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ブレイドダンサー(1)

 桜井鳴海は深夜、メガフロートの中心部にあるオフィス街で車を走らせていた。赤いオープンカーに吹き込んでくる風に髪を揺らしながら、バックミラーにテープで留められた一枚の写真へと視線を送る。

 電子ドラッグ、通称“ムーンドロップ”を追い掛け鳴海はこの写真に辿り着いた。写真を手渡して来たのは清明学園中等部の制服を着た少年――。写真に写る少女もまた清明学園の制服を着用していた。

 少年は写真の少女を探して欲しいと鳴海に告げ、いつの間にか姿を消してしまった。写真の少女を探す……。そこに写っていた少女に纏わる情報を得るのはそう難しくはなかった。

 しかし学園側は家庭の事情に深く関わるとの事で、鳴海の捜査に対して非協力的だった。実際に清明学園に足を向けて思った事は、如何にも閉鎖的な学校という空間を強調したような場所、であった。

 手掛かりは完全に途切れてしまった――わけではない。まだやり様はいくらでもある。鳴海がこうして態々夜中に出かけているのもその為であった。

 辿り着いたのはオフィス街の外れ。駐車場に車を停め、一応場所を確認してみる。情報が正しければ、ここで待ち合わせという事になる。


「……めんどくさそうな所ね」


 思わずそう漏らす鳴海の正面、寂れた雰囲気のバーがあった。所謂雑居ビルと呼ばれる場所の二階にその店はあった。人一人通るのがやっとという感じの狭い階段へと誘導する看板が立てられている。鳴海はもう一度メモを確認し、溜息と共に階段を上がり始めた。

 二階まで上がり。店の扉の前でもう一度溜息を漏らす。出来ればここには入りたくはなかった。別に雑居ビルの中のうさんくさいバーが嫌いなわけではない。ここで待っているであろう人物に――会いたくなかっただけの事。

 扉を開くと来客を告げるベルが鳴り響いた。店内はお世辞にも広いとは言えない。四人程度座れるようなカウンター席と、テーブル席が二つだけ。しかし雰囲気はそう悪くはない。大人の隠れ家――そんな雰囲気に憧れていた時期もあった。

 鳴海はそのまま一直線にカウンター席に着き、そのまま酒を注文する。隣の席には既にカクテルを嗜んでいる男の姿があった。グリーンのワイシャツに身を包み、襟元のボタンはだらしがなく開きっぱなし。何となくお情け程度に首にぐるりと巻かれたレッドのネクタイが余計にだらしがない。

 お世辞にも整えられているとは言えない髪型に何となく懐かしさを覚える。しかしそれを顔には出さないようにした。カウンターの端、空き箱の中で山積みにされているマッチの箱へと視線を向ける。


「遅かったな、鳴海。久しぶりじゃないか」


「……そうね。別に、アンタの顔なんか見たくなかったんだけど」


「はは……っ! 相変わらずだなあ、お前は。四年ぶりに会うって言うのに、顔も見ないのか? ん?」


 そうして鳴海の顔を覗きこむ男は優しい目をしていた。鳴海は自分の顔が赤くなるのをハッキリと感じていた。照れ隠し……というつもりは無かったが、男の額を小突いてそっぽを向く。

 男の名は相良さがら 惣介そうすけ。元警視庁公安部に所属していた人間であり――鳴海の上司でもあった男。今はしがない私立探偵に身を窶し、その日暮らしのような生活を送っている。


「まさか、お前が今更俺に連絡を取ってくるとは思わなかったからな。少し驚いたが……成る程、相変わらず元気そうで何よりだ」


 そう笑いながら胸ポケットから煙草を取り出し、マッチで火をつける。鳴海は注文していたカクテルを受け取り、一気に飲み干してテーブルに写真を置いた。


「別になんだっていいでしょ? それよりこれなんだけど」


「どれどれ……。お、中々の美少女じゃないか。将来有望だな、きっと美人になる」


「そんな事はどうでもいいでしょっ!? 真面目に仕事しなさいよ!!」


「ははは、おっかないなあ。やれやれ、仕方が無い……少し真面目に見てみますかね」


 惣介は笑みを浮かべながら紫煙を吐き出す。じっと写真を見詰め、それから直ぐに写真を人差し指でニ、三度叩いた。それは惣介が推理する時の癖だった。

 鳴海が惣介の後にくっついていたのは今から四年前。まだ新入りだった鳴海を育ててくれた大事な先輩であり――その頃はそれ以上の感情を抱いていた。公安部で最も優秀な人材でもあった相良惣介という男の下で仕事が出来る事がその頃はとても誇らしかった。

 家庭の事情で先輩と呼べる人物がろくに居なかった事も理由だったのだろう。鳴海はそれこそ惣介にべったりといった感じだった。憧れに似た気持ちは今でも持ち合わせている。顔を直視出来ないのは、恐らくその所為。


「制服は清明学園の中等部……。この子は有名な女の子だな。名前は確か――“氷室 美琴みこと”……。“ジェネシス”の氷室社長の親族だったか」


 まるでクイズの答えあわせを求める子供のような優しい笑顔で鳴海に語りかける。それだけで鳴海はなんともいえない気持ちになってしまった。やたら喉が渇き、追加の注文を連打する。


「氷室美琴……。確かにこの子ならばジェネシスの関係者という事もあり、営利誘拐目的で拉致されていたとしてもおかしくはないな。お前の言う通り、行方不明になっている可能性はありそうだ」


 そう、鳴海が辿り着いた事実――。氷室美琴は既に二週間近く学校を休んでいた。欠席の理由は家庭の事情による物――しかしそれが具体的に何なのかはまだ判っていない。

 ジェネシスといえば、ユグドラシルネットワークを管理しているネットワーク企業の名でもある。ユグドラシルネットワークにて違法行為を行うシステム、ムーンドロップ。その管理を行うはずの会社の社長の娘が行方不明になり、そして会社の管理が行き届いていない現状がある。

 鳴海の疑念の通り、ユグドラシルネットワークがいくら難解なネットワークシステムだったとしてもこの町だけでしか実装されていない現状、それを管理する事はそう難しい事ではないはずなのだ。だがジェネシスはそれをしていない。“そう出来ない理由”があるとしか考えられなかった。


「大体は電話で話した通りだけど……どう思う?」


「まだ判らないな。だが、お前の推測が的外れとも思えない。お前の勘の鋭さは俺が一番良く知ってるからな」


「か、からかわないでよ」


「有能な部下だと思ってるさ。今でも――」


 微笑ながら鳴海の肩に触れる惣介。その顔がそっと鳴海へと近づき――しかし次の瞬間鳴海の額が惣介の鼻を強かに打ちつけていた。

 鼻血を流しながら怯む惣介。鳴海は立ち上がり、手にしていたバッグで惣介を滅多打ちにする。それからカクテルを一気に飲み干し、惣介のネクタイを掴んで引き上げる。


「アンタね〜……! な〜にが有能な部下よ! 調子いい事言ってんじゃないわよ、この中年っ!!」


「……なるみ、いたい。はなぢが出てるんだが……」


「マッチでも詰めとけば? アンタにはお似合いよ!」


 惣介を突き飛ばし、再び席に着く鳴海。惣介は大人しくポケットティッシュを鼻に詰めながら苦笑を浮かべていた。


「こうしていると、四年前を思い出すな……。懐かしいよ」


「……でもまあ、驚いたわよ。あんたがこの町に事務所を構えてたなんてね」


 鳴海がその事実を知ったのは本当にただの偶然だった。これから行方不明になった氷室の娘を探さねばならないという状況になり、さてどうしたものかと考えていた時。新庄が頼れる探偵がいると彼の名前を紹介したのである。

 実際に惣介は幾つかの事件の解決に協力していた有能な探偵だった。普段から仕事が大量にあって大忙しと言うわけではなく、本当にその日暮らしの博打打ちのような酷い生活をしてはいるものの、その実力は四年前から決して衰えては居ない。

 彼の名前を聞いた時まさかと思った鳴海は事務所に電話をかけてみた。すると案の定懐かしい声が帰って来たではないか。事情を知らない新庄を巻き込むのもどうかと思い、鳴海は一人で惣介の指定した店へとやってきたのだ。


「正に運命的な再会、だな。風の噂でお前が公安の特殊電子課に所属する事になったと聞いた時は結構心配したもんだがな。お前、俺からの電話は着信拒否にしてただろ?」


「当然でしょ……! ていうかほんと、そういうのどこで知るのかしらね」


「刑事仲間の中にはまだ俺を使ってくれるようなやつもいるのさ。お陰でこうして安い酒が美味い」


「……そりゃいいけどね。アンタ、もう少しきちんと出来ないの? シャツはヨレヨレだし、ネクタイは曲がってるしちゃんと締まってないし……もう少しシャキっとしなきゃお客さんだって信用しないわよ? ほら、ちょっと!」


 前に身を乗り出し、鳴海は惣介のネクタイに手を伸ばす。よれた襟首を直す鳴海を見下ろし、少しだけ可笑しそうに笑う惣介。その無邪気な笑顔に鳴海は頬を膨らませた。


「何よ?」


「お前、俺の嫁さんみたいだなあ……」


「自分の浮気が原因でフられた女に良くそんな事言えるわよね。ホント、どうしようもないっていうか……」


「四年前もこうしてネクタイ直してもらったな、とか思い出したよ。やれやれ、俺もいい加減歳かもな……。思い出話ばかり頭に浮かんでくる……。そういえば鳴海、お前何歳になったんだ?」


「二十四歳よ。アンタはアタシより十歳上だから……三十四歳? まだ若いじゃない」


「――学生の頃、さ」


 ネクタイを締め終えた鳴海が手を離す。惣介は少年時代を懐かしむように目を細め、自分の口元に手を当てて語る。


「俺は二十歳過ぎたらオッサンになっちまうって随分憂鬱になったもんだ。二十歳過ぎた後は、三十過ぎたらもっとオッサンだってな。で、ある日気付いたよ」


「何に?」


「人生、オッサンになってからの方が長かったんだ。はは、驚いたなあ……。でもま、案外オッサンも悪くない。四十になっても五十になっても、それなりに楽しみがあるさ。過去を重ねるって事はそういう事だ」


 鳴海の頭の上に手を乗せ、優しく撫でる。その様子は妹を可愛がる兄のようでもあった。鳴海は手を振り払い、カクテルの注がれたグラスへと手を伸ばした。


「人探しの方、よろしく頼むわよ」


「依頼はお受けするよ。暇な探偵な物でね……。それで、報酬の方は?」


「自分が昔やったことを思い返したらそんな口利けないと思うんだけど?」


「いや、ははは! まあ、報酬は充分に受け取った……とも言えるだろうな」


 視線を向けると惣介は懐かしむような眼差しでグラスの中の虚像を見詰めていた。そうしてそれを一気に飲み干し、深く息をつく。

 四年も経てば人は変わるものだろうと思う。だが惣介は変わっていないような気がした。自らのグラスを片手に軽く掲げる。惣介はそれに応え、二人のグラスは宙で静かに音を合わせた。



ブレイドダンサー(1)



 皆瀬鶫という人間がどんな人生を歩んできたのか俺は知らない――。

 でも、彼女に連れられて向かった彼女の家を見たらなんだか全てがわかったような気がしてしまった。両親が無残に殺され、ぶちまけられた夥しい量の血液……。そして、みすぼらしい部屋。

 鶫は一言も口を利かなかった。ただ、全ての感情を失ってしまった人形であるかのように……そうする事を歯車か何かで決められていたかのように俺に自分の罪を晒していた。俺は――やはり何も言えなかった。気の利いた言葉など、俺にはきっと紡げなかった。

 彼女と共に夜の街を歩いた。もう鶫は一言も俺に語りかけてはくれなくなったんじゃないだろうか――そう思う。それは――俺が自分で――彼女との関係を終わらせてしまったから。仕方が無い事だとは、判っている。

 でも、つい昨日までは一緒に居て。つい昨日までは、少しだけ明るい未来が見えていたのに。全部が本当は薄氷一枚――。表と裏の逆転は簡単だ。

 俺に彼女の罪を裁く権利などない。VSという超常現象が起こしたこの事件はしかし確かな終焉を迎えた。もう、神崎エリスが怯える日々は終わった。俺たちがアンビバレッジを追う事も――なくなった。

 これから自分がどうするつもりなのかは判らない。ただ、VSという存在が無ければ彼女はこんな罪を犯す事はなかった。VSは決して正しい力ではない。それは人の心を必要以上に曝け出し、狂わせる。

 だが、それは間違いだったのだろうか。彼女の人生は、VSを得なければそれで幸せだったのだろうか。その答えは俺には判らない。本当の意味での正解なんてない。だから俺は彼女を裁けない。

 気付けば自分のマンションへと戻っていた。エレベータを上がり、部屋に向かう。歩く廊下の先、舞が俺の部屋の扉に背を預けて座り込んでいるのが見えた。そういえば出てくる時ちょっと強引な事になった。舞は膝を抱えるようにして項垂れていた。

 鶫の手を引き、舞の元へと歩く。舞の前に片膝を付き、その肩を揺らす。舞は眠ってしまっていたのか、ゆっくりと顔を上げて俺の瞳を覗き込んだ。

 舞は――泣いていたのかもしれない。立ち上がった彼女は俺と鶫とを交互に見詰め、それからなんともいえない表情で微笑んだ。


「……そう。あんた、アンビバレッジを制したのね」


「ああ。とりあえず……この事件は、終わった」


 とりあえず……。そう、“とりあえず”だ。この街にまだVSの所有者がいてその戦いが終わらない限り、こんな事がまた起きる。だから、とりあえず。

 舞は小さく溜息を漏らし、それから鶫を見詰めた。鶫はというと――最早舞の事は視界に入っているようには見えなかった。多分、何も見ていない。


「その子を庇うつもり……?」


「ケジメはつけさせる。でも今は――この子をこれ以上責める事が正しいとは思えないから」


 俺の言葉にどれだけ納得してくれたのかは判らない。しかし舞は俺たちの隣を通り過ぎて行く。それが何となく、彼女がそれを認めてくれたような気がしていた。

 舞の姿がエレベータの中に消える。俺は鶫の手を引いて部屋へと戻った。どうする事が正しいのかは判らなかった。ただ俺は一人、ソファの上に全身を投げ出して目を瞑った。

 鶫には俺の部屋を貸し与えた。とりあえず、彼女はうちに泊めることにした。でも全てはとりあえず――時間稼ぎのようなものに過ぎない。

 両親は異様な死を遂げた。鶫は一人生き残った。警察だって馬鹿じゃない。一人だけ生き残った娘を探すかも知れない。

 それでもVSの犯行ということもあって警察は彼女を捕らえないのかもしれない。でも警察に捕まらなかったとしても、彼女の残りの人生は一体どうなるのだろうか。それでいいとは思えない。

 結局どちらにせよ鶫は人殺しの汚名を自らの中に抱えたまま生きていかなければならない。警察に捕まって、罪を裁かれたほうがまだ気が楽かもしれない。俺だったらそんな人生――耐えられない。

 まだ何も完結していない。何もかもがとりあえず、妥協案の中で俺は夜を過ごす。それが正しくないのは判ってる。でも――正しい事だけが全てじゃない。


「…………眠れ、ないよな」


 俺は多分、VSという存在がこの世界に何を齎すのか、なにも判っちゃ居なかった。

 それは危険な物で。それは人の一生を狂わせる物で。でも狂わされた人間は絶対に元には戻れなくて。本当に、どうしようもない。

 立ち上がる。そうして自分の部屋へと移動した。扉を開くと鶫は部屋の隅で膝を抱えて毛布に包まっていた。真っ暗闇の中、開かれたカーテンの向こうから夜景の光が差し込んでいる。

 寝ているのか起きているのかは判らなかった。俺は部屋の扉に片手を添えゆっくりと口を開いた。


「――お前がどうしてあんな事をしたのか、俺には判らない。お前が今どんな気持ちなのかも判らない……。でも……とりあえず、ここに居て良いから。少しでも、いい考えが浮かぶまでは……一緒に居るから」


 鶫の答えは無かった。でも、多分来ていてくれていると信じる。聞いていなくても別に構わない。俺は――自己満足でここにいる。


「偉そうな事言って、悪かった。でももし何か話す気になったら教えてくれ。俺は……これからもVSを追い掛け続ける。それで何かが救えると信じてる。だから出来ればお前も――」


 いや、それは少し都合のいい言葉か。思わず笑ってしまう。首を振り、目を瞑った。


「――おやすみ」



「おはよう、鳴海」


 鳴海がゆっくりと目を開く。まだぼんやりとした頭で身体を起こし、テーブルにコーヒーを置いている惣介の姿を見つめる。

 それから鳴海は凡そ三分間停止した。そうしてゆっくりと状況を把握する。周囲を見渡す。お世辞にも広いとはいえない空間。床には何やら書類などが平然と散らばっている。自分が寝ていた場所は、所謂ソファの上――。

 鳴海が青ざめた表情で惣介を見詰める。惣介はコーヒーにミルクを入れながら小首を傾げた。


「どうした? 顔色悪いぞ」


「な、な、な……ッ!? なあッ!?」


 慌てて自分の着衣を確認する。着衣の乱れはとりあえず無い。顔を真っ赤にして惣介を見ていると、惣介も鳴海が何を考えているのか合点が行った。両手をポンとあわせ、人差し指を立てる。


「安心しろ、まだ何もしてない」


「“まだ”って何よおおおおおおっ!!!!」


「落ち着け。お前、覚えてないのか? 昨日さんざん飲み明かして完璧に酔いつぶれただろう。車で来てるのに本当に遠慮のないやつだよ。ここまでつれてくるのはそんなに大変じゃなかったが、絵面としては女を酔わせて連れ込んだみたいで拙いからな。感謝して欲しいくらいだ」


「ここ、どこ!?」


「相良探偵事務所だ」


「そうじゃなくてっ!? 何何、やだもーわけわかんない……死にたい……」


「ははは、落ち着け。コーヒー飲むか? スーパーで籠売りされてた一杯88円のコーヒーだ。まずいぞ〜」


「そんなものを笑顔でオススメするな!!」


 そこまで叫んだところで大分意識がハッキリしてきた。どうやらその場所は本当に惣介の探偵事務所であり、惣介はコーヒーを飲みながら眉を潜めていた。本当にまずいらしい。


「ここは例のバーの上の階、四階だよ。二階のバーまでは徒歩一分……ってところか」


「あ……そうなの? じゃあアタシの車は?」


「まだ駐車場に止まってるだろう。それより鳴海、仕事はいいのか?」


 惣介が時計を指差す。壁に立てかけられたそれを見詰め、鳴海は再び青ざめた表情を浮かべた。遅刻なんて生易しい状況ではなかった。

 慌てて荷物をまとめ、立ち上がる。そんな慌しい鳴海の様子を惣介は笑いながら見詰めていた。


「そ、それじゃアタシ悪いけど急ぐから……!」


「ああ。鳴海、ちょっと」


 振り返った鳴海の寝癖を直し、惣介は優しく微笑む。鳴海は何故か口をパクパクさせていた。上手に呼吸が出来ない。


「いってらっしゃい。仕事、頑張れよ」


「あ……う、うん。ごめん、それじゃ!!」


 惣介に見送られて階段を一気に駆け下りる。その途中思わず足が縺れて転びそうになる。なんだか最悪な一日が始まったような気がした。


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