Prologue(3)
「響っ! 俺はもう、お前の傍を離れないぞっ!!」
「きめぇっ!?」
教室に入るなり飛びついてくる氷室を蹴り飛ばす。まるでバッターに吹っ飛ばされた硬球のように氷室は教室をぶっとび、向かいの机の上に倒れこんだ。椅子に座っていた女子生徒が小さく悲鳴を上げ、氷室は直ぐに起き上がる。
「順を追って説明しろ!! お前はいつも唐突過ぎんだろ、オイッ!」
「あ、ああ……。俺とした事が冷静さを欠いていたようだ。すまない響……」
氷室と共に自分の席に着く。全く、登校一番これか……。氷室はいつもおかしなヤツだが、今日はいつもより更に様子がおかしい。なんというか……こう、落ち着きがないのだ。
普段は落ち着きという言葉の体現者のようなこいつのことだ、なんだかそわそわしている様子は俺も初めて見る。氷室は自分のケータイを取り出し、俺の机の上に置いて行く。
「どれだったか忘れたんだが……ん、これか? とにかくこれを見てくれ」
確かコイツ、自分コールがかかってきやすいように、ケータイを大量に契約してたんだったな。氷室が俺に渡したのはその中の一つ、普段氷室が使っている物とは別のケータイだった。
ディスプレイには番号が記されている。どうやら着信履歴のようだ。それがどうしたんだと言いかけて、その番号を凝視する。
「お前、これまさか……」
「かかってきたんだよ、自分コール! それで、電話の向こうの俺が言っていたんだ。“櫻井響から離れるな”ってな」
氷室は興奮気味に語る。櫻井 響……。俺のフルネームだ。フルで在っているとなると、中々別人とは言い難い。氷室の友人で櫻井響と言えば俺の事だ。それくらいは馬鹿でもわかる。
しかし、氷室のヤツも自分コールを聞いたっていうのか? 俺も昨日受けたばっかりだ。氷室に話してやるべきか迷っていたが、これではあんまり驚かせる事は出来ないだろうな。
「兎に角、やはりお前と俺は運命によって結ばれていたのだ! 何、お前は悪友ではないかと思った事もあったが、お告げによればこれ幸い! お前と友達になって本当によかった!」
「……若干ツッコみてえが、まあスルーしよう。氷室、実は俺も――」
氷室に昨日の話をしようと口を開いた時だった。教室の扉が開き、騒がしい声が響き渡る。声――というよりは歌だ。歌いながら教室に入ってきた男子は俺と氷室を見て片手を上げた。
「おいっすー! 久々やん、ヒムにキョウ! 元気にしとったかいな?」
かなり胡散臭い関西弁だった。ちなみにやつはバリバリ生まれも育ちも東京である。何故関西弁のようなセリフを口にするのかは未だに謎だ。
ちなみに別に久々でもない。昨日は学校をサボったのか、教室に顔を出さなかっただけだ。大音量で音楽の漏れるヘッドフォンを外し、首からかけながら男は歩いてくる。
「ほわ〜、こりゃまたえらい量のケータイやなあ……。なんでまたこんなそろえたん? マニア?」
「藤原か。そうだ、お前にも俺の奇跡の伝説の幕開けを語ってやろう」
「伝説〜? なんやようわからんけど、スゴそうやな。そうそう、スゴいと言えば昨日またビルから飛び降り自殺があったみたいやで」
飛び降り自殺――その言葉に反応するのは初めての事だった。今までにも確か、何度か同じような事があった。事実かどうかは噂程度にしか聞いて居ない俺には判断出来ない事だが、何でも連続でうちの学園の女子がビルから飛び降り自殺をしているんだとか。
クラスの連中はもうとっくに知っていたらしい。しかしあれがあったのは昨日の夕方……翌朝にはみんな知っていて当然ってのはまたスゴいな。
「キョウもヒムも、あんまりメールとかせえへんやろ? 昨日バーっとメール周って、み〜んな知ってるんやけど、どうせ二人は知らんやろ思てな」
「俺と響を一緒にするな。俺はメールくらい見るぞ……いや、昨日はそれどころではなかったからな。しかし事実ならこれで五人目か」
「五人? 五人も自殺してるのか!?」
「学園側では出来るだけ内密に話を進めたいらしく、詳しい話はまだ入ってこないがな。この手の胡散臭い話題ならとりあえず箸をつけるくらいはするさ」
氷室によれば、女子生徒の連続自殺事件は昨日のものを含めて五件目だという。
そのうち一件、最初の一件があったのが二ヶ月前。その後、二ヶ月の間をおき、この一週間くらいで一気に四人死んだらしい。二人目からのペースが一気に上がっているだけに連続であるかどうかは微妙だが、死に様が似ている事から一件目の事件も連続に含む仮説もあるそうだ。
「昨日死んだのが誰かは知らないが、俺の予想が外れていなければ“高山里奈”あたりだろうな」
「ほえー? 高山里奈って、隣のクラスの女子じゃーん。え、なになに? ヒムもう現場行ったわけ?」
「いや、全く知らないが、まあこの事件にはひとつの共通点があってな……。っと、それより藤原も聞け! 実はだな、ついに俺は都市伝説の体現者となったのだ!!」
と、氷室が熱く語りだしたところで担任が教室に入ってきてしまった。氷室は握り締めた拳を寂しげに引っ込め、ケータイをじゃらじゃらポケットにつっこみながら自分の席へと戻って行く。あのケータイ、絶対邪魔だよな。
そんな事を考えながら窓の外に視線を向ける。窓際のこの席はどうしても窓に視線が向いてしまう。思い出すのは昨日の出来事だ。空から降ってきた女子と蜘蛛と、それからロボットと自分コール。
訳の判らない事に巻きこまれたような、不思議な感覚だ。あのロボットはあれから一度も出して居ない。VSアプリってのも一体何なのか判らないし、自分コールにはこっちからはかけられないらしい。
しかし、氷室も自分コールを聞いたとなると話は別だ。どっちにせよ氷室を頼らなきゃいけないのはわかっていたんだが、氷室が俺の話を信じてくれる確信が得られた。流石に都市伝説オタに都市伝説だと馬鹿にされるのは腹立つ。
「……高山里奈、か」
死んだのが隣のクラスの女子……? 顔は覚えて居ない。頭から落ちたから滅茶苦茶だったし、じっくり見たわけでもなかった。あの時あ逃げる事で精一杯だったんだ。
でも、もう少しちゃんと……せめてこう、なんとかしてやりたかったな。無理だってのは判っているけど、それでも……やりきれない。
どうして自殺なんて事になるんだ? もう五人も死んでいるのに、全部自殺だって言い切れるのか? あの時一緒に落ちてきた蜘蛛の化物は、何も関係がないのか……?
判らないことだらけだ。だけど不思議と不安はない。俺にはジュブナイルという力がある。正義のヒーローロボット、ジュブナイルだ。VSアプリってもんがなんなのかはわからないが、兎に角ジュブナイルは俺の身を守る道具になる。
ホームルームは終わろうとしていた。ケータイを開いて画面を覗き込む。そこには一通の新着メールが届けられていた。
Prologue(3)
「VSアプリケーションのユーザー登録が完了しました……?」
昼休み、一人で廊下に出て窓際に立ちケータイを開く。既に何度か読み返した文面だが、それにしたって謎が多い。
VSアプリケーション――通称、“VS”と呼ばれているそれは、何でも抽選で配布されるアプリケーションにより現れる物らしい。つまりは昨日俺が見た“ジュブナイル”もVSの一つという事になる。
ジュブナイルがVSだというのであれば、例の蜘蛛のようなロボットもVSって事になるんだろうか。兎に角VSを扱うには幾つかのルールが存在するという。
まず、VSは“ケータイでなければ使えない”という事。しかもこれらはVSアプリに当選したケータイ本体に依存し、別の機種などにメモリーカードを入れ替えたりする事は出来ないらしい。そもそもこのVSアプリはなんだかよくわからないが、インストールした瞬間それぞれのケータイに複雑に浸透し、排除する事もままならない。
次にVSは個人によってその形態、能力が変わるという事。これはケータイの機種の色、形なんかにも影響されるらしい。俺のケータイ、“ベルサス”は紅くてシャープなラインが特徴だ。ジュブナイルにもその外見的特長は引き継がれているらしい。
そしてVSは一般人の目に映る事はないという。“当選者”と呼ばれるVSアプリを所持しているVSユーザーだけがそれを目視する事が出来る。そしてVSにはVSユーザーでも“物理的に接触する事は出来ない”という。
VSに触れるのはVSだけ――。しかし、VSから人間へは干渉が可能らしい。その辺の理屈は良く判らないが、兎に角VSはユーザーにしか見えないし、VSにはVSでしか触れないという事。
その辺りの事は既に昨日実際に体験した事だから特に驚きも混乱もなかった。しかし、あんなものがインストールされたのに俺のベルサスはまるで変化はない……。
「ベルサスのVS……ジュブナイル、か」
にしても、抽選とは言っているがそんなもんに応募した覚えは無いし、ロボットに命名した覚えもない。全くどうなっているのか……。
とりあえず、昨日ビルから落ちてきた――“自殺した少女”の事は誰かに言ったほうがいいんだろうか? いや、VSは一般人――当選していないと見えないらしいし、どうしたものか。
「……VS、か」
メールの差出人の名は“VSバトル管理委員会”というヤツだ。アドレスは相変わらず訳の判らない単語やマークがごちゃごちゃ並んでいる。メールアドレスなのかがそもそも疑問だが……管理委員会ってなんだよ、管理委員会って。
「貴方はVSバトルに参加し、見事【アンビバレッジLV3】を迎撃しました。ユーザー名【KYO】様、おめでとうございます……か」
ユーザー名なんてつけた覚えはないんだが、俺の名前になってるな……。応募時に既に登録されるんだろうか。それにしてもアンビバレッジLV3ってなんだ? 例の蜘蛛のやつのことか?
「レベルってなんだよ、レベルって……。ゲーム感覚かよオイ」
VSアプリを起動する。そこには昨日見たロボット――ジュブナイルの3Dグラフィックが表示されていた。ジュブナイルは檻のような場所の中に閉じ込められ、ぼんやりと突っ立っている。
ポインタを動かし檻にあわせてみる。すると、【ジュブナイルLV1】という文字が現れた。見ればアプリにはジュブナイル――自分のVSの状態をチェックする項目がある。
項目は大まかに三つ。“ステータス”、“イクイップメント”、“モード”……正直一見しただけじゃ意味不明だ。だがステータスくらいは何となく判る。
そこに在ったのはジュブナイルがどんな能力を持つVSなのか、という事だった。見ればヒットポイントなんていう項目や、自己修復完了率なんてのもある。
「……ゲームだな、ホントに」
ケータイ、ベルサスを閉じる。こうしてみている分には全く普通のベルサスと変わりない。VSとかいう、わけのわからないアプリを除けば……。
「うむ、意味わからん!」
ケータイなんて普段から弄らないのにこんなの判るわけないだろ。大きく溜息を漏らしてベルサスをポケットに突っ込む。昨日はカッコイイロボットを手に入れたぞ、くらいに考えていたが……それどころじゃないか。実際あんなわけのわからん事に――人が死ぬところに出くわしちまったしなあ……。
思い出すと気持ちが悪くなりそうだった。あの時は頭に血が上っていたというか、目の前の出来事で精一杯だったし……。それに死んだのが隣のクラスの女子だって事になれば、話はリアリティを帯びてくる。
どこか遠くの誰かが死んだのとはワケが違う。勿論顔も名前も知らないような女子だが、だからって同じ学園内、しかも連続で五件……どうかしている。
「こんな所にいたのか、響」
「氷室? もうパン買って来たのか?」
「うむ。響、お前は弁当じゃないのか? 腹が減っているのなら一つ分けてやるぞ?」
「いやいや……。ま、そうだな。とりあえず飯にするか……」
考えていてもしょうがない。頭を振って気を取り直す。
氷室は圧倒的にパン派で、毎日飽きもせずパンを食っている。学食で食うのも悪くないが、込み合うからといってヤツは避けているらしい。
俺は自宅で自炊、まあ一人暮らしだからそれくらい出来ないとどうしようもない。ただでさえ金はないから、夕飯の残りとかで弁当はなんとかしている。
昨日はバイトに盛大に遅刻したり、蜘蛛に殺されかけたり女子が落ちてきたりしたので弁当は若干手抜き気味だが、まあ何も食わんよりはマシだ。氷室と教室に戻り、自分の席に着く。
「そうだ氷室、自分コールの噂の事なんだけどよ」
「ん!? お、お前からそんな話題を振ってくるとは……! 苦節一年半! ようやくお前も都市伝説に目覚めたというわけか!」
「目覚めてねーけど……。お前、自分コールかかってきたんだろ? どんなカンジだったんだよ?」
「ふーむ? まあ、どんなカンジというわけでもないが……。落ち着いた声で、お前と離れるなと……。しかし、自分の声をああやって聞くと結構違和感があるものだな。まるで自分じゃないみたいだった」
それは俺も感じた事だが、そんなもんかもしれない。カラオケのマイク越しの声とか、自分の録音した声を聞いたりしたら違和感あるしな。
「それだけだったのか? なんか化物に襲われたりとかしないのか?」
「ははは! まあ、そうだったら面白かったんだがな〜。生憎、自分コールの噂で“死ぬ”とかそういうマイナス方向の噂は聞いた事がないな」
パンを齧りながらそう語る氷室。じゃあ、俺にかかってきた自分コールと例の化物に襲われた事は全く関係がないんだろうか。それにしても氷室のコール、俺と離れるなってのも意味がわからねえな。
さて、どうしたもんか……。一人で考えててもしょうがねえし、氷室に相談してみようか。いや、そういえば氷室といえば――。
「昨日の“自殺”した女子――高山里奈であってたぞ」
昼休み、こいつがパンを買いに行っている間に調べてみたのだが、答えを知るのはそんなに難しくはなかった。流石学校……情報のめぐりも恐ろしく早い。
「どうして高山だってわかったんだ?」
「簡単な事だ。今まで自殺した女子は、全員B組の神埼の取り巻きだからな」
あっけらかんとそう語る氷室。いや、なんだそれ? そんな事まで判っていたのか?
「お前も知っての通りの性格だ。神崎は……んぐ……特に女子の間では、強い発言力を持っている。特にB組では最早女王様状態だ。神崎は両親がこの東京メガフロートの関係者で、学園の出資者でもあるらしい。つまりまあ金持ちで、外面も良いと……何でもやり放題だ」
「何でその神崎の取り巻きが自殺するんだよ?」
「それは判らん。神崎にイジメられている生徒なら、まあそれを苦にして自殺というのも頷けるがな。神崎の取り巻きは神崎の傍にいる事で互いにメリットを与え合うギブアンドテイクの関係にあるはずだ。神崎は金持ちだしな」
つまり金持ちで発言力もあって見た目も可愛い神崎にまとわり着いてれば色々と都合のいい事があるんだろう。実際神崎はどっかネジが抜けてるところがある。
神埼――フルネームは忘れた――とは、この間は一緒に遊びに出かけた仲だ。特別親しいわけではないが、赤の他人というわけでもない。あの時は神崎が勝手に怒って帰ってしまったが……。
「それじゃ、今まで自殺した女子は全員神崎の取り巻きだったってワケか」
「高山里奈はその最後の生き残りだったわけだ。しかし何が理由で次から次へと冥土に旅立つのか……。日本人というやつは難儀だな」
ベラベラ日本語を喋る金髪蒼目の氷室。お前も充分――いや、必要以上に日本人くさいけどな。
しかし、被害者が神埼の取り巻きだとすると――どうなる? 今までの連続自殺事件が全てあの蜘蛛の仕業だとでも言うつもりかよ。そもそも本当に自殺だったのか……?
死の理由は? 真相は? くそ、こんな馬鹿げた事がこんなにも気になる性格だとは思ってなかった。だが、こうして既に片足突っ込んじまってるしなあ……。
「ん? 何処へ行く?」
「神崎に会ってくる。何か知ってるかもしれないしな」
「は? おい、響――」
呼び止める氷室を無視して教室を出る。わざわざ追いかけてこなかったのは、俺が神崎に……その、この間の件で謝りにでも行ったのだと勘違いしたからかもしれない。
まあ、仮にも女の子を怒らせて帰しちまった以上、まあ仮にも謝ったほうがいいのかもしれねーが……。とりあえずB組の教室はお隣だ。行くのに二十歩かからなかった。
教室の扉は開けっ放しになっていた。顔を覗かせ、知り合いの男子を呼びつける。神埼の姿は教室にはなかった。
なんでも神埼は昼休みは取り巻きたちと一緒にどっかに行っているらしい。どこに行っているのかは日にも寄るらしいが――。
「神崎が人ごみが嫌いらしいから、最近は校舎裏とかに行ってるって聞いたけど」
「マジ? あんな性格なのになんという……。わかった、行ってみるわ」
教えてくれた男子に礼を言って走り出す。廊下を走るなというのは判ってるが、ノンビリしてたら休み時間が終わるしなー。
階段を二段飛ばしで駆け下り、靴を履いて校庭へ。中庭を素通りして校舎の裏に向かうが……しかしそこには人気などなかった。
神埼がいるどころか、それらしい痕跡もない。既に飯を食べ終わったという可能性もあるが、どこにいったのやら……。
普段足を踏み入れる事はまずない校舎裏には焼却炉と用務員用の倉庫がある。所謂物置なわけだが、まだ新しいのかちょっとしたプレハブ小屋のようにも見える。
「神崎……何か知ってんだろうか」
いや、俺が知りたいのは自殺事件の真相じゃなくて、VSアプリケーションの事なんだが……。まあどっちにしろ神崎に近づけば、VSアプリに近づく事になるのか?
よくわからん。こういう頭を使う作業は得意じゃないからなあ……。やっぱ教室に戻って氷室をアテにしたほうがよさそうだ。
一人腕を組んだまま頷く。納得して教室に戻ろうと踵を返した時だった。小さな物音が聞こえ、俺は歩みを止めた。
振り返って周囲を見渡す。だが、ある物と言えば焼却炉と――物置くらい。とりあえず物置に近づき、扉の前に立って待つ。
しばらくすると内側から小さな音が聞こえてきた。扉を叩くような、そんな音だ。かなり弱弱しく不気味に聞こえる……。人気のない、日陰だけに何だか薄気味悪い。
「……だ、誰かいるのか?」
恐る恐る声をかけてみる。しかし返事はない。暫くそこで固まっていたが、二進も三進も行かないので振り返ると――。
「――あ、あのっ」
声が聞こえた。小さい声だが、今度はハッキリと聞き取れた。振り返って扉の前に立つ。
「あの……ここから出してもらえませんか? その……鍵、かかってて……っ」
切羽詰った声だった。どうも冗談と言うわけでもなさそうなので扉を見る。スライド式の扉には南京錠がかかっているが――実際にこの扉を閉じているのは南京錠ではなく、木材のつっかえ棒だろう。
棒を蹴っ飛ばしてつかえを外す。南京錠は既に外れているみたいなので問題はない――学校的には問題だが――ので、扉を一息に開いた。
そこには髪の毛をチョークの粉のようなもので真っ白にした女子だった。制服、ネクタイの色からして同学年――。眼鏡をかけた女子は突然扉が開いた事に驚いたのか、一瞬後退して俺を見た。
恐らくそこに立っていたのは彼女が予想したあらゆる可能性の外側にいた人物だろう。俺、ここ来るの初めてだし……。目をぱちくりさせている女子の手首を掴み、強引に外に引っ張り出す。
「何やってんだ、お前……」
「え? え、えっと……。入ったら、で、出られなくなっちゃって……っ」
前髪を弄りながらしどろもどろに答える女子。視線が明らかにあっちこっちに泳いでいる。
「何で入っちゃったんだ?」
「それは……」
「扉、棒がつっかえてたけど」
「…………うぅ」
「お前――――神崎にイジメられてる女子?」
手首を引き、顔を近づける。急に近づいたから驚いたのか、下がろうとするその手を掴んで話さない。
顔を紅くした、でも髪は白くなっている女子は俺から視線を反らし、小さく頷いた――。