ノブリス・オブリージュ(3)
「あんたさ〜、ホント余計な事したよな。あのまま大人しく俺たちの仲間で居ればよかったのにさあ」
ユニフォンのための電波搭施設、その地下にジャスティスのアジトの一つが存在した。薄暗く、ごちゃごちゃとした送電施設の中、丞は手足を鎖で縛られて転がっていた。配水パイプから漏れた水が大地に弾け、綺羅はチュッパチャップスを片手にあきれたように語る。
「何が気に入らなかったわけ? 一応聞いてみたかったんだよね。組織にいりゃ、何不自由なく居られただろうにさ。わざわざ裏切って一人で戦い挑んで……そういうの馬鹿っていうんだよ。無謀ってやつ、。そりゃちょっと勇気とは違うよな」
しかし綺羅の問い掛けに丞は応えなかった。綺羅はは目を瞑り、口元に笑みを浮かべる。そのまま問答無用で丞の顔面を蹴り飛ばした。勢い余って吹っ飛び、丞は水溜りに突っ込む。口元から血を流しながら顔を上げた丞をまるで汚物でも見るかのような視線で綺羅は洗礼した。
「ほんと、ムカツクよ……! その他人を見下した態度……前々から気に入らなかったんだよ」
「……見下して、ねえよ」
初めて反応を返す丞の言葉に綺羅は目を細めた。丞はゆっくりと息を吐き、真っ直ぐに綺羅を見上げる。
「そう感じるのなら……それはてめえが勝手に自分の方が下だと思い込んでるだけだ。てめえのプライドが、そうさせているだけの話だろが……」
「……ふうん。へえ。そうかい。あんたやっぱり判ってない――よッ!!」
近づき、丞を蹴り飛ばす。それから何度も執拗に丞を痛めつけた。何度も何度も革靴の爪先を打ちつける。その度に丞は口から血を吐き、目を白黒させて悶えた。
「その態度が見下してるって言ってんだよ、馬鹿がっ!! ああクソッ! イライラする……!! さっさと終わらせて帰りたいよ……全く」
丞はピクリとも動かなくなった。気を失ったのか、あるいは命を落としたのか……。ボロ雑巾のような格好で横たわるその姿を見た所で綺羅には何の感情も浮かばなかった。殺すなとは言われているが、別に殺したところで問題などない。むしろ殺しておいた方が後のジャスティスの為だろう。言い訳ならいくらでも出来る。そう考えていた。
深々と息をつき、さび付いたパイプ椅子の上に腰を落す。細いシルエットのスーツが軋み、綺羅は前髪を弄りながら苛立ちを隠そうともせず唇を噛み締めた。
こうして丞を拿捕するのにも彼は反対だった。リーダーがそうしろというのでしたというだけの話であり、それでも大分ゴネて漸く動いたという所……。丞と同じ部屋の空気を吸う事は決して彼の本意ではなかった。
「全く、リーダーもどうかしてる……。こんなクズ、さっさと殺しておけばいいのに……」
上着のポケットからチュッパチャップスを新たに取り出し、包み紙を解く。そうしていると、突然部屋の扉が開き、一人の若者が顔を出した。若者は何処にでも居るような少年であり、ジャスティスの構成員でもあった。しかしたった一つ異常な点があるとすれば、彼はまるで夢でも見ているかのように呆然としたまま綺羅に歩み寄ってくる。その足取りもふらついており、さながら夢遊病のようでさえあった。
「報告します……。3rdと思しき人物と、もう一人何者かが侵入してきました」
「もう一人? 誰だ?」
「…………」
「誰だって訊いてるんだよ」
しかし、少年はぼーっとしたまま応える気配は一向にない。綺羅はチュッパチャップスを強く噛み締め、近づいてきた少年を蹴り倒した。少年は床の上で呻いているだけで起き上がる様子もない。
「だから嫌なんだよ、こういう連中を使うのはさ……。使い勝手はいいけど、駄目になるのが早すぎる」
倒れた少年を踏みにじり、ユニフォンを片手で操作する。探知モードに切り替えてみると、確かにVS所有者の反応がある。頭上――つまり地上の電波搭施設から何者かがこちらに向かっているのが判る。だが、反応はひとつだけである。
「もう一人……? 見間違いじゃないのか? VSの反応はない……。まさか、一般人?」
そこまで考えて漸く一つの最悪な結論に辿り着いた。だがしかしそれが余りにも馬鹿馬鹿しく、綺羅は妄想を否定する。そう、在り得ない。このアジトには何十人も“兵士”を配備している。並のユーザーではここまで辿り着く事はおろか、途中でやられてしまうのがオチだろう。そんな渦中、突き進んでくる相手が一般人のわけがない。あの、“女”のわけがない――。
以前一度だけあの女と遭遇した時の事を綺羅はまだ忘れていなかった。一般人を相手にしているという圧倒的優位の状況が成立しているのにも関わらず、彼が感じたのは恐怖であった。生身の、武器さえ持たない女一人に対し、自分が感じてしまった恐怖……。それは未だに胸の中に燻り続け、プライドを蝕んでいる。
「…………侵入者、か。始末するのも仕事の内……か」
背後を振り返る。丞は相変わらず口から血を流し気を失っているようだった。どちらにせよここまでは一本道、丞の手足は鎖で縛られている。ユニフォンも取り上げて電源を切っているし、脱出出来るはずもない。
綺羅は舌の上で飴を転がしながら部屋を出た。残されたのは倒れた兵士と気を失った丞だけ。そんな丞の上に水滴が零れ落ち、小さなうめき声が部屋に響いて行った。
ノブリス・オブリージュ(3)
闇の中、マズルフラッシュが瞬く。弾き出された金色の薬莢が宙を舞い、やがて落ちて音を立てる。両手に拳銃を構えた鳴海は早足で歩きながら次々に引き金を引いていた。
連続で発射される弾丸が次々にVSを駆逐して行く。鳴海の目に恐怖は無かった。銃を撃つのは初めてではないし、襲い掛かってくるVSも大した事はない。一般人ならば確かに脅威だろう。だが、それは一般人が相手ならばの話である。
彼女の前に立ち塞がったVSとジャスティスの兵士たちは次々に戦闘不能に追いやられていた。それを背後で眺めながらケイトは眉を潜める。驚いた、感心した――というよりは呆れていたというのが近い。よくもまあ、一般人の身で――ここまで敵を駆逐する。
戦闘は全て鳴海が一人で行っていた。出入り口にぼーっと立っていた見張りは背後から襲いかかり、当身で気絶させる。エレベータで地下エリアに降り、後は通路を直進しながら近づく影は全て撃ち抜いて来た。
弾丸が放たれると同時に瞬く輝きは青白く、不思議な輝きを帯びていた。ただの弾薬ではない。それらが放たれた瞬間、大気が揺れるような反動を覚えるのだ。それらは命中した瞬間、実体がないはずのVSの装甲を貫き機能を麻痺させる。近づけば鳴海は足を使って兵士を蹴り倒した。なんてことはない。VSが使えるだけの、呆けた少年少女だ。下す事など一手間二手間。
マガジンを新たに装填しながら鳴海は扉を蹴破った。途端、室内で待ち構えていたVSが一斉に襲い掛かるが、鳴海は正面に跳んで襲撃を回避する。素人ならばもう少し驚いたり怯んだりしてもいいだろう。しかし鳴海は一切の感情を忘れたかのように行動する。それは正確無比であり、機械のようでさえあった。
もしも襲い掛かる兵士たちにハッキリとした自我と感情があったならば誰もが鳴海を見て思った事だろう。“怖い”――。“逃げ出したい”、と。
VSの背後に回り、少年たちを蹴り飛ばす鳴海にも当然感情はあった。ただ彼女はそれをどう表現すればいいのかがわからなかった。判らないから黙って、無表情に少年たちを蹴り倒した。
だが、そう。それは違う。本当に守りたかったのは、彼等なのだ。こうなってしまう前に、彼等を救わねばならなかった。大人として。鳴海機関の生き残りとして。何よりも櫻井鳴海という一人の女として。
湧き上がる感情はただ只管の怒りであった。その燃え盛る紅蓮の前に恐怖心など些細な物である。ただ炎を燃え上がらせる薪に過ぎない。鳴海は怒っていた。ただただ、怒っていた。
ばたばたと倒れて行く少年たちを見詰め、ケイトは冷や汗を流した。まさかここまでやるなどと誰が想像しただろうか。勿論彼女も想像していなかった。恐らくは、鳴海本人も――。
「……実に恐れ入ったよ。貴方は本当に強いな……」
「ケイトは……鳴海機関の超能力訓練についてあまり詳しくないのね」
そうして言葉を口にして鳴海は少しだけ緊張の糸を緩めた。ずっとこのままでは張り切れてしまう。怒りで脳の回路が焼けてしまう。だからケイトが声をかけてくれたのはありがたかった。いい冷却材になるだろう。
「鳴海機関ではサイキッカーに様々な訓練やテストをさせたわ。アタシもそれを受けた。だからこのくらいなんとも無いわ。出来て当然なのよ、アタシは」
子供の頃はそれが嫌で嫌で仕方が無かった事も、今では力になっている。あの頃は無駄だと思った勉強も、訓練も……全ては意味のある事だった。そう、それら痛みの記憶が今自分をこのステージに立たせている。ありがたい――今だからそう思える。
だからこそ、助けたかった。丞だけではない。これから苦しむ全ての者たちを助けなければならない。同じ悲劇を繰り返さない為に。同じ後悔を繰り返さない為に。
小さく息を吐き、深く吸い込んだ。気持ちを切り替える。炎は少しだけ弱まっただろうか。胸の内にマグマを飼っているような気分だ。しかし、悪くはない。
「それにしても、ここはなんなの? こんな巨大な地下空間……この町、大丈夫なのかしら」
「その質問はある意味的を射ているよ。そう、この街は色々と欠陥だらけなのさ。海の上に巨大な近代都市を一つ浮かべているんだ、無理がないはずがない……。特にこの地下基盤部分には設計当初から様々な欠落があった。意味のない空白や、意味のある空白も」
「……どういう事?」
「そのままの意味さ。ここは意味のある空白……。ユニフォンの電波中継基地というわけだ。ユニフォンは通常の携帯電話とは全く異なる電波を使っている。当然、専用の送電、発電施設と電波搭が必要になる。街にはこんな搭と地下空間が五つある。その中でもここは小さな規模さ」
「沈むわね、この街」
それが鳴海の素直な感想だった。おしゃべりを中断し、行動を再開する。二人が辿り着いたのは送電施設の中枢、電波搭の真下に位置するコントロールルームであった。入り口は無数の金網と重厚感のある扉で封鎖され、侵入は非常に難しい。
扉を蹴ろうとした鳴海であったが、それを背後からケイトが制した。金網だと思われていた物にケイトは鳴海の拳銃の薬莢を放り投げる。それが網に接触した瞬間、青白い光が瞬いた。零れ落ちた薬莢は黒く焦げ付いていた。
「……ここまでやる? 普通」
「普通の人間はここまで侵入しないからな。さて、こういう時は私の出番だ」
アタッシュケースを開き、ノートパソコンを立ち上げる。お手製の特殊な無線解除システムを起動し、キーボードを入力し続けた。
「一応仕事はしなければね。何の為についてきたのか……意味がないというものだ」
次の瞬間にはロックが解除され、流れていた電流が停止した。鳴海に言わせればその方が余程凄まじい技術であったが、ある意味お互いに必要とする能力を分担して行っている事になる。互いをフォローし合うポジション……それも悪くはない。
金網を蹴破り、扉を開く。二人の目の前に飛び込んできた景色は、それこそまさに近未来SF映画のワンシーンを切り取ったかのような絵面であった。
巨大な部屋の中央には同じく巨大なシャフトが光を発しながら回転している。それは頭上、地上にある電波塔の中枢に続いている物だ。それがなんなのか、鳴海には理解出来なかった。しかしその周辺に存在する様々な複雑怪奇たる機械群を前に、そこが重要な施設である事だけは理解した。
「すんごい部屋……。FF7みたい」
「ああ……似ているかもしれないな」
「あ、判る?」
「判るとも。7は3周した――っと、与太話をしている場合ではないらしい」
青い光が部屋の中を下方より照らし出す中、二人の前には卯月綺羅の姿があった。綺羅は片手にユニフォンを、もう片方の手をポケットに突っ込んで微笑んでいる。
「…………驚いたな。まさか本当にあんただったとは」
「アンタ……そう、あの時の……! 新庄君を拉致った……!」
「ふん……。そりゃ、あいつの仕事が悪いんだろ。別に俺のせいじゃないね。それより……3rdはVSを出していない……? まさか、VS無しでここまで到達したとでも言うのか」
「生憎私のVSは戦闘向きではなくてね……ここまでの道程、彼女の力を頼らせて貰った。何、他愛の無い事だ。量産型など、恐れるに足らず」
それは鳴海も感じていた事であった。何故か彼等が繰り出すVSは皆真っ白の装甲、のっぺりとした泥人形のような形状をしていた。その形は様々だが、本来のVSにあるようなデザインの奇抜さや見た目の美しさ、さらに戦闘能力など、あるはずのものが量産型には見られなかった。それは所詮VS能力で作られ与えられた紛い物の力であり、一般人を制圧するには充分すぎる能力だがそれはオリジナルには遠く及ばない。
当然、綺羅もそれは理解していた。最悪のケースも想定していた。だからここにいる。だがその最悪のケースが現実となった事は納得の行かない事であった。舌打ちし、飴の棒を指先で掴み、眉を潜める。
「まさか一般人にここまで来られるなんてね……。奴等、調整が足りないらしい」
「やっぱりあの子たちはみんな、ムーンドロップの中毒者なのね?」
「そうさ。あ、別に俺たちは強制してないよ? 念のため言っておくけどさ。あいつらが勝手に頭下げて頼んでくるんだ。あと一回、もう一回だけ……ってね。ムーンドロップはワンプレイが高額なゲーム機みたいなもんさ。みんなハマって抜け出せなくなる。そしたら金もないし、ジャスティスに入ってコキ使われるしかないってわけだ」
綺羅の言葉に鳴海は目つきをきつくした。握り締めた拳銃を綺羅へと向ける。しかし鳴海が自分を撃つ事はないと判っているかのように、綺羅は余裕の笑みを浮かべる。
「止せよ、公安刑事さん。子供撃ち殺したら大問題だよ? そもそもあんた、人を撃った事なんかないだろ?」
「…………ッ」
それは図星であった。当然、鳴海に人殺しの経験なんてあるはずもない。故に拳銃を握る指は震えていた。今更になって人を撃つ苦しみを思い出す。そんな自分が情けなくて仕方が無かった。
だが事実である。その恐れは正しい恐怖。人は人を撃つ事を恐れねばならない――至極当然の事。故に鳴海は歯を食いしばった。彼の言う通り、正しい事を願う自分に。
「ホント、警察って扱いやすいよ。ガキだと思ってナメてくれるしさ。それに警察にだってムーンドロップを欲しがるやつは沢山居る」
「何ですって!?」
「当然だろ? 大人だって夢くらいみたいさ。いや、大人だからこそなんじゃない? どっちみちこの街が、この世界が病んでるってだけの話だよ」
「最低ね、貴方……」
「最低なのは誰だって一緒さ。皆影では最低な事考えて、それを実行してる奴も居る……。正しい事だけじゃ生きていけない。人間はやられる前にやった方が勝ちなんだよ」
それで会話は終わりとでも言うように綺羅はユニフォンを片手に前に出る。頭上から零れた水滴が空中で弾け、そこに彼のVS、マイノリティが姿を現す。空中にあぐらをかき、両手を合わせた奇妙なVSは瞳を開き、敵を見据えた。その迫力は今までの量産タイプとは大きく異なる。
「あんたたちもムーンドロップを使ってやるよ。そしたら自分から頼むようになるって。“好きにしてください”ってなあ――ッ!!!!」
マイノリティが両腕を伸ばし、鳴海へと掴みかかる。鳴海はそれを――どちらかに跳んで回避するつもりであった。
しかし、違和感が襲う。何が起きているのかはわからない。ただ――何故か鳴海は“右へ跳んでいた”。それは自然な回避行動である。だがしかし、おかしな点が一箇所のみ。
「――“左に飛ぼうと思った”ろ?」
図星を突かれ、鳴海は唖然とする。次の瞬間マイノリティの腕は鳴海を鷲づかみにし、一気に引き寄せようとしていた。
「くうっ!?」
「アハハハハハッ! 俺のVSの能力の前じゃ、あんたなんか敵じゃないんだよッ!!」
掴んだ鳴海を思い切り放り投げる綺羅。そのまま吹っ飛び、壁に激突した鳴海の口から血が溢れる。まるでゴム球のように跳ね、大地の上に転がった。
「櫻井鳴海ッ!」
「二人とも何が起きたのか判らないって顔だな……。ま、知る必要はないんじゃない? もう決着はついてるんだからな――!」
マイノリティが腕を引き摺りながら浮遊し移動する。倒れた鳴海に駆け寄ったケイトへと伸びたその腕はケイトの胴体を掴み、ぎりぎりと締め上げた。
激しい力に押しつぶされそうになり、鈍い悲鳴を上げるケイト。その様子をにたにたと笑いながら見ていた綺羅へと視線を送り、女は小さく呟いた。
「……何が起きたのか、判らない、って……?」
「あ?」
次の瞬間、起き上がった鳴海が歯を食いしばり、握り締めた拳をマイノリティに叩きこんでいた。鳴海の目にはそれはハッキリとは見えていない。背景がズレこむような、不思議な図として捕らえられるだけである。だがしかし、ケイトを握り締めている存在の位置くらいは割り出す事が出来た。
殴られたマイノリティが怯んだ隙に銃を拾い上げ、連射する。その攻撃を片腕で弾き、マイノリティはケイトを手放して後退した。綺羅の傍らに立つマイノリティを見送り、鳴海は激しく咳き込んだ。
「鳴海、無事か!?」
「無事……じゃ、ないわね。でもま……そうも言ってられないでしょ」
「……ああ、そうだな。だが鳴海、あのVS――“そう強くもない”ぞ」
ケイトの言葉に驚いたのは綺羅だけではない。当然、鳴海も驚きを隠せない。何故? まだ戦闘開始してからものの五分と経過していない。しかし、あのVSは何か奇妙な能力を持っている……それだけは確かな事である。
「そう驚く事は無い。成る程、組織に従事する人間としては非常に強力な能力だ。だが――愚かだな。たった一人で挑んでくるからこういう事になる。鳴海――耳を貸してくれ」
「え? ちょ、ちょっと……?」
鳴海を強引に抱き寄せ、ケイトは呟いた。その言葉の意味は鳴海には判らなかった。“そんな事はあるわけがない”からだ。だが――。
「――わかったわ」
それを、信じる事にした。疑う事は非常に容易く、信じる事はその何百倍も難しい。だが――信じる。信じよう。そう、心に刻み付ける。
鳴海は拳銃を構えた。それも二丁ではなく、一丁だけ。銃口は目にはよく見えないマイノリティへと向けられている。綺羅は眉を潜めた。
「何やってんだ? さっき連打しても効かなかったろうが」
「そうだな。私が作ったこの銃は、やはり試作品だけあってオリジナルVSには効果が薄いらしい。だが――。物は考えようと言う事だよ、11th君」
二人は頷き合い、肩を抱き合う。二人は手を重ね、一つの拳銃を握り締めた。まるで祈りのような――そう、二人の力を一つに重ねるような姿勢。だが――。
「それが何? 何してんだあんたら……? そんな事しても、威力が上がるわけねーだろがっ!!!!」
そう、その通りである。そんな事をしても全くの無駄――! 意味のない事である。ケイトの能力は弾丸を強化するような代物ではない。全く異なる。では、何故?
理由を語るケイトの唇は滑らかだった。そして優しく、教え子に言い聞かせる教師のように。ケイトは全てを暴露する。“必勝の可能性”を。
「君のVS、マイノリティの能力は“選択”――。数ある可能性の中から一つを選択し、それを現実とする能力だ」
「な……に……?」
ずばりと能力を言い当てられた綺羅は目を丸くするしかない。そう、全くその通りなのである。だが何故? 何故それが判るのか。
「だが、それには条件がある。君は相手の考え――選択肢を直感で理解する事が出来る。君はそこで、相手の考えとは異なる物を選ぶ事で可能性を変化させる……。そう、現実を書き換えるタイプのVS能力だ。強いよ。君のVSは強い。だが――悲しいかな、君は一対一でしか戦った事が無かったんだろう? この能力の本当に恐ろしい事実に気づいていない」
二人は狙いを定める。綺羅は訳がわからず首を傾げていた。マイノリティはその綺羅の苛立ちに反応するかのように前進を開始する。腕を引き摺りながら猛進してくるVSを狙い、ケイトは笑う。
「君のVSの真髄は、複数人で行動する事にある。君と同じ選択を他の人間が思い浮かべる事で、その可能性を選び取る事が出来るのさ。だが、それはマイノリティの弱点でもある。少数派というのはな、少年。常に多数派にて淘汰される物だ――ッ!」
二人は同時に重ねた指を引く。脳裏に思い描くイメージ。それは、“絶対命中し、絶対マイノリティが倒れる図”である。一発で装甲をぶち抜き、無茶な軌道を描き、確実に胸を吹っ飛ばす。そんな事は出来るはずない。そう、出来るはずはないのだ。
だがそれを出来るようにするのが、マイノリティの能力、選択なのである。非常に低い可能性をピックアップし、その確率を上昇させる――“そのための領域を作り出す”のがマイノリティの能力。つまり――。
「――マイノリティのデメリット。それは、相手が多数派であり、一致した意見を持つ時。“君の予想も出来ない事”を成し遂げる力を与えてしまう事――さ」
次の瞬間、放たれた弾丸がカクリと曲がった。直後、信じられない出来事が起こった。ありえない――誰もがそう思うだろう。弾丸は何度も角度を変更し、ぐるぐると軌跡を描きながら吸い込まれるようにマイノリティの胸に命中。そして――爆ぜた。
信じられない――。何度でも呟くだろう。マイノリティの胸に命中した小さな弾丸は、その硬い装甲を貫き、爆発させ、傷口を押し広げながら通り抜けて行く。在り得ない――。だが、そう考えているのは一人だけ。綺羅はこの空間の中、圧倒的な少数派だった。
胸を撃ち抜かれたマイノリティが悲鳴を上げる。同時に綺羅もわけがわからず雄叫びを上げた。その様子を眺めながら、鳴海は高鳴っていた鼓動が静かになっていくのを感じていた。正直――賭け以外の何者でもなかった。
必中必殺のイメージを自分と同じように浮かべろ――それは言うほど簡単な注文ではなかった。マイノリティの性質を理解していたとしても、二つの意見を全く同一に重ね合わせ、実現する事は奇跡のような行いである。そんな先ず在り得ない事、綺羅が警戒しているはずもなかった。
しかしケイトは微笑む。だから鳴海には判ってしまった。小さく溜息を漏らし、顔を上げる。
「アンタの能力――。“相手の心を読む”能力なのね」
「……流石、大正解だよ。でなければ貴方と全く同じイメージなど出来はしないさ。実際マイノリティは恐ろしく強いVSだよ。ただ――」
相性が悪かっただけだ。そう呟き、ケイトは身を放した。二人が体を重ねていたのも、“至近距離の方が思考を読みやすい”という意図があったのだが、鳴海はそれを知らない。
雄叫びを上げて後退する綺羅。少年を見詰め、ケイトは小首を傾げて告げる。
「君の敗因はたった一つだよ、11th。“君は君について無知すぎた”――。ただそれだけの結論だ」
倒れたマイノリティは動かない。勝敗は完全に決しようとしている。そんな最中、綺羅はまだ諦めていなかった。少年はユニフォンを片手に二人に背を向ける。そうして慌てて扉を潜り、部屋から脱出して行った……。
〜とびだせ! ベロニカ劇場〜
*なんと言う判り難い能力*
ケイト「さて、何が起きたのかさっぱり判らない……というアホ面をしている13th君。大丈夫かい?」
響「いや……。ごめん、何がなんだか……」
ケイト「やれやれ、君もVSという物についてわかっていないようだな。流石普通の主人公と言われるだけの事はある」
響「それ関係ねえだろ!?」
ケイト「そうか? レーヴァテインとかキルシュヴァッサーの主人公は頭よかったが」
響「ぐううううっ!! 馬鹿で何が悪い!?」
ケイト「全て悪い。まあそれは兎も角、軽く解説しておこうか。そもそもVS能力というのは、“自分にだけ効果を与える物”ではないのだ」
響「……と、言うと?」
ケイト「VSの能力は“世界に干渉する力”であると考えて欲しい。わかりやすいのは君の変換能力だな。世界にある物を書き換え、別の物へと作り変える。性質をそのままにより洗礼し、新たな存在を生み出す能力だ」
響「それは判ったが、なんで敵である二人にマイノリティの能力が使えたんだ?」
ケイト「というより、適用されていたと言うべきかな。君の作り出した現実変換物質も他人は扱う事が出来る。舞の重力弾も、当然舞本人に対しても有効だ」
響「……自分のVSの能力だとしても、自分がその対象になることはありえるって事か?」
ケイト「素晴らしい。そういう事だ。そこで改めてマイノリティの能力、選択について解説しよう。マイノリティの選択は、相手の選択肢を感じ取り、可能性の低い方へと結果を変化させる、“結果を変化させる”VSだ。その意味では響と同じタイプだと言える」
響「成る程。俺が物の結果を変えて物質変換を行うように、行動の結果を変えて別の行動にしてしまうのか」
ケイト「上出来だ。判りやすい例が鳴海に襲い掛かった腕二本だ。これは右に避けるか、左に避けるか……鳴海の選択肢は二つしかなかった。だから鳴海が右を選べば左に、左を選べば右へと結果が改竄される」
響「三つあった場合はどうなるんだ?」
ケイト「“少数意見”――可能性がより低いものが優先され現実となる。ここでポイントなのは、可能性が低いものを優先してしまうという事。その事実から来る、VS能力を完全にコントロール出来ておらず、条件つきであるという事実だ」
響「つまり、結果を変える能力は強すぎるから自由自在にはいかないんだな」
ケイト「その通り。何でもかんでも思い通りには出来ない。一度に結果を変化させられるのは一つの事柄に対してのみであり、例えば二人同時には結果を変える事は出来ない。それでも充分強いが、能力には応用というものがある。例えばそうだな――君は対アンビバレッジ戦で相手の腕を変換し、ビーム砲にするという扱い方をしてみせたな。VS能力というのは応用によって様々な力を発揮するのだ」
響「……それが関係あるのか?」
ケイト「マイノリティの選択能力の決定方法は、“その場に居る人間がより低いと考えている可能性”になる。それは“所有者である綺羅に限らない”。“あの場に居る人間全員の総合意見”になるのだ。するとどうなる?」
響「三人の意見の中で、低い可能性の物にしか変化できない?」
ケイト「ということだ。さらに通常ではありえない弱点として、“マイノリティ側の選択が少数派となった場合、その効果を発動する権利は多数派になる”という特徴がある」
響「すげえ使い勝手悪くないか?」
ケイト「VSにはそれぞれデメリット的な要素が存在するものだ。例えば鶫のVS、アンビバレッジのムカツク自立性とかな」
響「……勝手に動くが、余計な事までしてくれるってことか」
ケイト「VSのデメリットは能力が強力であればあるほど色濃くなって行く。話を戻そう。あの時銃弾を発射したところで、倒せる可能性はほぼ0に近かった。だがその状況下で二人が同時にその可能性のみを選択しようと強く心を重ねて願った。するとどうなるか」
響「能力の発動権利が綺羅から二人に移動……?」
ケイト「我々は一つの事しか考えて居なかった。と、なると?」
響「選ぶ肯定が省かれて、現実化だけが発動……」
ケイト「と、いうわけだ。ちなみに私は兎も角、鳴海は別の事も考えていただろう。そう、“命中しても倒せない”可能性だ」
響「でもそっちのほうが明らかに高い。能力は、可能性が低い方が優先されるから……」
ケイト「どっちみち、必中必殺が発動するわけだ」
響「…………なあ、これ奇跡じゃね?」
ケイト「そう、正に奇跡だな。綺羅としては何が起きたのかも判らなかっただろう」
響「なんか……えげつねえッス。てかこれ、大丈夫なのか?」
ケイト「何がだい?」
響「いや……こう、世界観的に」
ケイト「それは私のあずかり知る所ではないさ」
響「え……ええ!?」




