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Prologue(1)

えー。もうね。ごめんなさい。


 世の中、どんな事も頑張っていればいつかは報われる――。俺を育ててくれた人はそう言っていつも俺を励ましてくれた。

 それは笑っちまうくらいシンプルで、かなり他人事なセリフだった。ああ、今思えばテキトーに励ます言葉だったんだろうなと、子供だましである事実に苦笑を浮かべたくもなる。

 だけどその時の俺は、ちっちゃい子供だった俺は、まだこの世界の何たるかを知らなかった俺は、その言葉にすごく感動して、すごく心を奮わせた。

 その人と俺が出会ったのは、まだ俺が小学生だった頃。両親が気付けば蒸発していて、気付けば孤児になっていて、気付けばその人が俺の前に居た。

 だから、それだけで良かった。難しい事を考えるのは苦手だ。考えたって答えの出ない事なんてこの世界に五万とある。実際、俺はそんなに頭が良くない。

 ウダウダ考えるくらいなら、考えなくて済むようにすりゃいいんだ。問題があればとりあえず解決を試みればいい。動いていなきゃ死んでいるのと同じだ。だって動いて居ないんだから。

 つまり、毎日色々あるけど俺は極めて健康。嫌になるくらい風邪も引かない超健康男児だって事だ。昔に何があったとか、そんな事はどうでもいい。毎日楽しく過ごすには前向きさが重要だ。少なくとも俺はそう考えていた。

 そうそう、こういう思考の事をポジティブな思考というらしい。だからそのメールが行き成りケータイに、しかも授業中に舞い込んできた時は流石に呆れたが、どこか納得もしてしまった。

 始まりは一通のメールだった。ケータイで色々なサイトを巡ったり色々と登録したり、友達とアドレスを交換しまくっていると気付けばアドレスが一人歩きを初め、全然知らない奴から突然メールが来たりする事はそんなに珍しくはない。ただ、こういううっさんくさいサイトから来るメールは最早ただの迷惑メールでしかない。

 そうでなくても俺は携帯電話って奴には疎い。顔文字とか良くわかんねえし、カチカチカチカチ毎日弄っている連中の気持ちは正直良く判らん。だが、俺だって一応健全な高校生の一人だ。ケータイくらい持ってないと流石に不便である。

 だからといってこんなメールを一々相手にするのも馬鹿げている。マナーモードになっていたから何とか教師にバレる事はなかったが、普通こんな時間にメールなんか送ってくるかよ。

 机の影になるような位置でケータイを取り出しメールを開封する。授業中にケータイ弄ってましたなんてことがバレれば即没収は免れられないが、別になくても死ぬもんじゃねえしいいだろ。それにこれくらい、クラスの連中は皆やってる事だしな。


「……なんだこりゃ」


 “おめでとうございます!”という文章の始まり方にすでに頭が痛くなる。ここまでうさんくさいと逆に全部気になってしまうじゃねえか。

 ケータイを操作し、メールを読み続ける。内容は簡単だった。“貴方は幸運にもこのプログラムの抽選で当選しました! つきましては、下のアドレスからサイトにアクセスし、プログラムをダウンロードしてください!”――。うさんくせえ。うさんくさすぎるぜ。


「ここまであからさまだと逆にアクセスしたくなるよな……」


 思わず生唾を飲み込む。ごくり……。一体何が待ち受けているんだろうか。いやいや待て待て、それで架空請求とかされても困るし。もう一度よくメールを見てみよう。


「……“VSアプリケーション”?」


 メールの題名にはそう記されていた。聞き覚えの無い名前だ。差出人のアドレスに目を向ける。そこには訳の判らない、謎のアルファベットの羅列が並んでいた。目が痛くなるようなその内容に俺はケータイを閉じてポケットに突っ込んだ。

 あまりにもくだらなさ過ぎてネタと呼ぶにもありきたりだ。仕方がなく俺は半分以上スルーしていた授業の内容に頭を切り替える。が、すでに時遅し。結局授業の内容は全く頭に入ってくる事はなかった。


「ほお、お前がケータイをじっと見詰めているとは珍しい事もあったものだな」


 昼休み、そう俺に声をかけてきたのは同じクラスの男子、氷室だった。フルネームは……忘れた。

 氷室とは高校に上がってからの付き合いだが、毎日顔を合わせている事もあり結構親しい関係にある。氷室は妙な喋り方をするが、見た目は口調に反して結構チャラい。

 というのもまあ、氷室が外国人と日本人、二つの血筋を分けているからなのだが……まあ今は氷室自身の事はどうでもいい。一つ氷室に訊きたい事があったんだ。


「氷室、お前このメールに心当たりがあるんじゃねえのか?」


 ケータイを氷室に突きつける。一瞬青い目を丸くした氷室はケータイを受け取り、その画面を覗き込んだ。


「……ほお、まさか本当に当選するとはな」


「やっぱりお前か……! 俺のアドレスで遊ぶなっ!!」


「いや待て、早合点するな! このメールには心当たりがあるが、実際にお前のアドレスを使って悪戯をしたのは俺ではない!」


「はあ? じゃあどこのどいつだよ?」


「B組の神崎だろう。ほら、この間お前神崎とデートしたんだろう? メールアドレス、交換したんじゃなかったのか?」


 B組の神埼と言われて少し考える。俺と氷室はA組……Bはお隣さんだ。そこの神埼……ああ、なんか妙にテンションが高くてついていけない女子だったか。

 言われて見れば確かに先週の日曜日に誘われて一緒に出かけたが、あれはデートと呼べるんだろうか。こっちはそういうつもりは全くなかったんだが。


「お前、神崎に何か酷い事を言ったらしいじゃないか。彼女はお前にご執心だったからな……。“愛しさあまって憎さ百倍”だろうさ」


「そう言われても、こっちにはそういうつもりはねえしな……。その神崎とこのメールがどういう関係なんだ」


「簡単な話だ。神崎はあの性格だから、クラスの女子とかを虐めたりしてるそうだ。前に神崎に虐められている女子が同じメールを受け取っていたのを見た……。憶測に過ぎないが、そういう事だ」


 何で氷室が神崎に虐められてる女子のケータイなんか見たんだ? という疑問はほうっておく事にした。氷室はかなりの女好きだ。虐めている女子も好きだろうし、虐められている女子もそそるんだろう。ただでさえわけのわからん奴だ、細かい事はパス。


「まあ、そうでなくても最近その手のメールは掃いて捨てる程在るからな。どうだ、お前も心当たりがあるんじゃないか?」


「俺がケータイ苦手なの知ってるだろ? メール打つのでやっとなんだ、思い当たる節はねーよ」


「はは、そうだったな。しかしこの超デジタル化世界で完全に取り残されているな。今の世の中、ケータイさえあれば何でも出来るんじゃないか? それが出来ないお前はまさに旧文明の生き残り、天然記念物のようなものさ」


 笑いながらそんな事を言う氷室。しかし実際、それはあながち間違いってわけでもない。最近のケータイ……特に“この街の”ケータイは嘗てのそれとは比べ物にならないほど超高性能になってきている。

 西暦2055年。ここ、“東京メガフロート”は東京湾に突如として出現した次世代型ハイテクシティだ。厳密には首都ではないらしいが、首都以上の機能を発揮する事が期待され、街そのものが将来的には日本の中心として動く事を前提とされている。

 細かい事は良く判らないが、兎に角この東京メガフロートでは携帯電話が物凄くハイテク化した。いや、昔のケータイってのがどういうものなのかは良く判らないが、兎に角ケータイは生活必需品になっている。

 例えば、ケータイにはデジタル化されたマネーポイントがチャージされていて財布の代わりになる。今時現金を持ち歩いているやつはそうそう居ない。東京メガフロートに存在するありとあらゆる店ではこの共通の電子通過が通用する。

 バイトの給料とかも、直接こいつにチャージする。だから俺はもうここ数年現金というやつを見かけた事がない。更にケータイはその機能を拡張させ続け、現在ではパーソナルコンピューターに取って代わってしまうほどの性能を持っている。

 勿論、今のパソコンはパソコンで物凄い。それはそれで凄いのだが、ケータイがあれば普通にインターネットを見る、音楽を聴く、動画を見る……何でも簡単だ。しかも超高速で、サクサクと全ての処理をこなす事が出来る。

 通話も無料化し、不特定多数の人間と同時に通話が出来るカンファレンス機能や音声をメール化してくれる音声入力機能……。タッチパネルによる操作や指紋認証でのロックなど、兎に角高性能化が進んでいる。

 お陰で今じゃこれがないと不便すぎて生きて行く事が出来ない。だから俺も苦手だけど持っている。実際便利なのはわかる。皆がこれを手放せないのも、納得できる。

 しかしいくら機器が高性能化しても、人間のやる事は大して変わらないらしい。こんな迷惑メール紛いが未だに蔓延しているというのも何だかそれはそれで安心するような、不安なような……。


「しかし妙なアドレスから来ているな。流石に胡散臭くて開く気はしないが」


「だろ? ま、大人しく放置しとくけどな」


 氷室の手から折りたたみ式のケータイを奪い返す。色々なデザインのケータイがあるが、俺はこう、“電話です”っていう如何にもなこのデザインが一番落ち着く。全面タッチパネルで操作性もいい“ベルサス”の最新版から二つ遅れてる旧型だが、今の所変えるつもりはない。

 紅いケータイをポケットに突っ込み机の上に広げた弁当を箸でつつく。氷室はあいていた隣の女子の席に座り、パンを齧り始めた。


「んぐ……。そういえば、ケータイで思い出したんだが」


「あん?」


「知ってるか? 自分の携帯番号から電話がかかってくるっていう都市伝説。電話に出ると――」


「死ぬんだろ? つーかそれ昔映画でなかったか? なんていったかな……」


 まあ、この手の都市伝説のオチは決まってる。効果、相手は死ぬ……そんな感じだろう。

 出てくるものがケータイだろうが井戸だろうが結末は同じだ。そんなもん一々気にかけるほうが馬鹿げているんだが、生憎氷室はそういうのが大好物の大馬鹿でもある。


「呪いのチェーンメールの次はなんだ? 呪いの電話か? 呪い尽きねえな、オイ……」


「呪いは人と一体、常に時代と共に進化し続けている。この手の都市伝説も毎回似通っているようで手口や趣が若干異なるのが魅力だ」


「そんなもんに魅力は感じねーよ! ったく、毎度毎度それに付き合わされる俺の身にもなれ!」


 弁当を食べながらするような話でもない気がする。しかし氷室は俺の話を聞いて居ない。こいつはこういうヤツだ。


「呪いの電話……通称“自分コール”と呼ばれているんだが、兎に角それを受けると死ぬ……と、思うだろ?」


「違うのか?」


「ああ。このメールは何でもお告げをくれるらしい。自分に降りかかる悪い現象に気をつけろとか、そんな内容だ」


「…………死なないのか。それってなんつーか……都市伝説としてインパクトが微妙じゃねえ?」


「うむ、微妙だ……。俺も実はそれが気になっていて……」


 なんだこの空気。微妙ってレベルじゃねーだろこの空気。何でこいつ落ち込んでんだ。意味わからん。


「とりあえず確かめたくて自分コールがかかってきやすいように、新たにケータイを五つ契約してみた」


「うおっ!?」


 ポケットから大量のケータイを取り出す氷室。そんな物のために……なんという金の無駄遣い……。

 まあ、本人が至って真面目で、しかも楽しそうなんだから邪魔してやる事もないだろう。俺はその後も適当に氷室に調子を合わせ続けた。

 勿論、都市伝説のくだりは殆どスルーした。一々真面目に聞いていても全く身にならないし、特に面白いとも思わない。氷室がこんな様子なのはいつもの事なので、適当にほうって置くに限る。

 一人でぼんやりと弁当を食い、午後の授業は眠いから寝るかとか、そんな平凡な事を考えていた。窓の向こうでは空が青くて、全くこんないい日には眠くなってもしょうがないよなあ――――。

 午後の授業を寝て過ごし、放課後。特に部活もして居ない俺はバイトの為に帰路を急いでいた。手提げを肩に掛け、両手をポケットに突っ込んだまま学校を出て裏路地へと入って行く。

 ここを通るとバイト先のコンビニまで直ぐなのだ。だから殆ど毎日この道を通っている。道は狭くて薄暗く、初めて通った時には薄気味悪さを感じた。しかし今となっては特に何か思う事はない。


「流石にちょっと寝すぎたな……ねみぃ」


 一人でそんな事をボヤきながら時間を確認する為に携帯電話を手にした。ディスプレイには十七時を迎えようとする時計のアプリケーションが起動している。バイトの時間まではまだ余裕があるが、家で着替えて準備をしてから行きたいのでノンビリしている暇もない。

 ケータイを上着の内ポケットに仕舞い込み先を急ぐ。そうして狭い路地を抜けようと進んでいた時だった。


「んっ?」


 マナーモードにしていたケータイがバイブレーションする。足を止め、携帯電話を取り出してそれを耳に押し当てた。


「もしもーし」


 ケータイの向こうからは誰かの息遣いが聞こえてくる。しかしその息遣いの主の声が聞こえてくる事はなかった。

 不審に思い、何度か呼びかける。しかし相手は反応を示さない。ケータイを耳元から離し、ディスプレイを覗き込む。

 見知らぬ番号がそこには表示されていた。知り合いの登録くらいは流石にしている。名前が出てこないという事は、知らない人間……少なくとも俺の友人からのメールではない。


「……? なんだこりゃ? イタ電か?」


 神埼だろうか? いや、神崎の番号は登録してある。いやまあ、他のヤツの電話を借りてかけてくる事も考えられるからそんなもんは全くアテにならないわけだが。

 じっと番号を見詰め続ける。そうしてずっと下を向いていた――――その所為で気付かなかった。“真上”から、“空”から、“何か”が落ちてきている事に――。

 轟音で視線を上に向ける。そこには巨大な蜘蛛のような形をした何かが狭い路地、ビルの壁と壁の間に両足を伸ばし、火花を散らしながら落下してきていた。


「はっ?」


 思わずそんな間の抜けた言葉を口にする。あっという間にそれは俺の目の前に落下した。それと同時に別の何かが落下する。それは俺の目の前に落ちて――“跳ねた”。

 飛び散る鮮血。ぐしゃぐしゃに捻じ切れた肉体。生き物から物体へと存在を変えてしまったそれは光の宿らない瞳で俺を見ている。落ちてきたのは――俺と同じ制服を着用した女子だった。

 お気に入りのスニーカーが血で汚れている。呼吸が上手く出来ない。何だ、これは……? 人が――落ちてきた?

 顔を上げる。死体を見ていられなかったというのが正しい。胃の中身をぶちまけるとかそんな正しい演出は出来そうになかった。俺の頭はこの状況に全く付いて活けて居ない。

 目の前に残ったのは落ちてきた女の子の死体と、それと一緒に落下してきた巨大な蜘蛛だけ。蜘蛛――形は確かにそれを模している。だがそれは生き物ではない。機械的な、光沢する体を持つ“化物”――。違う、これは――ロボット!?

 レンズ状の瞳が輝き、立ち尽くす俺を見詰める。完全にびびっていた。びびらない方法があるなら逆に教えて欲しい。俺は――そう、だから。教えてもらう事にしたんだ。


「――――どうすりゃいいんだよ」


 携帯電話を耳に押し当てる。


「どうすりゃいいんだっ!!」


 携帯の向こうで誰かが息を呑む。


『俺の言う通りにしろ、響』


 聞き慣れたような、しかし全く聞き覚えの無い不思議な声が聞こえた。

 震える手でディスプレイを覗き込む。そこには、忘れるはずもない。自分の携帯電話の番号が――表記されていた。




対岸のベロニカ


Prologue(1)




 どうすればいいのかは判らない。でも携帯電話の向こうに居る誰かが教えてくれる。

 この状況をどうすれば切り抜けられるのか。どうすれば生き残れるのか。どうすれば――“思い出す事が出来る”のか。

 化物が雄叫びを上げる。耳を劈くような轟音。俺はそれに向かって全力で走り出していた――。


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