KYO(2)
「うおおおおおっ!! なんちゅー豪華さっ!! 夏の日差し……! 寄せては返す波の音……! そして――水着いいいいいっ!!」
半裸の藤原の声が大空に響き渡る。実際俺たちの頭上にあるのは青空ではなく、ただの映像を映し出すだけのモニターである。しかしそこに描写される天のグラフィックスは本物と見紛うばかりのハイクオリティで俺たちを見下ろしていた。
東京メガフロートに存在する大型テーマパーク、“サンライトアイランド”。本来ならば休日と言う事もあり、やたらと高額な入園料を取られる為学生ではまずほいほい出入りする事など夢のまた夢な施設の中、俺たちはぼけーっと立ち尽くしていた。
この街で暮らすようになってから既に長いが、ここに入るのは初めてだ。屋外の遊園地と屋内の大型プール&スパリゾート施設……サンライトアイランドの一番の売りでもある人工ビーチの前、俺と氷室はただただ呆気に取られていた。押し寄せる水も、床一面に敷き詰められた砂も、本物にしか見えなかった。
しかもこの雨季という事もあり思い切り雨天決行となった今日の朝の俺たちのどんよりとした雰囲気など人工の太陽がふっとばしてしまう。本当に肌まで焼けて競うな日差しの下、沢山の人々が思い思いにリゾート気分を楽しんでいた。
明日は皆で遊びに行く――その宣言通り、俺たちはエリスに集められてここに連れて来られた。雨だが仕方ないくらいに考えていたが……こうまで本物そっくりなんじゃあ悪天候なんてまるで関係ねーな……。
「なあなあ、ワイ初めて入ったんやけど……ええもんやなあ〜! 流石はジェネシスが作った天板モニター! くう〜、エクセレントォッ!!」
「……ジェネシス?」
「なんや、知らんのか!? まあええ、今日のワイは機嫌がええねん。響がどんだけボケ〜っとしくさった奴でも、寛大に許したるわい」
俺の肩を叩き爽やかに微笑む藤原。なんか……イケメンで腹立つなオイ……。
意味もなく苛立ち俺が眉を小刻みに動かしていると、氷室が背後から俺たちの肩を叩いた。振り返った視線の先、女子陣がこちらに走ってきていた。
プールサイド走っちゃいけませんよ〜というツッコミならば必要ない。一面砂だから、まあ転んでも問題はないだろう。女子の数は一、ニ、三――。エリスに鶫、それから――舞の三人である。
何故こうなってしまったかというのには色々理由がある。色々というほどの物でもないのだが……。兎に角、舞は俺たちと行動を共にする事になっているので、当然舞も着いて来ると言い出した流れである。
まあそんなことは一先ず置いておくとして、女子三名がこちらに向かってくる。氷室は腕を組んで何故か何度も納得するように頷き、藤原は跪いて天に祈っていた。
「ああ、神様……。ワイ、生まれてきてよかった……っ」
「しかしすごいな……。お前の幼馴染……だったか?」
「あー……。舞は凄いんだよ。色々とな……」
水着は持ってきていたわけではなかったので全員レンタルとなったが――舞は赤いビキニを身に纏っていた。纏っていたという表現もかなり微妙なキワドい水着だ。元々露出の激しい派手な服装を好んでいる傾向にあるのは知っていたが、いくらなんでも派手すぎる。
体を鍛えているだけあって凄まじいモデル体型である。歩き方も様になっていて、可愛いというよりはカッコイイという表現の方が似合うだろう。巨大な胸がゆっさゆさ揺れている。俺はどこを見ればいいんだろう。
「ふむ。舞姉さんとでも呼ばせてもらおうか」
「何でだよ……」
「ねえさーん!! ボクに一夏の過ちと言う物を教えてくださーい!!」
「勇者が行ったぞ……」
「ああ……勇者が行ったな……」
両手を広げて舞目掛けて走っていく藤原。飛び込んできたその男の顔面に蹴りを見舞い、藤原は空中で半回転して砂の上に減り込んだ。そのまま何事も無かったかのように女性陣は俺たちと合流する。
「響ちゃーん、みてみて! エリスったらカワイくない〜?」
「……ああ。可愛いよ。色々な意味で――な」
俺と氷室は互いに視線を交わし、同時に頷いた。エリスの体型は――はっきりいってこう……あれだ。もっと頑張った方が良い感じだ。フリルのついたワンピースの可愛らしい水着を着ていると確かに可愛いといえば可愛いのだが……その、大分若く見えるな……。
その場で小躍りし始めそうな勢いのテンションのエリスが引っ付いてくる。が――別に柔らかいものは当たらなかった。というより全身ふにふにというか……うん。頑張ろうな、エリス。そうだ、牛乳奢ってやるよ――。
「これはこれでマニアは喜ぶだろう」
氷室のそんな言葉は聞かなかった事にした。
「うーん、でも凄い施設ねえ〜……! あたしみたいな貧乏学生じゃあ一生来られなかったでしょうね。エリスちゃんに感謝しなきゃ」
「え〜? エリス割としょっちゅう来てるけど。また来たかったらいつでも言ってね! タダで入れてあげるからっ!!」
そう、在ろう事か俺たちはタダでここに立っているのだ。“神崎様のお友達”ならフリーパスで遊び放題状態だ。尋常じゃない。これじゃあ神崎の周りに変な奴がくっ付くようになっても全然おかしな事は無いと思う。
実際、神崎が物凄いお嬢様なんだって事を再認識させられた。一応情報としては理解していたつもりだったが、まさか顔パスで素通り出来る程とは思わなかったわけで……。
全く、エリスがいなければ俺も舞と同じくこんな所には一生入れなかった事だろう。一日いたら万単位で金が消えそうな勢いじゃねえか。まあ金に困ってるわけじゃないが、自分から来たいと思う場所でもないしな……。
エリスはここで遊ぶのも慣れた物で、そわそわしている俺たちとは異なり堂々としている様子だった。ここで行き成り遊べ言われてもなんか申し訳なくてあそべねーよ。
「エリスちゃん……! 困った事があったらこの舞さんになんでも相談してねっ!!」
「ありがとう、舞さんっ!!」
「エリスちゃん!!」
二人はひしと抱き合っている。舞のやつ、普段が余りに貧乏生活だからエリスの権力に釣られやがった……。こうやってエリスの周りには悪い友達が増えて行くんだろうなあ……。
「でも、本当に凄い施設……。遊んでる人もなんだか皆お洒落だし、私、場違いじゃないかな……」
そう呟きながら鶫は周囲をきょろきょろ眺めていた。救いを求めるように俺を見詰める彼女は髪を結んでいる所為もあって普段とは違った雰囲気だった。
「おほぉ〜! なんや鶫ちゃん、着痩せするタイプやったんやなあ〜!」
「ああ。大したものだ」
「え……っと……」
いつの間にか復活した馬鹿と氷室が肩を並べて鶫を舐めるように見詰めていた。たじろいで舞の背後に鶫が隠れると途端に二人は視線を反らす。
なんというか、氷室はナチュラルに変人だから困る。まるで当たり前みたいな顔してそんな事を言うものではない。藤原に関してはもうどうしようもないからスルーする。
にしても、こうしていると俺たちなんだか普通の友達みたいだな……。まあ、普通の友達で正解なんだが。鶫もなんだか昨日より明るいように見えるし――よかった。どうやら“昨晩の一件”は引き摺っていないらしい。
そう、俺たちに出来る事は今はとりあえず目の前の皆と一緒に遊ぶ事なのだ。鶫に必要な心のリハビリの時間……それは多分、少しずつ積み重ねて行かなければならないのだろうから。
「ハイハイハーイ! 今日は〜、ここを遊び倒しているエリスが案内しまーす! 皆さんは大人しくついてきてくださーい!」
まるでバスガイドのように前に出たエリスは旗を振るような仕草をする。その言葉に俺以外の全員が声を揃えて“はーい”と返事をした。
なんというか……まあ、こんな日があっても別にいいだろう。どうせまだ先は長いし――今夜にでもまた動かねばならない。
この場に俺と鶫、そして舞の三人が揃っている理由――。“ライダー”を逃がしてしまった理由は、正直な所今でもハッキリしていなかった――。
KYO(2)
「サクライ キョウ……だと……?」
そんな俺の言葉で沈黙は破られた。時刻はとっくに深夜一時を周っている。これが俺が寝ぼけてみた夢の出来事ならばまだいいのだが、先程の鳴海の騒ぎのお陰で目は大分覚めてしまっていた。
手足を縛られ拘束された“ライダー”こと謎の所有者の少女。彼女は己の名を“サクライ キョウ”だと名乗った。だがそれは――何かの偶然だとでもいうのだろうか。俺の名前は櫻井 響――。つまり、“サクライ キョウ”に該当する。
俺とこいつの名前が同じ……それは何かの意味を持つのだろうか。名字も名前も両方ともピタリと一致するなんてことは早々ないだろう。ましてや十三人しかいないはずの所有者の中、何故彼女が俺と同じ名前を持つのか。
理解に苦しむ状況に一瞬場に沈黙が訪れたが、冷静に考えれば答えは二つしかない。“俺たちを馬鹿にしている”のか、或いは“完全なる偶然”という事。当然前者である可能性が高く、俺は眉を潜めた。
「……キョウ……キョウ、か。だったら俺の名前も知ってるんだろう?」
疑問に思っていた事がある。こいつの蹴りで意識を失う直前、確かに俺は名前を呼ばれたのだ。まあ、仮に奏の事を調べたのだとしたら弟である俺の存在くらい知っていてもおかしくはない。
だが、なんというか……こいつが俺の名前を名乗る事には何かの意味があるような気がしてならなかった。馬鹿にされている……それもあるのかもしれない。だが、何かが大きく引っかかった。
彼女は俺の質問には応えなかった。ただじっと俺の瞳を覗き込んでくる。青紫の綺麗な瞳を見ていると、そこに自分の姿が映し出されていた。動揺丸出しの自分の表情を見て、瞳に写った自分の瞳の中に更に吸い込まれていくような錯覚を受ける。
前後不覚に陥り、俺はその場で固まってしまった。頭がクラクラする――。背後に倒れそうになった俺の背中を支えてくれたのは舞だった。意識が急速に現実へ回帰して行く。
「どうしたの? 大丈夫?」
「――あ、ああ……。少し……疲れただけだ」
頭を振ってもう一度少女に視線を向ける。彼女はもう俺の事を見ては居なかった。その事実に少しだけ安心し、その場を舞に譲って一歩下がる。
「あんたの狙いは“ベロニカ”? あんたと奏の関係は何?」
少女は答えなかった。しかし舞にとってその態度はあまり良策とは言えない。胸倉を掴み上げ、無言で睨みつける舞の視線の中、しかし少女は微動だにせず静かに佇んでいた。
「待てよ、舞。とりあえずは無事だったんだ……。ユニフォンだって奪ったし、何も出来やしないさ」
「……それもそうね。でも、まだ全身に他のユニフォンを隠し持っているはずよ。こいつ、どうしてだか判らないけど複数のユニフォンを使うの」
「複数の……? 判った、探してみよう」
ユニフォンもVSも原則的に一人につき一つのはず……だが実際に彼女の服からは何個ものユニフォンが発見された。その数は合計六種類――。その全ての電源を切り、回収に成功する。これで正真正銘彼女が身に着けているものはそれこそ衣服くらいの物だろう。
一先ず尋問は中断し、それぞれ風呂に入る事になった。気絶するように眠りかけている鶫を起こすのは可愛そうだったが、あんな格好のまま寝かせるのはもっと可愛そうかモ知れない。兎に角鶫の事は舞に任せ、二人には一緒に風呂に入ってもらう事にした。
必然的に俺が残る事になり、当然ライダーの見張りを担当する事になった。ライダーの正面に立ち、少しだけ離れた……しかし直ぐに飛び掛る事が可能な距離で俺は彼女を見詰める。そうしていると部屋の中は沈黙だけが支配力を得て、時の流れはまるで遅くなったかのように感じられる。
早いところ風呂から上がって欲しい――そう考えながら溜息を漏らした時だった。そっと忍び足で背後に迫っていた眠気を吹き飛ばすように、ライダーは言葉を口にする。
「――響、聞いて」
その言葉に目を開き、ライダーと見詰め合う。相変わらず無表情、抑揚の無い声は眠気を誘うが……どこか真剣な心境だけが素直に感じ取れ、思わず身構える。
「響はあの二人と一緒に居ちゃだめ」
「……あの二人? 舞と鶫の事か?」
頷くライダー。当然、理由は理解できなかった。それを問い掛けるよりも早く彼女は答えを口にする。
「この戦い、最後まで生き残ろうとするのなら……舞は必ず響の敵になる。鶫も、同じ……。響、君は最後には裏切られる。裏切られてそして――」
「……そして?」
それ以上言葉を続ける事はしなかった。代わりに目を瞑り、何故か悲しげな表情を見せる。なんともいえなくなり俺は同じように俯いて眉を潜めた。
確かに、こいつの言う事も一理ある。この戦いがたった一人の生き残りを決めるまで続くというのであれば――舞とも鶫ともいつかは敵対する事になる。勿論そんなルールにしやがってやるつもりはないが、順当に行けばそうなってしまうのが当然なのだ。
だが、こいつは何を根拠にそんな事を口にするのか。舞はいいやつだし、鶫だってやっと新しい道を歩き出したばかりなんだ。二人と一緒に居て良くないなんて事はないはず……。
「裏切られるという言葉は、適切じゃないかも」
「どういう事だ……?」
「二人は裏切るわけじゃない。でも、“舞は奏の味方”で、“鶫は自分の味方”――。響は最初から二人にとっては味方じゃない」
その言葉は何故かずしりと胸に食い込んだ。そんな事はないと否定すればいいだけの事、しかしそれが出来ずに俺は息を呑む。
俺と奏――舞はそれを天秤にかけた時――俺を選ぶだろうか? いや、きっと選ばない……。舞は奏を選ぶ。それはつまり――俺は――。
「……それが言いたくて、捕まってあげただけ。だから別に、こんなの――なんてことない」
次の瞬間、何故か彼女の手足を縛っていたシャツが真っ二つに綺麗に両断され、床の上に音も無く落ちて行った。呆気に取られ、しかし反応しようとベルサスに手を伸ばす俺の前に一瞬で詰め寄り、彼女はユニフォンを握る俺の手首を掴んで強引に停止させる。
「……邪魔、しないで。響には何もしない……。ただわたしは、あの二人を消したいだけ」
「お前……ッ!? 一体……ッ!!」
ライダーは俺の手からもう一つのベロニカを奪い、それから俺が元々持っていたベロニカは奪わずに俺の掌の中に収めたまま後退した。そうして何も言わずに窓の前に立ち、ベランダに出てそのまま夜の闇の中へと飛び降りていってしまった。
完全に見失ってしまってから俺は馬鹿みたいに立ち尽くし、開け放たれた窓から吹き込む風に揺れるカーテンを眺めている自分を理解した。何故何もしなかったのか――。その理由が自分の迷いにあるという事くらい、いくら俺だってちゃんと判っていた――。
その後は色々あって……自分がちゃんと能力で捕獲していれば逃げられなかったのにと鶫が自分を責めだしたり、ちゃんと見張ってろと舞に怒られたり色々あったが、兎に角俺たちは一晩を無事に乗り切り、結局ライダーという手掛かりは逃してしまったのだ。
だが、VSを使ったようには見えなかったしユニフォンだって手にしてはいなかった。だというのにまるで当たり前のように縄を切って脱出してしまったライダー……。一体何者なのか。なんだか俺たちとは全く別格の所有者のような気がしてならない。
ライダー捕獲に失敗したお陰で俺たち三人の共同戦線と共同生活はまだもう暫く継続する事になりそうだった。そうして色々あって――こうして皆で遊びにやって来たわけだが。俺としてはどうにも気分は浮かない。心の中に引っかかっている部分がある以上、仕方ないだろうが。
波打ち際に腰掛け、水際で遊んでいるエリスたちを遠巻きに眺める。エリスと藤原に思い切り水をぶっ掛けられて泣き出しそうになりながら逃げている鶫をぼんやりと見詰めていると、背後から誰かに肩を叩かれて振り返った。
「……舞か」
「ええ、舞さんよ。あんた遊ばないの? あれ、全部塩水なのよ〜。すごいわよねえ、最近のプールって」
隣に腰掛け、缶ジュースを片手に舞は微笑む。あれ全部塩水なのか……。空もずっと明るいし、時間の感覚がおかしくなりそうだ。現実と架空の境界線が酷く曖昧で、そういう時なんだか少しだけ疲れた気分になる。
この街に住んでいるとそういう事が少なからずあるんだ。そういう瞬間の全部を割り切って行くしかないのは判っている。でも、たまに少しだけ距離を置きたくなる時がある。そういう気分の時が、あるものだ。
「そういえば氷室君は?」
「あ〜、あいつ競泳用プールに居るよ。只管25メートルを往復してる」
「……不思議な子ね」
「ああ、それには同意するよ……」
二人して藤原がプールを爆走している姿を想像し、思わず笑い出してしまう。こうしていると舞は昔から全然変わっていなくてなんだか安心する。子供の頃も――こんな豪華な施設じゃなかったけど、市民プールとかで一緒に遊んだもんだ。
俺と舞は何故か泳げなくて、これまた何故か奏の奴は泳ぎが得意だった。それでもって、俺たちはよく奏に水泳を教えてもらっていた。タイムを競い合ったりもした。子供染みた、どうでもいい時間を過ごした。でもそういう過去があるからこそ今の俺たちがある。だからそれは、とても大事な思い出なんだ。
「もしかして、まだ昨日の事気にしてるの? 浮かない顔、してるわよ」
「そういうつもりはないんだけどな」
「あんたになくてもあたしには判るわよ! 何年一緒にいると思ってんの?」
そう言って舞は俺の頭を撫でて笑う。その瞳の中、俺が写りこんでいた。まるで別の世界に居るかのような錯覚を覚える。そういえばこの感じ……昨日、あの子に会った時も感じていた。
頭がクラクラするような、そんな不思議な感じ。足元が良く判らなくなって、前に向かっているのか後ろに向かっているのかも判らなくなる。その気持ちの悪い感触を思い出して思わず額に手を当てた。
「大丈夫? もしかして、VS使いすぎた……?」
「いや……大丈夫だ。俺も遊んでくるよ。そろそろ鶫に加勢してやらんと、不公平だ」
立ち上がり、逃げるように舞に背を向ける。波打ち際を歩きながら、昨日の夜にライダーに言われた言葉を思い返していた。
勿論その内容は二人には話していなかった。どうして? 何故? 訊いて見れば判る事だ。“最後まで俺たちは仲間だよな”――言えばいい。シンプルな事。
でもそれを言ってしまえば。そういう期待をしてしまえば。何かが変わってしまう気がした。約束を結べば結果は変わるのだろうか。そういう生半可な問題ではない。多分、恐らく。
こんなゲームぶっ壊せると思ってた。でも、ゲームは逆に参加者たちを壊して行くんだ。舞を追い詰めるライダー……。自分の力に翻弄された鶫……。
何故奏は居なくなった? 何故俺はVSを手にした? “サクライ キョウ”とは何者なのか……考える事は山ほどある。だが、こういう時は深く考えれば考えるほど、きっとドツボに嵌ってしまう。
だから俺は勤めて明るく、藤原とエリスに背後から飛び掛った。二人を沈めて鶫の隣まで泳ぐ。鶫は目を丸くして、それから楽しそうに笑ってくれた。
とりあえず、今はそれでいい。俺たちは明日に備えて生きている。戦うときは戦う。俺たちは――同盟を結んだ仲間だ。それでい――そのはずだ。
自分に言い聞かせる言葉。どうすれば疑念は払拭出来るのか……。心の中に生まれたそんな疑いと不安の根、その向こう側に何故か俺は遠い日の思い出を見ていた――。