室へと向かう。まだ誰も外に出て居なかったB組の教室を覗き込むが、メガネちゃんの姿はなかった。

 教室をぐるりと見渡す。そこでお目当ての人物を発見し、俺は大きな声で彼女の名前を呼んだ。


「おーい、神崎〜」


 俺の声に反応し、神崎は肩を震わせた。こちらを見て呼んでいたのが俺である事に気付き、彼女は安堵した様子で歩いてくる。


「何だぁ、響ちゃんかぁ……。どうしたの……? エリスに何か用?」


「…………いや、用っていうか……。神崎、お前どうしたんだ……?」


 神埼エリス――。権力者の娘、金持ち我侭お嬢様。兎に角何でも自分の思い通りにならなければ気がすまないという感じの女子だった。

 その言動ははちゃめちゃで周りは常に置いてけぼり。訳の判らないハイテンションで俺もかなり一緒にて疲れる……はずだったのだが、今の神埼には以前の面影が全く感じられない。

 確かに外見は神崎そのものだが、その心は酷く磨耗しているような、そんな印象だ。実際神崎の目の下は隈で酷い事になっていたし、言葉も視線もどこか虚ろだ。


「ちょっといいか? 話したい事があるんだ」


「……わぁい、響ちゃんからデートのお誘いだ〜。でも……今はそういう気分じゃなくて……」


「おーい、キョウ〜! 何そんな焦って教室出て行く……って、ぬおっ!? 神埼、お前どうしたん!?」


 振り返るとそこには藤原と氷室の姿があった。二人とも帰るところだったようだが、俺と神埼の珍しいツーショットを見て駆け寄ってくる。そして更に変わり果てた神崎の様子に驚嘆していた。


「場所を変えるぞ……。流石に目立ちすぎだ」


「あ、響ちゃん……」


 神埼の手を引いて早足に進む。階段を昇り、辿り着いた場所は屋上だった。その隅にあるベンチに腰掛ける。

 放課後直後という事もあり人気は皆無だった。何故か勝手についてきた氷室と藤原までベンチの前に立っている。が、二人はどうも壁を作って神崎を隠してくれているようだった。

 神埼は相変わらず疲れた様子で黙り込んでいる。普段なら黙っていても口が止まらないやつだが、ここまで大人しいと不気味だな……。


「どうしたんだ神崎……マジで大丈夫か?」


「あ、うん……。エリスねぇ、最近全然寝れなくて……。まじ、超シンドイ……」


 茶髪を伸ばしてツインテールに括っている神崎はその綺麗な髪をよく自慢にしていたが、今はなんだか髪もボサボサに見える。心なしか化粧もテキトーだ。

 氷室も藤原も状況が飲み込めないのか、顔を見合わせている。つーかなんでついてくるんだよ。暇人どもめ……。


「……ねえ、響ちんさぁ……。“自分コール”って、知ってる……?」


「え?」


 何でここでその単語が出てくるんだ?

 俺よりも先に反応したのは氷室だった。流石その手のプロ、神崎の隣にちゃっかり座り込んで足を組んでいる。


「知っているとも。俺は自分コールを体験したからな」


「氷室も……?」


「自分コール? あれやろ、自分のケータイ番号から電話かかってくるっちゅーの。あれ、ワイにもかかって来たで〜」


「「「 藤原も!? 」」」


 俺と氷室、それから神崎まで同時に叫んでしまった。三人の声が打ち合わせたかのようにピタリとそろい、藤原はたじろいでいた。


「えー、ま、まじぃ? エリス、その自分コールでさ……すっごくコワい事になってんだけど……」


「怖い事?」


「……自分コールが、何回もねぇ、かかってくんの……。そんでね、毎回毎回……すっごい悲鳴が聞こえてくるの……」


 “エリスの声で……”。そう神埼は付け加えた。話の概要はこうだ。

 神埼が初めて自分コールを受けたのは一週間くらい前の事らしい。最初は何かのイタズラだと思っていたらしいのだが、毎日のようにかかってきては聞こえてくるその悲鳴の電話にいよいよ参ってしまったらしい。

 それだけではない。神崎といえば、例の連続自殺事件の中心にいる人物だ。周りの人間がガンガン死にまくって神埼の精神状態は元々不安定だった。そこに止めの一撃、自分コールだ。

 神埼は完全におかしくなってしまったらしい。眠る事も出来ず、今ではふらふらと魂が抜けたような状態で家と学校との往復を繰り返しているという。家に戻れば部屋でベッドに潜り込み、食事も喉を通らないとか。


「ショージキ、噂とかそういうの信じてないけど……だって、毎日かかってくるんだもん! 怖いよぉっ!! ねぇ、響ちゃん助けてよーっ!!」


 取り乱してすがり付いてくる神崎の目はかなりヤバかった。これが演技だっていうなら大したものだろう。俺たちは神崎をなだめながらお互いに視線を交錯させた。


「……神崎、その自分コールの履歴はあるか?」


「……ん」


 ポケットからケータイを取り出した神崎はオフになっていたらしい電源をオンにして氷室へと手渡した。ディスプレイを見た氷室は一瞬血の気の引いた表情を見せる。その意味を俺たちは直ぐに理解した。

 履歴は全て自分からの番号で埋め尽くされていた。しかもそれは一回や二回などではない。一日に何度も、何度も何度もかかってきている。酷いと分刻みのものまである。流石にこれはぞっとしない。


「もう訳わかんないよぉ……! 何が起きてんの!? イミワカンナイ……っ!」


 頭を抱えて震える神埼。これはもう、イタズラとかそういうレベルじゃないな……。でもおかしくないか? 自分コールは確か……悪い噂じゃなかったはずだが。

 氷室もそこが引っかかっているのかなにやら真剣な表情で神崎のケータイを覗き込んでいる。藤原は氷室の背後から同じようにケータイを覗き込み、眉を潜ませていた。


「なんや、リアル怪奇現象やんなあ……」


「俺の自分コールとは大分違うな……。藤原、お前の時はどうだった?」


「ワイの場合は〜……。んー、なんやったかなあ。履歴に残ってただけで、出なかったさかい……謎やけど」


「何でもいいけどもうやだよぉ! 助けてよぉ!!」


 ……イジメっ子の神崎とは言えこれは流石にかわいそうな気がする。それに神崎にかかってくる自分コール――それはもしかして例の連続自殺事件と関係があるんじゃないだろうか。

 俺が見た蜘蛛のVS――アンビバレッジ――が、自殺に関係があるのならば、取り巻きが居なくなった以上、次に狙うのは神崎かも知れない。

 神崎にかかってくる自分コールによる悲鳴の連続……それはもう一人の自分からの呼び声だ。それが現実なのかどうかは別として、神崎に良くない事が迫っているのかも知れない。

 重苦しい空気に包まれる。流石にこうなってくると冗談ではない。神崎の震えは止まらないし、ケータイの履歴が消える事もないのだから。


「ほんなら、ワイらで神崎を守ったらええねん!」


「はあ?」


「うむ、名案だ。藤原の言うとおり、俺たちで神崎を護衛しよう」


「はああああっ!?」


 何でそーなんだよ!? つーか氷室お前――絶対興味本位だろ!? 藤原もだけど!!


「神崎、もう少し詳しい話を聞かせてもらえるか?」


「……うん! 守ってくれるんだよね? エリス、死なないよね!?」


「ああ、死なないとも。お前の命は――そこの響が死んでも守る!」


「うぉれかよっ!?」


「やたっ! 響ちゃん、大、大、大スキーッ!!」


 飛びついてくる神崎は少し元気が出た様子だった。しかし、これはまた妙な事になってきてしまった……。

 こうして何故か“神崎親衛隊”が結成されてしまった。そして不本意にも俺はそれに参加することになってしまった。それがまた、あんな事件に発展するなどとは、勿論その時は誰も気付いていなかった……。

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